きみに必要なもの ―水―

■ショートシナリオ


担当:ezaka.

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月26日〜06月02日

リプレイ公開日:2007年06月17日

●オープニング

●火と水
 身寄りのない子供が冒険者として生き抜くことを選んだ時、何を重要だと思うだろうか。
 まだ10代半ばほどである双子の意見は、真っ向から対立していた。
 小柄な体に色白の少年、トルトは慎重に言葉を選びながらこう主張する。
「必要なのは相手を上回る知識だよ。そして、事に動じない冷静さがあれば、何だって見極めることができる」
 淡々と呟いて、少年は読んでいた書物を閉じた。行動の前には計画を、少年は物事を論理的に捉える性格だった。
 そんな少年の様子を、対する片割れの少女アヴィは呆れたような眼差しで眺めている。
 彼女が重きを置いているのは『立ち向かうための力』だった。
 だから少女は思う。少年の言うことにはいつだって実行性がない。行動の伴わない知識なんて、ただの机上の空論なのだと。

●課題
 双子が師と仰ぐ、かつての冒険者だった老人は頭を悩ませていた。
 それは冒険者としての双子への、指導方針に関して。
 日頃の言動から垣間見える、他者の意見を受け付けない若者独特の潔癖さには手を焼いていた。
 それをただ諭すことならできる。だがそれでは本人達の実にならない。
 これについては、自分で気付いてもらう他なかった。そのための手段として、今回の提案はある。
「森に棲むゴブリンのことなら知っています」
 双子は口を揃えて言った。森はここから目と鼻の先にある。
 ゴブリンは人里にこそ現れないが、いつ人間の生活を脅かすとも知れない脅威として近隣住民に注視されていた。
 そのゴブリンを、師は実践を兼ねて双子に退治させようというのだ。修行の一環とはいえ、初めての試みに双子は色めいた。
 手筈はこうだ。双子はそれぞれが、モンスターを倒す役とそれを円滑に行うためのサポート役として行動を別にする。
 もちろん経験の浅い双子だけで、いきなりモンスター退治をさせようというのは酷な話だ。
 そこでギルドに、依頼として双子それぞれを手助けするように求めた。
 現役の冒険者が一緒ならば得ることも多いはず―――それもギルドを頼ることにした要因といえるだろう。
 重要なのは、双子のどちらかがモンスターを倒す役となり、どちらかがそれをサポートする役になるということだ。
 双子にとっては考えるまでもないことだった。普段の主張からすれば、アヴィが前者でトルトが後者ということになる。
 ところが、師はそんな双子の思惑を裏切った。
「ぼくがモンスターの退治役?」
 少年は困惑を悟られないよう口にした。隣の少女も、瓜二つの顔で要領を得ない顔をしている。それもそうだろう。
 分担された役割は、互いの予想とはちぐはぐに与えられたのだから。
 どうして、という反発は許されなかった。そして翌日、双子は早速ギルドへと送り出されることになるのだ。

 もちろん、師の裁定には意図がある。だがそれをこの場で察するには、双子はまだ未熟だった。

●今回の参加者

 ea3783 ジェイス・レイクフィールド(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1476 本多 空矢(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb8646 サスケ・ヒノモリ(24歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2776 リフレティア・イシュナス(19歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2880 ユイ・ユイ(23歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec2881 ケント・クラーク(22歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●冒険の基本
 トルト班が冒険中の拠点となる師の住居に辿り着いた時、アヴィ班の姿はなかった。
「あちらはすでに、ゴブリン退治の下準備に取り掛かっているようです」
 リフレティア・イシュナス(ec2776)が、師から聞いたアヴィ班の様子を仲間に伝える。
 アヴィ班はすでに森の中らしく、今はこちらが迂闊に立ち入らない方がいいとのことだった。
「トルトくんは、どんな魔法が使えるのですか?」
 思い付いたように、サスケ・ヒノモリ(eb8646)は訊ねる。戦闘本番に備えて、互いの能力を知ることは冒険の基本だった。
「そうだな、何の魔法が使えるかぐらいは教えて欲しいものだぜ」
 ジェイス・レイクフィールド(ea3783)も、依頼書にトルトの能力が記されていなかったことを指摘した。
 事前に併記しておけば、これから依頼を請け負おうという者にとっての判断材料になるというのだ。
 なるほど、とトルトは思った。理に適っている。どうやら自身の提示した依頼書は、その点で不親切だったらしい。
「すみませんでした。えっと、ぼくが使えるのはブレスセンサーとヴェントリラキュイとウインドスラッシュです」
 答えながら、攻撃魔法は苦手ということを付け加える。心配しなくても大丈夫ですよ、とリフレティアは言った。
「助けて助けられて、初めてそれぞれの力が発揮できるんです。戦うのは、トルトさん一人ではありませんよ」
 その言葉に、トルトは幾分かほっとした気持ちになった。そんな彼に、サリ(ec2813)が手を差し出す。
 トルトの小柄な外観に親しみを覚えたというパラの彼女は、トルトに劣らず小柄だった。
「どうぞよろしく。いっしょにがんばりましょう」
 まだ冒険は始まったばかり。開け放しの好意が、トルトに向けられていた。

●作戦会議
「せいっ!!」
 ―――ビュン
 本多空矢(eb1476)の刀が、空を切り留まる。切っ先は見えない敵へ向けて。
 戦闘本番を控えた冒険者達は今、師の住居にいた。因みに、戦闘に参加しないサスケのゴーレムもここにいる。
 アヴィ班からの情報により、ゴブリンの数が6体と判明したのだ。
 あくまで実践を兼ねた修行という今回において、ゴーレムの不参戦は一方的な戦いにならないためのバランス調整でもある。
「私たちの行動はゴブリンの殲滅。アヴィさんたちは、こことここに罠を仕掛けたそうです」
 テーブル上の地図を指差し、サリはアヴィ班の仲間から得た情報を伝えてゆく。傍らには、手作りの料理が並んでいた。
 友好を深めたいというサリの提案で、冒険中は自炊をしているのだ。
「ゴブリンの追い込みは、アヴィ班がしてくれるそうです」
 リフレティアは言う。その言葉の後を、ジェイスが引き継いだ。
「で、俺達はこのルートで進攻すればいいんだな?」
 指は地図を辿り、要所を突く。戦闘の舞台となる予定の場所である。
「坊主、俺達が前衛になってお前に魔法を使うチャンスを作る。やれるか?」
 問われて、トルトは表情が硬くなるのを自覚した。本当にこれから戦うのだ。
「トルトくん、今は持っている魔法を利用できる方法を考えましょう」
 サスケがトルトの魔法を列挙して、その使い道を一緒になって考えた。目から鱗とはまさにこの事である。
 サスケの案は、実際に戦闘を経験しているからこそ、思い付くことのできるものばかりだった。
 思い知らされる。サスケに比べ、トルトの思い描いていたものがいかに絵空事だったか。
「‥‥お師匠さまは、ぼくにそれを分からせたかったんだろうか」
 独り言を呟く。師の意図の一部を、垣間見たような気がして。
 不安そうなトルトの顔を、ユイ・ユイ(ec2880)が覗き込んだ。
「キミにできることをやればいいと思う」
 大きな目がまっすぐに向いていた。ふとそれを細めると、ユイは突然立ち上がり宣言した。
「僕、踊ります!」
 得意だという踊りで、トルトの不安を少しでも和らげようとしたのだろう。それが今、ユイにできること。
「‥‥‥ぼく、やります。やってみます」
 そんなユイに触発されたのかもしれない。僅かだが湧き上がってくる何かを、トルトは感じていた。
 よっしゃ、とジェイスは気合の一声を挙げる。仲間全員を順に見た。
「じじいの出番が無いようにガッチリ決めてやろうぜ。気合入れていけよ」
 歯を見せて笑いながら、拳はトルトの肩を小突く―――本番は間近に迫っていた。

●実戦
 作戦通り、アヴィ班によるゴブリンの追い込みは行われた。
 合流地点として指定されたこの場所で待っていれば、敵がこちらへ逃げ込んでくるはずだ。
「来ました!」
 サスケのバイブレーションセンサーが、敵と思われる一団の接近を感知する。
「トルトさん、背後は私が護ります。出来る限りは傍を離れないようにしますから」
 リフレティアは武器を構えた。トルトも頷いて、自分の前方に注意を向ける。
 隣に立つサリが、トルトを一瞥して言った。
「敵がどう動くか、確たるところはわからぬ。いつでも柔軟に対応できるように瞬時の判断力と行動力も必要なのだ」
 諭すような口調は、平時のそれとは異なった。
 サリだけではない。ここにいる仲間全員が、すでに戦闘へ向けて気配を変えている。
「気を付けろよ!」
 ジェイスが声を張り上げる。茂みから飛び出した6体のゴブリン達は、待ち伏せていた冒険者達を敵と認識したようだ。
 子供のような体格をしたモンスターは、粗末な武器を手に醜悪な顔を歪ませる。
 切りかかる一撃を、空矢の刀が弾いた。そのまま、詠唱を始めたサスケの援護に立つ。
「ゴブリンは疲弊してますね」
「向こうの班が上手くやったのだろう。こっちもヘマをするわけにはいかないな」
 言いながら、空矢はサスケに向けられた攻撃を防いでゆく。その間に、サリは弧を描くようにダッシュし、敵の動きを撹乱する。
「サスケさん!」
 呼ばれたことが合図だった。サスケのグラビティーキャノンが、サリによって翻弄されたゴブリンへ放たれる。
 2体のゴブリンが、その攻撃を受けた。だがまだ沈黙には至らない。
「‥‥動きが変わった?」
 ふと、ユイは敵の変化に気付いた。バラバラに戦っていたゴブリン達の動きが、まるで何かを狙っているように意図を持つ。
「後衛を狙ってやがる‥‥!」
 ジェイスもすぐさま敵の動きに並行する。ゴブリンには、集団で無防備の者を攻撃するという特徴があるのだ。
 詰め寄られれば、後衛のウィザード達にとって圧倒的不利だった。陣形を改める。
 サスケには空矢が、トルトにはリフレティアとジェイスが援護に回り、サリとユイがその間を護る形だ。
「うぁっ‥‥!!」
 トルトの体が大きく傾く。いくら仲間の援護があるとはいえ、トルトがそれに頼り切っていたのは拙かった。
 他の仲間がそれぞれゴブリンとの対峙に追われ、トルトから注意が逸れた一瞬。その隙が、彼に浅い一太刀を負わせた。
「トルトさん! 今リカバーをかけます!」
 すぐさまリフレティアがトルトへ駆け寄る。淡く白い光が、真新しい傷を包み込んだ。
 瞬間的に治療は施されても、トルトの動揺は覆せない。
(「これが前衛の受ける痛み‥‥ぼくが知ろうとしなかった、アヴィの受ける痛み‥‥」)
 呆然と開いていた口元が、ぎゅっと引き結ばれる。
「―――ジェイスさん、援護をお願いします」
 それからの形勢は、完全に冒険者達の優位だった。
「坊主、右手の方向だ!」
 ジェイスの言葉に続き、トルトのウインドスラッシュが飛ぶ。
 真空の刃は木の上に結ばれたロープを切断し、同時に丸太がゴブリンめがけて落下する。アヴィ班の用意した罠である。
 たまらず、深手を負ったゴブリンの中には逃亡を試みる者もいた。
「逃がさない!」
 ユイが道を塞ぐ。ゴブリンにとって前方にはユイが、周囲には威嚇攻撃を行うアヴィ班が、退路を断つように立ちはだかる。
「次いきます!」
 サスケの手の中で、スクロールが広がった。バーニングソードが空矢の刀に付与される。
「佐々木流の奥義、見るがいい!」
 ブレイクアウトとスマッシュが、組み合わさり敵を捉える。空矢はその技を『燕返し』と呼んだ。
 冒険者達の連携は見事なものである。二つの班が、互いを活かし合う。
 そうして一体ずつ、確実に敵は倒れていった。

●その日知ったこと
 戦闘は冒険者達の勝利によって終わりを告げた。
「みんな、ありがとう」
 別れの時間を迎えて言ったトルトの顔は、初日に比べて晴れやかだった。
 今回の冒険が、自身への反省と共にトルトへ大きな意味を与えたことが窺える。
 サスケはそんなトルトへ最後のアドバイスをした。
「いろいろな知識を幅広く覚えるか、1つのモノを深く追求するか、よく考えてください」
 そう語る彼はゴーレムニストを目指していた。目的を持つことは、自身の進む方向性を決める一つの手段でもあるのだ。
「またいつか、訪ねてもいいかしら?」
 サスケの横で、サリが再会をほのめかす。パラ特有の小さな手は、トルトを友人として招いていた。
 交わる手。その上から、今度はジェイスの手が重ねられる。
「がんばれよ」
 背を押す言葉に、トルトはゆっくりと頷いた。リフレティアがその後に続く。
「アヴィさんと一緒に、ですよ。一人一人の考えや行動は完璧ではありませんから」
「そう、それに二人にはお師さんもいる」
 ユイは、離れた位置から見守るその人へ視線を移した。果たして、師の意図は正しくトルトに伝わったのだろうか。
「はい‥‥ぼく、強くなります。今日受けた痛みを忘れません」
 すでに癒えた傷口を、トルトは押さえた。まるでまだそこに痛みが残っているかのように。
「‥‥‥‥‥」
 空矢は、あえて言葉をかけることをしなかった。少年の決意が示すものを言動によって察していたからだ。
 おそらく、トルトは今回の冒険によって気付いたはず。

 本当に必要なものは、いつだってとても近くにあるということを。