蹂躙された村 −攻−
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月27日〜11月01日
リプレイ公開日:2004年11月04日
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●オープニング
「駄目だ‥‥奴ら、まだうろついてやがる」
地上から戻ってきた男の顔には、絶望の色が浮かんでいる。彼の言葉を聞いた者たちもまた、一様に同じ表情になった。
彼らがこの薄暗く息苦しい地下に篭城してから、どのくらいの時間が経っただろうか。実際にはそれほど長い時間ではないのかもしれないが、もはや感覚は麻痺してしまっており、ほんの一瞬が永遠にも感じられる。食料どころか水すら満足に確保できず、皆の体力も精神力も限界に近い。
「くそっ! ここが奴らに見つかるか、その前に飢え死にするか‥‥どっちにしろ、俺たちはもう終わりだ!」
「バカ、下手に音を立てるな!」
悔しげに床を叩いた青年を、隣にいた青年が慌てて制止する。しかし止められたほうは、自暴自棄に近い口調でもう一度、同じ言葉を繰り返すだけだった。
「‥‥俺たちは、もう終わりだ‥‥」
* * *
「村を‥‥助けてください‥‥!」
その男は、ギルドに駆け込むなり叫んだ。
「ええと、詳しい依頼内容を教えてもらえますか?」
係の者が事情を尋ねるが、男は激しく息を切らせており、なかなか次の句を紡げずにいる。よほど急いで走ってきたのだろう、息だけでなく髪や着衣も乱れ、全身ぐっしょりと汗で濡れている。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻すと、男は堰を切ったように話し始めた。
* * *
のどかで平和そのものだった村が一瞬にして絶望と恐怖に覆われたのは、昨日のこと。
熊の体に猪の頭を持つ化け物――熊鬼の一団が村を襲撃したのだ。
彼らは村の北にある山に住み着いており、通りかかる旅人や冒険者を襲っては略奪を行なっていたらしい。しかし何週間か前に崖崩れが起こって以来、人々は迂回して別の道を通るようになってしまった。そのせいで獲物が激減し、麓まで下りてきて村を襲ったのだろう。
唯一幸いだったのは、村の子供たちが近くの山寺――こちらは村の東側の山にある――まで遊びに行っており、襲撃された時に村にいなかったことだ。また、同じく東の山に栗やきのこを採りに行っていた女たちも襲われずに済んだ。彼らは現在、山寺に避難している。
依頼人の男は熊鬼に襲われそうになったところを友人に庇われ、死に物狂いで山を越え、ほんの一瞬の休憩すら取らずにここまで走り続けてきたのだそうだ。村の窮状を、少しでも早く伝えるために。
「化け物が歩き回っているので、村に残された人たちは逃げるに逃げられない状況で‥‥隠れている者たちもいますが、そう長くは持たないでしょう。お願いします、どうか村を救って下さい‥‥!」
依頼の詳細を伝え終えると、男は糸が切れたかのようにその場に倒れ伏してしまったのだった。
●リプレイ本文
●到着
御堂鼎(ea2454)、朝基狂馬(ea7873)、壬武尊(ea7985)は、簡単に準備を整えるとすぐに村へと向かった。この急を要する状況において、3人とも馬を持っていたのは幸いと言えるだろう。
やがて村が見えてくると、3人は一旦馬から下りて、少し離れたところから村の様子を窺う。
「地下洞があるのは、村の西側のほうだったか?」
「ええ。あの辺りでしょうか‥‥」
狂馬と武尊がそれぞれ西側に目を向けるが、今いる場所からでは祠は確認できない。
反対側――村の東側の方に視線を移すと、今度は畑の作物を荒らす1匹の熊鬼の姿が目に入った。
「残りの熊鬼は村の中でしょうか‥‥」
「あるいは山のほうまで行っちまってるか、どっちかだろうね」
敵の正確な数が分からないが、最低でも2匹いたとの話。つまり、少なくともあと1匹はどこかにいることになる。
「まずはあの畑を荒らしてる奴に近づいて、できるだけ派手におっ始めよう。もし村ん中に他の熊鬼がいれば、騒ぎに気付いて駆けつけるはずさ」
「そうだな。一刻も早く片付けたほうがいいだろう」
「ああ。あの脳味噌筋肉を地下洞へは近づけさせないよ」
こうして3人は村の東側へと回った。
●撃退
身を隠す場所も視界を遮るものもないので、畑にいた熊鬼はすぐに3人の存在に気付いた。棍棒を振り上げて威嚇してくる熊鬼に対して、鼎が威勢よく啖呵を切る。
「そこにあるのは、村人が丹精込めて作った作物さ! てめぇらが荒らしていいようなものじゃないんだよ!」
もちろん言葉の意味までは通じていないだろうが、宣戦布告としては充分だった。鼎たちを敵と認識し、熊鬼は怒り狂った様子で突進してきた。
一方、もう1匹の熊鬼は倉庫らしき建物の前にいた。堅く閉ざされた扉を棍棒で殴りつけて打ち破ろうとしていたのだが、倉庫は村の端にあるため、畑の方はよく見渡せる。当然、異変が起こっていることにもすぐに気が付き、一目散に駆けつけてきた。
「こっちはうち1人で充分さ。そっち、任せたよ!」
「分かりました」
鼎の言葉に頷いて、狂馬と武尊がもう1匹の熊鬼に対応すべく武器を構える。
鼎は他の2人より一足先に熊鬼に接敵し、自慢の大斧で殴りかかった。熊鬼は冒険者か何かから奪ったと思しき鎧で武装していたが、それでもかなり効いたようだ。その巨体がぐらりと傾く。しかし熊鬼はすぐに体勢を立て直し、お返しとばかりに鼎の腹に棍棒を叩き込む。
「ぐっ‥‥!」
強烈な打撃に、一瞬、目の前が白くなる。だがそれもほんの一瞬のこと。鼎は大斧の柄を握り直し、しっかりと地面を踏みしめた。
それから少し遅れて、もう1匹の熊鬼も狂馬の薙刀の射程にまで近づいてきた。最初の一振りは寸前でかわされたものの、続けて繰り出された二撃目は見事に熊鬼の胴をとらえる。
「泣きなさい、叫びなさい、喚きなさい、死になさい! ‥‥貴方がたが犯した罪、決して許されるものではありませんよ‥‥?」
まるでその言葉を理解したかのように、熊鬼は忌々しげに狂馬を睨みつけ、何事かを吠え立てた。そして棍棒を振りかざして反撃を試みるが、狂馬はぎりぎりのところでこれをかわし、素早く身を引く。
それと入れ替わるように武尊が熊鬼の懐すれすれまで近接し、小太刀で斬り付ける。本来なら、小太刀では武装した熊鬼に効果的な一撃を加えることは難しいのだが、鎧の継ぎ目をうまく狙った攻撃は確実に熊鬼の体に響いたようだ。
反撃しようにも敵が懐に入っているため、棍棒のように長さのある武器では戦いづらい。やむなく、熊鬼は後退して間合いを調整するが、その間にも、後ろに下がった狂馬は魔法の詠唱を終えている。
「‥‥地獄の業火に、焼かれなさい!」
熊鬼の背後に火柱が吹き上がり、後退した熊鬼はその直撃を食らうこととなった。
大きく体勢を崩した熊鬼に再び武尊が近接し、連続して攻撃を仕掛ける。それに怖気づいた熊鬼は、ふらふらとよろめきながら逃走を試みるが、狂馬の薙刀がそれを阻んだ。
「逃がしはしませんよ」
刃は熊鬼に決定的な打撃を加え、熊鬼の巨躯は鈍い音を立てて地に転がった。物言わぬ骸に向けて、武尊が厳かに告げる。
「武器の威力は重さと大きさで決まるものではないのだよ、あの世で学ぶんだな」
間合いを詰め、素早く急所を突く――武器の特性を上手く利用した武尊の戦い方が、勝利への近道となった。
その後ろでは、鼎と熊鬼の一騎打ちにも決着がつこうとしていた。熊鬼が弱ってきた頃合を見計らって、一気に片をつけるべく渾身の一撃を繰り出される。
「てめぇらみたいな熊鍋にして酒のつまみにもなれねぇやつは、せめてうちの斧のつまみにでもなりな!」
大斧が熊鬼の胴を薙ぐと、強烈な打撃に耐え切れず鎧が粉砕され、さらに厚い毛皮に覆われた皮膚をも切り裂く。それが致命傷となり、熊鬼の体は地面へと沈んだ。
●救出
2つの亡骸を片付けると、3人は熊鬼が破壊しようとしていた倉庫へと向かった。もしかしたら中に村人がいるかもしれないと考えたのだが、その予想は的中した。男性が2人、倉庫内の荷物を扉の前に積み上げて立てこもっていたのだ。
2人は中に入ろうとした冒険者を熊鬼と勘違いしたらしく、大騒ぎするのを鎮めるのは一苦労だった。それだけ恐怖が大きかったということだろう。
「うちみたいな別嬪を熊鬼と間違えるんじゃないよ」
鼎に一喝されて平常心を取り戻した2人は、ここに立てこもるに至った経緯を簡単に説明した。
「俺たちはここで荷物の片づけをしてたんだが、外が騒がしくなったのに気付いて、そこの窓から様子を見てたんだ。そしたら、あの化け物が‥‥」
ここまで言って、男は軽く身震いをする。もう1人の男もその時のことを思い出して、心なしか顔色が悪くなったようだ。
「とにかく見つかったらまずいと思って、慌てて入り口を塞いで閉じこもってたんだが‥‥他の皆は無事だろうか?」
「多くの者は地下洞に身を潜めているそうだ。案内してもらえるかな?」
それを聞いた途端、村人2人の表情は見違えるように明るくなり、喜んで地下洞のある祠まで冒険者たちを案内していった。
幸い、祠には破壊されたような痕跡はなかった。略奪するような物もないので、熊鬼は興味を示さなかったらしい。
地下洞には男衆を中心として村人の多くが避難しており、さして広くもない洞内は息苦しいほどだった。いつ不安と不満が爆発してしまってもおかしくない状況だが、水と食料を提供され、女子供も山寺に避難していることを教えられ、だいぶ落ち着いたようだ。
「ふむ、助けが来るまで恐慌にも陥らず、よく保った。あとは任せろ」
「熊鬼に襲われた時の状況を詳しく教えてもらえるかい?」
鼎に促されて、村人の何人かがそれぞれ己の見聞きした内容について説明する。
畑仕事をしている最中、あるいは家畜の世話をしている最中、村の北側から何者かが襲撃してきた。それが山に住み着いていた熊鬼だと分かった瞬間、村は蜂の巣を突いたような騒ぎに見舞われた。
「化け物ってだけでも恐ろしいのに、それが2匹も‥‥寿命が縮むかと思ったよ」
「あれ? 2匹じゃなくて1匹じゃねぇか?」
「わしは3匹見たような気がするがな‥‥」
恐怖と混乱が渦巻く中、冷静さを保っていられた者などいるはずもなく、村人たちが口にする情報は曖昧だ。
「残党がいるにせよいないにせよ、念を入れるに越したことはないでしょう」
狂馬の意見に、他の2人も頷く。
完全に脅威が取り払われるまでは避難を続けるよう村人に言い聞かせ、3人は最後の後片付けへと移った。
●終結
その後、3人は山寺のある東の山で山狩りを行なったのだが、山で熊鬼に出くわすことはなかった。鬼に関して深い知識を持つ狂馬が念入りに調べても、熊鬼がその付近に現れたような形跡は一切見当たらなかった。
村人からは熊鬼の数に関する正確な情報は得られなかったので、本当に倒した2匹だけだったのか、それとも残党がいて、ここではなくどこか別の場所に移っていったのか、その真相を窺い知ることはできない。それでも、ひとまず安全が確認できたので、3人は山寺に避難していた村人たちを連れて村へと戻った。
休む間もない強行軍だったので、さすがに村に帰りつく頃には3人とも疲れ果てていた。村人たちは熊鬼に略奪されずに済んだ食物を掻き集めて、(このような村にしては最大限)豪勢な料理で3人の労をねぎらった。三度の飯より酒が好きという鼎には、村長秘蔵の酒も振舞われた。
念には念を入れて、翌日も村の近辺を調べて回ったが、やはり熊鬼の存在は確認できなかった。
「これだけ慎重に調べて見つからなかったのですから、やはり熊鬼はあの2匹だけだったのだと思います。それでも心配なようでしたら、しばらくの間は見張りを立てるなどして警戒を強めたほうが良いでしょう」
狂馬の報告を受けて、村人たちもようやく安心したようだ。
熊鬼討伐と村人の保護という目的は見事達成され、3人は村人たちの感謝と敬意の眼差しを受けながら凱旋することとなった。
「もしまた化け物がきても、ねえちゃんたちがやっつけにきてくれるよね?」
帰り際、名残惜しそうに着物の袖を引く子供の頭を撫でてやりながら、鼎は粋に微笑んで見せた。
「当たり前さ。冒険者に二言はいらぬ、ただ頭を下げればよい‥‥ってね」