いたずらシフールの狂想曲
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月16日〜11月21日
リプレイ公開日:2004年11月25日
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●オープニング
「こらーっ、このいたずら坊主め!」
茶店の主人の怒鳴り声が威勢よく通りに響き渡る。給仕の娘も大急ぎで「いたずら坊主」を捕まえにかかるが、なにせ相手は身軽に飛び回る小さな妖精。
「つかまらないよーだ!」
ひらりと給仕の手から逃れて、余裕の表情であかんべえなどして見せつつ、まさに風のように飛び去ってしまった。
やれやれといった表情の主人に、向かいの店の若旦那が苦笑しながら声を掛ける。
「またやられたのかい」
「ああ‥‥まったく、困ったもんだよ」
「ほんとにね。でも、キヨノさんの気持ちを考えると‥‥」
「そうそう邪険にもできないしなぁ」
2人は顔を見合わせて、複雑な表情で溜め息を零すのだった。
* * *
「こんな頼みごとを持ち込むのは、もしかしたら筋違いなのかもしれませんが‥‥」
こう言ってギルドに依頼を持ちかけたのは、例の若旦那だった。
依頼の内容は「いたずら妖精の子守をしてくれ」というもの。
「いたずら妖精というのは?」
ギルドの係員に訊ねられて、ご隠居は少し考え込む。
「さて、どこから話したら良いものやら」
* * *
ここ江戸には数多の冒険者が集っており、エルフやシフールなどこの国には住んでいない種族の者を見かけることも少なくない。
「いたずら妖精」ことリンの両親も、他国からやってきたシフール冒険者だった。
彼らはこのジャパンが気に入ったらしく、祖国には戻らずここでしばし安息の時を過ごすと決めたようだ。やがて2人の間にはリンという息子も生まれ、一家3人の幸せな暮らしが始まる‥‥はずだった。
しかし運命とは残酷なもの。
夫婦は盗賊に襲われて呆気なく他界。後には幼いリンだけが残った。
元々他国から来た一家に親類などいるはずもなく、リンは文字通り天涯孤独になってしまった。
そんなリンを引き取ると申し出たのが、近所に住んでいた未亡人――キヨノだった。
彼女もまた早くに夫を亡くし、1人息子までをも病で亡くし、今は1人暮らし。田舎に両親はいるものの、境遇はリンと似たり寄ったりだ。そんな彼女だからこそ、ひとりぼっちになってしまったリンを見捨ててはおけなかったのだろう。
こうしてリンは息子として、キヨノと共に暮らすことになったのだった。
めでたしめでたし。
‥‥とは行かないのが現実である。
* * *
「キヨノさんが田舎に里帰りしてるんで、今はうちでご飯を食べさせてやったりしてるんですがね。リン坊はとにかくやんちゃで、いたずら好きで‥‥少し度が過ぎることもあって、困っているのですよ」
「いたずらと言うのは、具体的にどのような?」
「人を脅かしたり、くすぐったり、からかったり‥‥そういったものならまだ笑って許せるのですが、綺麗に並べられた商品をめちゃめちゃにしたり、食堂でお客のごはんをつまみ食いしたり、近所の店では商いに支障が出ることもあって、それが悩みの種なのです」
確かに、商売に影響が出るとあっては、店の者はたまったものではないだろう。
話を聞いて記録を取りながら、係員は不思議そうに訊ねる。
「そのキヨノさんという方は、注意したり叱ったりしないんですかね?」
「キヨノさんは旦那さんも息子さんも亡くしてしまっているから‥‥だからリン坊に注ぐ愛情というのも、格別なんでしょう。それにリン坊もそんなキヨノさんの気持ちが分かるのか、彼女の前では比較的大人しいんですよ」
「なるほど」
若旦那の話によれば、リンは人間の年齢にして約6歳くらい。やんちゃな盛りだ。
キヨノがいなくて羽目を外してるのかもしれないし、淋しいというのもあるだろう。
若旦那や周りの人たちにも商いがあるので、そうそうリンにばかり構っているわけに行かない。そこで冒険者にリンの相手を頼もうということになったわけだ。
「リン坊は亡くなった親御さんが冒険者だったこともあって、冒険者に憧れているふしがあるんです。だから、冒険者の方にためになるお話でもして頂ければ、もしかしたら何か変化があるのではと思った次第です」
こう言って、若旦那は頭を下げた。
●リプレイ本文
●いたずら
自己紹介を済ませた後、リンと冒険者たちはさっそく外へと遊びに出た。
いたずらの実態を見極めるべく、まずはリンのしたいようにさせるということで意見がまとまっている。機動力に優れたベル・ベル(ea0946)がリンについて回り、他の仲間たちが後を追うといった感じだ。
通行人の頭の上に飛び乗ったり、脛をくすぐったり‥‥それだけならば、まだ悪質というほどひどくはない。しかし、急におどかされて驚いた娘は抱えていた桶を取り落とし、せっかく汲んできた水が全部零れてしまった。
「あらあら、お着物が濡れてしまって‥‥大丈夫ですか?」
「駄目ですよ〜そう言うことやってはぁ〜」
ずぶ濡れになってしまった娘に大宗院鳴(ea1569)が心配そうに声を掛け、ベルがリンをたしなめる。しかしリンは、その程度では聞く耳持たずといった様子だ。
「なんで? ベルおねーちゃんも遊ぼーよ!」
などと楽しそうに笑いながら、今度は籠を担いだ青年の頭に飛びついた。青年は慌ててリンを引き剥がそうとして、その勢いで籠を落としてしまう。当然、中に入っていた柿は転がったり潰れたり滅茶苦茶だ。
「元気なのは良いことだが‥‥」
「さすがにちょっとひどいね」
目の前の惨状を見て、結城友矩(ea2046)とファラ・ルシェイメア(ea4112)が溜め息混じりに呟く。天螺月律吏(ea0085)はつかつかとリンに歩み寄ると、笑いながら飛び回るリンを、鞘に収めたままの刀ではたき落とした。
「いっ、いたいよう。なんでいきなり叩くの」
「こちらからも問おう。なぜあのようなことをしたのか、その理由を述べよ」
「のべ‥‥?」
「わけを話しなさいという意味ですよ」
難しい言葉遣いが理解できないリンに、山本建一(ea3891)が助け舟を出す。リンは首をひねっていたが、改まって理由を問われても、上手く答えられないようだ。そんなリンを見つめる律吏の眼差しは厳しい。
「理由もなくやったのか。それで結果としてお前に、そして周囲に何が残る?」
「‥‥律吏おねーちゃんの顔、こわい」
「怖くて結構。ごまかさないで真面目に答えるんだ」
「‥‥」
2人はしばらく睨みあっていたが、やがてリンはぷいっと顔を逸らして逃げ出してしまった。
「こら〜、待てですよ〜!」
ベルが追い、リンが逃げる。しかし速さに関してはベルのほうが一枚上手だったようで、ベルはリンに追いつき、彼の腕を捕まえることに成功した。
「もう逃がしませんよ〜☆ 律吏さん、押さえててください」
「うむ」
律吏に押さえられて身動きが取れないリンに、ベルが容赦なくくすぐり攻撃を仕掛ける。リンはじたばたと暴れて逃げ出そうとするが、もちろん律吏はリンを離さないし、ベルも攻撃の手を緩めない。
「や、やめてよー! くすぐったいよ!」
「リン君がさっきまでやっていたことを、私がやっているだけですよ〜☆ いたずらされた側の気持ちも分からないといけないですよ〜☆」
「そうだね‥‥リン、あれが自分のいたずらの結果だ。よく見るといい」
律吏からリンを受け取ると、ファラはリンを抱きかかえて、必死に柿を拾い集める青年のほうを向かせた。汚れただけなら洗えば済むが、潰れてしまったものはもう売り物にはならない。ひとつひとつ柿を手に取って眺める青年は、途方に暮れた表情をしている。
「リン君はあの人を見て、何も感じませんか? あるいは面白いと思うでしょうか」
リンを怯えさせないように、優しく真摯な口調で健一が問い掛ける。リンは無言のまま答えないが、顔にははっきりと後悔の色が浮かんでいる。
「どうすればいいかはわかるね?」
「うん‥‥」
ファラに促されて、リンは青年の傍まで飛んで行って、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい‥‥」
●淋しい理由
翌日はあいにくの雨。冒険者たちはリンと共に依頼人宅にいた。
外で暴れ回ることができないので、リンは仕方なくファラの長い耳を引っ張ったりして遊んでいたのだが、律吏に首根っこを掴まれて引き剥がされてしまった。
ふてくされた表情のリンに、鳴が優しく声を掛ける。
「わたくし達、ご友人になったのですから、お悩みがあるのでしたら、お話になってください」
「‥‥ぼく、友達なんていないもん」
「近所の子供たちと遊んだりしないのか?」
友矩に訊ねられて、リンはますます仏頂面になる。
「だって、ぼく1人だけみんなと違うもん。ちっちゃいし、髪も目も違うし、羽生えてるし‥‥」
月道の影響で、この国でもエルフやシフールの姿を見かけることは多くなったが、それでも全体から見れば小数派。庶民からしてみれば、やはり他種族というのは物珍しいのだろう。
ファラも思い当たるところがあるようで、表情の乏しい顔にも、わずかに複雑な感情が浮かんでいる。
「僕も1人だから、その気持ちは分かる気がする‥‥。でもいたずらをすれば、リンは1人じゃなくなるのかな?」
「‥‥」
「お前1人が非難を浴びるならそれも良いだろう。しかし度が過ぎると、キヨノ殿にも『甘やかすだけで育てる能がない』という悪評が立つだろうな」
泣き出しそうな顔で俯いていたリンだが、律吏の厳しい一言を受けて、途端に顔を上げる。
「おかーさんは悪くないよ!」
そんなリンの様子を見て、律吏が微笑を見せる。
「ならばキヨノ殿を困らせるのではなく、喜ばせるようなことをすればいい。それにどうせいたずらするなら、見つかった時に皆が笑える物を見つからないようにするがいい。それが粋というものだ」
そう言われて、リンはようやく笑顔に戻った。
●遊ぼう
「お家の中でできる遊びだって、たくさんあるんですよ」
こう言って、鳴は自分の知っている遊びをリンに教えようとした。しかし彼女は武家の箱入りお嬢様、庶民とは感覚がずれている。とりあえず持参した筆記用具を準備して、書道を披露することになったのだが‥‥
「書は自分の気持ちを書き留めるものですよ」
「自分の気持ち?」
「はい。リンさんの思うままに書けば良いのです」
リンは少し悩んでから、両腕で筆を抱えて、みみずののたくったような字で書いた。「はらへった」と。
「まあ、お上手ですわ」
鳴はにこにこと笑いながら眺めているが、他の面々は「それは書道とは微妙に違うのでは」と思ったり思わなかったりしたとか。それでも、リンは普段とは違う遊び(?)に触れて、なかなか楽しそうだ。
翌日もあいにくの雨。今度は健一が冒険譚を語り聞かせてやることにした。
男の子というのは総じて、この手の話には胸躍らせるもの。リンも例外ではなく、興味津々のようだ。
「以前、とある吟遊詩人が悪い人たちにさらわれてしまったことがあるんですよ」
「吟遊詩人って、冒険物語を歌にする人たちだよね!」
「リン君は物知りだね。そう、それで、私たちが助けに行くことになったんです。ここにいるファラさんや鳴さんも一緒にね」
「へえ〜。健一おにーちゃんはお武家様だよね。刀で悪い奴らをやっつけたの?」
「ええ。もちろん私1人の力ではなく、みんなで力を合わせたからこそ、できたことです」
冒険者と悪党の丁々発止のやり取りを想像して、リンは瞳を輝かせている。
「いいなあ。ぼくも悪い奴らをいっぱいやっつけて、吟遊詩人に歌にしてもらいたいな」
「敵を倒すことだけが強さじゃないよ‥‥それに、それだけが冒険者の仕事ってわけでもない」
「そうなの?」
幼いリンにはファラの真意はよく分からないらしく、不思議そうにしている。
リンがそれを理解するには、まだまだ時間がかかるだろう。そう思いつつ、ファラは静かに付け加えた。
「大事なのは目標を見つけること。僕も目標と思える人がいたから、ここまで来れたんだ‥‥」
その翌日は晴天に恵まれたので、再び外に出て遊ぶことになった。
もういたずらはしないという約束付きで、友矩がご先祖様から受け継いた白やぎ黒やぎのデザートナイフをリンに貸し与える。
「リン坊、自分の剣を持った気分はどうだ。中々さまになっているぞ」
「えへへ、ぼくもサムライに見えるかな?」
ナイフを抱えたリンは飛び方が少々覚束ないが、それでもご機嫌な様子だ。
「よし、拙者と剣術の稽古をしよう。何処からでもかまわん。好きなように討って来い」
白木の棒を正眼に構えた友矩に、リンは真正面から向かっていく。リンはまだナイフを持つのもやっとという感じだが、それでも友矩は真剣に相手をしてやった。
「ほう、リン坊なかなか筋が良いな。一度でも拙者の体に剣が触れたら誉めてやろう」
友矩が挑発すると、リンはますます躍起になって飛びかかる。夢中になるあまり、彼の頭からは「いたずら」という文字などすっかり消えてしまっているようだ。
そんなこんなで、残りの契約期間もあっという間に過ぎていった。
●後日談
さて、それからしばし時は流れて。
冒険者たちはある時、歓声を上げながら元気よく駆けてゆく子供たちとすれ違った。その中にはリンの姿もある。
リンは冒険者たちから教わった書道や冒険譚、チャンバラなどを、他の子供たちにも教えてやった。それがきっかけで徐々に打ち解け、今では一緒になって遊び回っているようだ。
いたずら癖はと言うと、結局治ってはいない。しかし人を困らせるいたずらではなく、皆を笑わせるいたずらを彼なりに研究中らしい。
そして今日も江戸の街の一角に賑やかな笑い声が響く――