合わせ鏡の哀歌
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月02日〜02月09日
リプレイ公開日:2005年02月10日
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●オープニング
「おいで、おいで」
遠くで手招きしているのが見える。声が聞こえる。
「こっち、こっち。早くおいでよ」
うん、今行くよ。そこで待っててね、かえでちゃん。
「早く早く。早く来ないと置いてっちゃうよ」
嫌だよ。置いていかないでよ。いつも一緒だったじゃない。
1人で行っちゃうなんて、ずるいよ。
私もすぐに行くから‥‥待ってて。
走る。走る。でもどうしても追いつけない。届かない。
早くしないと‥‥置いて行かれちゃう。
そんなのは駄目。だってずっと一緒だったんだもの。
でも、追いつけない‥‥
待っててね。すぐに、すぐに、行くからね‥‥
* * *
「依頼の内容は山鬼退治、ということでよろしいですか?」
ギルドの係員の問いに、依頼人は静かに頷いた。しかし、すぐに付け加える。
「それともうひとつ、頼みたいことがあるんです」
「何でしょう?」
「僕の友達が、山に迷い込んでしまって‥‥もし彼女を見つけたら、連れ戻して欲しいんです。ただ、もしかしたら彼女は抵抗するかもしれませんが‥‥」
「抵抗? でも鬼が棲む危険な山なんでしょう?」
係員が怪訝そうに首を傾げると、青年は困ったような表情になる。そして、話しにくそうにしながらも事情を説明し始めた。
「俺の友達は、もみじといいます。もみじには、かえでという名前の双子の姉がいたんですが‥‥そのかえでが、しばらく前に山鬼に殺されてしまって‥‥」
青年は言葉を濁す。
顔には苦渋の色。恐らく、思い出すのもつらいのだろう。
それでも彼はゆっくりと話を続けた。
「‥‥酷い殺され方でした。ぱっと見ただけでは、誰だか分からないほど‥‥そしてその時から、もみじはおかしくなってしまった」
無理もない話だ。肉親が死んだというだけでもつらいのに、それが凶暴な山鬼によってもたらされた死で、さらには遺体がそのような状態では‥‥平気でいられる者など、そうそういるはずもない。
「最初のうちは、うわごとを言ったりする程度だったんです。それが、日が経つにつれてどんどん悪くなって‥‥しまいにはこんなことを言い出す始末で‥‥」
『かえでちゃんだけがあんな酷い目に遭うなんて、不公平だ。私だって同じ目に遭わなきゃ‥‥』
虚ろな目で、もみじはこう口走るようになった。
かえでが滅茶苦茶にされて死んだのに、自分だけ平然と生きているのは不自然だと。
「本当に仲の良い姉妹でした。早くに両親を亡くしてから、2人きりで助け合って生きてきて‥‥その片割れを失ってつらい気持ちは分かります。でも、もみじはこうして生きているんだから‥‥かえでの分までちゃんと生きなければと、村のみんなで諭しました。しかし、それも効果がなかったようで‥‥もみじは、ある日ふらりと姿を消してしまったんです」
いつも一緒だった2人。
鏡に映ったように瓜二つの、仲の良い姉妹。
だからこそ死の苦しみも一緒でなければ‥‥もみじはそう考えて、自ら死地へと赴いたのだろうか。
「もしかしたら、もう手遅れなのかもしれません‥‥でも、もしまだもみじが無事でいるのなら、どうか‥‥彼女を助けてやって下さい‥‥」
搾り出すような声で呟いて、依頼人はうなだれた。
●リプレイ本文
冒険者たちは村で情報を集めてから山へと踏み入った。目指すは、かえでの遺体発見場所――もみじならそこへ向かうのではと推測してのことだ。
「自分をおかしくしちまうほど、思い詰めちまったんだな」
周防佐新(ea0235)の呟きに、横にいた神月倭(ea8151)と緋神一閥(ea9850)が神妙に頷く。
「私にも双子の弟がいますので、お気持ちは痛いほど伝わりますが、やりきれないお話です」
「私も妻や子を喪えば、正気でいられるかどうか‥‥だが、もみじ殿には後追いなどで若い命を散らして欲しくはないのだ」
緋神の言葉を聞いていたカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は、その流麗な表情を動かさぬまま言う。
「同感だね。そんなことをすれば、先立った魂が悲しむ。だから僕はかえでちゃんのために、もみじを捜そう」
ともすれば冷たくも聞こえるような口調だが、言葉の端々からは優しさも滲み出ている。
それぞれ考え方は異なれど、思いは同じ――早くもみじを見つけ出さねればならない。これ以上の悲しみを生み出さないために。
ところどころ山鬼が通ったような痕跡は見られるのだが、新たに降った雪に足跡が隠され、足取りを辿るのは容易ではない。そんな中、テレスコープで探索をしていたリーファ・アリスン(ea8861)が声を上げた。
「皆さん‥‥あれ、見て下さい」
リーファが仲間たちを導き、ある一点を指す。真っ白な雪の中にぽつんと落ちていたそれは‥‥真っ赤な楓の葉だった。何故今頃こんな物があるのだろう。木の枝にでも引っかかっていたのが、落ちて来たのだろうか。
本当のことは分からない。ただ、その傍らに櫛が埋もれていることに気付いて、神月ははっと息を呑んだ。
「これとお揃いです!」
神月が取り出したのは、依頼人から預かってきたかえでの遺品の櫛だった。色は違うが柄は同じ、紅葉の絵だ。
「ではきっともみじさんのものですね」
「少ししか雪をかぶってないから、それほど時間は経ってないはず」
桂春花(ea5944)と鬼刃響(eb0028)の言葉に皆が頷き、誰からともなく再び歩き出す。最後にふと振り返って、大空北斗(ea8502)は切なげに微笑んだ。
「きっと、かえでさんが教えてくれたんですね‥‥」
山中には雪が積もり、もみじは体力を消耗しているはず、そう遠くへは行けないだろう。冒険者たちは手分けをして周辺の捜索に当たった。
それからしばらくして、静かな山中に呼子笛が鳴り響いた。それを聞きつけた仲間たちが駆けつけると、そこでは春花と緋神が若い娘の前に立ちはだかっていた。娘‥‥もみじは錯乱した様子で「どいて、どいてよ!」と繰り返し叫んでいる。
春花が目配せで合図をし、それを受けてリーファが後ろから呼ぶ。
「もみじちゃん!」
それはもみじと同じ声。すると暴れていたもみじはぴたりと動きを止めた。その隙に、冒険者たちは彼女に近付いて逃げ出せないよう進路を塞ぐ。
「かえでちゃん? どこにいるの‥‥?」
虚ろな表情で半身を捜すもみじの、氷のように冷え切った肩に、リーファが毛布をかけてやる。しかし、もみじはかえでの名を呟きながら、再びよろよろと歩き出そうとする。履物が脱げて剥き出しになった足は擦り切れ、もはや歩く力など残っていないように見えるのに、それさえ心の痛みに比べれば軽いものなのだろうか。
仲間たちがもみじを押さえている間に、神月は村で教えてもらったわらべ唄――姉妹がいつも一緒に歌っていた唄を口ずさんだ。すると、またもみじの歩みが止まる。
「かえでちゃん、どこ‥‥?」
「かえでさんはここにいます。よく見て下さい」
北斗が強い口調で言って、もみじの前に銅鏡をかざす。そこに映るのは悲しみに支配されたもみじの顔――
「これはあなたじゃない、かえでさんです。あなたが居なくなれば友達や村の人、それに僕だって悲しむ。何より、かえでさんが悲しみます。その気持ち、あなたなら知っているはず‥‥あなたはかえでさんに、そんな思いをさせるんですか?」
もみじの瞳から涙が零れ落ちると、鏡の中の瞳も涙を流す。
昔からそうだった。もみじが泣けばかえでも泣くし、かえでが笑えばもみじも笑った。
「でも、かえでちゃんはもういない‥‥!」
「そんなことはありません。聞こえませんか? かえでさんの声が」
春花の言葉に応えるように、リーファと響がもみじの声色を真似て呼び掛ける。
「自分を責めないで。あなたには生きて欲しいの。それが私の幸福にもなるから」
「私はずっともみじちゃんと一緒だよ」
そっと、リーファがもみじの背を撫でる。はっとして振り返るが、そこには誰の姿もない‥‥リーファはインビジブルで姿を消しているのだ。けれども、確かなぬくもりだけが残っている。
「かえでちゃん‥‥」
呟いたもみじをゆっくりと前に向かせて、それまで黙って傍観していたカヤが一言。
「双子なんだろう? 君の中にかえでちゃんの魂が息づいている――君はそんな事にも気付かないのか? 君の命はもう君だけのものじゃないんだ。目を覚ませ」
鏡に映るのは、やはり自分の顔。
でもさっきとは少しだけ違う。未だ悲しみの色は消えないが、それだけではない、そこには微かに別の感情が色づいている。まるで緑の葉がほんのりと赤く色づくように。そのもみじの髪に、北斗は簪を差してやった。
「笑って下さい。かえでさんの分まで。それだけが、僕らにできる事です」
その言葉に、もみじが何か答えようとした時。肌を突くような殺気に気付き、響が刀の柄に手を掛けた。人の気配に気付いた山鬼たちが寄ってきたのだ。その姿を見て、もみじの体が震える。安定を取り戻しかけた心が、再び揺らぐ‥‥
ふらりと立ち上がろうとするもみじの肩を、緋神が掴んだ。
「貴方が死んでも、姉のところへは逝けぬ。貴方が死ぬことで、姉君の生きた証を消してしまわないで欲しい」
それだけ言って、緋神は彼女を庇うように前に立つ。もみじは再びびくりと震えて涙を零したが、その足はもう死という名の闇へ向かおうとはしていない。
「もみじ殿を頼む」
後衛の仲間に告げて、響も前に出る。続いて神月も。
「もみじ様の目を塞いでいてもらえますか? もう彼女に、血を見せたくないのです」
頷いて、春花はその胸にしっかりともみじを抱きしめ、リーファもその横にぴったりと寄り添った。
「大丈夫、あなたは1人ではありません」
春花の温もりに包まれ、もみじの恐怖も少し和らいだようだ。
それから周防たちが前に踏み込むのと、山鬼たちが突進してくるのとは、ほぼ同時だった。
響が先陣を切って山鬼を迎撃。初太刀は弾かれたものの、大振りな動作ゆえ隙ができる‥‥そこを狙って蹴りを加えてやると、山鬼の巨躯は均衡を崩して傾いた。そこへさらに神月の刀が襲い掛かる。山鬼は怒りの咆哮を上げて棍棒を振りかざすが、神月はそれを上手く受け流し、さらにもう一太刀を山鬼の体に叩き込んだ。2人の連携攻撃は、山鬼にかなりの傷を負わせたようだ。
もう1匹は女性たちを餌食にしようと、残忍な笑みを浮かべながら駆けてくるが、北斗がそれを阻んだ。まさに火花が散るような激しい応酬。山鬼の渾身の一撃を小柄な体で何とか押しとどめ、北斗が小太刀で反撃を繰り出す。続けて、もう一撃。山鬼がよろけた隙に、北斗はもみじの傍に駆け寄って手を握る。
「今のうちにここから離れましょう!」
もみじは、今度はおとなしくそれに従った。北斗がもみじの手を引いて、春花、リーファと共に山鬼から遠ざかる。
山鬼は当然追撃しようとするが、すかさずカヤがグラビティーキャノンを撃ち込んで動きを阻害。今度こそ完全に体勢を崩し片膝をついた山鬼の前に、炎に包まれた剣を手にした緋神が立ちはだかる。
「‥‥全ての始まりの不幸、お前達に咎を問うのは身勝手かもしれないが。今はもみじ殿を殺させるわけにはいかぬゆえに、な。我が焔を弔いに、逝け。」
彼の剣『炎帝』はその名の通り、容赦なく山鬼の身を貫き、焼いた。
もう1匹の鬼も響に動きを封じられ、やはり炎を纏った周防の剣によってとどめを刺された。
「仇は討った。これで姉さんも報われたから、もう何も気にしなくて良いんだ」
追いついてきた周防に告げられ、もみじは何度も何度も頷く。今すぐに傷が癒えるわけではないが、それでも彼女の心を縛り付けていた無残な幻は、山鬼が消えたことによって次第に薄れてゆくはずだ。
「お友達も村の人も皆、心配してるの。一緒に帰りましょう?」
「‥‥はい」
リーファの言葉に頷き、もみじが初めて笑顔を見せた。それはまだ少しぎこちないものではあったけれど、かえでもまた、きっと同じように微笑んでいるはずだ。その笑顔を見て、カヤは優しくもみじの頭を撫でてやった。
「その足じゃ歩くのもつらいだろう。ほら、おぶさりな」
いつの間にか鬼の面を外して浪人風の格好になった響が、もみじを背負い上げる。
「まぁ‥‥痛いとか苦しいってのは人にゃ与えたくないわな、特に親しい人、大切な人にはね‥‥だから守ってあげたい訳よ。だからこうして無事にいられるんだよ‥‥守ってくれたんだよ、お姉さんがね。」
響の背で、もみじは泣きながら頷く。
ここへ来るまでは1人きりだった。けれども今はもう1人ではない。心優しき冒険者たち、そして何よりも姉の想いに守られて、彼女は待っていてくれる人たちの元へと帰っていった。
それからどのくらいの時が過ぎた頃だろうか。
温かな陽差しの中、もみじは眩しそうに目を細めて何かを見つめている。
それは、楓の若木。今はまだ小さいけれど、それは確かに生きている。生きて、もみじの傍らにある。
『明き陽に 染まる笑顔の 風便り 芽吹く季節(とき)の葉 君よ遥かに』
神月が残してくれた歌が、もみじの心をよぎる。
小春日の風にそっと吹かれながら、もみじは限りなく優しい想いに包まれていた。
「ずっと一緒だよ‥‥かえでちゃん‥‥」