●リプレイ本文
●組分け
湿原に辿り着くとすぐに、風御凪(ea3546)が得意のブレスセンサーで探知を行なうことにした。しかし短時間で対象を絞り込むのは、そう簡単ではない。頭の中で蝮の大体の大きさを想像してから、風御はブレスセンサーを発動させた。
「それらしい気配は‥‥あちらと、向こうかな。他に、もう少し小さいのがいくつか」
「虱潰しに見て回るしかないだろうな」
「では打ち合わせどおり、手分けして探すか」
岩倉実篤(ea1050)と神山明人(ea5209)の言葉に真っ先に頷いたのは、音羽でり子(ea3914)だ。
「そうやね。なら、うちらがこっちってことでええか?」
「それなら『白組』はこちらですかね」
音羽と十三代目九十九屋(ea2673)がそれぞれ別の方角を指して、他の面々もそれに同意する。
風御凪、神山明人、音羽でり子、阿武隈森(ea2657)の『赤組』。
そして九十九屋、岩倉実篤、伊東登志樹(ea4301)、志乃守乱雪(ea5557)の『白組』。
探索はこの二組に分かれて行なうことになった。
●白組
無事に見つかればそれで良し。遭遇できなかった時のために、保険として罠も仕掛けておく。志乃守は、餌として捕らえられたネズミを掌に乗せて、優しく語りかけた。
「もし無事だったら、ちゃんと逃がしてあげますからね」
「罠に掛かってくれたほうが戦闘の手間は省けるけどな」
脇で罠の用意をしていた伊東の呟きは、敢えて無視する。そして、指先でネズミの頭をちょんと撫でてやると、名残惜しそうに罠の中へと放した。あとは定期的に罠を確認しつつ、探索を行なえば良い。物陰に潜む蝮を見落とさないよう、周囲に注意を向けながら、岩倉はぼやいた。
「しかし、生け捕りというのは厄介だな。死骸では作れないのか?」
「阿武隈様がそう言ってましたからね。酒豪の彼が言うんですから、確かなんじゃないですか?」
九十九屋もそう答えながら、神経のほうはしっかりと探索に集中させている。
「寝てるところを捕まえられれば、一番いいんだが」
「そうですね。そうすれば、ネズミさんも無事に帰してあげられますし」
伊東の言葉に頷く志乃守は、未だ生餌にされたネズミのことが心配なようだ。ネズミを逃がしてやるためにも、なんとか早めに蝮を捕まえなければならない。志乃守が決意を新たにしたところで、不意に九十九屋がぴたりと足を止めた。
「‥‥殺気を感じます。皆様、お気を付けて」
その言葉に他の三人が反応するかしないかのうちに、草むらからビュッと何かが飛びだしてきた。それはちょうど伊東の脛の辺りを目掛けて一直線に飛んできたのだが、彼は平然とした表情で軽くかわしてしまう。それが毒液だということを確認した岩倉が、草むらに向かって身構えると、予想通り毒蛙が姿を現した。最初の一匹に続いて、もう一匹。それを見た九十九屋はすかさず印を結んで、仲間に呼びかける。
「効果があるかどうか分かりませんが、大ガマを呼び出します。少しの間、蛙を抑えていて下さいますか?」
頷いて、岩倉と伊東がそれぞれ一歩前に出る。毒液を飛ばす攻撃は厄介だが、毒蛙の動きは非常に鈍い。二人が繰り出す刀は確実に毒蛙を捉え、ダメージを重ねていった。
「毒にさえ気を付けりゃ、楽勝だな」
「ああ。九十九屋殿の忍法に頼るまでもなかったか」
しかし安心したのも束の間、今度は別の方向―――後方に控えていた志乃守の背後から、新たな毒蛙が忍び寄っていた。志乃守がそれを認識した時には既に、毒蛙は彼女を毒液の射程圏内に捉えている。志乃守が咄嗟に身構えたのと、九十九屋の周囲に煙が巻き起こったのとは、ほぼ同時だった。そして煙が消えると共に、巨大なガマが出現。視界を取り戻した毒蛙は、忽然と現れた巨大な標的に向かって毒液を射出していた。
「助かりました」
志乃守の謝礼に頷いて、九十九屋は伊東と岩倉に目配せする。二人はガマの影に隠れながら移動し、反撃の間を与えぬよう、素早く毒蛙を仕留めてしまった。
「蛙はいたが、蝮にはお目にかかれなかったな」
刀を鞘に納めながら苦笑する岩倉に、同じように笑いながら九十九屋が答える。
「とりあえず罠を確認してみますか。『赤組』からの連絡もまだ入ってませんしね」
こうして『白組』四人は罠を仕掛けた場所まで戻ることにした。
●赤組
「探知した場所まではもうすぐです。そこから対象が動いていなければ、の話だけど」
「まあ、日中はそう活発に動き回ったりしないだろ」
爬虫類全般、特に蛇が苦手な音羽は、風御と阿武隈のやり取りを聞いて、軽く身震いをした。依頼達成のためには、ここで蝮と対面できれば万々歳なのだが、できればお目にかかりたくないという気持ちもある。しかし彼女は、努めて明るく振舞った。いつも笑顔を忘れず、それが芸人の基本である。
「阿武隈さん、神山さん、頼りにしてまっせ! 蝮捕まえるんには、お二人の技が役に立つさかい」
「そうだな。不意討ちにさえ注意すれば、そう苦戦はしないだろう」
春花の術の使い手である神山が頷く。蝮の毒は強力だが、噛まれる前に動きを封じてしまえばこちらのものだ。
「蝮は夜行性なんやろ? ほんなら、そない心配すること‥‥」
あらへん、と言おうとしたところで、音羽の体がずるっと傾いた。ぬかるみに足を取られてしまったのだ。「転ぶ!」と思った瞬間には、彼女はどんな転び方をすれば笑いを取れるかということを、反射的に考えていた。まさに芸人魂だ。
(「決まった! 最後の角度なんか、ばっちりや!」)
彼女なりに納得の行くこけ方ができたようだが、残念ながら、音羽が期待していたようなリアクションは返ってこなかった。それどころか、三人とも微妙な表情を浮かべて音羽のほうを凝視している。
「足だけやなく、芸のほうもスベった‥‥?」
「いえ、音羽さん、とんでもないものを踏んづけてますよ」
言葉の割には、風御の様子は落ち着き払っている。しかし自分が尻の下に敷いているものの正体を確認して、音羽は硬直した。細長くて、てかてかとした鱗を持つそれは‥‥
「へ‥‥ヘビ!!」
音羽は地面から飛び上がり、凄まじい身のこなしで後ずさる。ようやく重圧から解放された蛇は、怒ったように鎌首をもたげた。いきなり下敷きにされて大層ご立腹の様子だ。その蛇を冷静に観察して、記憶の中の知識と照らし合わせ、風御はそれがお目当ての蝮であることを確認する。
「どうやら無事に標的とご対面できたようです」
「よし‥‥じゃあ俺が動きを止める。下手に攻撃するなよ」
即座に、阿武隈がコアギュレイトの詠唱を始める。それと同時に、蝮は怒りに満ちた様子で音羽への逆襲を開始した。彼女はぎゃーぎゃー喚きながらも、その攻撃を見事にかわしてゆく。果たしてそれが実力ゆえなのか、それとも蛇に対する恐怖の成せる業なのかは、定かではない。
「おとなしくしてろ!」
やがて、阿武隈の放ったコアギュレイトが蝮を捉える。蝮は抵抗を試みたが、どうやら魔法には弱いらしく、置物のように固まってしまった。
「動きは封じたが、あまり持たねぇぞ」
「次は俺の出番か。皆、少し下がっていてくれ」
他の三人が充分に離れたのを確認すると、神山は春花の術で蝮を眠らせた。
「そう言えば、蛇を入れる袋は乱雪さんに任せてたんだっけ」
無力化された蝮を目の前にして、ふと思い出したように風御が言う。おもむろに印を結びながら、彼はこう続けた。
「依頼も達成したことだし、『白組』と合流しましょう」
●解決
「蝮は無事捕獲したので、集合場所に集まって下さい」
志乃守が風御から預かっていたかんざしが、依頼達成の報を告げた。正確に言うと、ヴェントリラキュイによって、かんざしを通じて風御の声が届けられた。
「良かった。これでネズミさんを帰してあげられます」
罠の中からネズミを助け出して、志乃守がほっと息をつく。幸か不幸か、罠に蝮はかかっていなかった。
「もし余分に捕獲できたら、売り捌こうと思ってたんだが。このままにしておいたら、明日あたりかかってないかな?」
などと冗談交じりに言う伊東をジト目で見ながらも、志乃守はネズミにすりすりと頬ずりをした。
やがて合流した一行は、眠りこける蝮を麻袋に収めて、町へと戻った。
「ありがてえ。この恩義は一生忘れねぇよ」
「ああ、これからも親方さんのこと大事にしてやれよ」
何度も頭を下げる依頼主の肩を、阿武隈が豪快に叩く。あとは蝮酒を作るだけだが、それは依頼外ということで、依頼主に一任されることになった。
「それにしても、俺は蝮酒は飲んだ事ないんだが、美味いのか?」
「ありゃクセがあるが、それがまた美味ぇんだよな」
「余分に捕れれば俺も作ったんだが、残念だ」
「‥‥蛇の入ったお酒なんて、うちは御免やわ‥‥」
岩倉、阿武隈、神山の蝮酒談義を傍で聞いていた音羽が、げんなりと肩を落とす。一方、風御は『白組』の面々に毒蛙の確保を頼むのを忘れていたことに気付き、少し悔しそうだ。そんな皆の様子を笑顔で見守りながら、九十九屋は下のように書かれた領収書を切って、すっと依頼主に手渡したのだった。
『また何かご入用でしたら何なりとこの九十九屋にご連絡下さい』