ばれんたいん慕情

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 64 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月14日〜02月17日

リプレイ公開日:2005年02月22日

●オープニング

「あのう‥‥依頼をお願いしたいのです‥‥」
 そう言ってギルドに入ってきたのは、一言で表すなら「冴えない青年」だった。
 よくよく見てみれば、そこそこ整った顔立ちをしているのだが、服装や表情、喋り方などが素材を台無しにしてしまっている。全体的に野暮ったいと言うか、ぱっとしないと言うか‥‥。
「僕は喜助といいます」
 ぺこりとお辞儀をして、依頼人は本題を話し始めた。

 * * *

 喜助は田舎の村からこの江戸に出稼ぎにきている。
 家族のため、日々仕事に精を出す喜助だが、恋のひとつもしてみたいお年頃。
 彼は勤め先の近くにある茶屋の娘「お加代ちゃん」にこっそり惚れているのだった。
 しかし、愛想よく器量良しのお加代ちゃんは店の人気者。
 対する喜助は、勤め先のおかみさんにも「あんたってば冴えない男だねェ」と言われてしまう始末。
 釣り合わないことは重々承知だ。
 でも、諦めきれない‥‥
 そんな時、彼はこんな噂を耳にしたのだった。

 * * *

「たまたま酒場で異人さんが話してるのを聞いたのですが‥‥異国には如月の14日に、好きな人に贈り物をするという習慣があるらしいのです。えっと、『ばてれんたいんでえ』‥‥だったかな?」
 正確にはバレンタインデーである。
「それで、この機会に僕も勇気を出して、お加代ちゃんに贈り物をと思ったのですが‥‥なにぶん、田舎の生まれなもので‥‥女性の方が何をもらったら喜んでくれるのか、とんと分からないのです」
 かと言って、お加代ちゃんに直接訊く勇気もないのだと、喜助はうなだれる。
 それに、さも偶然を装って欲しいものを不意討ちで贈れば、よりいっそう効果が高まるのでは‥‥という打算もあったりする。
 俯いていた喜助はがばっと顔を上げて、縋るように目の前の冒険者の腕をがしっと掴んだ。
「お願いします! どうか、お加代ちゃんの好みをこっそり聞き出してはもらえないでしょうか‥‥? そして、ついでに僕自身も‥‥少しでも彼女に見合うように、変われたらと思って‥‥」
 確かに今のままの彼では、たとえ贈り物をしたとしても決定打に欠けるように思われる。
 ここはひとつ、粋に改造してやる必要があるだろう。
「こんなことを人様に頼むなんて、情けない男とお思いでしょう‥‥でも僕は、少しずつでいいから変わって行きたいんです。これはそのための第一歩です。たとえどんな結果が出たとしても、後悔は致しませんので‥‥」

●今回の参加者

 ea3547 ユーリィ・アウスレーゼ(25歳・♂・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea8151 神月 倭(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

藤野 羽月(ea0348)/ 結城 夕貴(ea9916

●リプレイ本文

●腹が命
「オイラ、前に花嫁修業をしてたコトがあるから、しごかれ方なら経験済なのだー♪ えっと‥‥『ばてれんイタイんでぇ』に向かってオイラと一緒にガンバルのだ!」
 べんべんと三味線をひきながら陽気に笑うのは、ユーリィ・アウスレーゼ(ea3547)だ。喜助の心には「花嫁修業?」という疑問符が浮かんだが、ユーリィがとても熱心なので、敢えて水を差さないことにする。
「で、では『ばれてんいたいでぇ』に向けて頑張りますっ」
「その意気なのだ! オイラ『ジャパン人は腹が命』ってお友達に訊いたのだ! まず、腹式呼吸の練習からなのだ! はい、息を吐いてー、吸ってー」
「すーはーすーはー」
「もっと深く!」
 ただひたすら黙々と呼吸を繰り返す2人‥‥傍から見たらちょっと怪しい。しかしそんなことは気にせず、2人はひたすら特訓を続けた。
「オイラだって綺麗にお歌歌うために、毎日腹筋鍛えてるのだ! でも、腹筋鍛えすぎると、そのうちお腹が割れてくるらしいのだ。コワイのだー」
「そ、それは怪奇ですねっ。お腹が割れたらどうなってしまうんでしょう‥‥?」
「妖怪腹割れなのだー」
 ‥‥などと愉快な会話を交わしつつ。

●外見改造
 ケイン・クロード(eb0062)は呉服屋で購入した着物を手に、喜助の元を訪れた。彼が買ってきたのは落ち着いた色柄の外出着。派手すぎず地味すぎず、なかなか小粋な着物だ。
「喜助さんの新たな出発のお祝いに。私達からのプレゼントだよ、あはは」
「えっ、そんな‥‥依頼を申し込んだのはこちらなのに、申し訳ないです‥‥!」
 喜助は恐縮がっていたが、ケインは有無を言わさず着物の包みを喜助の手に押し付けた。冒険者とは、時にびっくりするくらいお人好しなものである。
「じゃあ早速始めようか。ユウキちゃん、よろしく」
「任せて下さい」
 助っ人として呼ばれた結城夕貴が喜助に着物を着付け、次にそれに合うよう髪を整えてゆく。銅鏡に映る自分の姿を見て喜助は目を丸くした。
「な、なんだか自分じゃないみたいです‥‥」
「着物と髪型を変えただけで随分と印象が変わるものだね」
 ケインはにこにこと感心し、結城も満足げに頷いている。
「喜助さん格好いいから女装させてみたいですねー♪」
「それは駄目」
 ついうっかり本音を零した結城の後頭部に、ケインは笑顔でチョップを入れた。

●茶屋にて
 のれんをくぐって茶屋に入ってきたのは、神月倭(ea8151)、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)、ギーヴ・リュース(eb0985)、リラ・サファト(ea3900)、そしてリラの夫の藤野羽月だ。5人が席に着くと、給仕のおばさんが気さくに声を掛けてきた。
「おや、今日は異国のお客が多いね。何かあったのかい?」
「今日はバレンタインといって、好きな人に贈り物をする習慣なんです。私、甘い物が大好きなので連れて来て下さって‥‥」
 微笑んで藤野を見つめるリラに、おばさんが「妬けるねぇ」と茶々を入れる。
「そういえばこちらにも評判の娘さんがいるとか‥‥今日は? もしかして何方か決まった方がいらっしゃるのかな」
「お加代のこと? 今日は家の手伝いでお休みよ。逢引きって話は聞いてないね」
「何かご実家であったのでしょうか。昔借りた恩義を返しに訪れたのですが、今が返すときかもしれませんね‥‥よろしければお加代さんの家を教えて頂けないでしょうか?」
 神月が訊ねると、礼儀正しく誠実そうな態度が幸いしてか、おばさんは快く家の場所を教えてくれた。
 そして茶菓子に舌鼓を打ったのち、一行はそれぞれ情報収集に向かったのだった。

●噂
「美しいお姉さん、少しお話を聞かせてもらえないだろうか‥‥と、この人が言ってます」
 道行く主婦にさっと一輪の花を差し出すギーヴ、そして彼の言葉を通訳するカヤ。美しいと言われた主婦は「あらやだ」と言いつつ、まんざらでもなさそう。そんな感じで、2人は加代の家の近所に住む噂好きのおばさ‥‥いや、お姉さんたちから情報を集めていった。それによると、やはり加代には決まった相手というのはいないらしい。
 リラと藤野も協力して情報収集を行なった結果、加代が常々「ちゃらちゃらした人は苦手」と口にしているという噂を耳にした。軽い気持ちでナンパをしてくる男性などには一切興味がないのだそうだ。
「喜助さん、誠実そうな人ですし‥‥上手く行くといいですね」
 リラの真摯な言葉に、藤野もやんわりと頷く。
「本当に。私は今日限りの助っ人だが、明日からも頑張ってくれ――」

●再び茶屋
 翌日、調査組の面々は再び茶屋を訪れた。
「いらっしゃいませ――あ、神月さん! 昨日はお世話になりました」
 神月の姿を見つけ、加代がにこにこと会釈する。
 実は加代は昨日、姉夫婦の子供を預かって面倒を見ていたのだが、末っ子にかかりきりになるうちに上の子2人がどこかへ行ってしまった。そこへ神月が声を掛け、赤ん坊から目を離せない彼女の代わりにやんちゃ坊主2人を探しに行ってやった――と、こんなことがあったのだった。
「ろくにお礼もできず、ごめんなさい」
「いえ‥‥では、お礼代わりと言っては何ですが、ひとつお訊ねしても良いですか?」
「はい、何なりと」
「先日出会った‥‥双子の姉を失った少女への慰めに、何かそっと贈り物が出来たらと思っています。私には若い女性が好む物が分かりませんので、宜しければ一案など頂けませんか」
 神月が訊ねると、加代はしばらく考え込んだ。
「お菓子とか、可愛い包みに入れてあげたら喜ばれるんじゃないかしら。美味しいものを食べたら悲しい気持ちも少しは和らぐと思うし‥‥」
 するとリラが笑顔で同意する。
「私も甘い物好きだから分かります。幸せな気分になれますよね」
「そうですよね♪」
 女の子同士、意見が合うようだ。お菓子を可愛く包んでというのは、有効な手かもしれない。
 そんな雰囲気に便乗して、今度はカヤが少し照れた様子で加代に訊ねてみた。
「実は僕も贈り物がしたいんだ。ジャパンに来て好きな女性が出来たのだけれど、彼女がどんな物が好きか分からなくて‥‥」
「女の子に贈り物と言うと、やっぱり簪とか‥‥でも、ありきたりかしら?」
「あなただったら男性から贈り物をもらうとして、何を望むかな? と、彼が言ってるけど‥‥こら、お加代さんがびっくりしてるじゃないか」
 いつの間にか加代の手を取って口づけようとしているギーヴに、カヤが通訳しながらツッコミを入れる。しかし意に介さず「これが異国の美女への挨拶なのだ」などとのたまうギーヴ。加代は面食らっていたが、くすくすと笑いながら質問に答えた。
「私だったら可愛い根付が欲しいかな。お気に入りの兎の根付、紐が切れちゃって‥‥」
 耳寄りな情報を手にした一行は、さっそく喜助に報告すべく茶屋を後にしたのだった。

●改造、その後
「オイラ『ジャパン人は歯が命』って訊いたような気もするのだ。歯がキラキラだと笑顔に自信がつくのだ!」
 というユーリィの言葉の元、喜助は今度は歯みがき特訓(?)に励んでいた。
 そして歯の手入れを終え、今度はケインが喜助と共に着物の着方、髪の整え方などを教えてゆく。とは言ってもケインも心得があるわけではないので、すべて結城の受け売りだが。
「急に変わろうとして、ボロが出たりしないか不安です‥‥ちゃんと1人でやれるようになるかな‥‥」
 戸惑う喜助を、ケインが諭す。
「変わる事は大変だよね。でも、この『壁』を乗り越える事が出来れば、きっともっと素敵な人に変われるよ」
「そう、ですよね‥‥ここでつまづいていたら、いつまで経っても前に進めませんものね」
 少なくとも、今までは「壁」から逃げていた彼が、こうして「壁」と向き合っている‥‥それだけでも大きな変化なのだ。だから「きっと大丈夫」という意味を込めて、ケインは喜助の背をぽんぽんと叩いてやった。

●贈り物
 集まった情報を元に喜助が選んだ贈り物は、兎の根付と兎を模したお菓子だった。今回の紅一点であるリラのアドバイスで、その2つを兎柄の巾着に包んで贈ることにした。
「お、お加代ちゃん、喜んでくれるでしょうか‥‥」
「背を伸ばして、前を向いて下さい。どんなに身綺麗に装っても、俯いていては顔に‥‥心に光が当たりません」
「大丈夫なのだ。キラキラ輝く喜助チャンに、お加代チャンはもうメロメロ間違いナシなのだ!」
 皆に励まされ、喜助は頑張って笑顔を作る。まだ少しぎこちないが、ギルドを訪れた時のおどおどした様子からは随分と印象が変わった。
「もし失敗したらお加代殿は俺が貰い受けるから安心を、って、それ安心できないから‥‥そうならないよう頑張ってね」
「はい‥‥ギーヴさんに取られないよう、頑張ってきますね」
 深呼吸をして、喜助はゆっくりと歩き出した。その後姿を見送り、リラは祈るように瞳を閉じる。
「うまくいきますように」
 それまでずっと笑顔だったケインは、ふっと真面目な表情になり、遠い故郷を思い描きながら呟いた。
「人の恋の手伝いばかりじゃなく‥‥私もどうにかしないと、ね」

●そして
 さてその後、茶屋では仲睦まじく笑い合う喜助と加代の姿が度々見られるようになった。本人たちは「良いお友達」と言っているが、そんな彼らを見守る周囲の目は温かい。これからもずっと友人のままか、それともさらに仲を深めてゆくのか‥‥それはまだ誰にも分からないが、ただひとつだけ言えることがある。
 喜助は俯くことなく、屈託なく笑うになった。
 今の彼ならば、先にどんな結果が待ち受けていたとしても、ちゃんと前を向いて歩いてゆくことができるだろう。
 きっと――