そして今、その行く果てを見定める
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月07日〜03月10日
リプレイ公開日:2005年03月15日
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●オープニング
「そこの方、依頼の持ち込みですか?」
係員に声を掛けられて、少年はびくっと跳ね上がる。彼は先ほどからずっと、そわそわした様子で入り口付近を行ったりきたりしていたのだが、係員に見つかったことでようやく中に入る決心をしたようだ。
「すみません。こんなことを依頼として持ち込んで良いものかどうか、迷っておりまして‥‥」
「まあ、お話を伺うだけならいくらでも」
係員が愛想よく笑うと、少年もようやく少し安心したように笑った。
* * *
彼には年の離れた兄がいた。
仕事で家を空けがちな父の代わりに、とてもよく面倒を見てくれる兄を、彼は本当に慕っていた。
勝気で意地悪な姉よりも、いつもケンカばかりしていた1つ上の兄よりも、一番上の優しい兄が大好きだった。
そんな兄が、突然いなくなった。
「俺は冒険者になる」
ただそれだけ言って、兄は家を出て行った。
兄がいつも手伝いに行っていた教会が魔物に襲われ、そこにいたシスターと孤児たちが惨殺されるという‥‥そんな悲しい事件が起こった直後のことだった。
何が起こったのか、彼には理解できなかった。
あんなに可愛がっていた弟や、大切な家族、温かな故郷の町を捨ててまで、死の危険と隣り合わせの世界に飛び出していくだけの理由が、果たしてあったのだろうか。
兄のその視線の先にあったもの――
ただそれが知りたい一心で、少年もまた見知らぬ世界へと駆け出していた。
* * *
「‥‥兄が亡くなったことを知ったのは、一月前のことです」
淡々と話していた少年の口調が、さらに重くなる。
兄の足取りをひたすら追い続けて、祖国を離れて遠い異国の地までやってきて、ようやく所在を掴めたと思った矢先‥‥兄は鬼との戦いで命を落としたとの知らせを受けた。
「最初は本当に取り乱しましたが、一月経って、ようやく少し落ち着きました。けれども、心にぽっかりと穴の開いたようになってしまって‥‥」
そう呟く少年の顔は虚ろだ。
最愛の兄を亡くし、今までずっと追い続けていた目標まで忽然と消えてしまったのだから、無理もないことかもしれない。
「僕は、兄がその目で何を見据えていたのか‥‥何を求めていたのか、ただそれだけが知りたくて、冒険者になりました。でも兄が亡くなって、僕は『僕自身が目指すもの』が何なのか、分からなくなってしまった‥‥」
本当は兄の目を通して、その先にあるものを自分も一緒に目指したかった。
けれど兄はもういない。彼が何を見ていたかは、もう分からない。
「だから、冒険者の方々に教えて欲しくって‥‥『何を目指してこの道に進んだのか』と。本当はこんなこと、仲間や友達にでも聞けばいいんでしょうけど‥‥異国から渡ってきたばかりで、親しい人もいなくて」
少年は淋しそうに笑う。
そして報酬の入った袋を差し出して、どこか縋るような様子で言った。
「‥‥これを、けじめにしたいんです。心の整理がついたら、これからどうするかは自分で決めます。だから、その足がかりを僕に与えて下さい」
頭を下げて、最後に少年は「ルーディ」と名乗った。
●リプレイ本文
●絆
「まずは俺のことを話そうか」
挨拶を済ませると、南天輝(ea2557)は自らの身の上を語った。
「俺は南天家の長兄として志士の家系にいたが、今はお前の兄貴と似た立場にいる。一回り歳が離れた妹達がいてな。妹達は俺を探して冒険者になったぐらいだ」
ルーディの頭にぽんと手を置く輝の傍らには、その妹の1人、流香がいる。ルーディはちらりと流香に目を向け、輝に問い掛けた。
「妹さんが心配すると分かっていて、それでも冒険者になったのには理由があるんですよね?」
「わたくしも知りたいですわ?」
輝の真意を知りたいという気持ちは、流香も同じのようだ。
「まあ、形式や建前ってのが苦手だったからだな。冒険者には権力はないが、自分の意思で誰かを助けに行くことができる。その身軽さから、俺はこの道を選んだ。ルーディ君は何を目指して冒険者になったんだ?」
「それは、少しでも兄の想いに近付きたかったから‥‥」
すると、黙って成り行きを見守っていたファータ・クロリス(ea8339)が静かに口を開く。
「私と似ているかもしれませんね。私も、冒険者であった父の想いを知りたくて、いつ終わるとも分からぬ旅に出たのですから」
彼女は、「迎えに来る」という約束を待ち続けて亡くなった母のこと、1人残されてしまったこと、父が母に贈った指輪のことなどを、淡々と‥‥冷ややかにさえ聞こえる口調で語って聞かせる。
「母の想いは無駄だったのか? 父は何を想っていたのでしょう? 父と同じ冒険者となれば、いつか会うこともあるかもしれない、父の想いに触れる偶然があるかも‥‥そう思い今の私があります」
その言葉が自分と重なったらしく、複雑な表情で俯くルーディに、ファータは先ほどより少しだけ柔らかな口調で話しかける。
「正直なところ、漠然とした想いのみで明確な目的はないのです、私には。でも目指すものが分からないのなら、それを見つける事を目的に旅を続けても良いのではないでしょうか」
「目指すものを見つけるための旅‥‥ですか」
ふっと顔を上げたルーディの頭を、輝が再びぽんと軽く叩く。
「何かあったら遠慮せず相談するといい。俺はルーディの兄にはなれないが、助けになりたい。目標やしたいことが見つかるのを祈っているよ。ルーディだけでなく、ファータもな」
ルーディは照れながら、ファータは戸惑いつつ、それぞれ頷く。そんな様子を微笑ましそうに見守り、流香がそっと呟いた。
「わたくしは冒険者になり、たくさんの出会いがあって良かった。兄上のおかげです」
ルーディもファータも、いつかそのように思える日が来るのだろうか――
●護る力
「よろしくね」
「初めまして坊主」
ケイン・クロード(eb0062)と狩野琥珀(ea9805)がイギリス語で挨拶する。ルーディは狩野に頭を撫でられて、照れながら微笑んだ。
「やっぱり祖国の言葉は安心します」
「今日の為にジェイドにみっちり特訓して貰ってきたんだ」
覚えたての異国語が通じて、狩野も嬉しそうだ。
「異国人同士だしな、寂しさも不安も分かるよ。一緒に旨い飯食って、元気出そうや」
ジェイドの誘いにより、4人は少し早めの夕食を摂ることにした。
手近な店に入ると、狩野がぼちぼちと話を始める。
「この年にもなると、人に教わるとか聞くってことが素直に出来なくてな。そういうのをジェイドは笑い飛ばし、真剣に教えてくれんだ。俺があと10年若かったら、性別越えて愛に走っちまうんだけどな〜」
「え?」
思わず固まる3人。それを見て爆笑する狩野。
「まあ、それは冗談としてもな‥‥自分だけでは絶対埋められない部分をジェイドから貰ってる。俺にとっては息子も同然さ」
「俺もな、おっさんから色んな物貰ってるよ‥‥ありがとな」
笑い合う2人の姿は本当に家族のようで、ケインは自らの育て親のことを思い出さずにはいられなかった。
「強く、優しかった義父さん‥‥その義父さんに近付くために、私は修行に来たんだ。私が抜刀術に拘るのも、夢想流の使い手だった義父さんに少しでも近づきたいから」
「しっかりと目標を持っているのは、すごいです」
尊敬と羨望の入り混じった視線を受けて、ケインは思わず苦笑する。
「だけど、この国に来て飛燕を振るったのはたった一度だけ。後は‥‥料理を作ったり、宴会の手伝いや恋愛の手助けをしたり‥‥。でも依頼人の笑顔を見るたび、こういうのも良いんじゃないかって思うんだ」
強くなりたい。けれど、力や血を流すこととは違う方法で、誰かに笑顔を与えたいとも思う。矛盾かもしれない、逃げかもしれない‥‥そんな気持ちの狭間で、ケインは揺らいでいる。
「今でも迷っている。義父さんが死んで‥‥大切な幼馴染をたった1人残して、私は何をしているんだろうって。迷っているから‥‥今は多くの人と出会い、様々な経験をしようと思っている。本当の意味で‥‥大切な人を護れる『力』を得るために、ね」
その言葉に、狩野は感慨深げに頷いた。
「坊主の兄ちゃんもきっと、大事な者を護る為に命を燃やしたんだと思うぞ。遺される辛さは‥‥俺も奥さん亡くしてっから解るんだが」
狩野の大きな手で頭を撫でられ、ルーディは少し泣き出しそうな表情になる。
「‥‥大切な人を亡くしてつらいのは、みんな同じですよね‥‥」
「そう思えるなら、誰かを護りたいって気持ちも分かるはずだ。冒険者が目指すもの‥‥それは『護る』事だと思ってる。友との絆、その中でも目的は芽生えるものだともな」
「狩野さんの護りたいものって‥‥?」
ルーディの問いに、狩野は照れながらも幸せそうに答える。
「息子だよ。天青ってんだが、こいつも冒険者で‥‥おっちゃん、これでも一族の長で。心配でな」
冒険者の顔から親の顔に変わっている狩野を見て、くすくすと笑うルーディ。その顔からは、最初の頃の悲壮感はだいぶ薄らいでいるようだ。
「兄は亡くなってしまったけれど‥‥僕も、大切なものを見つけたい」
呟いて、ルーディは澄み渡った夜空を仰いだ。
●標
ルーディは神月倭(ea8151)、シュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)と共に兄の墓を訪れていた。
「標を失う事は、突然暗闇へ立たされる気持ちと似ていますね。振り向いても軌跡は見えず、先に伸びていたはずの道も見えなくなる」
シュテファーニが奏でる物悲しい竪琴の音に合わせて、神月がゆっくりと語る。
「ルーディ様はご自分で今後を見定めたいと仰いました。その心こそが『道』、標であるのだと私は思います。そして貴方の真摯な気持ちが、私を『冒険者』にするのです」
「僕の心が、道?」
「兄上様が目指したもの‥‥確かな答えは出せませんが、私と同じく、冒険の日々のその先にある人々の笑顔、そして貴方の笑顔だったのではと思うのです」
「笑顔‥‥」
昨日のケインの言葉を思い出しながら、ルーディははっとなる。自分は冒険者となり、依頼も請けてきたが‥‥果たして、依頼人と真摯に向き合ったことがあったろうか?
「‥‥僕は兄のことに拘るあまり、他の大切なことを見落としてしまっていたのかもしれない」
「私は、諸国を回って色々なものが見たい‥‥各地に伝わる面白い話を他の所でも話して回りたいと思ったから、バードになりました」
その言葉に合わせて、悲しげな旋律から、優しい旋律へ――緩やかに曲調が変わる。ちなみに「世界中の綺麗な女性に会ってみたかったから」という心の声は敢えて伏せた。
「ルーディ様ももっと様々なものに目を向けてみると良いですよ」
そう言われて、改めて周囲を見渡してみる。
少し離れたところに見える親子の姿。両親に手を引かれて歩く幼子の無邪気な笑顔と、見守る両親の穏やかな笑顔――もし兄が護ろうとしていたものがそれだというのなら‥‥
「‥‥僕も、同じものを目指せるかな‥‥」
呟いたルーディを、神月もまた優しい微笑みで見守っている。
「人が生きたという証である墓は、一つの標でもあります。別の誰かがこの場所から先へ進むために、一時だけ心と身体を休める一里塚のようなもの」
兄の暖かく広い掌にも似た、この標。しかし標はあくまでも道を指し示すだけ。あとは自分の足で歩いてゆかねばならない。
「いつか貴方という一里塚に辿り着く誰かのために、ここからは自分の道をしっかり進んで行きましょう」
「はい」
ルーディが頷くと共に、最後に力強い旋律を奏でてシュテファーニが曲を締めくくる。彼女は神月に手伝ってもらって、驢馬に積んでいた大凧を半ば強引にルーディに取り付けた。
「意識を集中して『空を飛びたい』って念じてもらえます?」
戸惑いながらも言われた通りにすると‥‥ふわりと大凧が浮き上がる。
「わ、わわ‥‥!」
慌てふためくルーディの横で、シュテファーニは歌うように言った。
「世界はこんなに広いんですのよ。あなたの知らない色々なものがある。うじうじしてたら、これから見えるいろんな物も見えなくなりますよ」
ルーディは怖がってきつく瞑っていた目を恐る恐る開けてみる。いつ落ちるかと思うと緊張感は消えなかったが‥‥それでも、空から眺める異国の景色は美しい。
少年の顔には、どこか吹っ切れたような爽やかな表情が浮かんでいた。
そして翌日、少年は冒険者たちに自らの決意を伝えた。
護りたいものを見つけるため、それを護る力を手に入れるため――これからもこの道を歩いていくと。