その心を解き放つために

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 86 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月21日〜03月25日

リプレイ公開日:2005年03月29日

●オープニング

「私の住む村まで護衛をお願いしたいのです」
 そう言ってギルドを訪れたのは、温和そうな壮年の男性。傍らには10歳くらいの女の子がいる。
 依頼人は女の子と目線を合わせるようにして屈み、頭を撫でてやった。
「おじちゃんはこれから大事なお話があるから、ここにいるお兄さんお姉さんたちに遊んでもらっておいで」
 女の子はこっくりと頷くと、とてとてと男性の傍を離れていった。
 その様子を見ていた係員は思わずにこにこと微笑む。
「可愛いですね。娘さんですか?」
「ええ‥‥これから、私の娘になる子です」
 その言葉に、きょとんと首を傾げる係員。それに対して男性は少し悲しげな笑顔を返した。
「姪っ子なんですよ。ゆう、って名前なんですがね。両親を亡くして1人っきりになってしまったので、私の家で引き取ることになったんです」
 それを聞いて係員の顔も曇る。
「それで護衛の依頼というわけですか‥‥しかし、わざわざ冒険者をつけるほど危険な道中になるのですか?」
「まあ、あの子にもしものことがあってはいけませんし、念には念を‥‥という意味もありますが、どちらかと言うと護衛というのは表向きの理由です」
 そう言って、依頼人はゆうのほうを見る。係員もつられて視線を移すと‥‥ゆうは、1人でぽつんと柱の脇に立っていた。冒険者たちが話しかけたり頭を撫でてやったりすると、ぱあっと嬉しそうに笑うのだが、「一緒に遊ぼうか?」と声を掛けられると、申し訳なさそうに俯いて首を横に振る。
 その様子を見て、依頼人はまた悲しげな表情になった。
「ゆうの母親は、長いこと病を患っていましてね‥‥あの子は幼いながらも母を気遣い、しっかりした子に育ちました。けれども、周りに気を遣いすぎるあまり、言いたいことも言わず欲しいものも我慢して‥‥悲しさや淋しさも、全部1人で抱え込むようになってしまったんです」
 なるほど。「遊ぼう」と誘われても断っているのは、冒険者たちの手を煩わせてはいけないと、彼女なりに遠慮しているからだったのだ。
「あの子は私のことも、私の家内のことも、慕ってくれています。でも、これから本当の家族として暮らしてゆくからには、今のままでは駄目だと思うんです。だって、つらくても悲しくても何も言ってくれないなんて‥‥そんなの、淋しいじゃないですか」
 大切に思うからこそ、相手を煩わせたくないという気持ちは分かる。
 けれども、大切だからこそ痛みも喜びも分かち合いたいと思う気持ちも事実。
 我慢というのも大切なことではあるが、心から泣いたり笑ったりすることだって必要なはずだ。
「ですから、皆さんにはあの子の心を解きほぐすお手伝いをして頂きたいのです」
 大切な娘の笑顔のために――そう付け足して、依頼人は頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0822 高遠 弓弦(28歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3547 ユーリィ・アウスレーゼ(25歳・♂・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea8151 神月 倭(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8846 ルゥナー・ニエーバ(26歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9616 ジェイド・グリーン(32歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9805 狩野 琥珀(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0579 戸来朱 香佑花(21歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1415 一條 北嵩(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●野の花
 ゆうはまだ幼く、長時間歩くことにも慣れていない。彼女が疲れてきた頃合を見計らって、戸来朱香佑花(eb0579)が声を上げた。
「僕、疲れた。休ませて」
「では休憩にしましょうか」
 神月倭(ea8151)が提案し、皆も頷いて足を止める。
 ゆうを気遣って「休もうか」と声を掛ければ、彼女はきっと恐縮してしまうだろう。そのため、香佑花の言葉を合図に休憩に入ることに決めておいたのだ。そのおかげで、ゆうも心置きなく休むことができたようだ。
 道端に揺れる花に見惚れる彼女に、高遠弓弦(ea0822)が優しく声を掛ける。
「花は、綺麗ですね。でも、それはあるがままの姿を受け入れて咲いているからですよ」
「あるがまま?」
「花は花、人は人。あるがままの姿であるからこそ美しく、見ていて幸せにもなれて‥‥我慢ばかりは、良くはないんですよ」
 その言葉に、ゆうは少し俯いてしまうが、それでも弓弦は一言一言丁寧に伝えてゆく。
「ゆうちゃんのことを思ってくれてる人には、色々言っても大丈夫。嫌われたり、困ったりなんてしないものだから」
「そうかな‥‥」
 まだ不安げな表情のゆうに、今度は一條北嵩(eb1415)が真面目な顔で耳打ちする。
「実はな、2人だけの秘密なんだけど‥‥お兄ちゃん花達とお話出来るんだぜ」
 目を真ん丸くして驚くゆうにニマっと笑いかけ、一條は傍に咲くホトケノザにグリーンワードで質問をした。
『なあ、君を覗き込む人が笑顔だったら嬉しい?』
 ホトケノザをじっと見つめ、ゆうは興味津々で一條を見上げる。
「お花はなんて答えたの?」
「自分を見て綺麗だなって思ってもらえたら嬉しいってさ。綺麗なものを見ると、自然と笑顔になるものだろう?」
 それを聞いて、ようやくゆうの顔にも笑顔が。
「ゆうちゃん、一緒に花冠をつくりましょ」
 ルゥナーの誘いに、ゆうは嬉しそうに頷いた。せっせと花冠をつくるゆうの髪に、ユーリィ・アウスレーゼ(ea3547)は自分の華の髪飾りをつけてやる。
「うんっ、似合うのだ!」
「これ、お兄ちゃんの大切なものじゃないの?」
「同じゆーちゃん同士だし、お花好き同士だし、仲良しの印なのだ♪ 代わりにその花冠が欲しいのだ!」
 するとゆうは照れたように微笑んで、花冠をユーリィの頭にそっと乗せた。
「ゆうちゃんが俺の子なら、嫁に貰いに来る奴はたこ殴りの刑だな」
 ゆうの様子を微笑ましげに見守りつつ、物騒なことを呟くジェイド・グリーン(ea9616)。さらに彼は弓弦の手を取り、腰にまで手を回そうとする。
「其処の可愛いお嬢さん‥‥ボクと一緒にゆうちゃんみたいな子を育て‥‥」
「こら、ゆうちゃんの前だぞ」
 途中まで言いかけたところで、一條がジェイドの手を叩いて止める。
「あ、あの‥‥っ。子供を一緒に育てる場合、お互いが良くお互いを知らないとって思うんですが‥‥っ」
「俺が10年若かったらジェイドを嫁に貰うのに!」
 真っ赤になって慌てる弓弦と、相変わらずとんでもないことを口走る狩野琥珀(ea9805)。それをきょとんと見つめるゆう。
「ああいうの、見習っちゃ駄目だよ」
 香佑花に言われて、ゆうはよく分からないながらも頷いた。

●野営
「疲れてないか?」
「うん、ぜんぜん平気だよ」
 問われて虚勢を張るゆうだが、一條はそんな彼女を抱き上げ、愛馬・五曜に乗せてやった。
「あ、やっぱり疲れてるね? 言葉は通じないけど、こうやって触れていると相手が察するんだ」
 その言葉に驚いて、思わず五曜の顔を覗き込むゆう。五曜もまたゆうをちらりと見る。
「俺の調子が悪いと気遣う素振りをする。それを俺がまた察して、互いに気遣いあう悪循環が始まる。だったら変に気を遣わせるよりも、自分の気持ちを伝えたほうがいいだろ?」
 それでもまだ困惑した様子のゆうに、今度はルゥナーが語りかける。
「我慢するのはとてもえらいけど、我慢しすぎるのはよくないの。寂しい時は寂しい、痛い時は痛い、欲しい時は欲しいって、きちんと言ってあげることも大切なのよ」
 あるがままに‥‥弓弦の言葉を思い出しながら、ゆうは小声ながらもしっかりと自分の気持ちを告げる。
「‥‥ゆう、ほんとは疲れてたから‥‥お馬さんに乗せてくれてありがとう」
「よくできました。次はわたくしの馬に乗りましょうね」
 ルゥナーが撫でてやると、ゆうは微笑んで頷いた。

 やがて野営場所に到着すると、ゆうは狩野や神月と共に食材探しを始めた。しかし、大きなバッタを見つけて「きゃっ」と声を上げる。慌てて顔を上げると、少し離れた所にいるジェイドと目が合うが、彼は何故かその場を動こうとしない。そうこうするうちに、バッタはゆうの着物にくっついてしまう。
「た‥‥たすけて!」
 ついに意を決して助けを求めると、ジェイドはすぐに駆けつけ、バッタを追い払ってやった。
「怖い時は助けてって言っていいんだぞ。必ず助けてやるから、俺を、皆を信じろ」
 涙目になりながらも頷くゆうを見て、ジェイドは満足そうに笑う。
「人ってな、感情を溜め込むとどんどん心が重くなって、仕舞いにゃ自分の胸の重さに押し潰されちゃうんだぜ。まぁ女の子は胸が大きい方が俺は好きだが」
 そう語るジェイドを、すかさず狩野の拳が襲う。
「変なこと吹き込むなよ」
「いちいち鉄拳食らわすな、冗談だっつの」
 ジェイドと狩野の顔を心配そうに見比べるゆうだが、2人とも笑っているのを見て、ようやく安心した表情になる。やがてゆうは狩野と共に食材探しを再開した。
「春は芽吹きの季節、そして色んな出会いがある季節だ。こうやって出会ったのも春のお陰かもしれない。そう思うと、なんだか楽しくないか?」
 狩野の問いに、こくんと頷くゆう。
「そんな時は『面白い! もっと!』って望むんだ。そうすると〜‥‥もっと楽しくて嬉しいことがやってくる」
 狩野がぱっと手を開くと、そこにはいつの間にか集めたツクシがたくさん。2人は協力してツクシの袴を取り始めた。その途中、狩野が目にごみが入ったと騒ぎ出す。
「おじちゃん、だいじょうぶ?」
「イテテ! あ、でも涙が洗い流してくれた♪」
 心配そうにおろおろするゆうに、狩野はにっこり笑いかける。
「涙ってな、最高の治療薬なんだ。塵だけじゃなく、心の棘も泣くと取れちゃう事が多いんだぞ。痛いの我慢しちゃうとな、傍に居る人まで痛くなっちゃうから早めに涙で流そうな」
 頷いたゆうの髪を、狩野はくしゃくしゃと撫でてやった。

 やがてすっかり夜も更けたが、慣れない環境のためか、ゆうは寝付けずにいるようだ。
「折角ですし少しだけ夜更かししてみますか」
 悪戯っぽく神月が誘いかけると、ゆうは嬉しそうに頷いた。
 月の光に照らされ、今夜は闇もどことなく柔らかい。そんな夜の中、神月はゆうの手を握り、優しく語る。
「ゆう様は新しく父母となる依頼主様をお好きですか?」
「うん」
「言葉にしなくては気持ちは伝わりません。声を掛け合うことは、心と心に橋を掛け合うことと、きっと同じです」
 すると、ゆうは何か考え込むように月を見上げる。しかし彼女が何か答える前に、見張り番の香佑花から声が掛かる。
「そろそろ休んだほうがいいんじゃない?」
「そうですね‥‥では、おやすみなさい」
 頷いて、ゆうは依頼人の元へと戻っていった。
 2人仲良く寄り添う親子を、夜闇は相変わらず穏やかに包み込んでいる――

●自分の気持ち
 夜中に野犬が数匹現れたものの、ユーリィが月魔法で眠らせて事なきを得た。素早く片付けたので、ゆうは襲撃があったことにすら気付いていない。
「ゆーちゃんを怖がらせずに済んで良かったのだ」
 翌朝、楽しそうに笑うゆうを見て、ユーリィもほっとしたように微笑んだ。
 その後も何事もなく道中は過ぎ、無事に村に到着。依頼人の申し出により、彼の家に一泊して翌日江戸へ帰還することになった。
「江戸の女の子はどんな遊びをするのかな?」
 遊びというものをよく知らない香佑花に、ゆうはお手玉を教えてやった。その次にかくれんぼをすることにしたのだが、ここで香佑花は悪戯を思いついた。
「みんなも一緒にやろうよ」
 と言って皆を誘い、ゆうと2人で隠れる。そこで香佑花は人遁の術でゆうに変化し、わざと鬼役の弓弦に見つかった。
「ゆうちゃん、見ぃつけた」
「見つかっちゃった」
 ぺろりと舌を出すゆうが、実は香佑花であることに、弓弦も他の仲間もまだ気付いていない。けれども依頼人だけは違った。
「ゆう、様子がおかしいけど、どうしたんだ?」
「‥‥ばれちゃったか」
 途端に香佑花は元の姿に戻り、本物のゆうが草むらから出てくる。
「すごい‥‥どうして分かったの?」
「ゆうのことが大好きだからだよ」
 まっすぐな言葉に、ゆうは少し頬を赤くする。そして冒険者たちの顔を見渡して、わずかに躊躇った後‥‥勇気を出して言った。
「ゆうも、大好きだよ」
 言葉にしなければ伝わらない想いもある。1人で抱え込むより、伝えてもらったほうが嬉しいこともある。ゆうは、今回の旅でそれを学んだのだ。
「みんなのことも、大好き‥‥だからまた遊びに来てね」
「私からもお願いします。どうかまたゆうと遊んであげて下さい」
 2人の言葉に、頷かない者は1人もいなかった。
「オイラ、ゆうちゃんと遊んで『あげて』はいないのだ! ゆうちゃんと一緒に遊んでもらったのだー♪」
「大丈夫、貴方が伸ばした手と言葉を、私達は必ず受け止めますよ」
 微笑みながら、ユーリィと神月がそれぞれゆうの手を片方ずつ握る。それから1人1人握手を交わし、皆で笑い合う。
 そこには、春の陽差しよりなお温かい想いが満ち溢れていた。