●リプレイ本文
●準備
村に到着した冒険者たちは、村人と共に早速準備に取り掛かった。
「ふふっ、みんなで力をあわせて楽しいお祭りにしましょうね」
桜木家のおばあさんにコツを伝授してもらい、ご機嫌な様子で団子をこねるのは藤浦沙羅(ea0260)。
高槻笙(ea2751)と人見梗(ea5028)は協力して桜の花を収集。梗の頬がほんのり蒸気しているのは、春の陽気のせいか、はたまた憧れの人と一緒だからだろうか。
月代憐慈(ea2630)と菊川響(ea0639)は会場の設営に奔走中。月代が出店に必要な長椅子や傘を家々から借りて回り、菊川が力仕事を一手に引き受ける。
「春! 花見! 祭! いいね、わくわくするな♪」
主人の声に答えるようにひひんといななく愛馬ふたえご。彼もまたご褒美の飼葉目当てに、荷運びに精を出している。
一方、梅組のニライ・カナイ(ea2775)、秀真傳(ea4128)、綾都紗雪(ea4687)は芝居の稽古に余念がない。村人数人も出演することが決まり、皆で和気藹々と練習に励んでいる。
潤美夏(ea8214)も稽古に顔を出しつつ、その合間を縫って料理の仕込みと、大忙し。手の空いている神楽聖歌(ea5062)が美夏の補佐に回る。
そんなこんなで準備期間はあっという間に過ぎ、いよいよ祭本番と相成った。
●桜舞
「さあいらっしゃい。今なら美味しい菓子に、雅な楽と舞も楽しめますよ」
月代の呼び込みに惹かれて、次々に村人が集まってくる。期待に満ちたたくさんの視線を浴びて、少し緊張気味の沙羅。
「職業柄慣れてるとはいえ、やっぱり緊張しちゃうなぁ‥‥」
しかし彼女は綺麗な桜の花を眺めて呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。大好きな桜が、きっと味方してくれるはずだ。
やがて菊川の笛の音に合わせて沙羅が朗々と歌い始め、月代が厳かに舞を披露する。ちなみに月代が纏うのは、近くの神社から借りてきた巫女装束。その中性的な魅力に、村人たちは目を奪われている。
桜舞い散る下での舞踊は幻想的だが、時折少し音程を外す菊川の笛が微笑ましい。それでも、心を込めた温かな音色は聞く人を幸せな気分にさせる。そして最後に村人から教わった曲を奏でると、聴衆も一緒になって歌い始め、最終的には大合唱で幕を閉じることとなった。
「やっぱり1人よりもみんなといっしょの方が楽しいですね」
「ああ、楽しい時間になって良かったな!」
無事終了を祝い、桜茶で祝杯を上げる沙羅と菊川。月代はと言えば、興味深げに集まってきた村人たちに囲まれている。
「おお、あんちゃんやっぱり男か。似合っとるのう」
「それはどうも」
巫女姿が似合うというのが喜ばしいことかどうかはさておき、月代は笑顔で礼を述べる。
「江戸の話を聞かせてくれんか?」
「もちろん、喜んで」
快く話し相手になってやると、老人たちは大層喜んだ。結果として、その後延々と付き合わされる羽目になったのだが。
●茶屋
他の3人が出し物をしている間、高槻と梗は2人で店番だ。ただ茶や菓子を出すだけではつまらないので、集めてきた桜の花びらを茶に浮かべたり盛り付けに使ったり、色々工夫を凝らしている。さらに梗は桜の絵を用意して、お菓子に添えてみたのだが‥‥
「おや、桜組なのに梅の絵かい?」
「え!? ‥‥そ、そ‥‥そんな事は断じて‥‥」
と慌てつつ、じっと自らの絵を見つめる梗。そんな彼女を、高槻はくすくすと笑いながら眺めている。これでは、ついついからかいたくもなるというものだ。
「梗さん、せっかくですし、私たちもお菓子を頂きませんか?」
「え、あ、はい!」
高槻が差し出した団子を慌てて受け取り‥‥梗は硬直した。その団子、なんと蛙の形をしているではないか。蛙が大の苦手の梗だが、せっかく高槻がくれたものを無下に断るわけにも行かない。
「あ、有難く頂きたく存じたてまつり‥‥」
冷や汗を流しながらも頑張って食べようとする梗を、高槻が笑いを堪えながら止める。
「ごめんなさい、冗談ですよ。‥‥意地悪したお詫びに、これを」
微笑んで、そっと梗の髪に桜の花を挿す。梗は今度は別の意味で硬直しながらも、小さく呟いた。
「あ、ありがとうございます‥‥大切に、しますね」
そこへやって来たのは梅組の秀真。陣中見舞いに来たつもりだったのだが、2人の姿を見てにんまりと笑う。
「おや、邪魔したかの、笙殿?」
「いえ、そんなことは」
意味ありげな笑みを交し合う高槻と秀真、その横で赤くなる梗。
まさに春、といったところか。
●白梅姫
対する梅組の催しは、浄瑠璃芝居『異国草子・白梅姫』。
姫役の紗雪はニライの服を借りているのだが、生まれて初めて纏う異国の服に、少し照れながらも嬉しそうな様子。
『今は昔に語りけり〜。さる異国に白梅の如き麗しき姫ありて‥‥』
ニライの凛とした歌声と共に、芝居の幕が開けた。ちなみに彼女は紗雪の僧侶衣に身を包んでいる。
まず物語は、美しい姫が女王により城を追われるところから始まる。
「まったく、愚図な娘ですわね。いつになったら掃除が終わるんですの?」
「申し訳ありません、お母様。今すぐに‥‥」
女王役の美夏の迫真の演技。むしろ、演技ではなく素に見えるのは気のせいだろうか。
やがて追放された姫は山奥の村人に匿われ、穏やかな暮らしを送ることとなる。村人たちは美しい姫を、そして姫の奏でる笛の音を、心から愛し大切にした。しかし姫が生き延びていることを知った女王は、姫に呪いの菓子を食べさせてしまう。
永き眠りについた姫。嘆き悲しむ村人たち。
そこへ現れるのが王子役の秀真だ。彼もまた異国の衣装を纏い、颯爽と馬から降りる。
「村人よ、何を哀しんでおるのじゃ?」
「姫が呪いの菓子を食べ、眠りについてしまったのでございます」
「ほう、これは美しい‥‥」
姫の顔を覗き込み、溜め息を漏らす王子。実はこれ、演技ではなく彼の本音なのだが、それはまあ置いて。
王子がそっと姫の手を取ると‥‥不思議なことに、忽ち目覚める姫。歓喜に湧く村人たちに見送られ、王子は姫を国へと連れ帰り――それを遠くから微笑んで見守るのは、なんと意地悪だったはずの女王だ。
「幸せにおなりなさいな」
呟く女王。実は姫に食べさせたのは呪いの菓子などではなく、幸せを招く菓子。すべては、おとなしすぎる姫を案じてのことだった‥‥というのが真の筋書きである。
『‥‥して末永く睦まじく暮せり〜。異国草子・白梅姫、これにて幕と相成りまする』
ニライの歌声が最後を締めくくり、浄瑠璃芝居は大盛況のうちに閉幕した。
●祭の夜
芝居が終わると、ちょうど食事時。美夏は混ぜご飯や梅肉のすまし汁など、梅にちなんだ料理を村人たちに振舞った。
「そこのお客さん、梅のすっぱさは疲れを取って、お腹の調子を良くするですわよ」
「こちらは『異国草子・白梅姫』にも登場した、幸せを招くお菓子ですよ」
美夏と聖歌の誘い文句に惹かれ、次々に客が集まってくる。
「‥‥甘味は好きだ」
わずかに赤面しつつ、ニライも菓子を頬張る。異人、しかもエルフは珍しいので、ニライがいるだけで客寄せになるようだ。とは言え、材料調達や店の準備などで資金を使ったので収支はトントンだが、それもまあご愛嬌と言ったところ。
「切られ折られるほどに強く綺麗に、それでいて慎ましい‥‥私は梅のほうが好きですわね」
梅の花を眺めつつ、呟く美夏。
「ええ。とても綺麗なお花ですね」
聖歌もにっこりと頷く。せっかくなので、俳句でも作ってみようと思った美夏だが‥‥
「まあ、この光景では無理ですわね」
どんちゃん騒ぎをする村人たちを眺め、溜め息。早々に諦めたのだった。
紗雪も笛など奏でつつ店を手伝っていたのだが、秀真に誘われ、今は花見を楽しんでいる。
「福袋にてわしには不似合いの指輪を手に入れたでの、紗雪殿にと思うて」
指輪を取り出し、そっと紗雪の指に嵌める秀真。
「‥‥頂いてしまっても良いのですか?」
「うむ‥‥似合うておるぞえ」
微笑みながら、梅の花を見つめて一言。
「‥‥美しいのう」
枝に咲く花と、隣に座る花。果たしてその言葉はどちらに向けられたものだったろう。
来年もまた共に花を愛でることができたら、と願いつつ、秀真は静かに花見を続ける。そんな願いを知ってか知らずか、紗雪が呟いた言葉は‥‥
「また来年も、遊びに来させていただきたいですね」
少しびっくりしつつも、秀真は微笑んでそれに頷くのだった。
●祭の後
さて、村人による厳正な審査が行なわれたのだが、今年は梅組・桜組とも甲乙つけがたしという結果になった。娯楽などほとんどない村で、これほどまでに楽しい催しを経験できる機会は滅多にない。村人たちは大いに喜び、勝敗などつけられないと口々に言った。
「本当に楽しかった。また来ておくれね」
「ええ。来年も、再来年もこうして楽しい気持ちでお花見できたら嬉しいですね」
沙羅は桜木家のおばあさんと。
「こんなお花見にお誘いしてくれて感謝してるよ!」
「こちらこそ、本当に感謝しております」
菊川は依頼人と。
それぞれ笑顔で握手を交し合う。
皆の心に忘れえぬ想い出を残し、桜花繚乱・梅花絢爛の祭は幕を閉じたのだった。
『梅の香に 鶯の歌 風温み 花の杯 春宴に酔ふ』
高槻が詠んだ歌のとおり、鶯の楽しげなさえずりが響き、村は暖かな春の風に包まれる――