●リプレイ本文
●3人
レイナス・フォルスティン(ea9885)、イェルハルド・ロアン(ea9269)、陸堂明士郎(eb0712)は、紗枝と依頼人、そして慧に関して村人から話を聞き、合流して情報交換を行なっていた。
「3人は、幼い頃から仲が良かったようだ。慧が出て行った辺りから、ぎくしゃくしていたらしいが」
「依頼人はやっぱり紗枝さんに気があったらしいね。ただ、慧さんと揉めていたって話は聞かなかったけど」
それについては、慧に気を遣って自分は身を引いたのでは、と思っている村人が多いようだ。
「ただ、気になることがある。紗枝が病に倒れた頃から、彼は様子がおかしかったらしい」
「想い人が臥せっているので心配して、というのではなくてか?」
レイナスの問いに、陸堂は静かに首を振る。
「むしろ紗枝を避けているような節があったそうだ。結局ほとんど見舞いにも行かなかったとか」
「それは変だよな‥‥」
イェルハルドも難しい顔つきになる。依頼人が何かを隠しているのは確かなようだ。
●兄
慧の両親は既に他界しているが、生家にはまだ兄が住んでいるということで、綾都紗雪(ea4687)、高遠紗弓(ea5194)、天霧那智(eb0468)はその兄を訪ねた。
「両親は盗賊の手にかかってしまってな‥‥弟は自分の手で奴らを討たねば気が済まないと言って、飛び出していったんだ」
「‥‥つらいお話をさせてしまい、申し訳ありません‥‥」
しゅんと俯く紗雪に、兄は「いいんですよ」と気丈に笑って見せる。
「でも、馬鹿な奴だよ。恋人を1人きりで待たせて、死に目にもあってやれないなんて‥‥」
「失礼ですが、慧さんは今は‥‥?」
天霧が訊ねると、兄は深い溜め息を漏らす。
「音沙汰なしだ。どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかさえ‥‥」
その言葉に、誰の心にも不吉な影がよぎる。
「不躾なことばかり聞いてしまってすまない。不躾ついでにもうひとつ聞きたいんだが、弟さんは貴方に似ていただろうか?」
紗弓の問いに一瞬きょとんとした後、兄は昔を懐かしむように微笑み、頷いた。
「ああ、年も近かったし、よく間違えられたりしたよ」
「ということは、声も似ていましたか?」
天霧の質問にも肯定が返ってくる。それを聞いて、紗弓と天霧はある提案を持ちかけたのだった。
●残影
真夜中。不意に物音が響いた気がして、依頼人は目を覚ました。眠い目をこすりながら辺りを見回してみるが、何もない。‥‥否、月明かりに照らされて障子越しに人影が映っている。
「誰だ‥‥?」
恐る恐る呼びかけると、すっと音も立てずに障子が開いてゆく。その隙間から垣間見えたのは‥‥
「さ、紗枝?!」
彼は悲鳴にも似た声を上げ、痙攣するように震えながら後ずさりしてゆく。それでも紗枝は一歩も動かず、ただじっと見つめてくるだけ。
「こ、来ないでくれ! 頼むから‥‥そんな目で見ないでくれ‥‥許して‥‥」
両腕で顔を覆い隠し、子供のように怯える依頼人。
しばし時が過ぎてから、ゆっくりと顔を上げてみると‥‥そこにはもう誰の姿もなく、開いた障子から夜風が吹き込むだけだった。
そこから少し離れた場所で、人遁の術を解いた狩野琥珀(ea9805)は深刻な顔をしていた。
依頼人のあの慌てよう、そして「許してくれ」という言葉。彼が秘密を握っていることはもはや明白だ。あとは隠された事実を明らかにし、哀れな魂を解き放ってやるだけ。
「もう少しで楽にしてやっから、な」
村外れ――桜の咲いている方角を見つめながら、狩野は小さく呟いた。
●悔恨
翌日、冒険者たちは依頼人の元を訪れた。どうやら昨夜の件が効いているらしく、依頼人はかなり焦っている様子。
「は、早く亡霊を退治して下さいよ! そのために依頼したんですから」
「そう慌てるでない。物事には順序というものがあるのじゃ」
架神ひじり(ea7278)にぴしゃりと言われ、依頼人は項垂れてしまう。あまり脅かしすぎても逆効果なので、まずはイェルハルドが穏便に訊ねた。
「あなたは慧さんのその後について何か知ってるのかな。例えば新しい恋人が出来たとか、出先で倒れてしまったとか、色々あると思うけど」
「どうしてそんなこと訊くんです? 依頼とは関係ないでしょう」
そう答える顔には明らかに動揺の色。口調も、その話題を避けたがっているようにしか聞こえない。そこで今度は天霧がカマを掛けるように言った。
「御存知の通り冒険者は多芸です。過去の出来事を調べるも容易いこと。‥‥その前に仰る事はありませんか?」
「か、過去? まさか、そんなの分かるはずが‥‥」
すると天霧は印を結び、依頼人そっくりの姿に化けてみせる。冷や汗を流しながら硬直してしまった依頼人に、ひじりが一言。
「未練を残したまま怨霊として滅ぼさせるのは悲しいことだと思わぬか? 友人として成仏させてやるのが人の道ではなかろうかのう?」
その言葉によって、依頼人はついに頑なな態度を崩し、座り込んでしまった。そんな彼に手を貸してやりながらも、狩野は厳しい語調で訊ねる。
「慧は何処へ行ったんだ? それについて紗枝に伝えたのか?」
「い、行き先は知らない‥‥でも、あの2人の仲を裂いたのは、私です‥‥」
そして彼は自らの罪について話し始める――
●真実
イェルハルドに庇われながら、紗雪と紗弓は桜の木へと近付いていた。
その下に佇む朧げな姿の女性は、哀しげな顔で桜を見つめていたが‥‥気配に気付いてゆっくりと3人のほうを向く。
「紗枝さん‥‥お話がしたいのです」
しかし、紗雪の声は届かなかった。かつて紗枝だったモノは、怒りと悲しみに顔を歪ませて襲い掛かってくる。イェルハルドは咄嗟に紗雪を下がらせ、その間に割って入った。
「こんな事をしてたら慧さんが悲しむよ!」
『あなたなんか知らない‥‥慧に逢わせて!』
やはり紗枝には、もはや理性は残っていないようだった。話し合うのは困難だと悟り、傍に控えていた仲間たちも次々に駆けつける。それでもまだ、彼らには躊躇いがあった。
このままでは哀しすぎる――
「慧さんはあなたを忘れたわけではありません! 哀しい嘘を信じ込んで、すれ違っていただけ‥‥」
紗枝に真実を伝えるべく、天霧が必死に呼び掛ける。
そう、慧は紗枝を忘れてなどいなかった。村に戻ったら結婚するつもりで手紙まで送っていたのだが、それは紗枝ではなく、嫉妬を抱く依頼人の手に渡ってしまった。そして『紗枝は1人で待つことに疲れ、自分と結婚することになった。慧にはもう逢いたくないと言っている』という依頼人からの返信を信じ、それから一切の連絡を絶ってしまったのだ。
しかし天霧の言葉も、紗枝には届いていないようだった。
『知らない! 知らない! 慧を返して!』
駄々っ子のように首を振って、ただ滅茶苦茶に攻撃を仕掛けてくる。その様子を切なげに見つめながら、天霧は最後の切り札を使った。
「もう、待たなくて良いんだよ。僕は帰ってきたから」
その声は天霧自身のものではなく、慧とよく似ているという兄の声を真似たもの‥‥それは、紗枝の心に訴えかけるだけの効果があった。
『慧‥‥?』
ぴたりと、紗枝の動きが止まる。
それはほんの一瞬の出来事で、すぐにまた元のように戻ってしまったのだが、彼女の様子が微妙に変化しているのを紗雪は見逃さなかった。そして彼女の心の闇を少しでも和らげるべく、依頼人から教わった童歌を笛で奏でる。
その優しい音色に包まれながら、陸堂は刀を構えた。
「我、死に挑みし修羅なれど、今宵散らすは悲恋の情‥‥せめて、その魂に安らぎのあらん事を‥‥」
紗枝は陸堂の攻撃を避けようとはせず、むしろ自ら刃に飛び込んでいった。
彼女の顔にもはや苦しみの色はなく、穏やかとさえ言える。
「憐れなる娘よ。浄化の炎を受け滅ぶのじゃ」
「どうかこの桜が、道行きの灯りとなりますように‥‥」
最後にひじりの火炎燕返しにその身を焼かれ、紗雪に浄化されて、紗枝は静かに消えていった。
●鎮魂
「これ位しかしてやれん。少しは慰めになると良いが‥‥」
すべてが終わった後、陸堂は受け取った報酬を元に、桜の木の下に小さな祠を建てた。
「慧はずっと傍にいるからな‥‥もう苦しまなくていいんだ」
狩野は紗枝と慧の着物を譲り受け、一緒に祠の下に埋めてやった。そして、紗弓はそこに自ら描いた慧の絵をそっと添える。
それから皆で祠の前で手を合わせ、レイナスとイェルハルドは祖国のやり方で、それぞれ紗枝を弔った。
「桜は神の座します花。哀れな娘の魂を、どうか導き給えと願わずにはいられません‥‥」
天霧の言葉に応えるように、はらはらと桜が散ってゆく。
しんみりとした仲間たちを元気づけるように、ひじりはわざと明るい調子で言った。
「それにしても男と女の関係は面倒なものよのう。わしは美味い物でも鱈腹食ってのんびりするほうが良いのう」
「では紗枝さんのために、今宵は鎮魂の宴を開きましょうか」
「お、いいね」
紗雪の提案にイェルハルドが賛成し、皆揃って祠に背を向ける。
最後に、紗弓がふと足を止め、ちらりと振り返る。すると一瞬だけ、桜の下で仲睦まじく笑い合う2人の姿が見えたような気がした。
「想いは‥‥本当に何処へと還って行くのだろう。何時しか誰の身にも解るだろうか‥‥」
切なげに呟いて、空を見上げる。
空は、紗枝が最後に見せた表情と同じように、哀しいほど澄み渡っていた。