お兄ちゃんは心配性
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 64 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月23日〜04月26日
リプレイ公開日:2005年04月29日
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●オープニング
ギルドに入ってきた青年を見て、係員は一瞬考え込む。はて、確かに見覚えのある顔だが、誰だったろう?
「すみません・・・・依頼をお願いしたいんです」
「はい、どのような内容でしょう?」
笑顔で問われて、青年は少し決まりが悪そうに口ごもった後、ようやく決心したように話す。
「・・・・妹の素行調査をお願いしたいんです」
「妹さん?」
そこで係員はようやく思い出して、ぽんと手を打った。
「ああ、茜音さんのお兄さんですよね? 確か・・・・蒼威さん」
「覚えてたんですか」
「茜音さんがよく話してますから」
にこにこと笑う係員と、照れたように苦笑する蒼威。
ちなみに茜音というのは、このギルドに所属する駆け出し冒険者である。彼女が冒険者の仲間入りをするに当たって、実は一騒動あったりもしたのだが、それについてはひとまず割愛するとして。
「しかし、どうして妹さんの調査なんかを・・・・?」
「それがですね・・・・あの子もそろそろ冒険者の仕事に慣れてきたようなんですが、それで心に少し余裕ができたのか、男が・・・・男ができたみたいなんですよっ!」
わなわなと肩を震わせる蒼威。それを見た係員は一瞬ぽかんとした後、何とも言えない表情になった。
しかしそれにはまったく気付かず、蒼威はぐっと拳を握り締めて力説する。
「それはまあ、あの子も年頃ですから、気持ちは分かりますよ・・・・でも私は悪い虫をくっつけさせるために、あの子を送り出したわけじゃないんです!」
「しかし茜音さんももう立派に独り立ちしてることですし・・・・」
「いえ、あの子はまだ半人前です!!」
その気迫に押され、思わずびくっとする係員。
「・・・・かと言って、私がしつこく訊いても答えてはくれないでしょうから・・・・そこで、皆さんにお願いしたいんです! 構いませんね?!」
「は、はい」
とても断れるような状況ではなかったため、係員は咄嗟に頷き、蒼威からの依頼を受け付けてしまった。
・・・・このことが茜音にばれたら、後で散々文句を言われるんだろうな・・・・などと心労を覚えつつ。
●リプレイ本文
●兄の想い
冴刃歌響(ea6872)は蒼威の元を訪ね、話を聞いていた。
「今回のことは、どこで知ったんですか?」
「茜音と親しい冒険者の方から聞きました。今までは色々話を聞かせてくれていたのに、最近は顔も見せないで‥‥心配に思って話を聞いてみたら、どうも想い人がいるらしいと」
溜め息を漏らす蒼威を見て、冴刃も複雑な表情になる。
「俺の弟にも恋人が出来たんですけどね、まぁ兄の事なんか放ったらかしで、三度の食事でしか顔を合わせませんよ。つれないですよねぇ、兄は心配してるっていうのに」
「まったくです!」
蒼威は涙ながらに冴刃の手を握り締め、大きく頷く。蒼威にとって茜音はたった1人の血縁、心配する気持ちも一際深いのだろう。
「‥‥でもそうやって、自分の道を見つけて行くんですよね。いつまでも手取り足取り守ってやる訳にもいかない‥‥少し寂しい事ですけど」
冴刃が微苦笑を浮かべて言うと、蒼威は項垂れてしまう。
「ほんの少し前まで『お兄ちゃん』と甘えてくれていた子が、もう独り立ちしていってしまうなんて、なんだか信じられなくて‥‥大人になりきれていないのは、俺のほうですね」
寂しげに俯く蒼威の肩にそっと手を置いて、冴刃は微笑んだ。
「蒼威さんが本気で心配しているんだってこと、茜音さんもきっと分かってくれるはずです。だから、一緒に頑張りましょう」
●証言
バルムンク・ゲッタートーア(ea3586)はギルドで茜音と親しい冒険者を探し、無事に見つけることができた。
「‥‥というわけで、茜音さんについて教えて欲しいんじゃが」
事情を説明すると、冒険者は快く話を聞かせてくれた。
「茜音は思い込んだら一直線なところがあるから、ついつい突っ走りそうになっちゃうことがあって‥‥それをなだめて抑えてあげてるのが、相手の男の人なの。今はまだ恋人ってわけでもないようだけど」
「なるほど、つまり保護者のような存在というわけか」
「うん。何だかんだ言っても茜音はお兄ちゃん子だから、そういう感じの人に弱いみたい」
それを聞いて、バルムンクは微笑ましげに頷く。蒼威は色々悲観しているようだが、茜音が兄の背を見て育ったのは確かなようだ。
「まあ、この分なら余計な心配は要らぬ気もするが‥‥依頼は依頼じゃからな。やはり兄妹向き合って話すのが良いじゃろう」
冒険者に礼を述べて、バルムンクは仲間たちの元へと向かった。
●妹の気持ち
琴月舞(ea8605)はギルドで茜音に会い、久々に話でもしようと酒場に誘い出した。ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)も同行したのだが、茜音は人懐っこい性格ゆえ、初対面のジルベルトともすぐに打ち解けたようだ。
ほどよく酒も入ってほろ酔いになった辺りで、ジルベルトが本題を切り出す。
「最近、一人寝は寂しいのよねえ‥‥茜音ちゃんは可愛いからもてるでしょ?」
「いえ、もてませんって。気になる人はいるけど‥‥」
「じゃ、片思いなの? お相手は誰?」
年頃の女性というのは、この手の話題になると口では渋りつつ、内心では案外「聞いて欲しい」という気持ちがあったりするもの。茜音も、照れながらも話し始める。
「私と同じ冒険者の方です。しっかり者で優しくて、そそっかしい私のこといつも支えてくれて‥‥」
「なるほど、同業者か。腕っ節は確かなのか?」
舞に問われ、茜音は大きく頷く。
「剣の稽古に付き合ってもらったり、相談に乗ってもらったり、色々お世話になってます。だから少しでも恩返ししたいけど、私はまだまだ未熟だから‥‥」
「そうか。でも大切なのはその気持ちだろう」
少し自信をなくしている様子の茜音だったが、舞に励まされて笑顔に戻る。しかし、
「そうそう、こないだ茜音ちゃんのお兄さんをギルドで見かけたわ。心配してたみたいよ」
というジルベルトの言葉で、再び顔を曇らせた。
「‥‥お兄ちゃん、このこと知ったら『冒険者なんてやめろ』とか言い出しそう‥‥」
「でも、自分の気持ちを正直に伝えたほうがいいわよ。正直は最大の武器とも言うしね。下手に隠すとこじれるし」
「相手が信用に足る男なら、きっと分かってもらえるはずだ。それとも兄のことが信じられないか?」
2人の進言を受けて考え込む茜音だったが、ようやく決心を固める。
「分かりました。お兄ちゃんに会ってみます」
●調査
ジェイド・グリーン(ea9616)は、冒険者街へと向かう茜音の後をこっそり尾行していた。
「これはれっきとした調査だし、下心なんかないぞ?」
別に聞かれてもいないのに、何故か自分に言い聞かせるジェイド。まあ真意はともかくとして、やがて茜音が誰かと話しているところに遭遇したので、ジェイドは2人の様子をじっと観察した。
相手の男はジェイドより少し年上だろうか。唇の動きを読んでみると、どうやらこんな話をしているらしい。
「この前はまた迷惑かけちゃってごめんなさい。私、カッとなるとつい前が見えなくなって‥‥」
「真っ直ぐなのは茜音さんの長所でもあるから。でも一歩立ち止まって物事を見つめることができたら、もっと伸びるはずだよ」
「えへへ、そうかな‥‥」
照れたように微笑む茜音と、それを見守る青年。茜音にとって彼が憧れの対象であることは明らかだが、相手のほうはそれこそ「妹を見守る兄」といった様子だ。
「じゃあ、また剣の稽古に付き合って下さいね」
「もちろん。それじゃあ、気を付けてね」
挨拶を交わして去ってゆく青年の背中を、茜音は名残惜しそうに見つめているが、彼は振り向くことなく角の向こうに消えてゆく。
「片想いは切ないねえ」
おどけた様子で呟いて、ジェイドもその場を立ち去った。
一方、真壁契一(ea7367)はその青年に関して色々と調べていた。
まずは手に職をつけているかどうかを確かめたところ、普段はある町医者の元で手伝いをしているとのこと。また、近所の子供たちに剣術を教えたりもしているらしい。面倒見が良いため、患者や子供たちからも好かれているようだ。
「欠点を挙げるとすれば、ちょっと鈍感なところと、誰にでも優しすぎるところかしらね」
とは、子供に剣術を習わせている主婦の証言である。
「人間性に問題はなし、仕事もしっかりしているようですね。ただ、誰にでも優しいということは、茜音さん1人が特別というわけでもなさそうですが」
調査の結果をひとつひとつ思い返しながら、真壁は1人ごちた。誰に対しても等しく接する人間というのは、実際は心のどこかで他人に対して距離を置いていたりするものだ。
「まあ、それは今後の茜音さん次第ですかね」
そんなことを思いながら、真壁もまた仲間の元へ戻っていった。
●兄妹の対話
「報告だけを聞いたって本当は納得しないだろ?」
とジェイドに促され、蒼威は茜音との話し合いの場を設けることにした。しかしお互いどう話を切り出せば良いのか迷っているらしく、しばらく気まずい沈黙が続く。
「この際、本音をぶつければいい。鬱憤が溜って人と付き合うよりは全てを曝け出して付き合うほうが良かろう」
バルムンクの言葉をきっかけに、まずは蒼威が口を開く。
「‥‥好きな人ができたんだってな?」
「私が勝手に想ってるだけで、恋人とかじゃないよ。変に決め付けないで」
対する茜音の口調は素っ気ない。元々頑固なところがある彼女だが、兄の前ではさらに頑なになってしまうようだ。すると蒼威も頭にきて悪循環になってしまうのだが、
「その言い方は良くないわ」
とジルベルトにたしなめられて、茜音は素直に謝った。
「ごめん‥‥」
「俺もすまないことをしたとは思ってるが‥‥でも、後ろめたいことがあるから隠していたんじゃないのか?」
「だって、頭ごなしに反対されそうだから‥‥」
反対していたからこそ依頼を出したわけで、これには反論の余地もない。また空気が気まずくなってしまったが、冴刃と舞が助け舟を出す。
「確かにやり方はまずかったかもしれませんが、蒼威さんが本気で心配していることは事実ですよ。その気持ちは信じてあげて下さい」
「ああ。悪い男に引っかかっていたとしたら、本当に目も当てられないからな」
言われて、茜音はおずおずと蒼威の瞳を見た。そこには不安そうな色が浮かんでいるが、真剣さは伝わってくる。
「冒険者として独り立ちした以上、自分の行ないには責任を持たねばなりません。あなたが今こうしていられるのも、蒼威さんの助けがあったからこそでしょう」
「‥‥そう、ですね‥‥私、口ではまだ未熟だとか言いながら、本当は一端の大人になったつもりでいたのかも‥‥」
真壁に諭されてしょんぼりと俯く茜音。しかしすぐに顔を上げ、きっぱりと言った。
「お兄ちゃんに半人前扱いされないように、今は自分を磨くことに専念します。そのために冒険者になったんだし、寄り道してる余裕なんてないもの」
「‥‥分かった。それなら、納得の行く結果が出るまで頑張りなさい」
蒼威も、妹の真っ直ぐな気持ちを認め、頷く。
「私は恋する乙女の味方よ。恋も仕事も諦めないでね」
「どうしようも無くなったときは家族を頼りなさい。1人でなんとかしようとして破滅するのは、最悪の結果です」
「うむ、2人きりの兄妹なのじゃから、助け合って仲良くな」
冒険者たちに叱咤激励され、2人はようやく心からの笑顔を浮かべて仲直りの握手を交した。
最後に、ジェイドがこっそり茜音に耳打ちする。
「もし相手の人に告白してふられたら、俺んとこに来なよ。後悔はさせないからさ」
「え?」
突然のことに、真っ赤になって慌てる茜音。ジェイドはそんな彼女の肩に手を掛けようとしたが‥‥ぎろりと蒼威に睨みつけられ、苦笑しつつ諦めたのだった。