病葉の愁

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月08日〜05月11日

リプレイ公開日:2005年05月16日

●オープニング

 彼には1人息子がいた。名は康太という。
 健康にのびのびと育って欲しい‥‥そんな願いを込めてつけた名なのだが、それに対して神が与えたのはあまりにも皮肉な現実だった。
 病がちな康太は幼い頃から臥せってばかり。
 近所の子供たちに「遊ぼう」と誘われても、皆と一緒に駆け回って泥だらけになって遊ぶことはできない。
 そのうち、誰も康太のことを誘わなくなった。

「康太、またお薬を飲んでいないのかい?」
「だって、薬なんか飲んだって治らないもん‥‥」
「そんなことはないよ。お医者様だって、きっと治ると言ってるじゃないか」
「‥‥治るわけないよ‥‥どうせ僕はこのまま死ぬんだ」

 毎日毎日こんなやりとりばかり。
 もちろん一番つらいのは康太なのだろうが、いい加減、両親も参ってしまっていた。
「本人に『良くなろう』という気がないことには、どうにもなりませんね‥‥」
 と、医者もほとほと困り果てた様子。
 夫婦の間に他の子供はなく、康太は唯一の宝。
 どうにかして元気になって欲しいし、たとえ仮に不治の病だったとしても、このままでは悲しすぎる。
 せめて、笑って欲しい。


 藁にも縋る思いで、両親はギルドを訪れたのだった。

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5194 高遠 紗弓(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8151 神月 倭(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0479 露草 楓(20歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1265 レーヴェ・フェンサー(35歳・♂・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フーリ・クインテット(ea2681)/ 音羽 朧(ea5858)/ 風斬 乱(ea7394

●リプレイ本文

 依頼人宅に着くなり、神月倭(ea8151)は寝間の襖を開けた。心地好い日差しが差し込んでくるが、康太はむっとしたように目を背ける。
「どうかなさいましたか?」
「‥‥外は嫌い」
 神月の問いにぶっきらぼうに答える康太。遊びたくても遊べない葛藤が、外に対する嫌悪という形で現れているのかもしれない。
「病は気から。生きようとする心なくして病には勝てません。不治の病だって気の持ちようで克服する事だって可能です」
「ああ、世界は確かにお前に厳しいかもしれないが、沢山の可能性も提示してくれている」
 赤霧連(ea3619)と風斬に言われて、康太は渋々外に目を向けた。庭には花が咲き、鳥の声が聞こえてくるが、あいにく康太はそれらに興味を示さない。すぐにまた目を逸らしてしまう。
「今まで治らなかったんだから、これからも治らないに決まってるよ」
「そんなの誰にも分かりません」
「分からなくない」
「いいえ」
「僕がどうなろうと関係ないだろ!」
 連と否定合戦をするうちに康太は苛立ち、語気を荒くするが、連は気にせずにっこりと笑う。怒りという感情が生きるための起爆剤になると知っているからだ。
「康太君は生きたいと思っているのでしょ? その気持ちを諦めさせるなんて私にはできないのですよ」
「拙者、実際に難病を克服した人を知っているでござるよ」
 成り行きを見守っていた音羽が、飛脚として各地を回った経験から、自らの知る例について話して聞かせる。康太はその話に興味を示してはいるようだが、素知らぬふりをしてそっぽを向いた。
「そんなの、他の人の話じゃないか」
「最初から決め付けてしまっては、できるはずのこともできなくなる。たとえば、私が人間やジャイアントを相手に戦うことは無理だと思うか?」
 こう話すシフールの武人レーヴェ・フェンサー(eb1265)は、康太の半分ほどの大きさしかない。
「そんな小さい体で戦えるわけないよ」
「そう思うか。でもそれは結局の所、得意分野とやり方の差でしかない」
 攻撃力こそ低いが、機動力を生かして敵を翻弄することに長けているし、回避力も優れている。それが彼なりの戦い方だ。
「私には私しか出来ないことがあり、ソレを見出すのは自分自身。自分でやりたい事、できる事を見つけて動かなければ何も始まらない」
「‥‥僕にできることなんて‥‥」
 暗い表情で俯く康太。やはり、思考がかなり後ろ向きになってしまっているようだ。
 これは少し気分を変えたほうが良いと、こっそり庭に控えていたフーリは、捕まえておいた子ネズミを縁側に放った。
「お外でもうすぐ楽しいことが始まるよ」
「?!」
 急に現れた子ネズミが喋ったので、康太は驚いて身を乗り出す。実はヴェントリラキュイでフーリが話しているのだが、康太は知る由もない。
「今、ネズミが喋ったよね‥‥?」
「追いかけてみたらどうだ?」
 朱鳳陽平(eb1624)に言われて後を追いかけるも、すばしっこい子ネズミの姿は既に見えなくなってしまった。残念そうな康太に、朱鳳が「あ!」と声を掛ける。朱鳳の指すほうを向くと‥‥見えたのはネズミではなく、大きな虹だった。
「あ‥‥」
 思わず釘付けになる。その頬がわずかに紅潮していることに、皆が気付いていた。


 それからしばらくして、小野麻鳥(eb1833)が訪ねてきた。先ほどの虹は彼が魔法で作り出したものだが、もちろんそれは秘密だ。
「虹とは精霊だ。その姿を見る事のできたお前は幸運の持ち主なのだろう。誇りに思っていい」
「‥‥病気なのに幸運なんて、そんなわけ‥‥」
 ふてくされる康太の言葉を、小野が遮る。
「ないとは言い切れないぞ。何なら占ってみるか」
 こう言って、小野は占いを行なってみせた。そして見えた結果を嘘偽りなく語って聞かせる。
「‥‥部屋の中、そして身の内に陰の気が渦巻いている。それが足枷となり、さらなる陰を呼ぶのだ。しかし戸を開け放ち外に目を向けるようになれば、陰の気を晴らし陽に転じさせることも可能」
 分かったような分からないような顔で話を聞く康太に、藤野羽月(ea0348)が助け舟を出した。
「先ほど虹を見た時、どう思っただろうか?」
「‥‥綺麗だとは思ったけど」
「それが外に目を向けるということ」
 藤野は持参した花を広げて、ひとつずつ生け始める。赤や紫、葉の緑‥‥本物の虹には少し足りないが、それでも草花は小さな虹を形作ってゆく。
「虹は自分の手で生み出すこともできる。小野殿の言葉を借りるなら、幸運は自分で招くことができる‥‥そういう意味ではないだろうか」
 そう言われて再び庭を見てみると、そこには虹にも勝る様々な色が点在していた。まるで初めて「色」というものを目にしたかのように、康太はそれを見つめている。
「あの木々の中に、紅葉した葉が見えますでしょうか?」
 神月が指し示す先には、枯れかけた葉がいくつか。
「あれを病葉と申します。程なく落ちる葉もありますが、しっかと枝に縋ったままのものもあります。病であれど、生きているのです」
 頼りなく枝に下がり、いつ落ちてもおかしくない‥‥その姿に、康太は己を重ねる。
 けれども、神月はこう続けた。
「葉は風に吹かれ落ちてしまうかもしれませんが、康太様は木ではありません。己の手で未来を築くことの出来る人なのです」
 神月がそっと手を握る。それを見て、傍に控えていた依頼人もゆっくりと歩み寄り、同じように息子の手を握り締めた。
「‥‥お前は簡単に落ちてしまったりはしないよ。風が吹いても、こうして手を握っていてあげるから」
 わずかに震えながら、康太もその手を握り返す。
 そこには確かにぬくもりが、生きている証があった。


 翌日、康太は少しずつ遊びを教わっていった。
 高遠紗弓(ea5194)は旅先で写生した風景や花の絵を1枚1枚康太に見せてゆく。
「これはどこ?」
「ああ、それはあちらのほうにある村の景色だ。桜がとても綺麗だった」
 説明を聞きながら、じっと絵に魅入る康太。
「行ってみたいか?」
 紗弓に問われて悲しげに俯くが、紗弓は康太の肩に手を置いて言った。
「そう思う気持ちが大切だ。‥‥私の妹と弟も病気がちだったが、外の景色を絵に描いて持ち帰るたび、嬉しそうに笑ってくれたものだ。今では弟など、当時の面影もなく元気そのものだが‥‥きっとそれは、外に出てみたいという思いがきっかけだったのかもしれない」
 康太は改めて絵を見た。そして、その風景の中に自分がいる‥‥そんな場面を想像してみる。
「‥‥行けたら、いいな」
「ああ、きっと行ける」
 力強く頷く紗弓を見て、康太は初めてほんの少しだけ笑顔を見せた。
 ずっと木工に励んでいた露草楓(eb0479)は、ようやく完成した木彫りのネズミを康太に見せる。
「昨日見たネズミにそっくりだ」
「康太さんも何か作ってみますか?」
「でも、木彫りなんてやったことないし‥‥」
「できないと決め付けちゃ駄目って、レーヴェ様も言っていたでしょう?」
 楓に促され、康太は紗弓が描いた絵を見本にして、木を彫り始めた。


 そして最終日。
 神月と楓は近所の子供たちに声を掛け、家の中で遊ぶのが好きな子供を2人ほど、康太の家に連れてきた。
 最初はぎこちない雰囲気だったが、楓が木彫りのスズメを見せて
「康太さんが作ったんですよ」
 と言うと、子供たちはたちまち感心して康太に寄っていく。これがきっかけで打ち解け、その後は冒険者たちと一緒に色々なことをして遊ぶこととなった。
「ホラ、これが今町で流行ってる回し方なんだと。これだったら庭でもできるだろ」
 朱鳳に独楽を教わり、腕を競い合う子供たち。
 夢中で遊ぶ子供たちの横で、朱鳳はこっそり連れてきておいた子犬をそっと庭に放した。
「わっ」
 それに気付いた康太は、びっくりして手を止めた。子犬はころころと転げ回り、康太や他の子供たちの足にまとわりつく。やがて1人の子供がそれを抱き上げ、次に康太も恐る恐る抱いてみる。すると子犬はぺろりと康太の頬を舐めた。
「康太の事気に入ったみたいだな。親がいないから育ててやってくんないか?」
「え、でも‥‥」
 戸惑いつつ両親のほうを見ると、2人とも穏やかに頷く。朱鳳と楓が、あらかじめ承諾を取っておいたのだ。あとは康太の意思次第。
「1人で面倒を見るのが大変でも、皆で協力すれば大丈夫。お2人とも、手伝ってくれるでしょう?」
 楓に訊かれて、子供たちは嬉しそうに頷く。
 子犬という繋がりがあれば皆がまたここに集まるし、生き物を育てることで責任感が生まれるはず。それはきっと康太の心を良い方向に導いてくれるだろう。
「きっと康太さんは元気になりますから、また遊びに来てくださいね」
 再び楓の言葉に頷き、子供たちは喜んで帰っていった。


「最後にひとつ、昔話をしましょう」
 こう前置きして、連は1人の少女の話を始める。
 病弱で長く床に就き、容姿のせいで両親からも疎まれ、箱庭のような世界にずっと1人ぼっちだった少女の話。
「それでも少女は絶望だけはしなかったのです。だって、外の世界はあんなにも眩しく、未来はあんなにも光に満ちているのです」
「‥‥それでその子はどうなったの?」
 その質問に、連は答えなかった。代わりにまたにっこりと微笑んで手を振る。
 1人また1人と冒険者たちが背を向けて去ってゆく中、藤野は穏やかに言った。
「気を楽にして、前を向いて、何か意識して耳を傾けてみるといい。そうすれば、世界はとても明るい色をしていると気付けるものだから」
 夕焼け空や雲、草花、様々な色に囲まれて康太は頷く。
 足元で、元気よく子犬が鳴いた。