たけのこなんて怖くない!

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月26日〜05月29日

リプレイ公開日:2005年06月02日

●オープニング

 俺は長屋で1人暮らしをしている。
 いつの日か遠い異国に行ってみたい‥‥そんな夢を叶えるため、田舎から江戸に出てきて約半年。
 ようやくここでの暮らしにも慣れてきた頃だ。
 幸い近所に住むのは気のいい人たちばかりで、いつも何やかんやと世話になっている。
 江戸も悪くないな。
 そんなふうに思い始めた今日この頃。

「あんた、ちゃんとごはん食べてるかい? 早く嫁さん見つけなさいよ」
 などと言いながら、お隣の奥さんが筍を差し入れてくれた。
 後半部分に関しては余計なお世話だが、心遣いはありがたい。早速茹でておこう。

「おう、男1人暮らしだと食事なんか大変だろう。これでも食いな」
 勤め先の親仁さんが筍を持たせてくれた。
 親仁さんにはいつも心配してもらっている。本当にありがたいことだ。

「あのねえ、親戚からもらったんだけど、うちにもいっぱいあるからさ。お裾分けするよ」
 近所のおばさんが筍を持ってきてくれた。
 ‥‥また筍?

「あ、おにーちゃん。これね、うちのお母さんが『食べてください』って!」
 近所の子供が筍を持ってきてくれた。
 ‥‥‥‥。

 思えば、「うちにもたくさんありますから」と断れば良かったのだ。
 でも親元を離れ1人で暮らす俺は、身近な人々の優しさを無碍にすることなんてできなかった。
 だって、こんな俺のことを気遣ってくれるなんて、ありがたいじゃないか!
 しかし。
 目の前に山積みになった筍を見て一言。

「こんなにたくさん食えるかぁっ!!」

●今回の参加者

 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2775 ニライ・カナイ(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea8257 久留間 兵庫(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天螺月 律吏(ea0085)/ ナガレ・アルカーシャ(eb2167)/ 飛 麗華(eb2545

●リプレイ本文

●下ごしらえ
 依頼人――名は平祐という――宅を訪れ、冒険者たちは早速それぞれ準備に取り掛かった。
「さーって、まずは下準備だよな。筍は間違ってもそのまんま使ったら駄目だぞ」
 料理好きな里見夏沙(ea2700)は大いに張り切って、仲間たちにてきぱきと手順を教えていく。
「皮を剥いて、それから米の研ぎ汁で茹でてアク抜きするんだけど‥‥」
 これだけの筍を茹でるだけの研ぎ汁など、1人暮らしの家にあるわけがない。ということで、夏沙は早速指示を出す。
「ご近所回って集めてこよう。天螺月の姉上も一緒によろしく。2人は皮剥いててくれるかな」
「了解」
 ファラ・ルシェイメア(ea4112)と久留間兵庫(ea8257)は留守番がてら皮むきを担当。
 そして夏沙は友人の天螺月律吏と共に研ぎ汁を集めて回ることにした。研ぎ汁など捨てるだけのものだし、皆、快く分けてくれる。
「ご近所一蓮托生、まさにジャパンの長屋文化」
 つい先日まで海外留学していた夏沙は、感慨深げに呟いた。

●腹ごしらえ
「俺も何か手伝うよ」
 こう言って台所に立とうとする平祐を、貴藤緋狩(ea2319)が引き止める。
「あんたは、今日はもてなしてもらう側だ。俺たちは仕事で来てるんだし、気を遣うことはないさ」
 と言いつつ、貴藤本人は「生半可な料理の腕を披露するより余程良いのではないかな」と言って、食べる側に専念することを宣言しているのだが‥‥まあ、それは良しとして。
 彼が持参したハーブワインと発泡酒を取り出すと、平祐がすぐさま興味を示す。
「これが『わいん』って奴か、すごいなあ‥‥」
「食前酒に、軽く一杯と行くか」
 早速封を開ける貴藤。酒の肴に何か軽くつまもうと、炊事場を物色し始める。
 炊事場ではファラが鍋の見張り番を務め、その間に夏沙が先にアク抜きを終えた筍を刺身にしている最中だった。
「お、刺身か。いいな」
「酢味噌で和えて食べると美味いんだ♪」
 とそこへ、買い物に行っていた山本建一(ea3891)と大宗院鳴(ea1569)、山菜狩りに行っていた狩野柘榴(ea9460)とニライ・カナイ(ea2775)が、それぞれ荷物を抱えて戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「山菜、いっぱい採れたよ♪」
「お疲れさま。とりあえずこれでも食べて腹ごしらえしてて」
「美味しそうですね」
 夏沙が差し出した刺身の小皿を喜んで受け取る山本たち。横で見ていた貴藤も物欲しげに訴える。
「俺には?」
「緋狩は働いてないからあげない」
 素っ気ない言葉にがっかりする貴藤。しかし夏沙は「嘘だよ」と笑って、貴藤にもちゃんと小皿を渡してやった。
「子供の時、勝手に食って叱られた挙句、お預けを喰らったりしてな‥‥それが古傷になっている。お前もそんな経験ないか?」
「ああ、分かる分かる。ほんのちょっとつまんだだけなのに怒られたりして‥‥」
 などと話に花を咲かせつつ、貴藤は平祐と共にのんびりと料理が出来上がるのを待つのだった。

●いざ料理
 筍のアク抜きもばっちり完了、いよいよ料理本番だ。
「わたくしは筍ご飯が食べたいですね」
「あとは和え物とか焼き筍、お吸い物、田楽なんかもいいね」
「異国風に、サラダにも挑戦してみたい」
 と、皆で色々意見を出し合って献立を決める。
 炊事場はそう何人も立てるほど広くはないので、居間なども使って作業開始。
「よし、私も手伝おう」
 料理が苦手なニライも決意を固め、額にキリリと手ぬぐいを巻いて作業に臨む。彼女の手料理を食べた者は例外なく倒れてしまうという、ある意味壮絶な能力の持ち主なのだが、敢えてその壁に挑むつもりのようだ。
 助っ人として呼ばれたナガレ・アルカーシャは、基礎から丁寧にニライに料理指導を行なうが、その間も周囲に向けて目を光らせることは怠らない。その両眼からは「ニライに触れたら射る!」という殺気が放たれているが‥‥
「ナガレ殿の厳しい眼差し‥‥材料の取扱いから下準備まで、かくも厳しく吟味してこその料理なのだろうな」
 ニライは激しく勘違いしているようだ。
 まあ、それはさておき。
 次第に作業も進み、炊事場からは食欲をくすぐる香りが漂ってくる。ご近所に食器類を借りに行っていた久留間も戻ってきて、盛り付けられた料理は次々に食卓へと並んでいった。
「では早速‥‥」
「いただきまーす!」
 皆で合唱し、箸を握る。
 筍ご飯にお吸い物、梅肉和え、焼き筍‥‥飛麗華が用意した中華風の煮物もある。
「これは?」
「サラダという異国の料理だ。口に合うかどうか分からぬが‥‥」
 料理の出来栄えが如何ほどか、少し緊張気味のニライ。
 彼女の料理の腕前を多少知っている夏沙は、そそくさと逃げの体勢に入り、遠巻きに眺めているが‥‥平祐はそれには気付かなかったようだ。
「異国料理か! それは楽しみだな‥‥いただきます♪」
 嬉々としてサラダを口に運び、直後、硬直。そして‥‥
「!!」
 声にならない叫びを上げ、卒倒してしまった。
「大丈夫か?!」
「あちゃー‥‥」
 慌てて助け起こす者、苦笑しつつ見守る者、頭を抱える者‥‥平和なはずの食卓は、一気に大騒ぎになった。
「あらあら、気絶するほど美味しかったのでしょうか?」
 と、鳴は相変わらずのんびりおっとりしている様子だが。
 その後なんとか無事に回復した平祐は、こう呟くのだった。
「異国の味って‥‥刺激的‥‥」

●団欒
「すまなかった‥‥」
「いや、料理なんて練習すればきっと上手くなるし、大丈夫!」
 落ち込むニライを、必死に励ます平祐。いつまでも沈んでいるわけにも行かないので、ニライも気を取り直して言った。
「お詫びと言っては何だが、異国の歌でも披露しよう。聖歌で構わないか?」
 こう前置きして、朗々と歌い始める。
 歌声もさることながら、それまで無表情だった彼女が初めて見せた笑顔に、平祐はすっかり惹きつけられているようだ。
「なんだか、小さい頃に聞いた子守唄を思い出したな。曲の感じとか全然違うのに‥‥不思議だな」
 しんみりと余韻に浸る平祐に、久留間が杯を傾けつつ話しかける。
「良かったら、あんたの故郷の話を聞かせてくれないか?」
「何もない静かな田舎の村だよ。久留間さんはどこの生まれ?」
「俺は物心ついたときには親父と2人で諸国放浪してたし、自分の出自を聞く前に親父は逝っちまったからな。故郷を知ってるってのは、どんな感じなのかと思ってな」
「そうか‥‥俺の田舎の話で良ければ、いくらでも聞かせるさ」
 泥んこになって野山を駆け回ったことや、家畜の世話をしたり畑仕事を手伝ったりしたこと‥‥平祐の話は本当に他愛もない、ささやかな日常の出来事ばかりだったが、それでも久留間はじっくりとその話を聞いていた。
 しかし思い出話に浸って湿っぽくなるのも物淋しいので、適当なところで話題を変える。
「そう言えば異国に渡ってみたいそうだが、何か理由があるのか?」
「何年か前に初めて江戸に来た時、異人の冒険者が普通に通りを歩いてるのを見てびっくりして‥‥それで、興味を持ったんだ」
 それを聞いて、「異人の冒険者」当人であるファラが話に加わってくる。
「なるほど。異国の何処に行きたいの? 江戸にいるってことは、イギリスかな」
「ああ、月道の通行料は大金だけど、頑張って稼いで渡ってみたいと思うよ」
「そっか。あそこには僕が通っている学校があるよ‥‥出席日数足りてるかどうか、かなり不安だけど‥‥」
 すると、さらに夏沙が首を突っ込んできた。
「ファラもケンブリッジの学生? 俺もこの間まで留学してたんだけど」
「そうなの? 吃驚した。世間って意外に狭いんだな‥‥」
 こうして、学校の話で盛り上がる2人。平祐は異国どころか学校というものにも行ったことがないので、とても興味深そうにその話に耳を傾けている。
「広い視野を持つのはとても良い事だよね。心から願う望みなら、どんなに道に迷っても、きっと夢は叶うと思うよ」
「ああ、貴殿の願いもいつか叶う‥‥そう信じているぞ」
 狩野とニライ、2人に励まされ、平祐は嬉しそうに頷いた。そして再び料理をつまもうとしたのだが、いつの間にか煮物の皿が空っぽになっているのに気づいて首を傾げる。
「ああ、それは大宗院さんが‥‥」
「え?」
 山本に言われ、驚いて鳴のほうを見ると、彼女は目の前にある皿の中身をすべてたいらげてしまっていた。成人男性の平祐でも全部食べるのはきつい量だが、鳴はけろりとしている。
「やっぱり、大勢の方と食べると美味しいですね」
 そういう問題でもないような‥‥と思いつつ、平祐はひきつった笑顔を浮かべた。

●さらば筍
 そんなこんなで、3日間はあっという間に過ぎていった。
「もうお別れか‥‥」
 久々に賑やかな食卓を楽しんだ平祐は、少し淋しそうだ。そんな平祐をファラと狩野が激励する。
「僕はジャパン人じゃないし、そもそも人間でもないけど、それでもちゃんと知人友人って増えていくから不思議なものだよ。ここの長屋の人たち、良い人ばかりだから‥‥平祐さんも大丈夫」
「筍‥‥竹のように、真っ直ぐ上を向いて、自分の心を育てていこう」
 それに応えるように、平祐は力強く笑った。
「ああ、送り出してくれた両親のためにも、周りで支えてくれる人のためにも、頑張るよ」
 こうして、筍三昧な日々は無事終わりを告げたのだった。


 余談だが、貴藤は友人の土産にと、筍を何本か譲り受けて帰った。
 その筍がどうなったかは‥‥また別のお話。