さよならは言わない

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:2〜6lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月02日〜06月06日

リプレイ公開日:2005年06月09日

●オープニング

「冒険者ぎるどって、ここでいいんだよね?」
 きょろきょろと辺りを見回しながら入ってきたのは、12歳くらいの女の子だった。
「依頼の相談ですか?」
 係員に尋ねられ、彼女はこくりと頷く。
 そして依頼の内容を話し始めた。

 * * *

 依頼人の名は奈緒。
 彼女には律という名の親友がいた。
 もちろん他にも友達はいたが、律とは特別仲が良くて、何をするにも一緒だった。
 ちょっぴり勝気で面倒見の良い奈緒にとって、おっとりした律は妹のような存在。
 律が悪ガキにいじめられた時など、いつも奈緒が率先して庇っていた。

 その大好きな律が両親の都合で引っ越してしまうと知ったのは、数日前のこと。
 自分の母と律の母が話しているのを、たまたま聞いてしまったのだ。
 驚いて事情を尋ねると、どうやら引越しの話はもうだいぶ前に決まっていたらしい。
 目の前が真っ暗になった。

「どうして教えてくれなかったの?」
 奈緒は律に問いただした。けれど律は俯くばかりで、何も答えようとしなかった。
「そんな大切なこと、真っ先に教えて欲しかったのに‥‥」
 泣きながら零す奈緒に対して、律はただ「ごめんね」とだけ言った。
 それから今日まで、2人は一度も顔を合わせていない。

 * * *

「‥‥本当は分かってる‥‥きっと、言いたくても言えなかったんだって‥‥」
 掠れる声で呟く奈緒。
 係員はただ黙って、優しく彼女を見守っている。
「それなのに、律を責めるようなことばかり言っちゃったから、どうしても謝りたくて‥‥」
「そのお手伝いをして欲しいんですね」
 係員の言葉に、奈緒は小さく頷く。
「昔、お母さんも友達とケンカしたことがあるんだって。
 みんなで森に遊びに行って、そこでお母さんたちだけはぐれちゃって、2人で『お前が悪いんだ』って大ゲンカになって‥‥
 でもそのうちお腹が空いてきちゃってね、2人で木苺を摘んで食べて、仲直りしたんだって。
 それから今もずっと、お母さんとその友達は仲良しなの。
 だから私も、律と2人でその木苺を食べたら、お母さんたちみたいにずっとずっと仲良しでいられるかなと思って‥‥」
 だから、一緒にその木苺を採りに行って欲しい。
 それが奈緒の願いだった。

●今回の参加者

 ea0708 藤野 咲月(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0822 高遠 弓弦(28歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3886 レーヴェ・ジェンティアン(21歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5419 冴刃 音無(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8026 汀 瑠璃(43歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9616 ジェイド・グリーン(32歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0573 アウレリア・リュジィス(18歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●一緒に行こう
 律も一緒に行ってもらうことにしよう。そう決まった時、奈緒は複雑な表情を浮かべていたが、
「ちいとばかしすれ違うただけの事じゃ。大丈夫、絶対に仲直り出来る!」
 と汀瑠璃(ea8026)に励まされ、とりあえずは了承した。
 奈緒とジェイド・グリーン(ea9616)、高遠弓弦(ea0822)、3人で一緒に律を迎えにゆく。
「何だか俺達親子みたいだよね♪」
 と言いながら、さり気なく弓弦の手に肩を回すジェイド。弓弦は照れつつ、もし自分に妹がいたらこんな感じだろうか‥‥などと考える。
 奈緒のほうはと言えば、いつもは自分が律のお姉ちゃん的存在なので、兄姉のような2人に付き添われて少し照れている様子。ケンカ別れしたままの律に会う気まずさも合わさって、先ほどからじっと押し黙っている。
 やがて律の家に到着すると、奈緒の表情はますます硬くなった。
 ジェイドたちが律の母親に事情を説明し、外出の許可を取る。
 母親がそれを承諾し、律が恐る恐る顔を出して‥‥そこでようやく奈緒は一言だけ言った。
「‥‥一緒に行こう」
 律は黙って頷いた。

●さえずり
 奈緒は相変わらず硬い表情で押し黙り、律もしょんぼりと俯き、言葉を交わすこともなく黙々と歩く。
 それを察しつつも、ジェイドは努めて明るく普段通りの態度を心がけ、無理に2人の仲を取り持つようなことはしなかった。それは他の者たちも同様。
 ただ、藤野咲月(ea0708)は奈緒にそっと耳打ちをする。
「少々、気張られてるような‥‥肩の力を抜いても良いんですよ」
「気張ってなんかいないよ‥‥」
 慌てて否定する奈緒だが、それが虚勢であることは明らか。咲月はそれを見抜きながらも、敢えて指摘するようなことはせず、優しく微笑んで続ける。
「上手くは言えないのですけれど、大丈夫、きっと言いたい事も伝わりますから」
「‥‥そうかな」
「あら‥‥お疑いになりますか? でも、不思議と伝わるものなのですよ」
 そう言われて、奈緒はほんの少しだけ緊張を解いたようだ。
 その様子を見守っていた瑠璃は、奈緒と律の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「青葉眩しい良い時期じゃ、そろそろ夏鳥のさえずりも聞こえよう」
 彼女は少しの間黙っているよう皆に促し、鳥の鳴き真似をしてみせる。すると、木々の合間から応えるように鳴き声が響いてくる。
「ほら、あそこじゃ。見えたかや?」
「あ、いた!」
「どこ‥‥?」
 先に見つけた奈緒が、なかなか見つけられない律に鳥の居所を教えてやる。
「あ、ほんとだ。きれいな鳥だね‥‥奈緒ちゃん、ありがとう」
 鳥を見つけられた喜びから、先ほどまでの気まずい雰囲気も忘れ、律は笑顔で礼を言う。それを見て、ようやく奈緒の表情も緩んだ。
「‥‥ありがとうね」
 奈緒は瑠璃の袖を軽く引っ張り、小声で言う。それに対して瑠璃はにっこりと笑ってみせた。
「わしも結構やるじゃろ」
 
●木苺を探して
 やっと気まずい空気がほぐれてきたところで、皆で木苺の生えている場所を探して森の中を歩き回る。
 冴刃音無(ea5419)は獣の足跡がないか調べながら、危険のなさそうな方へさり気なく皆を誘導していった。
 そしてアウレリア・リュジィス(eb0573)はジャパンで覚えた歌を口ずさみ、明るい雰囲気を盛り立てる。
「奈緒ちゃん律ちゃんの好きな歌は何? 伴奏してあげるよ」
 促されて、2人はよく一緒に歌う歌をリアに歌って聞かせた。
 それを参考にしながら、レーヴェ・ジェンティアン(ea3886)は奈緒と律のための歌を頭の中で少しずつ紡いでゆく。2人が簡単に口ずさめるような、明るく楽しい曲‥‥歌う度に温かな思い出が甦ってくるような、そんな曲を目指して、レーヴェは一心に創作に励んだ。
 そんな中、ふと弓弦と咲月が気づいて呟く。
「あら? 汀さんがいませんね‥‥」
「そう言えば、先ほども姿が見えなくなっていたような」
「ああ、彼女なら‥‥」
 ジェイドが答えようとしたちょうどその時、ひょっこり姿を現す瑠璃。実は、山菜や木の実など食材になりそうなものを見つける度、ふらりと寄り道して集めて回っているのだ。
「どちらへ行ってらしたんですか?」
 きょとんと首を傾げる弓弦に、瑠璃は誤魔化すように桑の実を手渡す。
「ま、細かいことは気にするなて。甘くて美味かろう? ほれ、嬢ちゃんたちにもな」
 ジェイドに預けて(押し付けて)いた荷物を回収しながら、次々に桑の実を配ってゆく瑠璃。甘い実を頬張って笑顔を浮かべる奈緒たちを見て、彼女もにかっと笑顔を浮かべた。

●仲良しの印
 そんなこんなで歩き回るうち、一行はついに木苺を見つけた。
「ここなら、摘みやすいと思いますよ」
 足場も良く、手の届きやすい場所を見つけ、弓弦が奈緒を手招く。余計なお世話かも‥‥と心配していた弓弦だが、奈緒は素直に従い、小さな手でひとつひとつ木苺を摘み集めていった。
 そして摘み取った実をそっと律に差し出す。
「‥‥お母さんとお友達の話、前に話したことあったよね? 木苺の実は、仲良しの印なんだ‥‥だから‥‥」
 律は頷いて、その実を受け取る。
 深く俯いているのは、泣き出しそうになるのを必死に堪えるため。
「奈緒ちゃん、ごめんね‥‥ずっと黙ってて、ごめんね‥‥」
「私も、ごめん‥‥」
 2人はぽろぽろと涙を零しながら、甘酸っぱい木苺の味を噛み締めた。
 冒険者たちは2人のを邪魔しないよう、それぞれ少し離れたところから見守っていたが、やがて少し落ち着いてきたところで、レーヴェがゆっくりと歌を奏で始める。
 簡単ながらも耳に残る旋律、覚えやすく温かみのある詞。
 木苺の木の下で仲直りした2人の姿をありのまま描いたその歌は、森の中に優しく響いた。

 一番の目的を無事に果たしたところで、今度は皆で一緒に木苺摘みを始める。
 背伸びして採った実を律に渡す奈緒‥‥その様子を見ながら、咲月も笑顔で木苺を摘んでゆく。
「こう言うのも、また、いいものですね。2人で分け合ったり‥‥友達同士の特権の様な気が致します」
「特権は、友達だけのものじゃないぞ?」
 冴刃は咲月の背中越しに手を伸ばし、高い枝に生っている実を摘み取ると、そのまま咲月の手の中にその実を落としてやった。咲月は嬉しそうにそれを掌に収めた。
 一方、木苺摘みを楽しみにしていたらしく、すっかり大はしゃぎのリア。奈緒たちと一緒に摘みたての木苺を頬張ってご満悦の様子だ。
「故郷のベリー類も美味しかったなぁ‥‥今は遠いジャパンの地にやってきてるけど、仲良しだった友達の事は忘れた事ないよ。一人前の作家になって帰るって約束したもん」
 故郷を懐かしみながら話していると、同じく異国生まれのジェイドが話に加わってくる。
「別れはやっぱり辛いけど、それに怯えて交友を疎かにするなんて勿体無いだろう?」
 それを聞いて、律は小さく頷いた。
「お別れするの、とても淋しいけど‥‥だからって、友達にならなきゃ良かったなんて思わないよ」
「私だって同じだよ!」
 ジェイドはすっかりぎこちなさの消えた2人を見つめ、次に弓弦に視線を向けて、にっこりと笑った。
「どの出会いも大切だけど、その中でも大事にしたい想いや相手がいる。それは俺も奈緒ちゃんたちも同じだ」
「今は別れても、この縁はずっと続きますよ。きっと、また何時の日か縁と言う糸はひきあうと信じて‥‥ね」
 弓弦もジェイドを見て、柔らかく微笑み返した。

●遠く離れても
 日も暮れて、森の外で野営をする一行。
 瑠璃や咲月が集めた材料で弓弦が料理を作り、皆で焚き火を囲みながら楽しく食事をする。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎて、奈緒も律も少ししんみりしてしまっていた。
 そんな2人を励ますように、冴刃が自らの話を聞かせる。
「俺も、やっぱり故郷に大事な幼馴染みがいるんだ。何をするのも一緒で、奈緒みたいにいじめっ子から庇った事もあったよ。つまらない喧嘩も沢山した」
 言いながら、彼は手ごろな葉っぱを摘み取って草笛を吹いてみせた。そして奈緒と律にも葉っぱを手渡し、吹き方を教えてやる。
「意外と簡単に音は出るけど、良い音を出すのって難しいんだ」
 彼の言う通り掠れた音は出るものの、なかなか笛らしい音は出ない。咲月も仲間に加わって、誰が一番上手に吹けるか3人で競争を始める。何とか良い音を出そうと必死になる3人を見て、冴刃はくすくすと笑った。
「喧嘩した時、仲直りに使った手なんだ。一生懸命になってるとつまらない事は忘れるんだよなぁ」
 確かに、しんみりした空気はどこへやら、2人ともすっかり草笛に夢中になってしまっている。それに気づいて、奈緒も律も可笑しそうに笑った。
 遠く離れても、この音が2人を結び続けてくれるかもしれない‥‥そんなことを祈りながら、冴刃はまた草笛を吹いた。

●同じ空の下
 お別れの日はもうすぐ‥‥淋しい気持ちに変わりはないけれど、2人はもう落ち込んではいない。
「『さよなら』が嫌なら『また会おう』と言うが良い。如何に離れようが同じ空の下、また会えようぞ」
 瑠璃に頭を撫でられ、2人とも頷く。
 そんな2人のために、レーヴェは再びあの歌を奏でた。そして少し照れながらも、自らの想いを伝える
「奈緒さんが見上げるその空は、律さんも見上げている。この空と‥‥この曲で、いつでも繋がっている‥‥そう考えれば、淋しくはありませんよ」
 奈緒と律は互いに顔を見合わせ、彼の作った歌を共に口ずさんだ。


 大切な思い出と、優しい歌と共に――木苺で結ばれた絆は、いつまでも2人の胸に生き続けることだろう。