呪縛 −昏き悔恨の闇−

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 63 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月28日

リプレイ公開日:2005年06月28日

●オープニング

「塔次! 塔次!」
 呼び声が聞こえる。驚いて顔を上げると、紅蓮の炎の壁に浮かぶ人影。
 それは少しずつ近付いてきて、やがて塔次の目の前までやって来ると、煤けた顔で笑った。
「良かった、ここにいたのか!」
「祐希‥‥」
 突然の火事。一緒に逃げ出したものの、炎と煙にまかれていつの間にかはぐれてしまった2人。
 祐希はきっと無事に脱出したに違いない‥‥取り残された塔次はそれだけを信じ、もはや自分の命は諦めていた。
 それなのに‥‥
「馬鹿‥‥お前、なんで戻ってきた?!」
「なんでって、塔次がまだ中にいるかもしれないのに、自分だけ逃げられるわけないだろう!」
 探しに来てくれたことに対する喜びより、無謀な行動に対する憤りのほうが強くて、思わず怒鳴る。しかし逆に怒鳴り返され、塔次は呆気に取られてしまった。しかし今は口論している余裕などない。
「早く逃げよう!」
 祐希は塔次の手を引っ張って、再び元来た道を引き返し始める。
 そのまま外に出ていれば確実に助かっただろうに、何故わざわざ無茶をするのか。この友人は何を考えているのだろう?
 漠然とそんなことを考えながら、ようやく出口に近付いたその時、悲劇は起こった。柱が崩れ落ちてきたのだ。
 塔次は何とかそれをかわした。――繋いでいた祐希の手を咄嗟に振りほどいて。
 それはまさに条件反射と言うべきものだった。考えてそうしたわけではなく、本当に一瞬の、無意識の行動だった。
 けれど気づいた時には既に遅く‥‥2人の間に越えられない壁ができていた。それを乗り越えて祐希の元に行くのは困難だし、仮にそれができたとしても、そこから再び戻ってくるのはほぼ無理だろう。
「祐希‥‥!」
 名を呼んで必死に手を伸ばすが、届くはずもないし、返事もない。
「おい、塔次だ! 塔次がいたぞ!」
「何やってんだ、さっさと逃げろ!」
 塔次に気付いた近所の人々が怒号を上げながら駆け寄ってくる。彼らは数人がかりで塔次を外に引きずり出し、塔次は抵抗することさえできなかった。

 彼はただただ呆然と、燃え盛る炎を見つめていた。

 * * *

「幽霊が出るんだ!」
 塔次が泣き喚いて訴え始めたのは、その翌日からだ。
 死んだ祐希が幽霊となって化けて出て、夜ごと塔次を責め苛むのだそうだ。
 きっと自分1人生き残ったことがつらくて仕方ないのだろう‥‥そう思い、近所の者たちも最初は優しく塔次をなだめてやっていたのだが、事態は一向に良くならない。
「俺は悪くない‥‥仕方なかったんだ! 俺が悪いんじゃないんだ!」
 などと泣き喚き、日がな1日亡霊の影に怯え続けるようになる。
 これはさすがに尋常ではないということで、隣人たちはたまたま町に滞在していた僧に祈祷を頼むことにした。
 ところが僧は「霊などいない」と断言する。
 いちおうお清めはしてもらったものの、塔次の様子に変化はない。
 念のため別の者にもお願いしてみたが、やはり「霊が祟っている様子はない」と言われ、祈祷も効果を成さなかった。
 こうなっては、もうどうしようもない。人々は次第に塔次を薄気味悪く思うようになっていった。
 かと言ってこのままにしておくわけにも行かず、困り果てた挙句、冒険者に依頼することに決めたのだった。
 果たして彼を呪縛から解き放つことができるだろうか?

●今回の参加者

 ea3886 レーヴェ・ジェンティアン(21歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7136 火澄 真緋呂(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 冒険者たちは塔次を訪ねる前に、まずは情報を集めて回ることにした。
 火澄真緋呂(ea7136)は、塔次が何か手掛かりとなるようなことを言っていなかったか、彼の世話をしている人たちに訊ねて歩く。
「些細な事でもいいの。何か零した言葉とかなかった?」
「とにかく『俺は悪くない』って何回も言ってた気がするねえ」
「無事に逃げおおせたはずの祐希が死んだのに、取り残された自分のほうが生き残っちまって、よっぽど負い目を感じてるんじゃないかなあ‥‥」
「火事の時の状況とか、詳しく教えてもらえますか?」
 すると、現場に居合わせたという男が、その問いについて知りうる限りを教えてくれた。
 一度は外に逃げたはずの祐希が、塔次を助けるために再び火の中に飛び込んでいったこと。その結果、塔次だけが生還し、祐希は助からなかったこと。それから塔次の様子がおかしくなってしまったこと等‥‥
「『俺は悪くない』と自分に言い聞かせ続けてるのは、本当は『自分が悪い』と責めてるのと同じだよね‥‥」
 ぽつりと零して、真緋呂は仲間たちの元へと向かった。


 小野麻鳥(eb1833)は、祐希についての話を重点的に聞いていた。
 祐希に対する周囲の人々の印象は、おおむね好意的なものばかりだった。世話好きで人懐っこい祐希は、子供たちからは「兄ちゃん」と慕われ、大人たちからも可愛がられていたようだ。
「塔次は悪い子じゃないんだけど、ちょっとぶっきらぼうで、そのせいで『生意気だ』とか言われることも多かったからね‥‥祐希は放っとけなかったらしくて、よく世話を焼いてたよ」
 2人とよく話す機会があったという女性は、こう話しながら涙を拭った。
 そこへ、火事の時の話を聞き終わった真緋呂が合流し、自分の得た情報を話して聞かせる。
 それを自らの聞いた話と合わせて、小野は事の全容について思索を巡らせた。
「なるほど‥‥大体見えてきた、か」


 その後、彼らは「霊を祓う為に来た」という名目で塔次の元を訪れた。
 陰陽師の小野と僧侶の望月滴(ea8483)が御祓い師、真緋呂とレーヴェ・ジェンティアン(ea3886)は助手ということになっている。
 塔次は見るからに憔悴しきった様子で彼らを迎えた。目は赤く充血し、隈を作り、少しやつれている。
「本当に霊を祓ってくれるんだよな?」
 と、ひどく切実な様子で訴える塔次に、滴はできるだけ穏やかに語りかけた。
「そのためには塔次さんにもお力を貸して頂かなければなりませんが、どうやら、霊障でだいぶお疲れのご様子‥‥助手の楽の音には、霊を近づけさせない効果がありますので、しばしお休みになって体力を蓄えて下さい」
 今まで「霊などいない」と断言されてきた塔次は、己の言葉を否定されないというだけでも、随分と気が楽になったようだ。
 レーヴェが三味線を奏で、それに合わせて真緋呂が歌い始めると、その音色に身を委ねるように目を閉じる。
 それは霊を祓うための神聖な旋律というよりは、子守唄のように優しい調べ。
 もう長いこと、眠れぬ日々が続いていたに違いない。そのまま塔次は倒れるようにして眠り込んでしまった。いや、むしろ眠ったというより、失神や昏睡といった言葉のほうが適切かもしれない。
「未だ血を流し続けておられるであろうお心の傷について語るには、多大な気力がいるでしょうから‥‥」
 疲れ切った塔次の顔を見て、レーヴェは複雑な表情で呟いた。


 よほど疲弊していたらしく、塔次はそれからなかなか目を覚まさず、そのまま翌朝を迎えた。しかし久々にぐっすり眠った甲斐あってか、顔色は少し良くなっていた。それを見てひとまず冒険者たちも安堵する。
「昨日もお話したように、霊を祓うには塔次さんの協力が必要なのです。霊があなたに何を語っているのか、話して頂けませんか?」
 滴の言葉に、塔次は少し躊躇いを見せる。
 真緋呂はそんな塔次の手を握り、背中にそっと手を添え、軽く微笑みかける。
「大丈夫、塔次さんは1人じゃないんだよ。僕たちが来たから、もう1人で苦しんだり怯えたりしなくてもいいの」
 それでも塔次はすぐには話そうとしなかったが、真緋呂が根気よく励ましの言葉をかけ、ようやく少し落ち着きを見せた。
「‥‥祐希が、俺を責めるんだ‥‥どうしてお前だけ生き残ったんだって‥‥」
 ぽつぽつと低い声で語り始める塔次。
 真緋呂は決して急かしたりはせず、彼の言葉に相槌を打つ。
「それで、塔次さんは苦しい思いをしているんだね」
 塔次は何度も頷き、また少しずつ話を続けていった。
「祐希は、俺のことを助けにきてくれたのに‥‥俺は自分1人だけ逃げたんだ‥‥。でもそれは俺のせいじゃない‥‥あの時は、仕方なかった。でも祐希はそれを許してくれない‥‥」
 そう話す塔次を、小野はただ黙って見つめている。
 今の言葉だけを聞けば、塔次は己を正当化しようとしているようにしか思えない。むしろ、塔次のほうこそ祐希を責めているようにさえ聞こえる。
 もしそれが真実なのであれば、小野としては失望を禁じえないところだ。
「‥‥俺は人の良心というものを信じたい、とは思っているが、な」
 誰にも聞こえないほどの声で呟き、小野は成り行きを見守った。
「塔次さんは、どうしたいのですか? 祐希さんに許して欲しいのですか?」
 滴に訊ねられ、頷く塔次。
「何を許して欲しいのですか?」
「‥‥俺1人が、助かってしまったことを‥‥」
「祐希さんは塔次さんを助けようとしたのでしょう。だとしたら、塔次さんが生き延びたことを責めるでしょうか?」
「‥‥‥‥」
 塔次は、途端に黙り込む。
 自分の言ったことに矛盾が生じているのに気付いたのだろう。
「よく考えて下さい。あなたは、何を許して欲しいのか。それが分かれば、私たちも霊に訴えかけることができます」
 塔次はそれからしばらく押し黙っていたが、しばらく時が流れて、ぽつりと零した。
「‥‥祐希は俺を助けようとしたけど、俺は祐希を助けられなかった‥‥助けようともしなかった」
「でも、それは塔次さんのせいじゃないんでしょう? ずっとそう言ってたじゃない」
 塔次の言葉を否定せず受け入れた真緋呂の言葉は、逆に彼の心に埋もれていた自責の念を刺激したようだ。
 今までずっと抱え込み、心の奥底に隠していたことに、ついに耐え切れなくなったのだろう。彼はそれを搾り出すかのように、必死に語った。
「祐希を見殺しにしようと思ったわけじゃない。自分だけ助かろうなんて思ってなかった‥‥それは本当なんだ! ただ、柱が倒れてきて‥‥俺は咄嗟に避けたけど、祐希は避けられなかった‥‥」
「それは塔次さんのせいではありませんよ。咄嗟の行動なのですから‥‥」
 レーヴェが宥めるが、塔次はまるで「いやいや」をする子供のように激しくかぶりを振って涙を流す。
「でも、祐希は俺に手を差し伸べてくれたのに、俺は祐希にそれをしてやれなかった‥‥助けに来てくれたのに、礼のひとつも言えなかった‥‥」
「‥‥塔次さんは、そのことを許して欲しいんだね?」
 真緋呂の言葉に、祐希は何度も何度も頷いた。
 その表情にもはや余計な感情はない。ただひたすらに、悔やんでも悔やみきれぬ思いと、限りない悲しみだけが浮かんでいる。
 それを見て、小野はようやく口を開いた。
「ならば心から詫び、そして礼を言えばいい。‥‥行くぞ、祐希の元へ」


 小野に伴われ、塔次は火事の現場を訪れた。
 焼け跡は既に片付けられ、ぽっかりと空いた空白だけが、かつてそこに建物があったということをかろうじて示している。
 塔次はしばらく沈痛な面持ちでその空白を見つめていたが、やがて祈るような声で告げる。
「祐希‥‥すまない‥‥。俺はお前を助けられなかっただけじゃなく、お前を幽霊にしてまで自分を正当化して、逃げることばかり考えていた‥‥本当に、すまない‥‥」
 痛みを堪えるような表情で俯き、唇を噛み締める。
 その塔次の表情を見て、小野はそっと巻物を広げた。
「急々如律令」
 小さな声で唱え、虚空に幻を作り出す。
 それは淡い幻。何も喋らず、ただ微笑するだけの朧げな幻影。
 しかし塔次にはそれだけで充分だったようだ。
「‥‥こんな俺のこと、助けに来てくれて‥‥ありがとうな‥‥」
 やがて空に溶けるようにしてゆっくりと消えてゆく幻を、塔次はじっと見つめていた。
 その幻に向け、冒険者たちも真摯な祈りを捧げる。
 塔次の心は今ようやく光を取り戻した。願わくば、祐希の魂もまた救われるようにと願いながら。
 幻が消えた後もずっと、悲しく澄んだ眼差しで空を見上げる塔次に、小野は告げる。
「お前が何を感じ、何を思うか。それは全てお前次第。人に強いられた道でなく、己に悔い無き道を歩め。道の先に答えはある‥‥それだけだ」
 それだけ言って、小野はそのまま踵を返し歩き出す。その背中に向けて塔次は深く深く頭を下げた。
 レーヴェは軽く三味線を爪弾き、静かに問う。
「もし逆の立場だったとして‥‥塔次さんは、祐希さんをお恨みになるのでしょうか。無事に生きて、自分の分も幸せになって欲しいと願うのではないですか?」
 沈黙する塔次。
 しかしレーヴェは答えを強要することはせず、代わりにこう言って微笑んだ。
「幸せに、なって下さいね。祐希さんのためにも」
 それに対し、塔次もわずかに悲しみを帯びた笑顔を返した。


 こうして、冒険者たちの手によって青年の心を蝕む闇は祓われ――
 代わりに微かな希望の光が残った。