子犬を探してください
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 36 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月25日〜06月30日
リプレイ公開日:2005年07月02日
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●オープニング
ここに康太という少年がいる。
病ゆえに塞ぎ込んでばかりだった彼は、今ではとてもよく笑うようになっていた。
それというのも、ある冒険者が連れてきてくれた子犬が大きな原因だった。
その冒険者の名前を取って「ヨウ」と名付けられた子犬は、康太にとてもよくなつき、臥せりがちな彼の大切な友達になっていた。
ところが、そのヨウがふらりと外に遊びに出たきり、帰ってこなくなったのだ。
康太は決して健康とは言えない体で町に探しに出て、結果として熱を出して寝込むことになってしまった。
両親も必死に探してはいるが、仕事に家事、さらには康太の看病もあって、子犬探しにばかりかかっていられない。
せっかく笑顔を見せるようになった康太が、再び笑わなくなってしまうかもしれない‥‥
それを心配した両親は、冒険者に依頼を出すことを決意したのだった。
* * *
その頃、江戸のとある場所。
「紫苑、おいで!」
縁側に座って呼ぶ女の子、それに応えるように元気よく駆けてゆく子犬。女の子は子犬を抱き上げ、頬ずりをした。
「いい子だね、紫苑♪」
「わふっ」
傍から見たら、仲の良い飼い主と飼い犬にしか見えない光景。
けれども、廊下を通りがかった少女は、その様子を見て愁い顔になる。
「ねえ、奈々‥‥やっぱりその犬、他の誰かが飼っていたものなんじゃないかしら?」
すると、奈々と呼ばれた女の子は途端にふくれっつらになり、少女――姉を睨みつける。
「違うもん! この子は紫苑の生まれ変わりなんだもん! 奈々が淋しがってたから‥‥きっとまた逢いにきてくれたんだよっ。ね、紫苑」
「わんっ」
「‥‥奈々‥‥」
呟いて、少女は悲しげに庭の一角に目を向けた。そこには木の札を立てた小さなお墓。札には拙い字で「しおん」と書かれている。
柴犬の紫苑が息絶えた時の奈々の悲しみようといったら、とても見ていられるものではなかった。
生まれた時からずっと一緒だった友達を亡くしたのだ。当然かもしれない。
だから、奈々がまた笑うようになってくれたのはとても嬉しいのだけれど‥‥
「ずーっとずーっと一緒だからね、紫苑」
そう言って子犬を抱きしめる妹の姿を、少女は複雑な表情で見つめていた。
●リプレイ本文
●留守番
ヨウは耳の先っぽが少しだけ垂れていて、前足の先のほうが真っ白な柴の子犬。はっきり特定できるほどの手掛かりではないが、ないよりはマシだろう。
「・・・・ヨウ、見つかるかな。病気になってたりしないかな・・・・」
康太は自分でも探しに行きたいようだが、あいにく今日も熱を出しており、外に出られるような状態ではない。
「坊主、お前の家族はそんなに柔なのか?」
風斬乱(ea7394)に顔を覗き込まれ、康太はぶんぶんと首を振る。
「だったら、お前も柔では話にならぬぞ?」
「必ず見つけてきますから、今は体を休めて、ヨウさんに元気な笑顔を見せてあげてくださいね」
風斬とシィリス・アステア(ea5299)に宥められて、康太は素直に布団に横になった。
七神斗織(ea3225)は両親に代わって康太の看病をするため家に残り、他の者たちは各自捜索へと出掛けていった。
「ヨウが見つかるまでの間、他の子犬と一緒に遊びたいと思いますか?」
「うん・・・・遊びたい」
ヨウのことを思い出して辛くなるのでは・・・・と気遣っていた斗織だが、康太の承諾が得られたので、外で待たせていた自分の子犬を連れてきてやった。
子犬と遊ぶことで、康太の淋しさや不安も少しは和らいだようだ。
ようやく少し笑顔を見せた康太を見て、斗織も安心したように微笑んだ。
●ヨウはどこに?
北天満(eb2004)は、康太にヨウを渡した冒険者について調べるためギルドに立ち寄ったのだが、あいにくその冒険者に会うことはできなかった。
やむを得ず、康太の家の周辺にいる犬や猫、雀などにテレパシーでヨウを見なかったか訊ねて回る。近所の野良猫はそれらしき犬を見たと教えてくれたが、いつどこで・・・・といった詳しい情報はよく分からなかった。
シィリスと白瀬沙樹(ea6493)は康太の家の近所で聞き込みを行なっていたが、こちらも大きな収穫はなし。最近は犬を連れている冒険者なども多いので、どのような犬がいつどこにいたかなど、詳細に覚えている人はいなかった。
実際、今回依頼を請けた冒険者の中だけでも、実に半数の3人が犬を連れているのだ。よほど印象的な特徴でもない限り、記憶に留めておくのは難しいかもしれない。
アゲハ・キサラギ(ea1011)は対象を子供たちに絞って聞き込みを行なっていた。
子供というのは得てして動物好きなものだから、何か有力な情報が聞けるのではと踏んだのだが、その読みは当たっていた。
「奈々ちゃんちに新しく来た子犬、確かそんな感じだったよ」
「ほんと? 奈々ちゃんって子の家、教えてくれる?」
「うん、いいよ」
情報を教えてくれた男の子に連れられ、奈々という子供の家の前までやってきたアゲハは、庭で楽しそうに子犬と遊ぶ女の子の姿を見つけた。その姿はまるで本当の飼い主と飼い犬のようで、アゲハは少し不安を覚える。
「新しく来た・・・・って言ってたけど、詳しい話とか、分かる?」
「家の中に迷い込んできたんだって。奈々ちゃん、可愛がってた犬が死んじゃってすごく元気なかったんだけど、あの犬が来てからまた元気になったんだよ」
「そうなんだ・・・・」
あの犬が本当にヨウかどうかはまだ断定できないが、もしそうだとしたら、少々面倒なことになりそうだ。
とにかくこのことを皆に知らせるため、アゲハは康太の家へと戻っていった。
●奈々と紫苑
アゲハに案内され、一向は奈々の家の近くまで来ていた。
そこにいる犬が本当にヨウなのかどうか確かめるため、満がテレパシーで庭先の子犬に呼びかける。すると・・・・
「・・・・どうやら、ヨウに間違いないみたいです」
「そうか。嬢ちゃんの事情を聞いては、犬ころを連れて行けぬも人の情けだが・・・・俺たちは依頼を受けた冒険者だからな」
風斬の言葉に、他の者たちも頷く。
彼らは奈々に会う前に、まず彼女の母親に会って事情を説明した。母親もやはり子犬は誰かの飼い犬なのではと考えていたらしく、冒険者たちの話を聞いて、子犬を連れ帰ることをすぐに了承してくれた。
こうして奈々の元へ向かおうとするアゲハの服の袖を、傍に控えていた奈々の姉、寧々がきゅっと引っ張る。
「奈々は悪い子じゃないの。ただ、紫苑のこと本当に大好きだっただけで・・・・だから怒らないであげて下さい・・・・」
アゲハは寧々の手をそっと握って、にこっと笑う。
「ボクも猫を飼ってるから、いなくなって悲しい気持ちは分かるよ。だから怒ったりしない。心配しないで?」
その笑顔を見て安心したらしく、寧々はこくんと頷いた。
縁側に腰掛けて子犬をじゃらす奈々に、まずはアゲハが声を掛けた。
「あのね、奈々さん。私たち、その子犬の飼い主・・・・康太さんって言うんだけど、その子に頼まれて子犬を返してもらいに来たんだ」
すると奈々はびっくりしたような傷付いたような表情を浮かべ、すぐにぷいっと視線を逸らす。
「この子は紫苑だもん。奈々が飼い主だよ」
「紫苑か、いい名だ。でも、こいつにも他にかけがえのない家族がいるんだ」
風斬が撫でてやると、奈々はますます複雑な表情になる。「家族」という言葉に反応したようだ。
風斬自身の瞳にも、愛しい者を失う哀しみが滲んでいたのだが、奈々もそれにうっすり気付いたのかもしれない。
「大切な家族を亡くしてしまうのは、とても悲しくて、辛いと思います。でも・・・・あなたが紫苑ちゃんを思っていたように、この子を大切に思ってる人がいるんです」
「康太さんは病気で体が弱いのに、いなくなったその子を探し回って、倒れてしまったんですよ・・・・。奈々さんも、紫苑さんがいなくなったら一生懸命探すでしょう? それと同じです」
沙樹とシィリスの言葉にも、奈々はただ頑なに首を振るばかり。
けれども、奈々だって本当はもう気付いているのだ。その子犬が紫苑ではないことに。
だから冒険者たちは決して無理に子犬を取り上げたりしようとせず、根気よく奈々に話し掛けた。
「紫苑さんが死んじゃって悲しいのはボクにも分かる。・・・・でも代わりとかを立てないでちゃんと受けとめて欲しいんだ」
「・・・・・・・」
「もし貴女のお姉様が知らない子に『姉が死んでしまったから姉の代わりになって』と連れて行かれたら嫌でしょう? 貴女は今それと同じ事をしようとしているの。だから返してあげてね?」
「・・・・・・・」
「ヨウさんはヨウさん。紫苑さんは紫苑さん。決して代わりはいないのです・・・・」
泣き出しそうな顔で、それでもきゅっと口を結んで泣くのを堪え、黙り込む奈々。
そんな彼女に、満はこう告げた。
「私は陰陽師。徒人には見えないものが見えます。この犬には紫苑という名の霊が憑いている・・・・彼はあなたのことが心配でずっとここに留まっているのです」
「うそ・・・・!」
今度こそ本当に驚愕して顔を上げる奈々に、満はテレパシーで語り掛ける。
『悲しまないで。僕は見えなくても奈々の傍にいて見守ってるよ』
直接脳裏に響いてきた声を、奈々は紫苑の声と信じ込んだようだった。今までずっと堪えていた涙が、ついに堰を切ったように溢れ出す。
「ほんとに?」
『本当だよ、奈々。だからこの子も、この子を大切に思ってる人のところに返してあげて』
それを聞いて、奈々はようやく決心したように言った。
「・・・・ほんとの紫苑が奈々のこと見ててくれるなら・・・・奈々は、それでいいよ・・・・」
●2人と1匹
奈々は子犬を連れて、冒険者たちと共に康太の家へとやって来た。
「ヨウ!」
奈々の腕に抱えられている子犬を見て、康太は布団から跳ね起きてその子犬を受け取る。
本当に嬉しそうな笑顔の康太とは対照的に、奈々の表情は複雑だ。「これで良かったんだ」と思いつつ、やはり淋しさはどうしようもないのだろう。
風斬は、また奈々の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「誰の犬とかは関係ない。犬ころは嬢ちゃんも坊主も、2人とも好きらしいぞ?」
「これが最後のお別れじゃないですよ。康太君と、あなたと、この子で一緒に遊べばいいんですもの」
沙樹にもそう言われて、奈々は目を丸くする。どうやらその選択肢については考えていなかったらしい。
「・・・・またこの子に会いに、遊びに来てもいい?」
奈々が訊ねると、康太は二つ返事で快諾した。
「うん。僕はあまり外には出られないけど・・・・うちになら、いつでも来てくれていいよ」
それを聞いて、奈々もようやく笑顔になった。
奈々は家族を失った代わりに、新しい友達が2人もできたのだ。
「今までの紫苑さんとの思い出は変わらないし、なくならない。これからはまた新しい思い出を作っていけばいいんだよ」
「うん・・・・」
奈々はまた少し涙ぐんだけれど、アゲハの言葉にしっかりと頷き、康太の腕の中のヨウを何度も撫でた。
新たな絆で結ばれた2人と1匹を見て、風斬は感慨深げに呟く。
「繋がりとは不思議なものだな」
奈々を家に送り届ける道すがら、斗織は自分の子犬を奈々に渡そうとした。
「・・・・この子、差し上げます。どうか可愛がってあげて下さいな」
奈々は一瞬、その子犬を受け取りたくて仕方ないような顔をしたが、ぐっと堪えて首を振った。
「ううん・・・・その子、お姉ちゃんの大事な子なんでしょ? その子の代わりはどこにもいないんだよ? シィリスお兄ちゃんが、そう言ってたじゃない」
そう話す奈々の表情は、ひどく大人びて見えた。
誰もが誰かの代わりになることなどできないと、奈々はこの短い間に悟ったのだろう。
斗織は観念したように笑って、子犬を自分の腕に抱きしめた。