反物タンゴ
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月28日〜09月02日
リプレイ公開日:2004年09月01日
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●オープニング
うちは呉服屋なんですがね。少々古くなったり、汚れがついてしまったりした反物を、安値で大量に仕入れたんですよ。そういったものでも、充分に使えますからね。
ただ‥‥その中に、どうも妙なものが混じっていたらしくて。
一昨日の晩、倉庫のほうで何やら音がするんで、泥棒でも入ったのかと思って見に行ったんです。
そしたら、襲いかかってきたんですよ。
反物が。
私だって、ああこりゃ夢でも見てるのかなと思いましたとも。でも、その反物が私の腕に凄まじい力で巻きつきまして‥‥ほら、これがその時の痕です。くっきり残ってるでしょう?
そりゃもう、ひどい力でしたよ。このままでは腕が千切れてしまうと、本気で覚悟しました。あの時は。
それでも私だって命は惜しいですから、必死で抵抗しましたとも。ちょうど近くに裁ちバサミがあったんで、無我夢中で突き立ててやったんですが‥‥何故か、傷ひとつ付けることができませんでね。燭台を手に取ってぶつけてやったら、突然するっと力が緩んだんで、その隙に慌てて逃げ出してきたのです。今になって思い返してみれば、火事にならなかったのは本当に幸いでした。
その後、恐ろしくて倉庫に近づけませんで‥‥。果たしてその反物の化け物がどうなったのか、分からないんですよ。もし普通の反物みたいにしてあの中に混ざっているとしたら、一大事です。
どうか倉庫を調べて、もし化け物がまだ中にいるようなら、退治して頂けないでしょうか。
ああ、ひとつだけお願いなんですが、できるだけ他の品物に傷を付けたりしないよう気を付けて頂けますでしょうか? 我が儘な願いというのは承知しておりますが、こちらとしても商売がかかっておりますので‥‥。
それでは、宜しくお願い致します。
●リプレイ本文
●作戦開始
「さぁ、皆の集。これは、維新組の記念すべき維新の最初の一歩となるじゃろう。心して、ことにあたられよ!」
呉服屋の倉庫脇に集まった仲間たちを前に、維新組の一人、“火の志士”小坂部太吾(ea6354)が厳かに述べた。
「僕は維新組とやらの一員ではないんですけどねぇ」
後ろの方でぼそりと呟いた黒部幽寡(ea6359)を軽やかに無視して、同じく維新組の一人“水の志士”海上飛沫(ea6356)が一同の顔を見渡す。
「これより以後、自分が作戦指揮を取らせて頂きます」
時刻は夜。酒場などはまだ賑わっているが、表通りも呉服屋の裏庭も、しいんと静まり返っている。呉服屋の主の話によれば、反物の妖怪と遭遇したのは大体このくらいの時間だったという。
「それでは打ち合わせ通り、凪風さんは倉庫に入って妖怪を外におびきだして下さい」
「分かったよ!」
海上の言葉を受けて“風の志士”凪風風小生(ea6358)が元気よく頷いた。彼の胴にはロープが巻きつけらており、その先端は“地の志士”郷地馬子(ea6357)の手に握られている。命綱‥‥と言えば大げさだが、もし凪風の身に危険が及んだ時には、郷地がロープを引いて倉庫の外に引っ張り出す手はずになっている。
「馬子さん、もしもの時は、おいらを頼むよ。それじゃあ行ってくるね」
「ああ、任せておくべ!」
「気を付けるのじゃぞ」
郷地と小坂部の応援を背に、凪風は一人、倉庫の中へと足を踏み入れた。その小さな背中が暗がりの中に消えてゆくのを見送ってから、海上が再び仲間たちのほうへと向き直る。
「では、郷地さんと小坂部さんは前へ。ファルマさんと黒部さんは後ろで待機していて下さい」
海上の指示通り、郷地と小坂部が反物の襲撃に備えて前線に立つ。そして黒部とファルマ・ウーイック(ea5875)の二人は、海上と共に数歩後ろへと下がった。
「くっくっくっ、上手く行くといいですがね」
「不吉なことを言わないで下さい。きっと上手く行きますよ」
にやりと笑う黒部の横で、ファルマは祈るように銀のペンダントを握り締めた。
●倉庫の中
「妖怪やーい。どこにいる?」
凪風が挑発するように声を上げると、どこかでほんの少し物音が聞こえたような気がした。
「出てこないと倉庫ごと燃やしちゃうよ!」
手にした燭台をかざして、再び挑発。果たして妖怪に人の言葉が通じるのかどうかは定かではないが、まるでその言葉に反応を示したかのように、先ほどよりも大きくガタリと物音が響く。凪風が音の聞こえた方向を確かめるのと、棚に収まっていた反物のひとつがいきなり宙に舞い上がったのとは、ほぼ同時だった。
ビュッと空を切る音がして、反物が凪風に迫る。凪風は素早い動きでそれをかわしたが、反物は凪風の手をビシッと打ちつけ、持っていた燭台をはたき落としてしまった。
「しまった‥‥!」
衝撃で蝋燭の火は消え、倉庫内がふっと闇に包まれる。そしてその闇の中からすかさず次の攻撃が飛んできた。凪風は敏感にその気配を察知し、寸前で後ろに飛んでかわそうとしたが、わずかに距離が足りない。「まずった」と舌打ちをした次の瞬間には、ギリリと凄まじい力で腕を締め上げられていた。
「離せっ、この!」
必死に振りほどこうと試みるが、小柄なパラの体力ではとても敵わない。しかも反物は凪風の腕を絡め取ったまま、胴や首にまで巻きつこうと纏わりついてくる。このままではまずいと悟った凪風は、倉庫の外に向けて大声で叫んでいた。
●乱戦
「どうやら動き出したみたいですね‥‥小坂部さん、ファルマさん、黒部さん、それぞれ魔法の準備を」
倉庫の中で何やらガタガタ音がするのを聞きつけて、海上が待機している仲間たちに次の指示を出す。小坂部は自らの刀にバーニングソードの魔法を施し、他の二人もいつでも詠唱に取りかかれるよう態勢を整えた。その直後、倉庫内から凪風の声が響く。
「馬子さん、おねがい!」
「よし、行くべ!」
郷地が持てる限りの力でもってロープを思い切り引っ張る。ぐっと強い手応えが伝わった後、開け放たれた倉庫の入り口から凪風の体が飛び出した。そこで力を緩めれば良かったのが、ついつい勢い余ってしまい、凪風はそのまま後方へ‥‥そして‥‥どすーんという鈍い音が呉服屋の庭にこだました。
「馬子さん‥‥もうちょっと手加減してくれると、嬉しかったな‥‥」
壁に激突した凪風は、ずるずるとずり落ちながら呟いた。郷地は、とりあえず笑って誤魔化した。
しかし笑っている場合ではない。ロープで引っ張られようが、壁に激突しようが、凪風を締め付ける反物の力が緩むことはなかった。このまま放っておけば確実に窒息してしまう。本来ならば、反物が倉庫から出てきた時点でファルマがコアギュレイトを使い、反物の動きを封じる予定だったのだが‥‥
「この状態のままコアギュレイトを使ったら、凪風さんが抜け出せなくなってしまいますよね‥‥」
「そうですね。とりあえず衝撃を与えてみましょう。少しは力が緩むかもしれません」
ファルマの意見に同意して、黒部がブラックホーリーの詠唱を始めた。
「ファルマさんもコアギュレイトの準備をして下さい。いつでも動きを止められるように」
「わかりました」
海上の指示を受けて、ファルマも詠唱を開始する。やがて黒部の掌から放たれた黒い光は、反物めがけてまっすぐに飛んでゆき、直撃した。反物は顔もなければ声を出すわけでもないので、果たして効いたのかどうか傍から見ただけでは分かりづらいのだが、凪風は締め付ける力がわずかに弱まった隙を逃さなかった。
「今だっ!」
全力で反物を振りほどき、するりと抜け出す。そのタイミングを見計らってファルマがコアギュレイトを放つが、反物はその魔法を跳ね除けてしまった。
「ファルマさん、もう一度お願いできますか?」
「ええ‥‥!」
諦めずに、ファルマが再び詠唱に取りかかる。
その間に小坂部が燃える刀で反物を斬り伏せようと挑むが、反物はひらりひらりと自在に宙を舞い、いともたやすく回避してしまう。
「ぬう‥‥やはり動きを封じねば、勝ち目はないか」
小坂部の攻撃をすべてかわした反物は、一度ふわりと高く浮上し、再び凪風に襲い掛かった。まずは一番弱っている相手から潰すのが得策だと考えたのだろうか。果たして、そこまでの知能があるかどうかは疑問だが‥‥。しかし、待機している間にストーンアーマーによって己の体を強化した郷地が、凪風を庇うように立ちはだかった。
「うちが相手になるだぁ!」
避けようともせず目の前に現れた標的に、反物はここぞとばかりに絡みつく。そして先ほどと同じように、想像を絶する力で獲物を窒息させようと試みたのだが‥‥
「ふんぬぅ!!」
‥‥さらに想像を絶する人並み外れた体力でもって、振りほどかれてしまった。
そしてその隙に、再度ファルマのコアギュレイトが飛ぶ。今度は抵抗できず、反物は身動きが取れぬままへろへろと地面に落ちてしまった。そこへ追い討ちをかけるように、黒部が二発目のブラックホーリーを放つ。
「くっくっく、動けなくなってしまっては、もはや勝ちは頂いたようなものですね」
余裕たっぷりの黒部の言葉に頷いて、小坂部が刀を構え直す。そして反物をしっかりと見据えて一言。
「さて‥‥観念せい、物の怪よ!」
炎の刀がばっさりと反物を両断し、すべては終わった。
●後日談
「凪風さん、体のほうは大丈夫ですか?」
「うん、おかげさまで元気たっぷりだよ! ありがとうね、ファルマさん」
反物の攻撃を受けてだいぶ疲弊していた凪風だが、ファルマのリカバーによってすっかり回復していた。
幸い、倉庫内に潜んでいた物の怪は一体だけだったようだ。他に負傷した者もなく、体を張った凪風の囮作戦のおかげで倉庫内の品物にも被害はなく、今回の依頼は大成功と言えるだろう。
「維新組にとっては、幸先の良い出だしとなりましたね」
「そうじゃな。しかし慢心することなく、これからも気を引き締めて行こうぞ」
満足げに微笑む海上と小坂部の脇で、郷地が声高らかに宣言する。
「この調子で維新を成功させて、彼氏、ゲッチューだべぇ!」
怪力でもって凪風を壁に激突させた姿。そして同じく怪力でもって反物を振りほどく姿。それらの情景を思い出しながら、黒部がぼそりと呟く。
「‥‥玉砕しないといいですねぇ」
しかしその呟きは、幸か不幸か――いや、きっと幸だろう――郷地の耳には届かなかったようだ。
こうして維新組プラス二人の仕事は、無事に幕を閉じたのだった。