●リプレイ本文
蒸し暑い熱帯夜、冒険者を交えての怪談大会が開催された。
まず一番手はアゲハ・キサラギ(ea1011)。
「超」が付くほどの怖がりなのだが、今回は果敢にも語り手として参加している。
「これはボクのジャパンのお知り合いの人が、実際に体験した話ね‥‥」
真っ暗な部屋の中、怯えて涙目になりつつも、アゲハは静かに話し始めた。
「その人の友人‥‥仮に、瑠璃さんとしよう。彼女はある時からおかしな夢を見るようになったの。1人の少女が出てきて瑠璃さんの方を向いて、にんまり笑うんだって」
アゲハは実際ににんまりと笑みを浮かべてみせる。
灯りに照らされて浮かび上がったその表情に、聴衆たちは思わず唾を飲んだ。
「その少女は現れる度に体の一部がなくなってるんだ。2日目は左腕、3日目は右足‥‥最初は気味悪がってた瑠璃さんも『これは夢だ』と気にしないようにしてたみたいなんだけど。
でも暫く経って瑠璃さんは不思議な事に気付いたの。少女は、日に日に瑠璃さんに似てきてるんだとか‥‥」
ここでアゲハは少し沈黙した。
演出という意味もあるが、話しているうちに自分自身が怖くなってきてしまったので、気持ちを落ち着けようと思ったためでもある。
「‥‥1週間程経って、遂に少女は首だけの姿になって‥‥その翌日、瑠璃さんは通り魔に会って死んじゃったんだって‥‥。
四肢はバラバラにされ、その姿は悲惨そのものだったとか‥‥」
アゲハの声が途切れた瞬間、誰かがふっと灯りを吹き消した。その途端、ラン・ウノハナは甲高い悲鳴を上げてアゲハにしがみつき、アゲハ自身も「ぼぎゃー!」と大声を上げる。他の聴衆からも悲鳴やら歓声(?)やらが湧き起こり、場は一時騒然となった。
ようやく落ち着いたところで、二番手は夜咲凛華(eb2017)。
初めての依頼なので戦闘のないものを‥‥と思ったら何故か怪談大会に参加する羽目になってしまい、同伴したシェーンハイト・シュメッター(eb0891)にしがみついて震えている。
レイヴァン・クロスフォードから貰った魔除けの札をしっかりと握り締め、凛華は話し始めた。
「まだ小さい時の事なんだけど‥‥その日、誰もいない浜辺で遊んでいた時、いつの間にか同い年ぐらいの子が居てね、少し話して一緒に遊び出したのね。その子が急に走り出したから僕は捕まえようと思って追っかけたの」
その時まるで狙い済ましたかのように、1匹のネズミが部屋を横断するように駆け抜けていって、その場にいた者たちは震え上がった。
凛華もひどく怯え、ますます強くシェーンハイトにしがみつきながら、なんとか話を再開する。
「そ、それでね‥‥暫く追っかけっこみたいにはしゃいでたんだけど‥‥少しずつ息が苦しくなってきて、急に胸を突き飛ばされたみたいな痛みが走って‥‥」
凛華は本当に胸が痛むかのように、ぎゅっと自分の胸元を押さえ、思わせぶりに黙り込んでみせる。
「‥‥気が付いたらその子は何処にも居なくて、僕は海の中に居て‥‥沖に、沖にと進んでたの。
怖くなってすぐに戻ったんだけど、帰ってから服を脱いだら、胸に両手で突き飛ばされたみたいな痣があって‥‥
あの子が何だったのかも分らないし、もしあの時、痛みが無くて正気に戻らなかったら‥‥僕、どうなってたんだろうね‥‥?」
静かに投げ掛けられた問いに答える者はなく、辺りは一瞬、不気味なほどしいんと静まり返る。
そこで、清太郎が淡々とした口調で呟いた。
「もしや今この場にいる凛華君は亡霊で、本物は今頃、海の底に‥‥」
その言葉に最も戦慄したのは、凛華本人だった。
「お、お姉ちゃんっ、僕は本物だよねっ?!」
半泣きになって訴える凛華を宥めるのは一苦労で、初日はそこでお開きということになったのだった。
怪談2日目。
鹿角椛(ea6333)は香木を焚き、鬼面を側頭部に被り、さらに藁人形と数珠まで用意して、これでもか!というくらい雰囲気を醸し出している。
「私がまだ見習いに入ったばかりの頃、親方に聞いた話なんだが‥‥親方が子供の頃、注連縄で封じられ、決して入るなと言われていた山があった。
ところがある日、薪を集めているうちに注連縄を超えてしまって。落ちている木の枝をかき集めて意気揚揚と帰宅すると、親父が血相を変えて怒鳴りつけてくる。
『あの山に入るなと言ったじゃろが!』」
その親父の口調を真似て物凄い剣幕で怒鳴ってみせると、聴衆たちは思わずびくっと肩を震わせた。
怪談の際によく使われる手だが、やはり不意討ちでやると効果的である。
「‥‥見ると、拾い集めた薪はすべて、人の骨に変わっていたんだと。何でも、その山は大規模な落人狩りがあった場所で、膨大な数の魂が死に切れず彷徨っているんだそうだ」
比較的落ち着いた様子で話を聞いていた凪里麟太朗(ea2406)は、ここぞとばかりに行灯の火を魔法で操り、さも鬼火のような感じで辺りに浮遊させてみた。
「ひ、人魂だー!!」
‥‥当然、会場内は大混乱。
騒ぎが落ち着くまでには、またしばらく時間が掛かった。
お次は乾和眞(eb3144)。
「知人が友人とある宿に泊まった晩の話。知人は元々そういうものには縁のない方だったのですが‥‥その晩だけは違ったそうです。
何故か目が異常に冴え、冷や汗まで出始めた‥‥これはおかしいと思い始めた所‥‥
『ごめんね‥‥ごめんね‥‥』」
すすり泣くような掠れた声。和眞が話しているのだと分かっていつつ、なんだか本当にそんな声が聞こえた気がして、何人かは思わず辺りを見回してしまう。
「最初は友人の寝言かと思ったそうですが、まるで頭に直接響くように聞こえる。知人は横向きになって寝ていたそうですが、自分の頭のすぐ後から聞こえてくる気がする。
身体は動かないしどうしたものかと思っていると‥‥体の上になっている方の腕が動いた!」
言葉に合わせて、自分の腕をバッと前に差し出すと、目の前にいた聴衆は「ひゃっ」と声を上げて飛び退った。
「知人は何を思ったのか‥‥その手で背後に向かって追い払う仕草を。すると声が聞こえなくなった。
気持ちが落ち着いた頃になって『どうしたの?』と友人に声を掛けられ、自分が腕を動かしたのが見えたのかと思ったそうですが、友人はそれ以上何も言わなかったので、そのまま寝てしまったそうです。
が、翌朝、『どうしたの?』と声を掛けてきた友人が一言。
『昨夜、誰か私の枕元に立ってた? 誰か立っているのが見えたから声掛けたんだけど‥‥違った?』」
椛は参加者たちを怖がらせるため、鬼面をかぶったままこっそり和眞の後ろに回り、背中ごしにゆっくりと立ち上がってみせた。
‥‥またも会場内は大混乱に陥った。
またまたしばらく間を置いて、今度は天藤月乃(ea5011)の番だ。
面倒臭がりな彼女にとって、怪談大会に参加するだけで報酬が貰えるというのはありがたい話。しかし、ただ聞いているだけでは退屈なので、ちょっとした仕掛けを用意して臨むことにした。
「あるところに野盗に襲われて滅んだ村があってね、その村の生き残りは夜な夜なうなされてたの。
体じゅうに誰かに掴まれたような跡が出たりして、『好きで生き残ったんじゃない、許してくれ』とうわ言の様に呟く‥‥」
いかにも苦しげな声と表情を作ってみせるが、さすがにもうこの程度では聴衆も動じない。しかし本当の恐怖はここからだ。
「そしてある日、天井裏から何かが動き回る音と呻き声が聞こえ‥‥」
その言葉に合わせるように、天井から物音が響いてきた。
実はこれ、紐を引くと天井裏に置いてある板が倒れるように細工したものなのだが、もちろん聴衆はそんなことは知らないので、今度こそ本物の幽霊が現れたかと怯えている。
「‥‥やがて天井裏から這いずりながら幾つもの亡霊が現れ、生き残った村人を連れ去っていってしまったそうよ」
極め付けに、分身の術を使って自分の背後に幽霊もどきを作り出してみせると、会場は本日3度目の大混乱に陥った。
いい加減、ご近所から苦情が来るかもしれない。
そしてついに最終日。
3日目ともなると、そろそろ「ちょっとやそっとじゃ動じないぞ」という空気が出来上がりつつあった。
そんな中、柊小桃(ea3511)はお気に入りのぬいぐるみを抱えての参戦だ。
「いつだったかな? 夜中に突然、目が覚めたら、いつも抱いて寝てるはずのぴーちのぬいぐるみがいなくなっちゃってたの」
ぴーちというのは、小桃の腕に収まっている桃の形のぬいぐるみ。怪談のネタにしてはやたらと可愛らしい。
それでも、小桃は真剣な表情で話を続ける。
「周りを見回したらね、ぴーちは小桃の大事にしてるぬいぐるみたちが置いてある所にいたの。
そしたらいきなり、ぬいぐるみたちがふるふると震えちゃって、変な鳴き声で鳴きだしちゃったの‥‥
『う゛ぃぃぃ〜〜っ う゛ぃぃぃ〜〜』って‥‥」
不気味な表情を作って灯りに顔を近づけ、搾り出すような声でぬいぐるみたちの鳴き声(?)を再現してみせる小桃。
けれども、小さな女の子が皆を怖がらせようと頑張るその姿は、「怖い」と言うよりは「微笑ましい」あるいは「いじらしい」と言ったほうがしっくりくる。
おかげで怖がる者こそいなかったものの、小桃はすっかり人気者になってしまった。
「いやあ、今まで男衆ばっかりだったから、こういう可愛い子が参加してくれると場が華やぐねえ」
「小桃ちゃん、また次の機会にも遊びにおいでよ」
と、何故か和んでしまった人々を見ながら、小桃は首を傾げる。
「おかしいなあ‥‥小桃は怖い話をしにきたはずなのに〜‥‥」
トリを飾るのは麟太朗。
彼は、師匠との修業や母の躾より恐ろしいものが存在する事を確かめたくて参加したのだが、結局それを上回る恐怖を知ることはできなかった。
今までに聞いた怪談と故郷での思い出を比べて、こっそり黄昏つつ、麟太朗も話を始めた。
「どの冒険にも常に『腐女子』と呼ばれる妖怪に狙われる危険がある。特に聖戦『琥魅卦』夏の陣が迫っている今の時期、この妖怪はいくら喰っても餓えているので非常に危険だ」
「フジョシにコミケ? そんなの聞いたことないぞ」
首を傾げる清太郎に向け、麟太朗は虚ろな笑みを浮かべてみせる。
「奴等は実体を持たず、主に婦女子に憑依し、屈強の冒険者といえども『割賦倫愚』という邪教儀式の供物にしてしまう‥‥ちなみに儀式の内容については、恐ろしすぎるので割愛だ」
それを聞いて、一体どれほどまでに恐ろしい内容なのかと、聴衆たちはあれこれ想像し合う。
実際のところは‥‥まあ、知らぬが仏というものなのだろう。たぶん。
「‥‥今のように、恐怖で抱き締めあうなど『同性同士が密着している』状況は、特に襲われ易いぞ。恐ろしいのは、一度贄にされた犠牲者は生涯、執拗に襲われ続ける呪いを受ける‥‥」
にやり。
その笑顔を見て、聴衆たちは訳も分からないのに、何故か言い知れぬ恐怖を感じた。
この話はやばい。これ以上、深入りしないほうがいい。‥‥誰もが、本能がそう告げるのを感じたとか感じなかったとか。
「今回は色んな怖いお話を聞けて、楽しかったですよ」
それまでずっと聞き役に徹していたシェーンハイトが穏やかに言う。
「ただ‥‥何が一番怖いって、『怪を語れば怪至る』ということでしょうか。近づきすぎには、お気をつけ下さいね」
「まあ、毎年やってるからな。今さら言われるまでもないさ」
陽気に笑ってみせる清太郎。
あれだけ怖がっていた聴衆たちも、今は満ち足りた笑顔を浮かべている。
が。
「やっぱり冒険者連れてきて正解だったな。平助、来年も頼むぜ!」
「は? 連れてきたのは清太郎だろ?」
「いや、俺じゃねぇよ。毎年俺の話ばっかじゃつまんねぇから冒険者呼ぼうって、平助がぎるどに依頼出しに行ったんじゃないか」
「違うだろ。ネタも尽きてきたし、今年は冒険者に任せようって清太郎が‥‥」
「‥‥俺は行ってない」
顔を見合わせる面々。
沈黙。
凍りつく空気。
「―――じゃあ、ぎるどに行った『清太郎』は誰だったんだ‥‥?」