あたたかきもの
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月08日〜11月15日
リプレイ公開日:2005年11月16日
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●オープニング
それは昨年のこと。
嵩也は怪我をした父に代わって、山にきのこ狩りに行っていた。
しかし途中、次第に霧が濃くなり、不覚にも道を見失ってしまった。
まだ雪こそ降らないものの、夜はかなりの冷え込み。肌を突き刺すような寒さの中、火を起こすこともできず、嵩也は凍えそうになっていた。
(親父にあれほど注意されたのに・・・・山を甘く見た俺が馬鹿だった・・・・)
どれだけ悔やんでももう遅い。
だんだんと意識が朦朧とし始め、もう駄目だと諦めかけていたのだが・・・・不意に、体がじんわりと暖まったような気がした。
とても心地好くて、そのまま眠ってしまいそうになる。
ああ、ついにお迎えが来たのかな――そんなことを思いながらうっすらと目を開けると、目の前に不思議な生き物がいた。
真っ赤な炎に包まれた大きな鼠のような生き物。
(あの世からのお迎えってのは、随分と変わった姿をしてるんだな・・・・)
などと考えているうちに、嵩也の意識は途切れた。
翌朝、嵩也は探しに来てくれた村の男衆に助けられた。
その時には既に、あの不思議な生き物はいなくなってしまっていた。
それが恐らく「火鼠」と呼ばれるものだろうと知ったのは、後になってからのことだ。
* * *
それから1年。
嵩也も山に慣れ、もう遭難するようなことはなくなっていた。
そんなある日、嵩也は山で不審な男たちを見かけた。少なくとも、村の近辺で見かける顔ではない。刀や弓を持っているようだが、山賊だろうか?
なんとなく胸騒ぎを感じた嵩也は、男たちに見つからないよう、茂みの陰に隠れてやり過ごすことにした。
男たちは嵩也に気付くことなく、通り過ぎてゆく。
しかし彼らの会話を聞いて、嵩也は耳を疑った。
「本当に火鼠なんているのか?」
「さあな。確実な情報じゃないが、もし本当にいたらめっけもんだろ?」
「高く売れるといいな」
などと話しながら、男たちは遠ざかってゆく。
・・・・どうやら、火鼠の皮を狙っているらしい。
火鼠の皮で作った品物は決して燃えることがないというが、それが本当かどうかは定かではない。だが、いつの時代にも珍し物好きの金持ちというのはいるものだ。もし火鼠を殺して皮を手に入れれば、それを高値で買い取ろうとする者は必ず現れるだろう。
男たちの気配が完全に消えた後、嵩也は無我夢中になって駆け出していた。
あの時出逢った火鼠は、別に嵩也を助けようなどと思っていたわけではないのかもしれない。
単なる偶然かもしれないし、あるいはただの気まぐれだったのかもしれない。
それでも、嵩也にとって命の恩人であることに変わりはない。
人に害を成したわけでもないのに、欲望のためだけに殺される・・・・それを黙って見過ごすことなど、できるはずもなかった。
――こうして、ギルドにまたひとつ依頼が並ぶこととなった。
●リプレイ本文
●出立
そろそろ寒くなってきたこの時期、山で行動するにはそれなりの備えが必要だ。しかし、
「駄菓子は3Gまで!」
と力説する赤霧連(ea3619)に対しては、「3Gもあったら一体どれだけお菓子が買えるんだ」とツッ込まずにはいられない。ちなみに、松之屋のせんべいだったら300枚買えてしまう。
まあそれはさておき、冒険者たちはしっかりと準備を整えて嵩也の村へと向かった。
村人たちの話によると、賊は数日前に隣村を訪れたらしい。そこで山のことを聞いたり物資を補充したりしていたようだが、滞在しているという話は聞かないので、恐らくは山で野営しているのだろう。
嵩也いわく、賊を見かけたのはふもとの辺り。それからもう何日か経っているので、今頃はもっと山深いところを探索しているかもしれない。
「どうにか間に合うと良いのですが‥‥」
心配そうに顔を曇らせる嵩也に、超美人(ea2831)が励ますように言う。
「私もあなたと同じ考えだ。私利私欲のために無闇に命が奪われることのないよう、最大限力を尽くそう」
「ええ‥‥嵩也さんにとっては命の恩人ともなる火鼠さんですから、何が何でも護りたい所ですね」
超の言葉を聞いて、高遠弓弦(ea0822)も真剣に頷く。
化け物退治ではなく、逆に人の手から守る依頼だなんて珍しいと感じていた字冬狐(eb2127)も、嵩也の真摯な願いを汲んで優しく微笑んだ。
「嵩也さんのお気持ち、大切にさせて頂きますね」
「ああ、頼んだよ」
嵩也と村人たちに見送られ、冒険者一行は行動を開始した。
●助け合い
「足元に気を付けて。くれぐれもはぐれないようにね」
仲間たちを先導するのはユニ・マリンブルー(ea0277)。まだ15歳、今回の面子では最年少だが、山岳や森林に関する知識は他の誰よりも長けている。
「ごめんね、これくらいしかできなくて」
と謝るのは、ミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)。彼女はユニが動きやすいようにと、代わりに荷物を持ってやっていた。
「ううん、助かるよ。僕、体力ないからさ」
これは誇張ではない。実際に彼女は小柄でほっそりしているし、重い荷物はかなりの負担になる。それを聞いて、ミリフィヲも少し安心したようだった。
中には山に不慣れな者もいたが、超も猟師の知識を生かして仲間たちを助け、順調に先へ進んでゆく。ふもとのほうには村人もよく訪れるため、賊が踏み入った痕跡を探すのは容易ではなかったが、日も暮れ始めた頃にようやく野営の跡を見つけることができた。このようなところで野営する者が何組もいるとは思えないし、賊のものと見て間違いないだろう。
付近には足跡は4つか5つ。野営跡から山頂へと向かって続いている。念のため冬狐がブレスセンサーを使ってみたが、範囲内にはいないようだった。
「足跡がまだ残っているということは、そう何日も前のものではないだろう」
「・・・・もう既に火鼠さんに逢われていないと良いのですが」
地面を観察しながら分析する超と、心配そうに俯く弓弦。
やや張り詰めた空気をほぐすかのように、連は努めて明るい口調で言った。
「腹が減っては戦はできぬ! そんなに気を張っていてもダメですよ♪ お弁当にしませんか?」
「そうだね。もう暗くなってきたし、これ以上は動かないほうがいいよ」
ユニの言う通り、暗くなってからの移動は命取り。嵩也のように遭難してしまっては元も子もない。
逸る気持ちを抑えつつ、今日はここで休むこととなった。
冒険者にとっては毎度御馴染みの保存食だが、今回は一味違う。冒険者であると同時に優秀な板前でもあるミリフィヲが、現地で調達できる山菜などをふんだんに使っておかずを作り、いつもよりちょっぴり豪勢な夕食にありつくことができた。
美味しい食事でしっかりと補給した後は、持ち寄ったテントで疲れた体を休め、明日に備える。
肌を突くような寒さの中、冒険者たちは寄り添い合って暖を取り、眠りに落ちていった。
●成敗
賊は特に痕跡を消すようなこともしていないので、足取りを辿るのはそれほど難しいことではなかった。
出発前にミィナ・コヅツミから教わった情報によると、火鼠の生態については詳しいことは分かっていない。どんな場所に巣を作るのか、普段どういった所に姿を現すのかもはっきりしていないようだ。そのため賊も探しあぐねているらしく、残された足跡などから察するに、まさに虱潰しにあちこちを見て回っているような感じだった。
「この分なら、追いつけるかもね」
賊たちが苦戦していることが分かって、ユニの顔にも少し余裕が出てくる。
そして、ある程度進むごとにブレスセンサーで探知を行なっていた冬狐が、3回目の挑戦でついに相手の気配を捉えた。
「北の方角に人間大のものが5つ‥‥賊と見て間違いないでしょう」
「いよいよだな」
冒険者たちの間に緊張感が走る。
なるべく大きな物音を立てないよう、冬狐が指し示す方向へ少しずつ進んでゆくと、やがて数人の男たちの話し声が聞こえてきた。
「本当に火鼠なんているのかよ?」
「何度も同じこと訊くな! 見たって言ってる奴がいるんだから、どこかしらにいるはずだ。大金を手に入れたいなら黙って探せ」
必死の探索にも関わらず成果が上がらないらしく、賊たちの間にも苛立ちが募っているようだ。
岩陰に潜んでその様子を窺いながら、ユニは隠身の勾玉を握り締めた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「気を付けて下さいね。危なくなったら、決して無理をなさらず‥‥」
たった1人で賊の背後に回り込もうとするユニに、弓弦がグッドラックで祝福を与える。
他の者たちもそれぞれ戦闘準備を整え、岩陰から躍り出た。
「不届き者どもに踏み荒らされ、山が怒っている。この地を欲のために穢すことは許さん!」
「な、なんだ?!」
凄みのある声で敵を威圧しながら、超が手前にいた賊に斬りかかる。咄嗟に小太刀をかざして受け流そうとした賊だが、その小太刀は見事にへし折られてしまった。
突然の襲撃に動揺していた彼らだが、親分格と思しき男がいち早く冷静さを取り戻し、荒々しい声で怒鳴った。
「貴様ら、何者だ!」
「賊に名乗る名前なんてないよ。火鼠を狙ってるようだけど、そうはさせないからね」
「まさか‥‥貴様らも火鼠が目当てか?」
「お前らと一緒にするな!」
ミリフィヲは一気に相手との間合いを詰め、渾身の力を込めて長槍を振りかざした。その攻撃を受け止めた刀もまた、先ほどと同じように呆気なく叩き折られてしまう。
「くそっ!」
最後尾の弓使いが舌打ちと共に弓を構えるが、彼は矢をつがえることすらできなかった。いきなり背後から飛んできた別の矢によって腕を射られてしまったのだ。
「うん、上手く回り込めた♪」
と得意げに微笑むのはユニ。彼女は賊の注意が他の仲間たちに引きつけられている隙に、無事に背後を取ることに成功していた。
2人は武器を奪われ、1人は腕を負傷して満足に攻撃も行なえない状態。
いくら奇襲されたとは言え、あまりの体たらくに、親分格の男は忌々しげに歯噛みする。
「女ごときに遅れを取るなど‥‥」
「馬鹿にしてもらっては困りますね? 女の子にはいろいろと秘密が多いのです♪」
キラリと目を光らせ、薙刀を構えるのは連。
木の覆い茂る場所では長物を振るうのは難しいが、それでも彼女は持ち前の気合で不利を補い、敵に立ち向かう。
賊も必死に応戦するが、どうやらそれほど戦い慣れしていないらしい。冬狐の操る植物に動きを阻害され、さらに背後からはユニの援護射撃が容赦なく飛んできて、思うように戦えず圧される一方だ。
もはや戦いの結末は見えたも同然。
敵の戦意を削いでこの無益な戦いを終わらせるため、ミリフィヲは武器を投げ捨て、冬狐に視線で合図を送った。それに合わせて冬狐は身を屈め、それを確認したミリフィヲが敵の胸倉を引っ掴む。
「食らえ、不知火!」
冬狐の肩を足場にしてミリフィヲが宙に舞うと、賊はそのまま勢いよく地面に叩きつけられる羽目になった。
「さあ、次に投げられたいのは誰?」
不適に笑うミリフィヲと、その足元で目を回している仲間を見比べ、男たちの顔に情けない表情が浮かぶ。
「い、命だけは助けてくれ」
「俺たちはただ金が欲しかっただけなんだ」
火鼠は1匹捕まえただけでも大金になるというから、わざわざこんな所までやって来たのだ。まさかこのような妨害が入るなど、彼らにとっては想定外だった。
「私たちとて、野蛮な真似をしたいわけではないのです。貴方がたが引いて下さるというのなら、それに越したことはありません」
弓弦の言葉に、賊も素直に頷く。
役人に引き渡すという案もあったが、火鼠を捕まえようとしただけでは罪には問えない。これだけ痛い目に遭えば懲りるだろうし、もし懲りなかったとしたら、また同じ目に遭うだけだ。
「二度とこんな気を起こさないこと! 分かった?」
「分からないのなら、分かるまで叩き込んでやるだけだがな」
とユニと超に脅されて、彼らは尻尾を巻いて退散していった。
●あたたかきもの
無事に賊を撃退し、下山しようとした冒険者たちだが‥‥
「あっ」
と声を上げる冬狐の視線の先に、ゆらゆらと揺らめく炎の塊――火鼠の姿があった。
火鼠は気付かれたことを悟ると、さっと岩陰に身を隠してしまった。冬狐は急いで巻物を広げ、チャームの魔法を発動させる。そしてテレパシーで語り掛けようとしたのだが、その前に向こうから声が掛かった。
『ずっと追われていた。あいつら、いなくなって安心した』
直接心に語り掛けるような声。人間同士で話す言葉に比べれば多少ぎこちないが、どうやら魔法を使わずとも意思の疎通は可能らしい。
「‥‥昨年、人間を1人助けませんでしたか? その方から頼まれたのですよ。恩返しがしたいと」
火鼠はしばらく黙っていた。もしかしたら、思い出そうとしていたのかもしれない。
やがて間を置いて、答えが返ってくる。
『助けた、わけじゃない。人間、自分見ると必ず襲ってくるけど、あの人間は何もしてこなかったから、珍しく思って傍に寄ってみただけ』
「なるほど‥‥。でも彼はとても感謝していましたよ。だからこそこうして、あなたを危険から守るよう私たちに頼んできたのです」
その言葉を聞いて、火鼠は岩陰からちょこっと顔を出した。
そしてしばらく冒険者たちのほうを見ていたが、やがてくるりと背を向け、今度こそ遠くへと走り去っていってしまった。
けれども最後に、その場にいた全員の耳に小さく聞こえたような気がした。
「ありがとう」と。
「誰かを思いやる気持ちというのは、とても温かいものですね」
「ええ、本当に‥‥」
火鼠を見送りながら、連と弓弦が嬉しそうに微笑む。
他の者たちの顔にも一様に笑顔が浮かんでいた。
こうして見事依頼を達成した冒険者たちは、心にほんのりと温もりを宿し、疲れも忘れ足取り軽く帰途についたのだった。