年忘れの宴でらっくす

■ショートシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月29日〜01月01日

リプレイ公開日:2006年01月06日

●オープニング

 昨年の暮れに某所で行なわれた、冒険者を招いての馬鹿騒ぎ‥‥もとい、忘年会。
 とりあえず皆で集まって、適当に飲んだり食ったりして騒ぐだけ。毎年毎年同じようなことの繰り返しに飽き気味だった参加者たちは、冒険者たちの芸や話に大いに興味を示し、なかなかに好評だった。
 そこで、今年もまた開催されることになったのだった。

 しかし、去年とまったく同じでは芸がない。
 どうせなら、普段あまりできないようなことをやろうじゃないか。
 ということで、今年はさらに盛り上がるよう、新たな試みが加えられることになった。
 それはずばり『三つ巴の戦い』
 紅軍、白軍、青軍の3つの組に分かれ、芸を競い合ってもらおうというのだ。
 最も素晴らしい出し物をした組には、秘蔵の酒と豪華な食事、そしてお年玉が振舞われるそうな。
 もちろん優勝できなかったとしてもちゃんと報酬は支払われるし、食事も振舞われる。
 今年最後の一大行事。
 ここはひとつ、ぱーっと騒いでみてはどうだろう?

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea1011 アゲハ・キサラギ(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3863 シア・アトリエート(22歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3886 レーヴェ・ジェンティアン(21歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8151 神月 倭(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0983 片東沖 苺雅(44歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ぱふりあ しゃりーあ(eb1992

●リプレイ本文

●宴の支度
 李雷龍(ea2756)は芸と言ってもこれといって気の利いたものが思い浮かばず、十二形意拳の型を生かした演舞でもしようかと思っていたのだが、そんな時あることを思い出した。以前、誰だったかが「二人羽織」というものについて話しているのを聞いたことがあるのだ。
 これならば、恋人の大鳥春妃(eb3021)と一緒に取り組むことができる。
 彼はさっそく春妃にその案を伝え、春妃も喜んでそれを受け入れた。
「でもわたくし、聞いたことはあるのですが、やったことはありませんの。うまくできるといいのですが‥‥」
「そうですね。ぶっつけ本番というのも不安ですから、少し練習してみましょうか?」
「は、はい‥‥」
 二人羽織と言えば、2人が密着して行なうもの。未だ雷龍と目が合っただけで盛大に狼狽してしまうほど初心な春妃は、緊張してガチガチになってしまっていた。しかし雷龍はそれを別の意味に解釈したようだ。
「大丈夫ですよ。2人で息を合わせれば、きっと上手く行きます」
「ええ‥‥雷龍様の足を引っ張らないよう、頑張りますわ」
 と言いつつ、やはりまだ動きがぎこちない春妃。果たして2人は無事に芸を披露することができるのだろうか?

「すみません、お台所借りてもいいですかー?」
 と元気よく台所に入ってきたのは、アゲハ・キサラギ(ea1011)。いつものひらひらした格好ではなく、店の人から貸してもらった割烹着に身を包んでいる。
「ええ、構いませんよ。出し物の準備ですか?」
「出し物って言うか、純粋に皆に食べて欲しいだけだったり‥‥。料理作るの好きだから♪」
「なるほど。いや、こちらも助かりますよ」
 宴会の準備に追われていた家人たちは、アゲハの申し出を大歓迎した。何しろ数十人分を用意しなければならないのだから、人手は1人でも多いほうがいい。
「今回は何を作るんです?」
「ブリの煮付けでしょ、炊き込みご飯に‥‥ああ、それと冬だしお鍋が良いよね! 人数が多いからいっぱい作らないとっ♪」
 意気込みたっぷりのアゲハは鼻歌など口ずさみながら、楽しそうに材料の下ごしらえを始めるのだった。

 その頃、母屋では凪里麟太朗(ea2406)が大掃除の手伝いをしていた。
「今年もまた『アレ』をやるつもりだからな。不用品があったら庭に集めておいてくれると助かる」
「ああ、『アレ』ですか。じゃあ私も燃やすものを持ってきておきますね」
 昨年の宴のことを知っているお手伝いさんは、麟太朗の言葉を聞いてくすりと笑う。『アレ』というのは麟太朗が考えた余興のことなのだが、それについてはまた追々語ることになるので、ここでは伏せておくことにする。
「宴会に出席する人にも、何か要らないものがあれば持ってきてもらえるよう頼んでおきましょうか」
「お、そうしてもらえるか? ありがとう」
 こうして、ここでも着々と準備は進んでいるようだ。

 一方、外では神月倭(ea8151)が客人を笑顔で迎え入れていた。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「宴席に呼んで頂けるなんて光栄ですよ。ゆうも神月さんに会えるというので喜んでいますし」
 こう言って頭を下げる男性の傍らには、照れたように微笑む少女の姿。
 彼女の名はゆう。依頼を通じて神月と知り合った、おとなしくて少々内気な女の子だ。しかし初めて出会った頃に比べれば、随分と表情が豊かになり、はきはきと物を言うようになっている。それもこれも、冒険者の力添えによるところが大きい。
「お兄ちゃん、久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです。少し背が伸びられたようですね?」
「うん。あのね、ゆう、茶々丸に会いに行ってきたんだよ。神月のお兄ちゃんが一緒じゃなくて残念だったけど、茶々丸はすごく大っきくてふわふわで可愛かったの」
「それは良かったですね。外は寒いですから、中でゆっくり話を聞かせて頂くとしましょう」
 小さな友との久方ぶりの再会を喜び、神月はゆうの手を引いて店の中へと連れて行ってやった。

 他の者たちも皆それぞれ、打ち合わせや準備に追われていた。
 そうこうするうちにあっという間に時は過ぎ、いよいよ宴の幕開けである。


●開宴
「今宵はこの宴の席にお集まり頂き、誠にありがとうございます。本年は大火などもあり、楽しい思い出ばかりの1年‥‥というわけには行きませんでした。しかし今宵ひとときは憂きも忘れ楽しんで頂きたく、料理に美酒、楽しい余興もご用意致しました。昨年同様、冒険者の方々が様々な芸を披露して下さいます」
 主人が冒険者たちを紹介すると、客人の間から歓声が上がった。
 変わり映えのない日常に飽き飽きしている彼らにとって、冒険者というのは非日常の世界に生きる存在。そんな冒険者たちならば、普段は味わえないような新鮮な楽しみを与えてくれるのではないかと期待しているのだ。
「昨年は1人1人にただ出し物をしてもらうだけでしたが、今年は趣向を変えて、紅・青・白の3つの軍に分かれてもらいました。どの軍が一番素晴らしかったか、皆さんに決めて頂きたいと思っておりますので、どうかじっくり芸を堪能して下さい」
 それを聞いて、客人たちはますます興味深そうに冒険者たちの顔を見回す。さてどの軍を応援しようかと、早くも値踏みしているようだ。
「それでは皆様、どうか存分にお楽しみ下さい」
 この言葉と共に宴は幕を開け、客人たちは一斉に杯を交し合った。
「皆さん、お酒もいいけど、お料理もいっぱい食べて下さいねー♪」
 と笑顔を振りまき、お手伝いさんたちと共に料理を運ぶアゲハ。手料理を食べてもらうのが大好きな彼女は、人々が美味しそうに食べてい様子のを満足そうに眺めている。
「煮付けや炊き込みご飯はアゲハさんお手製なんですよ。他にも色々手伝ってもらいましたし」
 主人がこう説明すると、客人たちは感心したようにアゲハに目を向ける。
「若いのに偉いね」
「いいお嫁さんになれること間違いなしだな」
「も、もう、やだなぁおじさんったら!」
 おじさん連中に茶化すように言われて照れるアゲハの指には、きらりと誓いの指輪が光る。しかし彼らはその指輪の意味には気付かなかったようで、それについてはツッ込んでこなかった。
 ちょうどその頃、別の場所で誰かが盛大なくしゃみをした‥‥かどうかは定かではない。


●青軍の段
 まだ宴も始まったばかりなので、さすがに騒いでいる者もいない。まずは酒よりも料理を楽しむ、といった雰囲気だ。
 青軍は全体的に落ち着いた感じの演目が多いため、場の空気に合わせて一番手を飾ることとなった。
「新たな年の初めには抱負を掲げるものですが、皆様はその思いを少しでも叶えることができたでしょうか?」
 片東沖苺雅(eb0983)の問い掛けに対して、返ってくるのは様々な表情。
 満ち足りた顔をしている者もあれば、苦笑を浮かべる者もあり、少し沈んだ顔の者もいる。皆それぞれ、この1年の間に様々な出来事に出会ってきたのだろう。そんな人々の顔を見渡して、片東沖は続けた。
「願いや目標があるのとないのとでは、心の持ちようがまるで変わってきます。新年にはまだ少し早いですが、来年もまた良き時間を過ごせるよう、ここで一句詠ませて頂きます。
 ――新玉の 友と勤しむ芸の座に 幾千代と祈る 紫雲に」
 友や仲間たちと共に芸に打ち込むこの楽しい時間が、どうか永遠に続けばいい――そういった意味の句だ。
 出会いあれば別れあり。家族も友人も仲間も、いつまでも共にいられるものではない。だからこそ、こうして皆と過ごす時間はかけがえのないものであり、それを大切にしなければならない‥‥そんな想いを汲み取って、人々は互いに周りにいる親しい者たちと顔を見合わせ、頷き合った。
 それから、片東沖は依頼人に用意してもらった掛け軸に大きく『謹賀新年』と書き込んだ。書道家というほどではないがなかなかに達筆で、力強さの中にも繊細さが織り込まれていて味のある書だ。
 依頼人は早速その掛け軸を大広間に飾ったのだった。

 それに続くはレーヴェ・ジェンティアン(ea3886)。
「過ぎし日に安らぎ、来たる日に祝い――来し方行く末‥‥想いを込めて奏しましょう」
 こう言って、軽く弦を爪弾く。そしてそこからゆっくりと演奏が始まった。
 今年も無事に1年を過ごし、こうしてまた年の瀬を迎えられたことに対する感謝。
 じきに訪れる新たな年への喜びと希望。
 来年も幸多き年であるようにとの真摯な願い。
 それらが穏やかな旋律に乗って流れるように紡がれてゆく。
 闇に囚われた者の心を癒したこともある彼の楽の音は、人々の心に優しく染み渡る。最初は料理をつつき歓談しながら聴いていた聴衆たちは、いつの間にかその手と言葉を止め、じっくりと曲に耳を傾けるようになっていた。
「‥‥こんな三味線、聴いたことないな‥‥」
「ああ、その辺の芸者がべんべけやってるのとは訳が違う」
 ほとんどの者は、レーヴェほどの腕前の奏者が奏でる音色を聴くのは初めてだったようだ。それに、異国のエルフとジャパンの三味線という組み合わせも物珍しく、よりいっそう聴衆の興味を惹きつけた。
 やがて演奏が終わると大きな拍手が起こった。

 最後は神月。
 小さな声で「お兄ちゃん、頑張ってね」と声を掛けてくれたゆうに微笑みを返し、神月は小柄を片手に前に進み出た。
「習いたてで胸をはれる技量ではなく‥‥お目汚しかとは思いますけれど‥‥剣舞を、致します」
 彼は精神を集中させ、呪を紡ぎ、小柄に魔法の炎を宿した。
 それと同時に、レーヴェと片東沖苺雅(eb0983)が大広間の照明をほんの少し落としてゆく。
 炎を纏う小柄を掲げ、神月は静かに舞い始めた。
 しゃん、しゃん‥‥時折響く神楽の鈴が、静寂をより一層引き立てる。薄闇の中に揺らめく灯りはひどく神聖なものに見えて、まるで穢れを祓い清める聖火のようだ。人々は杯を片手に、しばしの間、その幻想的な光景に見入っていた。
「冬ごもり 思ひかけぬを 木の間より 花と見るまで 雪ぞ降りける」
 レーヴェが奏でる静かな旋律に合わせて、神月が朗々と謡う。
 そして凛とした鈴の音色と共に再び会場内に明るさが戻り、舞は厳かに幕を閉じた。
「――御主人も仰っていたように、今年は悲しい出来事もあり、つらい思いをされた方もいらっしゃると思います。しかしこうして皆様と共に無事に年の瀬を迎えられたことを心より感謝致します。どうかこの火が来る年の先行きの灯りとなるよう、願いを込めて舞わせて頂きました」
 神月が挨拶と共に深くお辞儀をすると、人々の間からは再び拍手が起こった。


●白軍の段
 さて、宴が始まってからしばらく経ち、そろそろ場も賑やかになってきた。
 ここでさらに盛り上げるべく、次は白軍の登場だ。
 故郷の美しい衣装に身を包んだシア・アトリエート(ea3863)が、横笛を手に進み出る。
「この笛は私が幼かった頃、父様が作ってくれたものです。当時父はまだ楽器職人としては駆け出しでしたし、特別に品の良い物というわけではありませんが、私にとっては宝物。今宵は父の想いが込もったこの笛と共に楽を奏させて頂きます」
 愛しそうに笛を撫でて、シアは演奏を開始した。
 まずはゆったりとした穏やかな曲。自然を愛する彼女が奏でる曲は、新緑の森のようなみずみずしさと優しさを感じさせる。そよ風に揺れる木々のざわめき、柔らかな木漏れ日‥‥そんな光景が目に見えるかのようだ。事実、シアの胸の内には故郷の森の姿が鮮やかに浮かび上がっていた。その想いが、曲となって溢れ出しているのだろう。
 やがて曲は少しだけ速さを増し、明るく弾むような旋律になる。今度は、森の中で小鳥たちが楽しげにさえずっているような、歓びに満ち溢れた曲調だ。
 そして再び緩やかな――夕暮れ時を思わせるような優しい曲へと戻ってゆく。
 人々は箸を置き杯を置いて、その美しい音色と幻想の風景に心を奪われていた。空いた皿をひとつにまとめて片付けていたレーヴェも、すっかり作業の手を止めて聴き入ってしまっている。
(「なんと美しい音楽でしょう‥‥是非、音を重ねてみたい‥‥」)
 彼の胸中にはこんな願いが渦巻いていたが、今は白軍の演目中。すべての出し物が終わった後でと自分に言い聞かせ、レーヴェはどうにかその欲求を抑えたのだった。

 シアの演奏が終わると、ミフティア・カレンズ(ea0214)が手鞠を片手に立ち上がり、軽く一礼する。
「優勝したら美味しいご馳走とプレゼントがもらえるんだよね? よし、頑張っちゃうぞ!」
 食べることが大好きで美味しいものに目がないミフティアは、優勝に向けて気合充分。
 色鮮やかな衣装に身を包み、シアの伴奏に合わせて楽しそうに舞い始める。
 花舞姫の呼び名を持つ彼女の舞い姿は、まさに花のように可憐で美しい。咲き零れるような笑顔と、風に舞う花びらのような身のこなし。客人たち――特に男性陣は、その愛らしい姿に見入っていた。中には見惚れるあまり、隣にいる奥方に手の甲をつねられている者もいたりしたが、まあそれは余談として。
 最初は普通に舞っていただけのミフティアだが、やがて手にしていた手鞠を使った踊りを披露し始めた。
 童歌のような曲の調子に合わせてぽんぽんと手鞠を弾ませ、それに合わせてふわりと跳んでみせたり、さらには手鞠を高く放り投げ、くるくると駒のように回ってから見事に受け止めたりと、見ているほうも思わず楽しくなってしまうような元気いっぱいの舞だ。
 最後は天晴れ扇子をぱっと開いて華麗に締め。
 それと同時に歓声が巻き起こる。
「えへへ‥‥ありがとうございましたっ♪」
 ぺこりと頭を下げるミフティアと入れ替わりに、今度はアゲハが観客の前に立った。
 衣装は白軍にちなんだ純白の踊り子衣装。先ほどの割烹着姿だと若奥様といった感じだったが、がらりと雰囲気が一変している。可愛らしさの中にも妖艶さを秘めた踊り子に変身したアゲハを見て、先ほど茶化していたおじさんたちも思わず視線が釘付けになってしまっている。
「一指し舞わせていただきます!」
 こちらもまた元気よく挨拶して舞い始める。神楽の舞を基調としたものだが、今宵は宴会ということで、堅苦しさを取り除いて皆が見て楽しめるようなものへとアレンジされていた。
 ミフティアが花ならば、アゲハは蝶。大きく手を広げる度に衣装の袖もひらりと広がり、本当に蝶が舞っているかのようだ。
 時に軽やかに、野原を自由に飛び回るように。
 時に激しく、風の中を力強く羽ばたくように。
 単に踊りの技術だけでなく表現力にも長けてお、それは人々の心を魅了するに充分なものだった。
 舞い終えたアゲハはミフティアと顔を見合わせ、微笑む。
「せっかくの機会だし‥‥」
「一緒に踊ろう♪」
 こうして、次は二人舞が始まった。
 花と蝶、2人の舞姫の共演。そしてそれを彩る美しい音楽。
 まるで会場そのものが花園へと姿を変えたかのような華やかな舞台は、惜しみない拍手と歓声と共に幕を閉じた。

「ふう〜、これでやっとゆっくりお料理食べられるね♪」
 無事に演目を終えたミフティアは嬉々として箸を手に取る。が、何を思ったか再び戻して、おもむろにおにぎりを掴んだ。
「皆さん、ご注目! おにぎりを一口で食べます」
 と言ったかと思うと、なんと見事に有言実行、そこそこの大きさのあるおにぎりを丸々口に入れてしまった。
 先ほどまで華麗な舞を披露していた少女が、もっきゅもっきゅとおにぎりを口いっぱいに頬張っている姿を見て、周囲の人々は思わず目が点になってしまっている。しかし当のミフティアはそんなことはまったく気にせず、食べることに夢中だ。
「美味しいもの大好き! あ、あれも美味しそう‥‥♪」
「ちょっと、それはボクが一生懸命作ったんだから、ちゃんと味わって食べてよね!」
「はーい。ほら、あんずは何食べたい?」
 などと言いながらわいわい盛り上がるミフティアとアゲハを見て、人々は思った。
 女の子には不思議がいっぱいだ。


●紅軍の段
 宴もいよいよ佳境。そろそろ酒が回って騒ぎ始める人も出てきた。
 そんな中、トリを飾るは紅軍だ。
「恥ずかしながら無芸なもので、大したものは披露できないのですが‥‥今回は春妃と共に二人羽織に挑戦してみたいと思います」
 雷龍が隣の春妃を紹介しつつ挨拶すると、客席からは「ひゅーひゅー」と冷やかす声が飛んできた。
「それではいざ、始めます」
 2人の前に用意されたのは熱々の鍋。食べる役は雷龍で、後ろで食べさせる役を務めるのが春妃だ。
 練習の甲斐もあって、春妃は滑らかな動きで雷龍の口元へと具を運び、雷龍も春妃の動きに合わせてぱくりと食べる。
(「こんなに熱いものを食べてしまわれるなんて、さすがですわ」)
 猫舌の春妃は、次々に具を食べてゆく雷龍を惚れ惚れとした眼差しで見つめていた。しかしうっかり見惚れるあまり、微妙に体勢を崩し、その拍子に着物越しに柔らかな感触が雷龍の背にぎゅっと押し当てられ‥‥
「うっ‥‥」
 さすがの雷龍も少々取り乱して、食べようとしていた具をぽろりとこぼしてしまった。
 春妃が慌てて具を拾おうとするが、今は二人羽織状態。春妃が手を伸ばそうとすれば、雷龍の体も一緒になって傾いてしまう。
「?!」
「あ、あら‥‥?」
 2人はそのままぐらりと斜めになって、そのまま一緒に床に倒れこんでしまった。
「れ、雷龍様っ、申し訳ありません!」
「いや‥‥僕のことより、春妃は大丈夫ですか‥‥? お怪我などは‥‥」
「平気です、それよりわたくしったら、雷龍様を下敷きにしてしまって‥‥!」
「このくらい何てことないですよ、春妃は綿毛のように軽いですから」
「まあ、雷龍様‥‥」
 なんとか協力し合って起き上がった2人は、いつの間にか2人だけの世界に突入してしまっている。
 それを見ていた観客たちは皆一様ににやにや笑いを浮かべ、口々に2人を茶化した。
「見せ付けてくれるねぇ!」
「いや、冬だってのに熱い熱い!」
 その声ではっと我に返り、雷龍は照れ笑いを浮かべながらぺこりと頭を下げ、春妃は真っ赤になって俯いてしまうのだった。

 ちょうどその頃、神月は外に出て一息ついていた。
 酒と会場内の熱気とで火照った体を、ひやりとした空気が冷やしてくれる。
 今の神月にとってそれは心地好いものだが、中には大火の影響を受け、凍えるような夜を過ごしている者もいることだろう。
(「どうか来年は安らかなる年でありますよう‥‥」)
 はらりはらりと舞い落ちる清めの雪にそっと祈る。
 しばらくはそうして凍てつく夜空を眺めていたが、不意に背後からざわめきが聞こえてきた。宴席にいた人々が一斉に庭に出てきたのだ。
「おや、もう解散ですか?」
「いやいや、ここで芸をさせてもらおうと思ってな」
 神月の問いに答えるのは麟太朗。彼はこの寒空の中、服を脱ぎ捨てて褌一丁になっていた。
 一体何を始めるのかと思いきや、今度はなんと、油を頭からかぶったではないか。ぎょっとする人々を尻目に、彼はたっぷりと松脂を塗った刀の刀身に躊躇することなく火を灯した。
「これより、剣舞を披露する。とは言っても、昔行なっていた修行の一環なのだがな」
 ほとんどの者は「正気か?」といった表情で麟太朗を凝視する。
 刀を包む炎がほんの少しでも体に触れてしまえば、一瞬にして火達磨だ。一歩間違えば死に至ってしまうような危険な芸‥‥しかし麟太朗は臆せず、皆が固唾を呑んで見守る中、小さな体で勇壮に舞ってみせる。
 彼が剣を振る度に人々は冷や汗をかき、火の粉が飛ぶ度に「あっ」という悲鳴にも似た声が上がった。
 そして無事に舞が終了した時には、1人残らず安堵に満ちた表情を浮かべていた。しかし、当の本人は平然とした笑顔で
「この程度で音を上げていては、真の漢にはなれぬからな」
 などと言っているのだから、本当に末恐ろしい子供である。

「せっかくですし、私たちもここで軽く手合わせを披露してみませんか? 竹刀なら借りてありますので」
 片東沖に声を掛けられ、神月は頷いた。
「そうですね‥‥一手お手合わせ願います」
 依頼人が用意してくれた竹刀をそれぞれ手に取り、向き合う2人。
 レーヴェの「始め!」の声と共に、力強く打ち合う音が庭に響く。普段はこのような練習試合など見学する機会もないのだろう。ある者は面白そうに、ある者は真剣に、その様子を見守っている。
 その中で、ひときわ熱心に見ているのがゆうだった。
 彼女は手合わせが終わるや否や、心配そうな様子で2人の元へ駆け寄る。
「お兄ちゃんたち、ケンカしたら駄目だよ‥‥?」
 どうやら、2人が本気で打ち合っているのだと思ってしまったらしい。それを聞いて、神月と片東沖は互いに顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「今のはケンカではないんですよ。2人で稽古をしていたんです」
「お稽古?」
「はい。だから心配しないで下さい」
 神月と片東沖に代わる代わる頭を撫でられて、ゆうもようやく安心したように笑った。


●優勝
 すべての軍の出し物が終了し、いよいよ勝敗の決定だ。もっとも多くの票を集め、見事優勝に輝いたのは‥‥
「白組の皆さんです」
 主人の言葉と共に巻き起こる盛大な拍手。
「やったね!」
「やったー!」
 アゲハとミフティアは手を取り合って大喜び。シアもそこへそっと手を重ねる。
「お2人の舞、本当に素晴らしかったですものね」
「何言ってんの、シアさんの伴奏だって良かったよ!」
「そうそう、みんなで協力したから優勝できたんだよね♪」
 3人の眩しい笑顔につられて、会場にも楽しそうな笑顔が溢れていた。それだけでも、今宵の宴は大成功だったと言えるだろう。
「おめでとうございます。ささやかですが、お年玉をどうぞ。それと‥‥是非こちらも召し上がって下さい」
 主人はこう言って、3人にお年玉の入った袋を手渡し、特別に取り寄せたお菓子や秘蔵の酒などを運んできた。甘い物が大好きなアゲハは瞳を輝かせてお菓子を手に取り、ミフティアはじぃぃ〜とお酒を見つめている。
「若いお嬢さんにお酒を勧めるのは、少々気が引けますが‥‥」
「ううん、だぁいじょうぶ。ノルマンではワインが水代わりだったりするんだよ? ちょっとだけ‥‥ね?」
 杯の中身をくいっと飲んでみるミフティア。
 きょとんと首を傾げ、不思議そうな顔をする。
「んん? 何か喉がぴりぴりするよこれ」
 よく分からない、といった様子で二杯目に手を付け、さらに味を確かめるかのように三杯目も軽く飲み干し‥‥それでも彼女の顔色はほとんど変わらない。どうやら、可愛い顔に似合わずなかなかの酒豪らしい。それを見て人々はまたこう思った。
 やっぱり女の子には不思議がいっぱいだ。

「もし宜しければ、合奏して頂けませんか‥‥?」
 ようやくすべての出し物が終わったので、レーヴェはここぞとばかりにシアに声を掛けた。
 競技は既に終了しているので、もう採点に気を遣う必要もない。シアも喜んでその申し出を受けた。
「その衣装、ノルマンのものですよね。シアさんもノルマンのご出身でしょうか?」
「はい‥‥レーヴェさんもですか?」
「ええ、奇遇ですね。せっかくですから、故郷の歌など奏でてみましょうか」
 幼い頃に聴いた懐かしい子守唄や、友達と口ずさんだ童歌。
 2人が奏でる旋律は見事に重なり合って、人々の心に優しく響き渡ってゆく。普段は控えめでおとなしいレーヴェだが、この時は本当に心の底から幸せそうな笑顔を浮かべていた。
 それはシアも同じ。懐かしい故郷の自然を思い出し、自然と笑みがこぼれる。
(「このような素敵な宴に招いて頂いたこと‥‥そして、それを通じてこのような素晴らしい奏者に出会えたことを、本当に感謝致します」)
 心の中でそう呟きながら、2人は共に音を奏でてゆくのだった。


●宴の終焉
 楽しかった宴も、ついに閉幕の時。
 麟太朗は再び皆を庭に集め、大きな焚き火を起こした。
「不要品があれば、ここで処分してくれ」
 大掃除の際に出たゴミや客人たちが持ち寄ったゴミが、火の中に次々と投げ入れられていく。
 焚き火を囲む人々の中に見覚えのある顔をいくつか見つけ、麟太朗は声を掛けてみた。
「昨年この場で叫んだ抱負は叶えられたかな?」
「ええ。来年には、めでたくこの人と結婚することになりました♪」
 と言って恋人と腕を組むのは、昨年「恋人つくるぞ!」と意気込んでいた女性だ。
 もう1人、「鬼ばばあ」と叫んでいた男性は‥‥相変わらず尻に敷かれているらしく、ちらりと横目で奥さんを見ながら苦笑してみせる。
「まあ、皆それぞれ色々あるようだが‥‥今年も積もり積もった鬱憤はきれいさっぱり燃やしてしまえ!」
 麟太朗の掛け声と共に、一斉に声が上がった。
「俺だって好きで禿げてるわけじゃねぇ!」
「失恋なんかに負けるか!」
「お天道様のバカヤロー!」
「商売繁盛!」
「山姥ー!」
「黙らっしゃい、この駄目亭主め!」
 ‥‥人生いろいろ、苦労もいろいろ。それでも皆、たくましく生きている。
 今年もこうして皆で焚き火を囲み、笑い声に包まれながら夜は更けていった。


 それからしばらくして、片東沖は宴の様子を書き留めた書を作り上げた。
 本当ならば皆に配って歩きたいところだが、そうそう量産できるものでもないので、残念ながら一部だけだ。しかしそれは依頼人宅に預けられ、店を訪れればいつでも読めるようになっている。
 年の瀬の楽しい宴の物語は、こうしていつまでも色鮮やかに残ることとなった。