●リプレイ本文
うだるような暑さの中、歌作りのための会合は始まった。
助っ人のフリーズ・イムヌが魔法で氷を作ってくれているのがせめてもの救いだ。手拭いでくるんで手足に当てたり、氷水にして飲んだり、各自思い思いに涼を取りながら相談は進む。
テーマが『夏』ということ、歌いやすく覚えやすい歌詞にするということは最初から決まっていたが、話し合いの結果、数え歌にしたら良いのではないかという意見が出た。そこで、夏らしい言葉を織り交ぜつつ、1人一節ずつ作詞してゆくこととなった。
一番を担当する湯田鎖雷(ea0109)は、『夏』から連想される言葉として蝉時雨を挙げた。
「蝉は分かりますが、時雨とは・・‥?」
「にわか雨のことだ。木の上から降り注ぐ蝉の声を雨に例えたんだろうな」
またひとつ新しい言葉を覚え、感激するエティ。
「蝉時雨‥‥とても素敵な言葉です」
「これを聴かないと夏って感じがしないからな。夏の始まりを告げる声ってことで、歌の出だしとしてはちょうどいいか」
二番手の藤野羽月(ea0348)が挙げたのは風鈴。
「風鈴の音は一時の涼を運んでくれる。暑い夏だからこそ、そんなささやかな涼しさもいっそう引き立つ‥‥ということで選んでみた」
「あの音を聴くだけで涼しく感じてしまうから不思議です。僕もそんな音を奏でられたらいいんですが‥‥」
言いながら、エティはポロンと竪琴を爪弾いてみるが、まだ風鈴には勝てそうもない。悔しげに苦笑しながらも、その顔はどことなく楽しそうでもある。
三番、フェネック・ローキドール(ea1605)は川の情景を描くことにした。
「川のせせらぎも、風鈴に負けず劣らず涼しさを感じさせてくれますから」
「自然は、どんなバードより雄弁な歌い手ですものね」
「ええ、本当に」
2人は同じバード同士、分かり合える部分も多いようだ。できることなら存分に語り合いたいエティであったが、今はその気持ちをぐっと抑え、歌詞作りを進める。
四番のミカエル・テルセーロ(ea1674)は蛍。
「子供にも親しみやすいと思いますし、楽しく歌えるような歌詞にできるといいなと思いまして」
「子供にも歌えるということは、僕にとっても覚えやすいということですからね」
その言葉から、ミカエルはふとあることを思い出す。
「僕の仲間にもバードがいるんですが、エティさんと同じ方法してましたよ。リズムにのせたら頭に残りますものね」
それを聞いてエティは可笑しそうに笑った。
「ふふ、みんな考えることは同じですね」
五番のリト・フェリーユ(ea3441)は、思い出深い七夕を取り上げる。
「棲家があるイギリスでも短冊飾ったのよ。初めての依頼だったっけ、懐かしいな‥・・」
「僕も初めての依頼のことは今もはっきり覚えてますよ。もちろん他の依頼のこともちゃんと覚えてますけど、やっぱり初仕事は特別な想い出ですね」
当時のことを思い出して、リトもエティも感慨深そうに微笑む。
「私、そろそろイギリスに帰ろうと思ってたところなの。今回の依頼も、ジャパン最後の良い想い出になるといいな」
「はい。いつまでも心に残るような素敵な歌を作りましょう!」
六番のリラ・サファト(ea3900)は、ミカエルと同じく蛍を詞に取り入れた。
「夜の暗がりでぽうと光る様はとても幻想的で綺麗なのです。蛍はほんの短い間しか生きられない虫なので、その光を命の灯火に見立てて、命火という言葉を作ってみたのですけど‥・・」
「命火‥・・儚げで、でもとても美しい言葉です。ジャパン語は漢字をくっつけて自由に言葉を作れるのが良いですよね」
エティはまだ漢字をそれほど知らないが、自在に操れるようになったらさぞかし楽しいだろうと考える。
「人は歌が好きだから、音楽にすると身体にすっと言葉が入っていく気がします。エティさんがジャパン語を覚えるのも、きっとあっという間ですよ」
ふわりと微笑むリラに、エティは勇気付けられた。
七番の南天桃(ea6195)は、2つ候補を挙げる。
「夕焼けと〜赤トンボというのも〜風情があって良いですけど〜。全体的な流れを考えると〜夏祭りのほうが合ってるかな〜?」
どちらも捨てがたいといった様子で悩むエティだが、
「うーん‥・・お祭って、何歳になっても心が弾むものですからね。僕もそちらが良いかと思います」
「では〜そちらにしますね〜」
ということで、夏祭りに軍配が上がった。
トリを飾るのはネム・シルファ(eb4902)。出来上がった歌詞を見せながら、エティと相談する。
「最後の部分を『真夏の八州』にしようと思ったんですけど、他の皆さんと揃えて、私も『やっつ』で終わらせたほうが良いでしょうか?」
「でもこのままで綺麗に纏まってるから、いじらなくていいんじゃないかな‥・・八番で終わりということにすれば、そんなにおかしくはないと思いますよ」
「じゃあ、このままにしておきますね。アドバイスありがとうございます、先輩♪」
それまでは真剣に歌詞とにらめっこしていたエティだが、ネムに「先輩」と呼ばれ、思わず手にしていた湯飲みを引っくり返してしまった。
「せっ、先輩なんて呼んでもらえるほど偉くないですから‥・・っ」
机に零れたお茶を吹きながら必死に訂正するエティを、ネムはくすくすと笑いながら眺めていた。
それぞれの歌詞が出来上がると、エティはそれに合わせて曲を作り、実際に声に出して歌ってみた。彼自身、語呂や歌いやすさなどを確認し、さらに横で聞いていたレイジが「言葉が難しい」だの「発音しづらい」だの偉そうにダメ出しをして、それを参考にしつつ詞と曲それぞれに修正を加えてゆく。
ある程度まとまったら、今度はみんなで一緒に歌ってみたり、演奏をしてみたり。今回の依頼に合わせて笛を練習し始めたばかりの藤野は、少し心配そうだ。
「本番までに、失敗せず吹けるようになると良いのだが‥・・何か上達するコツというのはあるのだろうか?」
「楽器にも心があるんですよ。だから、うんと可愛がってあげて下さい。そうすれば絶対に応えてくれます」
藤野の問いに答えながら、エティは愛用の竪琴を愛しげに爪弾いた。零れる音色はとても優しく、愛情に満ちている。
「心があるから、奏者の気持ちを感じ取るんです‥・・楽器は。羽月さんが楽しんで奏でれば、その音色もきっと心弾むものになるでしょう」
その答えを聞いて、藤野の顔にも微笑が浮かぶ。
妻であるリラも、楽しむことが上達のコツと言っていた。愛する人と一緒ならば、それはきっと難しいことではない。
「羽月さんは飲み込みが早いから、きっと大丈夫。明日は一緒に練習する時間が取れたら良いですね」
リラに声を掛けられ、藤野は嬉しそうに頷いた。
「私にも〜明日リュートを教えてくれますか〜? お兄様に習ったんですけど、やはり〜使い手に聞いたほうがわかりやすいと思うです〜」
と、桃も教えを請い、エティはもちろんそれを快諾。
こうして練習を重ねるうちに、あっという間に時間は過ぎ、江戸を経った後も練習は続いた。
歌を口ずさんだり、休憩中に楽器を奏でてみたりと、とても賑やかな道中。念のため、湯田は皆に気付かれぬよう密かに護衛役を務めていたのだが、何事も起こらず無事に目的の村に到着することができた。
その日は村人の歓待を受け、旅の疲れを癒し、翌日はいよいよお待ちかねの演奏会。
「俺は歌や演奏の才はないから、そのぶん会場の準備は任せてくれ」
と言って、設営は湯田が一手に引き受けた。それだけでなく、体が不自由な者に手を貸して、会場まで連れてきてやったりもする。
そして準備が整うまでの間、リトは村人にお茶とお酒を勧めて回った。
「これはハーブティーっていって、香草のお茶なのよ。こっちはイギリスの果実酒。良かったら皆さん、どうぞ」
初めて味わう異国の飲み物に、村人たちは大喜び。
和気藹々とした雰囲気の中、ついに演奏会は幕を開けた。
♪日の本あけて 晴れ晴れと 今日も降る降る 蝉時雨
うたう者らの 心はひとつ
風鈴揺らす 涼風の 追いかけ追い越す夏のひとひら
何時しか重なる音ふたつ♪
のびのびと主旋律を歌うエティの声に、フェネックの声が重なる。そのあまりに見事な歌に、エティはほんの一瞬だけ怯みそうになったが、どうにか平静を保って先を続けた。男性にしては高めの、柔らかな歌声――実はフェネックは男装の麗人なのだが、エティはそれを知る由もない。
(「なんと美しい声、そして歌でしょう‥・・!」)
もし自分も歌っている最中でなければ、思わず全てを忘れて聞き惚れてしまうところだった。
そして実際、呆けたように聞き入ってしまっている者がここに1人。湯田だ。フェネックが想い人にあまりにも似ているため、とても冷静ではいられない。
(「だ、駄目だ! どんなに似ていても、彼は男じゃないか!」)
と必死に自分に言い聞かせる彼もまた、フェネックが女性であることにまったく気付いていない。
湯田の苦悩を全然別の意味に捉えたらしく、リトはちょいちょいと彼の袖を引っ張って歌の輪に引き込もうとした。
「歌が得意じゃなくたって気にすることないよ。せっかくの演奏会だもの、一緒に歌いましょ?」
「えっ? あ、いや‥・・」
そうじゃないんだと言いかけたものの、リトや他の皆があまりに楽しそうにしているので、湯田はとりあえず悩むのをやめて仲間に加わることにした。彼の愛馬めひひひひんも、少し離れたところで楽しげに尻尾を揺らしている。
♪耳を すませばさらさらと 流れる川に 緑の錦
カワセミ飛んで 花びら みっつ
よるの おそらを彩る花を 一緒に追った 幼き友よ
蛍火花火 笑顔が よっつ♪
桃は志士だが、実は剣術よりも歌のほうが得意。むしろ本職のバードも顔負けの歌唱力を持っている。普段はどことなく間延びした話し方をしているのに、歌っている時は別人のようだ。さらに楽器の腕もなかなかのもの。その姿に、ネムも向上心を掻き立てられる。
(「桃さん凄いなぁ‥・・私もバードとして、負けないように頑張らなきゃ」)
エティも言っていたように、楽器は奏者の心に応えるもの。ネムの決心に合わせるかのように、彼女の奏でる竪琴の音色もまた、よりいっそう美しさを増したようだった。
♪いつか 願いがかなうよに 笹に託した 五色の短冊
見上げた空に きら星 いつつ
六つの鐘が告げるには 水辺の舞台が調って
睦まじ螢の命火 むっつ♪
(「エティさんの気持ちが皆に伝わりますように‥・・」)
ひらり、ふわり。願いを込めて、リラは可憐に舞い踊る。その舞いはとても繊細で儚げにさえ見えるが、その中にしなやかな力強さをも秘めている。それはまるで夜闇を彩る蛍のよう。短い命の、確かな輝き。
妻の舞いを見ながら、藤野は覚えたての笛を奏でた。舞と楽器。形は違えど、重ねる音楽は同じ。
(「このような時間を共有できるなら‥・・楽器というのも、悪くはない」)
満ち足りた想いを抱きながら音を紡ぐ。そこにはただ楽しく幸せな気持ちだけが溢れていて、そのためか、指の運びを誤ることは一度もなかった。
♪音頭軽やか 夏祭り 踊るあの娘の 下駄の音
後姿に ドキドキ ななつ
山に流れる ひぐらしの唄 社に響く 祭りの囃子
夕映え映える 真夏の八州♪
ミカエルも皆と一緒に、楽しそうに歌を口ずさむ。上手下手は関係ない。彼はこの場の雰囲気を、そして皆で作り上げた歌を、心から楽しんでいた。そして楽しい空気はどんどん周りにも伝播し、彼の手拍子・足拍子に誘われるように、村人たちもリズムに合わせて手を叩く。
やがて曲が一巡すると、次は村人も一緒になって歌い始めた。まだ歌詞を完全には覚えていないが、鼻歌でも何でも構わない。この宴を楽しもうという気持ちは皆同じだ。
歌声はやがてひとつの大きな流れとなり、村じゅうを包み込んでいった。
「欧州を離れジャパンに参りまして半年以上経ちましたが、このように皆様の前で唄う機会を与えて下さいましたことに心から感謝します。歌い手としてこの上ない幸せ、本当にありがとうございます‥・・!」
演奏会が終わった後、フェネックは心からの喜びと感謝を込めて、優雅に一礼した。それを受けてエティも慌てて頭を下げる。
「そんな、お礼を言うのは僕のほうです! フェネックさんのような素晴らしい歌い手とご一緒できたこと、光栄に思います!」
そして彼は他の皆のほうへと向き直り、再び深礼した。
「皆さんと作り上げたこの歌、僕はこれからもずっと歌い続けていきます。いつか旅の途中、皆さんが再びどこかの村や町でこの歌を耳にする‥・・そんな日が来ることを願って」
楽しげに数え歌を口ずさむ子供に、その歌は自分たちが作ったのだと‥・・そんなふうに教えてやれる日が訪れるのだろうか? もしそうだとしたら、それは少し気恥ずかしく、そしてとても幸せなことだ。
「せっかく覚えたジャパンの言葉を忘れないよう、僕も時々この歌を口ずさんでみようと思います」
「私もイギリスに帰ったらみんなに教えてあげようかしら」
ミカエルとリトの言葉に、エティはとても嬉しそうに微笑んだ。
そして彼は1人1人と握手を交わし、名残惜しげに別れを告げる。
「お互いこれからも修行に励みましょうね、先輩」
「いえっ、だから先輩と呼ばれるような身分では‥・・うう、でも次に会う時は先輩と呼ばれても恥ずかしくないよう、今よりもっと成長していたいと思いますよ」
相変わらず「先輩」と呼ばれて盛大に照れながらも、エティはネムと約束を交わし、新たな旅へと経ってゆくのだった。