リリィお嬢さんの贈り物
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■ショートシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:03月26日〜03月31日
リプレイ公開日:2006年04月04日
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●オープニング
リリアーナは悩んでいた。
何に悩んでいるかと言うと、ある人物たちへの返礼についてである。
先日、彼女は誕生日の祝いとしてパーティーを開いてもらい、色々な贈り物を貰った。
裕福な家に生まれ育った彼女にとって、誕生日祝いを貰うなど珍しくも何ともないことだったが、今回のそれは彼女にとって特別な意味を持っていた。
「見て見て、これはお父様が特別に取り寄せて下さった宝石なのよ」
「凄いでしょう、このペンダント。私のために特別に職人に作らせたものなんですって」
「これはとても高価なものよ」
「いえいえ、これなんかもっと高価よ――」
いかに値の張る物を贈られたか、いかに自分は恵まれているのか、延々と繰り返される見栄の張り合い。
うんざりする。付き合ってられない。そう思いながらも、それに流されてしまっていた自分‥‥
でも、この異国の地で出会った冒険者たちは違った。
寝る間も惜しんで贈り物を作ってくれた。リリアーナには何が似合うのか、何を贈ったら喜んでもらえるのか、ちゃんと自分の頭で考え、リリアーナのためを思って贈り物を選んでくれた。
もちろん、父親がいい加減な気持ちでプレゼントを選んでいたとまでは思わない。父も父なりに、リリアーナのためを思って色々なものを買い与えてくれていたのだろう。それでも、冒険者たちが用意してくれた手作りの贈り物とパーティーは、リリアーナにとってはやはり特別なものだった。
「……借りを作りっぱなしでは、様になりませんわね。イーヴンでなくては釣り合いが取れませんもの」
わざと素っ気ない様子で、やや早口になって呟くリリアーナ。
まあ、要するに御礼がしたいと、こういうわけである。
しかしお金さえ積めばそれで良いというものではない、ということは、いい加減リリアーナにも分かり始めていた。
高価な品などいくらでも用意することはできるが、きっとそれだけでは冒険者たちは喜んではくれないだろう。逆に「こんなものは受け取れない」と言われてしまうことだって考えられる。
「まったく、貧乏人はこれだから困りますわっ」
などと妙なことに八つ当たりしつつ、それでもリリアーナはあれこれと思案を巡らせた。
単にお金をかけるだけではなく、もっと心のこもった、喜んでもらえそうなもの‥‥しかし生憎こんなことは初めてなので、何をどうすれば良いのかまったく見当も付かない。
考えあぐねたリリアーナは、やむを得ず最終手段を発動することにした。
こうして、ギルドにまたひとつ依頼が貼り出されるのだった。
●リプレイ本文
目の前に集まった冒険者たちの顔ぶれを見渡して、リリアーナはぎょっとしたような顔になった。その中に予期していなかった人物が混ざっていたからだ。
「リリアーナちゃんっ! シェアト、これがシェアトなのっ」
ミフティアはまるで子供のようにシェアト・レフロージュ(ea3869)の腕に抱きつき、嬉しそうに親友を紹介する。それとは対照的に、シェアトは落ち着いた優雅な物腰で一礼した。
「初めまして。ミフからお話は聞いています」
「お目にかかれて光栄ですわ。それにしても‥‥何故あなた方までここにいるのかしら?」
こう言って、リリアーナはポーレット・モラン(ea9589)とジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)のほうへ視線を移す。
「何故って、リリアーナちゃんを手伝いたいからに決まってるじゃない」
「お礼をしたい人って、お父さんかラザラスさんかしら〜?」
2人の答えを聞いて、どうやら肝心なことには気付かれていないらしいと分かり――実はジルベルトのほうは敢えて素知らぬふりをしていたのだが――リリアーナは胸を撫で下ろした。
「それもありますけれど‥‥他にも何人かプレゼントを贈りたい人がいますの」
「どんな相手なんか教えてもらえるやろか? 相手のこと知っといたほうが準備しやすいさかい」
ミケイト・ニシーネ(ea0508)が訊ねると、リリアーナは答えづらそうな表情をして言葉に詰まってしまう。その様子から事情を察し、ミカエル・テルセーロ(ea1674)が助け舟を出した。
「では、人数だけでも教えてもらえますか?」
「全部で‥‥10人になりますわね」
「けっこう多いでござるな。ご友人でござるか?」
沖鷹又三郎(ea5927)が言った「友人」という言葉に反応し、リリアーナは思わずちらりとポーレットたちのほうを見てしまう。しかしそれに気付かれないよう慌てて視線を逸らし、早口に言った。
「ま、まあ、そんなものですわ」
わずかに頬を蒸気させるリリアーナを、ミカエルはにこにこと笑顔で見守る。
(「照れ屋さんの、優しいお方なんですね」)
その内心の呟きを聞いたら、恐らくリリアーナ本人は全力で否定することだろう。
「ふむ、材料を揃える都合もあるでござるし、まずは何を作るのか決めねばならぬでござるな」
沖鷹の提案に従い、さっそく相談が始まった。冒険者たちが手ほどきできるもので、尚かつリリアーナでも作れるものとなると、おのずと候補は限られてくる。
皆が出し合った意見を総合して、花見の宴で手作りのお菓子とメッセージボードを贈るという案が採用された。
翌日、ジルベルトは木簡や和紙の見本を借りてリリアーナの元へ持ってきた。
「紙は高いけれど、感謝の言葉を一言書き込む程度ならそれほど大きくなくても済むと思うわ。木簡は少し嵩張るけどリーズナブルね」
色々と見比べながら考え込むリリアーナ。そこへ、シェアトが提案する。
「木簡にリボンをかけたら可愛いんじゃないでしょうか? 1人1人、その人に合った色にして‥‥」
「それは素敵ですわね。私、リボンならたくさん持っていますし」
リリアーナはその案を気に入ったらしく、すぐさま木簡を人数分用意するよう手配した。装飾枠や飾り文字などのデザインはジルベルトとポーレットに協力してもらうことにして、リボンの色選びはリリアーナ自身で決めることにする。
「悩みますわね。せっかくなら全員違う色にしたいですし」
「リリアーナさんの感じるままに、相手の印象を素直に表現すれば良いと思います。その人のことを思って選ぶということが大切なんですよ」
「そうね‥‥例えば、シェアトなら青ね。落ち着いた優しい色合いのブルーが似合いますわ。私の場合は、それよりもう少し鮮やかなブルーを好んで身につけますけれど」
それを聞いてシェアトはふわりと微笑む。
「そう、そんな感じで選べばいいんです。リボンはリリアーナさんに任せますけれど‥‥宴のための茶器や食器はご一緒に選んでみませんか?」
「よろしくてよ。‥‥ついでにあの子の話を聞かせて下さると嬉しいわ。どんなものが好きかとか‥‥」
照れたように語尾を濁らせるリリアーナを、シェアトはすっと目を細め、眩しげに見つめた。誰かを大切に想う人というのは、なんと愛しく映るのだろう‥‥そんなことを考えながら。けれども彼女は気付いていない。自分自身もまた、同じように眩しく輝いていることを。
「あの子、それはもう嬉しそうにリリアーナさんのことを話すんですよ。だから、この先も仲良くしてあげて下さいね」
そっとリリアーナの華奢な手を両手で包み込む。
「そこまでお願いされたら、仕方ありませんわね」
リリアーナの答えは素っ気なかったが、それでも彼女はもう片方の手をそっとシェアトの両手に重ねた。
お菓子のほうは、沖鷹が三色団子、飛麗華(eb2545)が中華風ごま団子、そしてルスト・リカルム(eb4750)がクッキーの作り方をそれぞれリリアーナに教えることになった。
「赤には食紅、緑には蓬を使うでござる。拙者、蓬の生えている場所を見つけておいたので、一緒に摘んでくるでござるよ」
もちろん、リリアーナは自ら食材を集めに行くなどということは初めて。最初は戸惑っていたが、これもまた必要なことと覚悟を決め、沖鷹とマクシミリアンと共に蓬採りに出かけた。
「私、何もしなくても食事が運ばれてくるのが当たり前と思っていましたけれど‥‥みんな、こうやって材料を集めるところから始まるんですのね」
「丹精を込めて準備して作るからこそ、料理は美味しくなるのでござる。だからリリアーナ殿も心を込めて作るでござるよ。その想いはきっと相手にも伝わるでござる」
「ええ」
自らの手で集めた蓬を持ち帰り、リリアーナは団子作りに取り掛かった。
「そのままだと服が汚れるでござるよ?」
と沖鷹に注意され、しばし迷ったのち、思い切って腕まくりをする。以前の彼女なら、そのようなことははしたないと思ったに違いないが、この時は何故か少し清々しい気分だった。
「少しづつ水を加えて耳たぶくらいの固さにするのがコツでござるよ」
「このくらいかしら? いえ、もうちょっと柔らかいですわね‥‥」
やがて生地が出来上がったら、それを四等分して四種類の団子にする。
「砂糖は高価ですから、甘さは控えめにしましょう」
麗華の言葉を聞いて、少しなら用意できると言おうとしたリリアーナだが、声に出す前に慌ててそれを飲み込んだ。今回の目的はあくまでも、お金をかけずとも喜んでもらえるような贈り物をすること。
「思い出が大事ですから、お金をかければいいとは言えないですし」
「ええ‥‥そうですわね」
麗華が自分の意図を察してくれたことに感謝しつつ、リリアーナは限られた材料で団子を作り上げることにした。
やがてそちらが一段落すると、次はクッキー作り。
「生地を作るのってけっこう大変ですのね」
「お菓子作りって意外と体力いるからね。でも苦労した分、出来上がった時の達成感は大きいわよ」
ルストと2人でせっせと生地をこねる。生地に混ぜ込んだ蜂蜜のせいで手がべとべとだが、もはやそんなことも気にならないらしく、リリアーナは粉だらけの手で額の汗を拭った。
「完成したクッキーに季節のフルーツを挟んでみたりするのもいいかもしれないわ」
「今の時期なら何が美味しいでしょう?」
「私、ジャパンに来たばかりだからまだよく分からないのよね。どんな果物があるのかしら?」
「実は、私もまだそういったことには詳しくないのですわ」
同じイギリス生まれの2人は、顔を見合わせて笑った。ルストはまだジャパン語を覚えていないが、リリアーナと2人の時は祖国の言葉で話せる。リリアーナのほうも、ようやくジャパンでの生活に慣れてきたとは言え、やはり同郷の者といるとほっとするようだ。いつもより少し態度が砕けている。
こうして親睦を深めつつ、お菓子作りは着々と進んでいった。
「枠のデザイン、できたわよ〜☆」
「書体も凝ったほうが優雅で素敵なカードになるわ。これ、私が書いたサンプル」
ポーレットとジルベルトが作ってくれた見本を参考にしながら、リリアーナは誰のボードにどのデザインを使うか細かく決めてゆく。
「うち木工細工の心得あるし、ボードの形なんかにも凝ってみたらどうや? それか、簡単に模様なんか彫ってみるのもええかもな」
「お花とかのデザインなら、比較的簡単にできますよ、今の時期‥‥桜とかもいいもしれませんねー」
ミケイトとミカエルの助言も取り入れて、メッセージを取り囲むように飾り枠をつけて、端にちょこんと桜の模様を彫ることにした。そして仕上げに、ミカエルが用意してくれた香でほんのりと香りをつければ完璧だ。
まずは模様を彫るところから始める。
「うちは冒険者駆け出しの頃、あんたと同じイギリスにおったねんけど、あの頃はホンマ貧乏でな‥‥」
リリアーナにお手本を見せながら、ミケイトはしみじみと思い出話を語る。
「たかが矢ぁ1本言うても馬鹿にならん。折れてさえいんかったら回収してまた使っとった。あんたは金で苦労したことあらへんやろけど、物を大事に使うってホンマ大事なことやで?」
リリアーナは黙って頷いた。
もし自分が苦労して作ったお菓子が、美味しくないからと捨てられてしまったら‥‥。このメッセージボードが、つまらないものだからと捨てられてしまったら‥‥。そう考えると胸が締め付けられる。
「気持ち込めたその心が贈り主に伝わるとえぇわな」
「ええ」
にっと笑ってみせるミケイトに、今度はリリアーナも微笑みを返す。
彫刻が終わったら、今度はいよいよ肝心のメッセージを入れる作業だ。しかしいざ書こうとすると、何をどう書いていいのか悩んでしまう。
「誰かの言葉を借りるのでなく、お嬢さん自身の言葉で。それだけで何倍も素敵なものになりますよ♪ 口に出して言えないことも、字にすると言えたりもしますし」
いたずらっぽく笑うミカエルの真意を読み取って、リリアーナはまた少し照れたように赤くなる。確かに、リリアーナは感謝や親愛の気持ちを言葉にするのが苦手だ。しかし文字ならば、直接口に出すよりは多少伝えやすいかもしれない。
「頑張って。難しい所は手伝うわ」
ジルベルトにはこう励まされたが、リリアーナは悩んだ挙句、こう言った。
「メッセージだけは自分1人で書くことにしますわ。何と言うか、その‥‥人の目があると照れてしまいますし。ジル、このサンプル借りて行きますわね」
さすがにボードを渡す相手が目の前にいては書きづらいのだろう。それを理解して、ジルベルトはくすりと笑った。
「分かったわ。もし他にもサンプルが欲しければ言ってね」
「ありがとう」
礼を言って自分の部屋へと戻ろうとするリリアーナの頭に、ポーレットがひらっと乗っかって訊ねる。
「アタシちゃんも、お家に代々伝わるお守りの作り方を教えようと思ったんだけど〜、リリアーナちゃん忙しくて作る暇ないかしら〜?」
「お守り?」
「カラフルな糸で編んだブレスレットみたいなものよ〜☆ 旅や戦から無事に帰るようにって念じつつ編むの〜」
正直、ボードとお菓子だけでも大変なのだが、それでもポーレットの言うお守りというのは気になった。お菓子は食べればなくなってしまうし、ボードも常に持ち歩くには嵩張る。しかしブレスレットならいつでも身につけていられる。
「‥‥それ、私にも作れるかしら?」
「大丈夫、そんなに難しくないわよ〜♪」
少し逡巡してから、リリアーナはお守り作りも教わることに決めた。
決め手となったのは、旅や戦から無事に帰るようにという言葉。冒険者という危険と隣り合わせの仕事に就く者たちに、どうしてもそのお守りを持っていて欲しいと思ったのだ。完成までに時間はかかってしまうかもしれないが、もし宴に間に合わなければ、また次の機会にでもプレゼントすればいい。そう考えてのことだった。
「じゃあアタシちゃんも張り切っちゃうわねっ☆ さっそく糸を買ってくるわ〜。リリアーナちゃんはボードを作って待っててね〜♪」
嬉しそうにぱたぱたと飛び去ってゆくポーレットの後姿を、リリアーナは穏やかな表情で見送った。
もし出来上がったお守りを渡したら、彼女はどんな顔をするだろう? そんなことを考えていると、不思議と心が弾む。やらなければならないことは山ほどあるはずなのに、つらいとか大変だとかいう気持ちは起こらなかった。
(「こんなことは初めて‥‥。この気持ちを一体何と呼べば良いのかしら?」)
腕に抱えたボードをぎゅっと抱きしめ、リリアーナは自分の部屋へと戻っていった。
リリアーナが花見の宴を開くのは、もう少し後のこと。
しかしそれよりも前に、今回力を貸してくれた冒険者たちのためにささやかなお茶会が開かれた。食卓にはもちろん、リリアーナが初めて手作りした団子とクッキーも並んだ。そしてシェアトと一緒に選んだ茶器で、リリアーナが手ずからお茶を入れて皆に振舞った。
「大切なのはもてなしの心。それさえ忘れなければ、本番もきっと素晴らしい宴になるでござろう。頑張るでござるよ」
沖鷹に励まされ、リリアーナは晴れやかに微笑んだ。