●リプレイ本文
●準備
村に到着すると、香月八雲(ea8432)はすぐに押し花作りに取り掛かった。
「せっかくですから、記念に村の人たち全員に配りたいですね!」
村人全員分となるとそれなりの量になるため、休んでいる暇はない。
「頑張ってたくさん集めなきゃね」
「うん‥‥あっ、こら、お花を食べちゃ駄目だよあんず!」
アウレリア・リュジィス(eb0573)とミフティア・カレンズ(ea0214)も花を集めるのを手伝い、作業は着々と進んでいった。
ギーヴ・リュース(eb0985)、マリス・エストレリータ(ea7246)、フィニィ・フォルテン(ea9114)の楽士3人は音合わせと歌詞の確認に余念がない。
「私はまだ日本語には不慣れなのですが、歌詞はこんな感じで良いでしょうか?」
「ふっ、自慢ではないが、実は俺もそれほど堪能というわけではないんだ」
「同じく。‥‥後で貴次様あたりに聞いてみたほうが良いですかの」
また別の場所では、饅頭の下ごしらえが行われていた。
「誉さん、これ全部漉してください。よろしくお願いしますね」
鍋いっぱいの煮小豆をどどんっと置き、爽やかに微笑む冴刃歌響(ea6872)。対する松浦誉(ea5908)の目尻に一瞬光るものが浮かんだように見えたのは気のせいだろうか。しかし、彼は挫けない。
「ええ頑張りますとも! 馬車馬の如くっ!」
――人、それを自棄と呼ぶ。
●桜組
そんなこんなで準備も整い、祭は無事に幕を開けた。
ギーヴの奏でるメロディーの魔法に元気付けられ、桜組の出し物が始まる。
「さて、ここに取り出だしたりまするは、ご覧の通り空っぽの巾着‥‥この中に見事、干支の根付が現れましたらご喝采‥‥」
大宗院透(ea0050)は無表情のまま淡々と口上を述べ、見物人の中から1人を選び出して声をかける。
「そこのあなた、干支は何ですか‥‥」
「辰だよ」
「すいません、辰は今、旅に出ています‥‥。代わりに、そちらのあなたの干支は‥‥?」
「未よ」
「残念、未も旅に出ています‥‥丑なら居るんですが‥‥」
こう言って丑の根付を取り出してみせると、要は丑しか出せないのかと、村人たちの間からどっと笑いが起こった。しかしそう思わせておいて、透はふと付け足す。
「あっ、どうやら戻ってきたようです‥‥」
巾着を逆さまにすると、そこからぽとりと未の根付が。今度は歓声と拍手が起こった。村人たちは手品など見るのは初めてなので、すっかり不思議がって首を捻り、どんな仕掛けがあるのかと口々に話し合う。
それを満足げに――とは言っても表面的には相変わらず無表情だが――眺め、透はコホンとひとつ咳払い。
「それでは最後に駄洒落をひとつ。“花見大会”で、ほろ酔いの人の肌は桜の“肌みたいかい”?」
その途端、さっきまで賑わっていたはずの客席が一気に静まり返った。
寒い。もう春だというのにとても寒い。ひゅるりと駆け抜けていった風も心なしか冷たい。
しかし透は何事もなかったかのように続けた。
「‥‥次は楽士3人による演奏です。ごゆるりとお楽しみください‥‥」
さっきのはきっと聞き間違いに違いない‥‥そう自らに言い聞かせ、村人たちは次の演目へと気持ちを切り替えることにした。
が、前に進み出たギーヴとフィニィを見て再び首を傾げる村人たち。2人しかいないように見えるが、3人目はどこにいるのだろう。その答えは、頭上から響いてきた笛の音によって明らかになった。
桜の枝にちょこんと腰掛けて笛を奏でるのはマリス。それに合わせてギーヴが竪琴を、フィニィがリュートを爪弾く。見慣れない異国の楽器とその美しい音色に、村人たちは興味津々の様子だ。
「春のせせらぎ感じつつ 乙女の頬も桜色に染まる
胸に渚に常に漕ぐのは 愛しき者の恋歌船よ」
流れるような旋律に乗せて、ギーヴが朗々と紡ぐ。その声は甘く伸びやかで、どこまでも優しい。それは以前の彼とは少し違う‥‥心から愛しいと想う人ができたからこそ表現できた、愛に満ちた唄だった。
間奏を挟み、次はフィニィが春の訪れを歌う。
♪大地目覚め 草木芽吹く
花は開き 心躍る
光浴び輝く 色とりどりの花々
廻り巡る 季節の中
桜香り 春を告げる
風に揺られ踊る 薄紅色の花びら♪
春の喜びに満ち溢れた明るく優しい旋律、それによく合った柔らかな歌声。はらはらと舞い散る桜に合わせるように、フェアリー・ベルが可憐な音を立てる。
そしてマリスの笛の音は、その歌の魅力を最大限に引き立てていた。時に楽しげに、時に穏やかに。決して主張しすぎず、それでいてしっかりとした存在感を保って‥‥並大抵の技量でできるものではない。
村人たちは音楽に関する知識などないが、それでも3人の奏でる音楽が素晴らしいということだけは分かった。そして祭を楽しむにはそれだけで充分。演奏が終わると、誰もが惜しみない拍手と喝采を送った。
その傍らでは、酒井貴次(eb3367)が占い屋を開いていた。
「百発百中というわけには行きませんが、指針を示すことはできます」
と最初に断ってから、貴次1人1人の運勢を見て行った。
「うちの娘もそろそろ年頃なんだが、いいお相手は見つかるかねえ?」
「今年から来年にかけて、大きな転機が訪れると出ています。その波に上手く乗じることができれば道は拓けるでしょう。弱気にならないことが肝心です」
村人が占って欲しいという内容は、大概がこのようなささやかなものだが、中には答えづらい質問をしてくる者もいる。
「儂もそろそろお迎えが来る頃かのう?」
こう訊ねる老人はにこにこと笑っており、どちらかと言うと冗談交じりといった感じだが、それでもやはり命に関する話題は重い。あらかじめこういった質問も想定していた貴次は、極力深刻にならないよう気を付けながら答えた。
「夏辺りに体調を崩しやすくなる暗示があります。でもそれを踏まえて意深く生活して頂ければ、末永く安泰でしょう。そうですね、もし夏風邪をひいたらこじらせないよう気を付けて下さい」
占いというのはどうとでも取れるような抽象的な結果が出ることも多いが、そこはそれ。自らの経験と勘を生かし、貴次は的確な助言を与えていった。
●梅組
対する梅組みの出し物は、唄と踊りを交えた寸劇。漁師風の出で立ちをして現れた誉を見て、村人の1人があっと声を上げる。
「おお、今年も来てくれたのか!」
村人が勘違いするのも無理のないことだ。何しろ、昨年の祭に訪れた双子の弟は、誉とは瓜二つなのだから。しかし、
「嬉しいねえ、こんな田舎にまた来てくれるなんて」
「元気にしとったかね?」
などと笑顔で言われてしまっては、訂正するのも忍びない。
「えー‥‥はい、またお会い出来て私も嬉しく思います」
誉は微笑を浮かべ、敢えて否定はしないことにした。
そしていよいよ演目の始まり。アウレリアが魔法で幻の海を作り出すと、村人の間から感嘆の声が漏れる。その海の上、誉は船に見立てた荷台に乗り、ゆっくりと舵を取りながら漁師唄を口ずさんだ。
季節は冬。風は凍てつくように冷たく、海の色も暗く淀んでいる。それに合わせて、アウレリアも短調で静かな曲を奏でる。
しかし次第に曲調が明るく変化するにつれて、海の様子も変わっていった。巫女装束に身を包んだミフティアが、籠いっぱいに集めておいた梅の花びらを舞い散らせながら舞台へと躍り出る。すると波間にぱっと花が咲くかのように、たくさんの梅の花が浮かび上がった。
誉は海に向かって投網を投げ、微笑んだ。
「おや、これは珍しい。どうやら梅花の精が網にかかったようですね」
網にかかったふりをしながら、梅の精に扮したミフティアが照れたように笑う。誉はその網を解いて、彼女を再び解き放ってやった。
ミフティアは優雅に会釈し、再び伸び伸びと舞い始めた。
明るく楽しげなアウレリアの演奏に合わせ、花びらと共にひらりふわりと踊る。彼女が軽やかに地を蹴る度に、アンクレット・ベルが笑いさざめくような音を立てた。紅と白の薄絹が風に舞い、さながら天女のようにも見える。
竪琴の音は春を呼ぶ暖かな風。そしてミフティアはその風に揺られる花。
まさに花舞姫の名を欲しいままにした華麗な踊りに、その場にいるすべての人が魅了された。
心行くまで楽の音と舞いを楽しんだ村人たちに、歌響と八雲は特製の紅白饅頭を勧める。
「紅梅白梅にちなんだ紅白饅頭ですよ。おひとついかがですか?」
「紅梅白梅‥‥そういう言葉があるのですね。知りませんでした」
照れ笑いを浮かべる八雲を、村人たちは微笑ましげに見つめた。それはまるで孫を見るかのような優しい視線。
「これはお嬢ちゃんたちが作ったのかい? 今まで食べたこともないくらい美味しいよ」
「冴刃さんが企画したものなんですよ。すごく料理が上手でびっくりしちゃいました」
「いえ、香月さんだって手際が良くて驚きましたよ。随分と助けられました」
普段は料理人を務める歌響と、家事の達人である八雲。2人が揃ったからこそできた最高傑作であった。
「美味しいお饅頭いかがですかぁ?」
「甘酒もあるよー! 梅の花を浮かべてどうぞ♪」
ミフティアとアウレリアも呼び込みを手伝い、饅頭の評判はあっという間に村中に広まっていった。それを聞きつけて、桜組の面々もご相伴に預かりにやってきた。
「おひとつ頂けますかの」
「もちろんですよ! あ、でもシフールさんにはちょっと大きいですかね?」
すると横にいたギーヴが八雲から饅頭を受け取り、それを半分に割ってマリスに差し出した。
「これならいかがかな?」
「うむ、丁度良いですな。ありがたく頂きます〜」
はぐはぐと饅頭を頬張るマリスをにこやかに見守るギーヴ。愛する人ができても、やはり女性には親切な彼であった。
両組の演目も無事終了し、誉と歌響は酒を酌み交わしながら語り合う。
「祭の漁師唄で、どうしても故郷を思い出してしまって‥‥妻は元気にしているかな‥‥」
「私も妻や子供を郷里に残して、早2年近くになります‥‥元気にしていると良いのですが‥‥」
遠く離れた家族を思い出し、思わず涙ぐむ男2人。
「元気出せ、兄ちゃんたち」
通りすがりの老人にぽんと肩を叩かれ、2人はまた号泣するのであった。南無。
●祭の後
今年の祭の結果は、やはり両者引き分け。
どちらも普段見ることのできない芸で存分に楽しませてくれたので、優劣をつけることなどできないという意見が大半であった。
その結果を聞いて、透は密かに決意する。
「まだまだ、(駄洒落の)修業が足りないです‥‥」
さらなる精進を誓う透であった。
こうして祭は幕を閉じた。祭の後というのは、何とも言えない物寂しさがある。
せめて楽しい思い出がいつまでも心に残るようにと、八雲は頑張って作った押し花を村人たちに配った。
そしてそれはもちろん、冒険者たちにも配られた。
「時間の都合で、それほど凝ったものは作れませんでしたけど‥‥今回の祭の記念になれば嬉しいです!」
小さな押し花と、周りに咲く桜の木々とを見て、ギーヴは微笑む。
「桜よ、来年も美しく咲いて恋を紡ぐ手伝いや、祝い事の華となってくれることをいつまでも祈る」
それに応えるかのように、薄紅の花びらがふわりと風に乗ってギーヴの掌に舞い降りた。