宮廷図書館員の冒険
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:藤井秋日
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月07日〜03月14日
リプレイ公開日:2007年03月19日
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●オープニング
冒険者ギルドに一風変わった人物がやって来ていた。
宮廷図書館員ショコラ・カックマッカである。
彼女が本と出会ったのは、10歳の誕生日だそうである。父親が買ってくれた戯曲の本を手にして以来、書物漬けの日々を送り、ついには16の若さで読書家の夢、羨望の眼差しを一身に受けていると言っても過言ではない、一部の読書狂、蔵書狂にとっては名誉である事この上ない、宮廷図書館員というある意味名誉職と同列に位置する役職を手に入れた。
以来彼女は書庫の妖精、もとい自縛霊と化し、圧倒的な蔵書量を誇る空間で、ほぼ毎日を読書で一日過ごすという夢のような楽園生活を送っている。
特筆すべきはその記憶力。宮廷図書館の所蔵本は一冊残らず内容を明確に記憶しており、昨年にあった第2書庫焼尽事件においては、その蔵書のことごとくを書き直して復元せしめたという逸話を持つらしい。
なぜ、そんな「本の虫」の中のトップエリート、「アプト大陸一番の本の虫」の通り名で呼ばれるほどの人間がこの場にいるのか、その理由は定かではない。
「やっと念願だった図書の仕入れを担当できるようになりまして、それでそのお手伝いを募集したいと思っているんですよ」
屈託のない笑顔で嬉しそうに自分の仕事について語り出すショコラ。
どうやら天界から持ち込まれてきた本が、首都メイにある書物専門店の一店のどこかに埋もれているらしく、各書物専門店が近々、特売日と称して普段より安値で書物を販売するのだとか。
希少本を所有していると思われる店を三店にまで絞り込めたが、どの店かはまだ分かっていないらしい。
要するに、「特売日にに乗じて希少本を入手せよ」という内容らしい。
問題は他の「本の虫」の人々もこぞって参加。希少本の獲得を虎視眈々と狙っている事である。
そこは「アプト大陸一番の本の虫」。自身通り名にかけて、誰よりも先に入手したいそうだ。
「それで、天界から持ち込まれた書物を極力収集して、その優れた知識や素晴らしさを存分に公開したいのです」
熱心にアピール。
「それに〜、担当の特権で一番最初に読めますし〜♪」
すべからく公私混同であった。
「ちなみに〜、こんな感じのものなのです〜♪」
常日頃から、依頼の相談を持ちかけてくる依頼主に温和に対応しているギルド員が、一瞬凍りついた表情を見せた。
その刹那、動揺を隠すように平静を装う仕草が垣間見られた。一体何を見たのか。
大量の本が詰まっている鞄から取り出された小型の書物。
その表紙は美しく彩色されており、中央には抱き合っている美形の少年二人が若干頬を染めている様が写し出されている。
「天界にある書物のジャンルの一つで、こういう殿方同士の恋物語があるそうなんです」
ギルド員に力説するショコラ。本の虫の血が騒ぐのか、その目は爛々と輝き、表情はこれでもかと興奮されている様子である。しかも鼻息まで荒い。
「この異文化の知識を保管する事はとても重要な気がするのです!」
両手を掴まれ、ショコラの興奮につられてブンブンと手を振り回されているギルド員。半ばあきらめかけた彼は、苦笑せずにはいられなかった。
「そう囁くのです。私の何かが!」
興奮何故かここに極まり、もはや話を聞いていない状況。
このうら若き宮廷図書館員は宮廷にある意味貴重で、ある意味とんでもないものを持ち込もうとしているのではないか。
………ああ、もうどうにでもなれ。
ギルド員はそう思わずにはいられなかった。
●リプレイ本文
●書物専門店探検隊――C班の場合
三つの書物専門店の一店舗、そこでは別ジャンルの天界の本を探しているフリを装い、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)が店主に話を聞きながら書棚を見て回り、位置の把握に努めている。同様に、情報の聞き出しにも余念がない。
「そう言えば、特売日があると聞き申したがどのように売り出すのであろうか?」
依頼者であるショコラ・カックマッカから情報は事前に知らされている。
本のサイズは縦10.5cm×15cm前後、天界(地球)では「文庫(ブンコ)」と呼ばれている種類にカテゴリー分けされている小型の書物。
見た目は宮廷図書館に蔵書されている、分厚くて無骨な学術書、研究書の類とは異なり、高い製紙技術、印刷技術の粋を持って造られた、シンプルかつ洗練されたデザイン。
光沢のある表紙には天界の絵師が描いた恋仲と思われる二人の男性が、特定の読者層の想像、妄想、その他全般を掻き立てる様なシチュエーション、ポーズを取っている。
裏表紙には「バーコード」と呼ばれる書物を認識するための模様と数字が記載されている。
ジャンルは恋物語。ただし、天界製で希少価値が高く、加えて同性同士の恋物語であるため、ジャンル通りに店内に置かれているとは限らない。
参考にとショコラの私物を皆で確認した。あとは、実際に同系統の本と巡り合えば分かるらしい。
価値が高く、値段も高い、高級品が並んでいる棚を確認しながら、ハルナック・キシュディア(eb4189)とアリウス・ステライウス(eb7857)は意見交換を行なっている。
「技術が発達した天界の本は鮮やかな色をしていることが多いそうです。となると本屋も高く売れると踏んで、目玉商品にすると思うのですが……。今回探す本の題材が題材ですから、『違いの分かる』人にしか見つけられないよう、奥に置いてある気がするのですよ」
「ふむ、では書棚の位置などを書いた見取り図の作成後、その周囲を重点的に調べていく事にすべきだな」
あくまで客である、という事を店内の人間に意識させるために、自らも自然な行動を心がけながらも、アリウスは店内の配置を把握すべく周囲の観察に意識を集中させていった。
●書物専門店探検隊――A班の場合
日が暮れ始めた夕方、宮廷図書館員は慌しく待ち合わせ場所にやって来た。
見るからに遅刻しそうになって止むを得ずに全力疾走。その割に遅刻なんて散々な結果。
「す、すいません! 仕事で遅くなりましたっ!」
ダラダラ発汗著しく、申し訳なさそうな表情のまま肩で呼吸しているショコラをアタナシウス・コムネノス(eb3445)、結城 梢(eb7900)の両名は苦笑混じりで優しく迎えていた。
別班と手分けして三つの書物専門店を探す事になり、アタナシウスと結城はショコラに同行してもらう事になった。だが、ショコラは宮廷図書館員としての公務をサボるわけにも行かず、時間を調整する事になったのである。
三人は待ち合わせ場所から目と鼻の先にある書物専門店に入ると、すぐに散開。捜索を開始した。
懐から取り出した携帯電話のバッテリー残量を確認する結城。携帯電話から視線を外し、意気揚々に店内の棚を確認している。
「電池切れも心配ありませんね。いつ目当ての本を見つけても大丈夫です」
棚に入っている書物の一冊一冊を丹念に確認しているのはアタナシウス。
見落としがないように、忍耐の要る作業に生真面目に従事している。
「愛に関する本……ううむ、どこから手を着けていけばよいのやら」
二人の捜索が進んでいく中、奇怪な行動をしている者が一人。
依頼主のショコラが甲高い黄色い声を上げながら、興奮した顔で棚から棚へとはしゃぎ回っている。
「きゃい〜ん! 本がいっぱい、本がいっぱいです〜♪」
当然、店員にとっ捕まり、店長直々に注意される事態となり、当面はしょんぼりするハメになるのだが、それはまた別の話である。
●書物専門店探検隊――B班の場合
男だけの野暮ったい班、遅刻をかまし、挙句の上にはしゃぎ過ぎて怒られてしまう「本の虫」が同行する班とは別の時間、別の書物専門店。
そこでは年頃の女の子が楽しそうに店内を見回している。
「ねえねえ、あの店員さん、結構カッコ良くない?」
「ルシールねーちゃん、意外と面食いなんだね。って、今は本を探すほうが先だよ」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)とルシール・アッシュモア(eb9356)の二人が連れ立って、リラックスしながら一緒に本探しを行なっている。
「あっ、店主っぽいおじさん発見。行くよ、ルシールねーちゃん」
「ああん、もう、ちょっと待ってってば」
発見した店主に向かって話しかけ、特売日に関しての詳細を確認する二人。情報を聞き出すとペコリ。揃って頭を下げてすぐに捜索に戻った。
「それにしても驚きだね〜。さっきのカッコいいお兄さん、あのおじさんの息子さんだったなんて」
「本当よ。だって全然似てないんだもの」
顔を見合わせてクスクスと笑みを溢すフォーレとルシール。
二人は互いに探す本の詳細について話し合い、その内容に沿って店内の状況や本棚のチェックに取り掛かり始めた。
●こっそり作戦会議
かくして目当ての種類の本は見つかった。
本を所有していた書物専門店はB班の捜索管轄。
問題の本はフォーレとルシールの手によって発見され、ショコラ、結城に報告された。
それから間もなく、四人は探していた希少本を確認。結城の携帯電話で数枚の画像を取り、本のページを捲って内容も確認。各々が頬を紅潮させたり、目が充血したり、鼻息が五割ほど荒くなったり、恥ずかしさのあまり思わず両手で顔を覆ってしまったり、とかその他諸々、桃色祭り。
そんな内容のものが今回入手すべき本なのでした。
「中身の詳しい内容は置いといて、これから作戦会議に入ります」
鼻血でも出たのか、脱脂綿を鼻の片方にたっぷり詰め込んでいるショコラの声が静まり返った周囲に響く。
深夜、依頼者と冒険者達が集まり、密かに希少本獲得作戦が練られている場所は宮殿内部、宮廷図書館そばの中庭である。
ここなら作戦を盗み聞きする輩はいないだろうと、ショコラが提案したのであった。
確かにショコラ以外の「本の虫」も、ライバルの作戦を盗み聞きするためとは言え、さすがに宮殿内にまでは畏れ多くて来る事が出来ないであろう。もし、夜更けに忍び込んだとしたら、宮殿への不法侵入の罪を問われる事になりかねない。
希少本への執着心もさることながら、正式な宮廷図書館員であるショコラにしか使えない最良の方法である。
まず冒険者達は結城の携帯電話に記録されている数枚の画像を順番に確認。装丁や表紙の詳細情報を各自で把握していく。
次に、店内の見取り図が詳細に書かれた大型サイズの羊皮紙が一同の前に展開される。
そこには店の棚の位置、各棚に収納されている書物のジャンル等、レイアウトが精密に描かれている。
作戦は至ってシンプル。
早朝から店頭に並んで、開店と同時に目標である本に全力で向かい、全力で確保する。
「実力行使あるのみ。どんな汚い手を使っても入手せよ」である。
だが、肝心の依頼主の表情が急に重くなる。
冒険者一同がしばらく沈黙を保っていると、ベソを掻き出し、泣き出した。
「ふえ〜ん、館内整備の日と重なるなんて、あんまりです〜」
そんなにも希少本入手に熱意があったらしい。しまいには鼻水まで垂らしてグズっているショコラを見て、冒険者たちは呆れる半面、「………明日は頑張ろう」と心の中でこっそりと誓うのであった。
●希少本獲得作戦当日
館内整備の為、希少本獲得に同行できないショコラに代わって、冒険者一同はそれぞれ早朝から書物専門店の前に出張って開店待ちの列に並んでいた。
一体このメイの街にどれだけ生息しているのかは分からない。ただショコラと同類の「本の虫」だとその佇まいや雰囲気、人によっては明らかに只者では無さ過ぎるオーラを放つ者までいる。
そんな特殊な空気の中、店への通り道の物陰に隠れていたルシールは、身なりの良い画家、詩人、貴族の女性らしき風貌の人々を見つける。店で探していた希少本の近くにいた人達である。きっとあの人たちもライバルに違いない。そう確信すると、自分にストリュームフィールド初級をかける。
「やーん、突風がー」
我ながら上出来だと思う半べその演技のまま、目標のライバルを蹴散らそうと、故意に近づいていく。
画家、詩人、貴族女性は間違いなく整った身なりを滅茶苦茶にされ、無残な姿になっている。しかし、一向に帰路に付こうともしない。
たかだかこの程度の突風では、「本の虫」が持つ本に対する愛情と執着心はビクともしないのである。
妨害工作に失敗したルシール。彼女は膨れっ面で拗ねながら、独り列の最後尾に並ぶ事になった。
並んでから日が昇る頃から並んで四時間弱。
ついに書物専門店は開店。
希少本獲得の火蓋は切って落とされた。
瞬時に店内に雪崩れ込む人々。
虫、虫、虫、虫、「本の虫」。
彼らの勢いに怯む余裕も無く、冒険者達も負けずに店内に突っ込んでいく。
目指すは、店内奥の最深部。天界の書物が固められ、コーナーが出来上がっている棚のみ。
その一団から遅れて走っている怪しい影。
予想以上に動き辛く、小回りの利かない状態で必死に走っているのは、怪獣着ぐるみを着ているアタナシウスである。
「………くっ、威嚇しようにも全く相手にされないとは。神よ、彼らと私に対しても変わらぬ祝福を。博愛をお示しください」
そう言うや否や、後続と激しく接触。店内の端に押し出されたアタナシウスは、近くにいた「本の虫」数名を巻き込んで将棋倒し。あえなく戦線離脱となった。
先頭の一団から若干引き離され、目的地を目指すアリウス。冷静に周囲を見渡し、対策を思案する。
「さてさて、目が血走ってるのまでいるな、火をつけるのはさすがにヤバイか………」
その場で対策を考え出しても、今となっては対応が間に合わない。その上、距離もさらに離されていく。
「フレイムエリベイションを覚えておけばよかったか? まぁ、無い物ねだりをしても仕方ない」
このまま進めば必ず辿り着く。可能性は低いが、運がよければ希少本が手に入るだろう。そう信じてアリウスは進み続けた。
開店直後、フォーレと共に先頭集団の真ん中にいた結城。
開店前の行列の中で何度も携帯の画像を確認。頭の中で希少本の形を完全に叩き込んでいた。それでも、ただ一つの誤算があった。先頭集団は店内の中程で幾つかのルートに別れ、その流れに逆らえずに本来の進路から大幅に外れてしまっているのである。
「ちょ、ちょっと、こっちじゃなくて、あっちの方向に進みたいんですよー」
張り上げた声は届かず、しばらくして結城は人の波の中に飲み込まれていった。
店内の最深部に向かう先頭集団。
そのトップ集団にはアルフォンスとハルナックが離れた場所で目的地を目指し、若干後方の位置にいるフォーレは二人とその先にある進行方向を目印に追走している。
トップ集団にいる以上、メイの国にいる中でもトップクラスの「本の虫」と認めざるを得ない強者が互いに牽制を掛け合いながら進んでいる。
アルフォンスとハルナックも虎視眈々と勝負をかけるタイミングを見計らう。
二人はアイコンタクトを取り、同時に仕掛けようと速度を上げる。しかし、それを読まれたのか、集団の一部が急加速。一団から徐々に距離を離し始める。
「やられた!」
「まさか、このタイミングを読まれるなんて!」
数々の冒険、戦場を潜り抜けてきた冒険者を出し抜く程の者が、「本の虫」の中には確かに存在する。その事実に二人は驚愕した。
「アルフォンスにーちゃん、ハルナックにーちゃん!」
そこに力強く聞こえる一人の少女の声。
咄嗟に我に返り、顔を振り向けるアルフォンス、ハルナック。
絶望的状況下の中、不敵にもフォーレが笑みを浮かべる。
「ごめん! 肩借りるよ!」
人の流れが作った勢いを利用して、一足飛びで飛び上がり、数々の「本の虫」、アルフォンス、ハルナックの肩を足場にして肩渡りで駆け抜けていく。
目的の棚まで目と鼻の先。先頭集団の最後の肩を使い、全身全霊の力を込めて飛び込んでいく。
激突する瞬間、体を一気呵成に捻り、壁に設置されている棚を蹴って反転。
華麗な身のこなしで棚の前に着地するフォーレ。その両手には本が一冊ずつ。開いた口には追加の一冊が歯でくわえられていた。
「お見事!」
「フォーレさん、よくぞ確保しました!」
トップから続いたアルフォンス、ハルナックによってその身を守られ、フォーレは三冊の本を大事に抱えている。
「二人とも、思いっきり肩踏みつけちゃってごめんね」
フォーレは成し遂げた者の微笑で二人に謝った。
最後尾に並び、完全に出遅れたルシール。
「ここって、本屋さんだよね?」
店内の至る所で人が将棋倒しで倒れ、棚の半分は損壊、目当ての本を確保した者も、しそのほとんどが何かしらの負傷をしている。
彼女は店内の激しい争奪戦の惨状を見て、その場に突っ立っている事しか出来なかった。
●とある後日談?
作戦会議の場所になった宮廷図書館そばの中庭は、夜とは違い、光差し込み心が癒される風景が目の前に広がっている。日々の喧騒も忘れて穏やかな一時になれるよう配慮され、設計された事がこの空間では誰しもが温和な気持ちになれるだろう。
「いや〜ん、やっと手に入った〜♪」
そこで念願の希少本を三冊も胸に抱え、幸福に浸っている事この上ない笑顔でクルクルと回っている、いや踊り回っているショコラ。
「依頼をお願いして、ホント大正解です〜♪」
宮廷図書館、及び宮廷図書館員であるショコラが手に入れたものはそれだけではない。収穫は他にもある。
「技術書でも紛れ込んでいればひょっとしたら戦局好転の一助になるかもしれませんし、そうでなくても学者の方々の研究材料にはなるでしょうし。私はこの地に根を下ろすつもりなので、要するに点数稼ぎですよ」
そう言って、ハルナックは自腹で予算200Gの枠内で購入。王宮図書館に寄付してくれた。
また別れ際、アリウスは禁断の愛の書を進呈してくれた。
結城に至っては、今回入手した天界の本の内容を翻訳するお手伝いを買って出てくれた。
「………本当に、あの方達に依頼を頼めてよかった」
軽やかに踊っていた足を止め、ショコラは冒険者ギルドのある方向に視線を向ける。
「またいつか、一緒に本の話をしたいものですわ」
曇り一つない、晴れやかな空から優しく風が吹き、中庭の草花を優しく包み込むと、そっと撫で上げていく。同じように頬を撫でられ、無意識に髪を掻き上げる仕草をするショコラ。その顔には今まで出すことが無かった、温和な表情をした淑女の姿があった。