送る詞

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月01日〜10月06日

リプレイ公開日:2004年10月12日

●オープニング

 菜緒(なお)は、姉上様が大好きです。
 姉上様の手もお顔も、優しくて大好きです。
 なのに、姉上様は義兼(よしかね)様のせいで、菜緒の前からいなくなって‥‥。
 菜緒は義兼様を許しません。
 義兼様のお屋敷に行き、義兼様を成敗して差し上げるのです。
 菜緒は姉上様を奪った義兼様に、『意趣返し』をしに参ります。
『ぎるど』とやらで、助っ人を『供』に致しますから、心配しないでください。


「はー! 参ったでござる! 参ったでござる! これは、参ったでござるよ! もし、そこの! そう、各々方でござる!」
 喧噪途切れぬギルドに、一際けたたましい男の声が飛び込んできた。
 その男は、身なり正しき羽織袴にきちりと髷を結い、腰に刀を落としている。
 取り乱してはいるものの、歴とした侍風情が匂った。
「各々方を、冒険者と見込んでお頼み申したい」
 男は一通りギルドの中を見渡すと、目当てのものが見あたらなかった事にホッと胸を撫で下ろし、最後にあなた達に視線を落ち着けた。それでもまだ何かが気になるらしく、しきりと出入り口へと顔をやる。
「これから、小さな女の子がここを訪れるはずでござる。名は『菜緒』様。御年五歳であらせられる。拙者、お仕えするお屋敷にて澄(すみ)様の御祝言の準備がある故、菜緒様に付き従う時間がないでござる。菜緒様は素直でいらっしゃるが、どうにも強い心の持ち主である為、一度やると決めた事は、やらなければ気が済まぬ御気性。菜緒様の供としてご同行し、しいては菜緒様の致す非礼無礼を、義兼様に詫び、許しを得ていただきたい」
 ‥‥は?
 あなた達は首をひねった。
 なんとも取り急ぎの内容で、良くわからない話だが、とにかく、ここへ少女がやってくる事と、『義兼』と言う男に何かをするらしく、その振る舞いの許しをこわなければならない事だけは理解した。
 誰かがポッツリと呟く。
「つまり、菜緒様と言う女の子の『子守』をしろと‥‥」
「その通りでござる! 道中の費用は、全てこちらでご用意させていただくでござる。どうか、引き受けて――」
 男はそこまで言うと、突然ハッとして顔を隠した。
 ギルドの入口に、奇妙な出で立ちの少女が現れたのだ。
 紺色の着物を身に纏い、口に長い楊枝を加えている。巻いた帯の位置は低く、そこに差した小柄は真新しかった。誰もが見慣れた越後屋の商品である。金額と重量が、瞬時に思い浮かんだほどだ。作りが短い為、腰帯に挟むような品ではないのだが、少女はそんな事を気に止めてはいない。寸足らずな刀を差したまま、『しにかる』な笑みを浮かべて言った。
「ぎるどって言うのは、ここですかい」
 その声音は低かった。もちろんわざと出しているのだ。しかも、かなり無理をしたようだ。少女はごほごほと激しく咽せた。
 これが噂の『菜緒様』である。しかし何故、そんな格好をしているのだろう。幼い子供と言うよりは、渡世人のようだ。
 呆然と佇むあなた達に、男は言った。
「‥‥頼んだでござるよ」
 ‥‥と、言われても――ううん。
 男が人混みに紛れるのを見送って、あなた達は少女へ目をやった。
 楊枝をしぃはぁと揺らしながら、ジロジロと周囲を物色をしている菜緒様。口も頬もほんのり桃色がかった可愛らしい顔立ちで、目はくりくりと愛嬌がある。髪は顎の下で綺麗に切り揃えられ、手入れが行き届いていた。
 だが、何を考えているのか、全く得体が知れない。そして、その態度と様相が素晴らしく可笑しかった。
「‥‥笑っても良い?」
「‥‥駄目。絶対、駄目です」
 あなた達は、声を潜めたつもりであった。だが、どうやら菜緒は耳が良いらしく、敏感にそれを聞きつけてムッとした顔をあなた達に向けた。
「そこの、御前ら様!」
 微妙に言葉使いの良さが滲んでいる。やはり『様』付けで呼ばれるだけの事はありそうだ。
 思わず「ぷー」と吹き出してしまった数名に、菜緒はぷくっと頬をふくらませた。
「何を笑っているのですいるのだ! 菜緒は――菜緒介は、とある姫君に『意趣返し』を頼まれた浪人ぞ! これより憎き敵の『義兼』にこの一太刀を浴びさせるがべく、御成家に参るのです、だ! 御前ら様! 菜緒、菜緒介と供に来てくださ――来るのだ!」
 笑いたい。しかし、笑えない。なんとも物騒な話になってきた。
 息巻く少女を前に、あなた達は顔を見合わせる。

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0685 林 麗鈴(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1543 猫目 斑(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4598 不破 黎威(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5027 天鳥 都(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6872 冴刃 歌響(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7136 火澄 真緋呂(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●姉上
 屋敷内は祝言に追われ騒然としていた。
 だが、冒険者が訪ねてゆくと、澄の方から進んで話し合いの場を設けてくれた。菜緒の異変に気づき、ギルドへ使いを走らせたのは澄だと言う。
 菜緒は周囲の誰よりも澄を好いており、姿の見えない姉を捜し求める声が、屋敷から聞こえぬ日はないと言うほど、姉を慕っていたそうだ。
 足繁く澄の元へ通う義兼のことは嫌わないまでも、随分と素っ気ない態度を取っていたらしい。
 仲睦まじく庭を歩く二人に出くわし、走り去ることも度々あったようだ。
『祝言の日取りが決まってからは、私を避けるようになりました。きっと、怖かったのでしょうね。この屋敷を出ると告げられるのが‥‥』
 と、澄は言った。
 そして、今回の強行である。
 菜緒の着替えに書状を添えてくれた澄の苦笑が、天鳥都(ea5027)の脳裏に焼き付いていた。
「菜緒さんの気持ち、良くわかります。私にも覚えがありますから」
「うん。ボクもお兄ちゃんがお嫁さん貰ったら、やっぱり寂しいし」
 遠い顔つきで語る都の声に、火澄真緋呂(ea7136)も大きく頷く。兄を慕う真緋呂にとって、その日の訪れは菜緒同様の大事件となるだろう。
「けど、大好きなひとだからこそ、幸せになって欲しいよね?」
 真緋呂は複雑な心中をあかしながら、頭一つ半は確実に高い滋藤柾鷹(ea0858)の顔を見上げた。
「小さな菜緒殿には、まだわからない情なのでござろうな」
 柾鷹の懐裡にも、祝福を贈った初恋のひとがいる。姉も同然だった。嫁ぐと聞いた日の、幸せそうな微笑を思い出す。もう、昔のことだ。
 三人は、仲間がすでに踏みしめた道を、同じ思いで歩いた。

●感染
「『いしょう』返しではないのです! 『いしゅ』返しなのです!」
「『衣装』返し違うですか? 菜緒さんの着ている着物を返すですね?」
「違うです! 仕返しに行くです! それに菜緒は菜緒『介』です! 菜緒さんじゃありま――ない!」
「『志』を返しに行くですか。返す、駄目です。菜緒さんが持っているですよ?」
 御影祐衣(ea0440)と冴刃歌響(ea6872)は、肩をふるわせ笑いを堪えた。少女に林麗鈴(ea0685)の言葉使いが移り始めている。
「また、菜緒に怒られるぞ。冴刃殿」
「そう言う御影さんこそ、顔に出ていますよ」
 と、互いを責めてみたものの、笑っていては説得力の欠片もない。
 少女がキッと振り返ったのに気づき、猫目斑(ea1543)は二人にそっと耳打ちした。
「菜緒様が睨んでいらっしゃいますわ」
 ゆっくりと下ろした三人の視線が、後ろ向きに歩きながら頬を膨らませている菜緒の目とぶつかる。荒い鼻息を和らげようと、 歌響はにっこりと微笑みかけた。
「そうだ、菜緒介さん。姉上の話を聞かせてくださいませんか?」
「それほど慕われるんだ。良い姉なんだろうな、きっと」
 いつも従弟に振り回されている不破黎威(ea4598)は、菜緒を妹に持った姉に、僅かな同情と共鳴を覚えたのか、声に実感がこもっている。
 菜緒はほぉっと溜息をつき、小刀の柄を弄んだ。
「姉上様は、菜緒の宝物です。誰にも取られとうございません。姉上様を奪った義兼様を討って、恨みを晴らすのです」
 意趣返しと言っても、菜緒の姉は死んではいない。義兼の元へ嫁ぐだけである。皆、言葉の語弊に気づいてはいたが、誰も菜緒を言及しようとしなかった。
 だが、取ろうとしている行動は別である。菜緒の腰に差した刀は飾りではないのだ。
 祐衣は膝を折り菜緒の顔を覗き込むと、低く声を落とした。六つ離れた兄を心に置いて。
「その気持ちはわからなくはない。私も兄を‥‥。だが、私は大事な人を困らせたいとは思わぬ。菜緒は、姉上に心配をかけたいのか?」
 祐衣から目を反らした菜緒に返事は無い。
 今は何よりも寂しさが勝るのだろう。 

●菜緒と菜緒介
 合流を果たし、小さな宿場町で一夜を明かした翌朝。
 皆に女装を勧められた菜緒が、とうとう癇癪を起こした。
「菜緒介は浪人ぞ! おなごの着物など着れません!」
 真っ赤な顔で袴の帯を握りしめ、断固として着替えぬと声を荒げる。幸いにも、菜緒が所持していた小柄は、寝ている間に祐衣が竹光とすり替えておいたのだが。
「しかし、その格好では門前払いとなるだろう。娘の姿に転じれば、相手を油断させることができるのだが」
「菜緒さん。衣装を返すなら、着替えてもらう必要があるです」
「目的を達成する前に、捕まってしまうが良いのでござるか?」
 麗鈴や柾鷹の説得に、菜緒は耳を塞いで首を振った。
「菜緒介は、姫君の意趣返しを受けた浪人として、正々堂々とこの姿で義兼様にお逢いするです!」
 そう言えば、一度やると決めたことはやらなければ気が済まない気性だと、依頼人が言っていたことを皆は思いだした。
 菜緒は『浪人』になることで、妹の立場も、少女であることも捨ててきているのだろう。それを貫くつもりなのだから、着替えさせることは難しいようだ。
 澄が用意してくれた着物を抱え、都は菜緒の前に屈み込んだ。
「菜緒介さん。私も、隣家の姉様が奪われた時は哀しくて涙しました。姫は、澄様と義兼様が仲睦まじくしていられる姿を見て、逃げ出したことがあるそうですが、私も姉様が幸せそうだと悔しくて‥‥」
「そうなのです。菜緒といるより、姉上様は嬉しそうで‥‥」
「でも、刀を振るうだけでは、義兼さんに菜緒さんのその悔しさを知って貰うことはできません。ですから‥‥そこにもっと良い方法を足して、義兼さんに意地悪をしてみませんか?」
 急におとなしくなった菜緒に、都は耳を貸すよう手招きをした。

●義兼
 歌響、黎威、斑の三人は、宿を出るとその足で真っ直ぐに義兼の元へと向かった。屋敷に辿り着いたのは昼過ぎ。
 澄の名の入った書状を持参したおかげで、義兼との目通りは楽に叶った。
 穏やかな居住まいの男に、斑は手をつき頭を下げる。
「義兼様。お忙しい中、お時間を割いていただけたことをお礼申し上げます。私たちは菜緒様の先触れとして参りました」
「実は、その菜緒さんのことで、大事な話があるのです」
 歌響は、澄の使いがギルドへ来たこと、また、姉を慕っていた菜緒が義兼を討つつもりで屋敷に向かっていることなど、これまでの経過を全て話した。
「どうか、菜緒さんの企てに最後までおつき合い願えませんか。彼女の気持ちを受け止めて貰えたら、それで気が済むのではないかと‥‥」
 義兼は終始一貫にこやかに話を聞いていたが、歌響の申し出にも顔色を変えることはなかった。
「『意趣返し』とはまた、思い切ったことを‥‥」
 黎威が相槌を打って、話を続ける。
「それだけ思い詰めている証拠じゃないだろうか。菜緒は慣れない刃物まで購入している。竹光にすり替えてあるが、菜緒は本気で討つつもりだ」
「義兼様が、菜緒様を返り討ちにしてくださると言う手もございます。菜緒様も悔しいお気持ちを引きずるでしょう。いつでも『意趣返し』に来るようにと、菜緒様を歓迎していただければ、菜緒様も訪れやすくなるのではないでしょうか」
 義兼は剛毅に笑ったあと、「いや」と首を振り、提案者である斑にむかってなおも面白そうに笑い崩れた。
「面白い考えだが‥‥しかしそれでは澄に咎められてしまいそうだ。大人しく今回は、斬られることにしよう」
「では、おつき合いいただけると‥‥」
 繰り返す歌響に、義兼は微笑した。
「皆に話しておこう。小さな浪人とそのご一行がやってきたら、黙って私の元に通すようにと」

●意趣返し
 菜緒は竹光を握りしめ、行軍の筆頭となって御成の屋敷に向かった。そびえ立つ正門の両脇にいた、長槍にたすきがけの武士は、一行を一目見るなり、にこやかに門を開け放った。
「作戦通りだけど、これで良いのかな」
「ちょっと調子が狂いますね」
 真緋呂と都は、門番に会釈をして通り過ぎる。
「さ、菜緒『介』様。こちらへ」
 何故か、案内役まで現れ、皆は丁重な扱いを受けたまま、中庭に案内された。歌響と祐衣は、通路でくすくす笑う女中に苦笑を返す。
「妙な感じですね」
「こんなに穏和な意趣返しは初めてだな」
 一行は池の前までやってきた。そこで背を向けた義兼と対峙した菜緒は、おもむろに腰の竹光を引き抜いた。
「義兼様! 覚悟です!」
 振り返った義兼は、皆と約束した通り竹光の一刀を受け止めた。白い砂利を蹴った小さな体が、義兼の懐に吸い込まれる。
「‥‥菜緒の仇は取れたか?」
 義兼の声が落ちると、菜緒は激しく泣き出した。
 手からこぼれた小柄が、カランと音を立てる。
 都はそれを拾って義兼に手渡した。
「中に文が‥‥」
 鞘の中に手紙を忍ばせようと言ったのは都である。義兼が竹光であると知らなければ、刺す真似だけでも十分、衝撃を与えることができるだろう。
 菜緒はその悪戯に同意した。
 しかし、文が義兼の目に触れる前に、菜緒は綴った言葉を漏らしてしまった。
「菜緒の姉上様を取らないで」
 と。
 柾鷹は、泣きじゃくる菜緒を見下ろす義兼に言った。
「義兼殿。決して、澄殿を不幸にはしないと、菜緒殿の前で約束して欲しいでござる。その確認のため、菜緒殿がここを訪れることの許しもいただきたいでござるよ」
「澄はどこにいても、菜緒の姉の澄だ。澄も菜緒に会えぬと寂しいだろう。迎えを出すから、いつでも来なさい。もし、私が澄を不幸にしたら、その時は本当に菜緒に討たれよう」
「菜緒殿、聞こえたでござろう?」
 言葉の足りない少女に代わり、皆、東奔西走した。
 菜緒の思いは義兼に届き、義兼は菜緒に義を尽くしたのだ。今度は、菜緒の番であった。
「もう、気が済んだよね? 義兼さんに謝まろ?」
「そうだな。非礼は非礼。騒ぎを起こしたことは、詫びなければな」
 真緋呂と祐衣に促され、菜緒は素直に頭を下げる。
「御無礼を許してください‥‥『あにうえ』様」
 それが、精一杯の祝辞である。まだ固くぎこちなかったが、笑顔で言える日もそう遠くないだろう。
 皆、微笑ましい思いで見守っていると、麗鈴がにこにこと笑顔で菜緒の肩を叩いた。
「菜緒さん、お兄さんできたですね。そろそろ衣装を返して、もっと仲良くなりましょう」
『衣装返し』は、まだ終わっていないのである。