雨上がりの恋

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月11日〜10月16日

リプレイ公開日:2004年10月18日

●オープニング

「それが地を走る者ならば、追いかけたのに。空へ飛んでゆかれたら、見送るしかできませんよね?」
 依頼人――幸太(こうた)は、気落ちした様子で深い溜息をついた。
 がっちりと逞しい肩が情けなく落ちているのを見ていると、まぁまぁ、元気をお出しよと声をかけたくなってくる。
 幸太は、日に焼けた顔の人なつこい、宮大工であった。
 つい先頃、神社の修復を依頼され、親方について江戸へやってきたのだが、祭りで買った福袋の中身を、大鴉に奪われてしまったのだと言う。
「綺麗な櫛だったから、その‥‥お春――いや、友達にあげようと思って、眺めてたんです。ちょうど、江戸に使いがあって出てくるって言うので、五日後の昼に会う約束をしました。その櫛、太陽に翳すと、光を受けて七色に輝くんですよ。あげたら喜――いえ、なんでも‥‥。俺、その、あの、ええと、ほら、使わないし‥‥!」
 そう言って、幸太は照れくさそうに頭をかいた。誰の目に見ても、誤魔化しようのない事実が見え隠れする。
 つまり、幸太はその『友達』とやらを‥‥。
 そんな事を考えていると、自然と口元が三日月を模した。
 幸太はそれに気づいたのか、顔を真っ赤にして話を戻す。
「で、でねっ? 鴉の奴、明るい間は社の屋根にとまってるんですよ。一度、石を投げたら逃げられた上、親方に怒られました。『この、馬鹿野郎が! そんなもん投げて人様にあたったら、危ねぇじゃねぇか!』と、こうです。神社の裏林に巣があるので、そこにも行ってみました。見つけるのは簡単でしたが、やたらと高い木のてっぺんにありまして。なんせ、三尺もある大きな鴉だから、登ってる最中に襲われたらひとたまりも‥‥。え? 神社の場所? ええと、町はずれにあります。行けば親方と俺の他に大工が数人、社の修理をしているから直ぐにわかりますよ。始末の悪い事に、俺達の命である大工道具も、鴉の奴に時々持って行かれるんです。刃が光りますからねぇ‥‥。そんな時、親方は怒って石を投げるんですよ。人には怒鳴りつけた癖に。まったく身勝手なんだから。あ、これは内緒でね?」
 とにかく、櫛と道具を取り返してくれないか、と言う幸太に、色々と邪推をよせた。
 五日後の逢瀬は、ぜひとも彼女の笑顔を見たいものである。
 だが、引き受けてはみたものの、生憎と空には低い乱雲が立ちこめていた。
 なにやら雨の気配である。

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0442 藤 友護(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0555 大空 昴(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6450 東条 希紗良(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7136 火澄 真緋呂(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

火澄 八尋(ea7116

●リプレイ本文

●雨中の火の鳥
 小雨降る境内に、一組の男女が佇んでいた。
 青年は気むずかしい顔で溜息を吐きだし、少女は無邪気に微笑っている。対照的であった。
「本当にやるのか? 知らねぇからな。怪我しても」
「一度で良いから飛んでみたいんです! さぁ、夏沙さん、あの青空に向かって羽ばたきましょう!」
 どんよりと重い灰色の空を、少女は意気揚々と指さす。
 同じようにどんよりとした眼差しで、夏沙と呼ばれた青年は頭上を見上げた。
 どこが青いんだろう、と。
 ともあれ勢いに圧されるがまま、里見夏沙(ea2700)は片手で印を結び、呪を唱え始める。目を輝かせている大空昴(ea0555)をチラリと見、一抹の、否、相当の不安を胸に抱きながら。
 昴は縄の端をグッと握りしめた。その先は夏沙の足へと繋がっている。
 やがて、志士の全身が炎に包まれ、足がふうわりと宙に浮いた。徐々に昴の視線が、それを追って登ってゆく。だが、重さが負荷となり、ピンと張った地点で上昇は止まってしまった。
「これ以上は無理だな」
 纏った炎が、今にも昴を傷つけそうであった。夏沙はこれを見て、昴を連れての飛行を断念する。
「残念です! あの空を一度で良いから飛んでみたかったのですが‥‥。こうなったら、木の下で落ちてくるのを受け止めます!」
「つか、昴殿。『落ちてくるのを』ってのは‥‥」
 昴は縄を握りしめ、熱い眼差しで夏沙を見上げた。意味深である。
「楽しそうじゃのぅ」
 そう呟いたのは、社の屋根の下で二人を眺める竜太猛(ea6321)だ。
 穏やかな退屈に包まれた太猛は、大きくのびをして首を撫でる。
 雨宿りは続く。

 天候が崩れれば、大工達の商売はあがったりである。宿屋にこもり、恨めしげに空を眺めるばかりだ。
 愚痴混じりの話を聞いた帰り道、雨にくすぶる灰色の通りを歩きながら、藤友護(ea0442)は、大八車の柄を握り直して後ろを振り返った。
「しかし、良く降るな‥‥後ろは大丈夫か? 滑らないようにな」
 ぬかるんだ足場に、車輪の進みも鈍い。
「あぁ、平気だ」
 藤野羽月(ea0348)が後部を支える傍らで、リラ・サファト(ea3900)は羽月に番傘を添える。
 笠と『みの』を身につけた羽月は、リラの肩が濡れるのを気にして、これをそっと押し戻した。リラは羽月を見上げて静かに微笑む。
 友護が何も見なかったと言うように、おどけて天を向いた。
「鴉さんを追い払うのに、大工さん達の協力が得られて良かったですね」
 リラの言葉に羽月は俯き、車輪の巻き上げる泥を笠で避けた。この土はねのおかげで、雨具はすでに泥まみれだ。
「大八も借用できたしな」
 と、言いながら、ぽつりと頬に飛んだ汚れを指で払う。
「羽月、代わろうか?」
 友護は振り返って言った。だが、滑りやすくなった持ち手をひっきりなしに握り直す友護も大変そうだ。
「あと少しの辛抱だ」
 羽月は目を細め、ゆるりと首を振った。

●雨やまず
 二日目も、こんな調子で雨である。
 宿を抜け出してきた幸太は、東条希紗良(ea6450)が玩んでいる小柄を眺めて、大きな溜息を吐き出した。
「持って行かれちゃいますよ? 天気が良かったら、だけど‥‥」
「それは好都合だねぇ」
 希紗良の穏やかな切り返しを聞き、火澄真緋呂(ea7136)は身を乗り出す。
「どうして?」
「この小柄には、持つ者を不運に導くと言う不穏な噂があってねぇ」
 鬼の彫り物が、希紗良の手の中から真緋呂と幸太を見上げている。
「ふ、不運?」
 眉根を潜めた幸太は、ごくりと喉を鳴らした。
 大事なものを鴉に奪われ、冒険者を雇ってみれば雨続きで身動きが取れず、すでに相当の不運に見舞われている。
 これ以上、運が奪われては、とでも言いたげな戦々恐々の幸太の顔つきに、希紗良は笑った。
「不安かえ?」
「ええ、まぁ。だって、ただでさえ運がないのに、このまま雨が止まなかったら‥‥」
「大丈夫だよ♪ 雨でも夏沙さんは飛べるし、ボクも登ろうと思えば登れるから、『お友達』と会うまでに取り返してあげるよ」
 真緋呂はそう言って、頼もしげに頷いてみせる。
 実際のところ、雨の日の木登りは一苦労であった。見上げた顔や目を水滴が打ち付け、思うように視界が確認できず、体は濡れてずっしりと重くなってゆく。それが寒い。
 幸太が来る前に身を以て体験したことだが、雨足によっては不可能ではなさそうだと判断し、真緋呂は皆にそう告げていた。
「最終日までに晴れなかったら、決行するしかないじゃろうな」
 柱に肩を預けている友護に、太猛の目が行く。若い浪人は腕を組んで、曇天の空を見上げていた。
「数時間止むだけで構わないんだけどな」
「晴れるのをただ待つのも辛いのぅ」
 こうして皆が雨を避けている間、鴉もやはり巣で蹲っているのだ。地の利が向こうにある以上、足場の不安定な場所での接触は避けたいものだ。
 あと三日。
 雲が行くのを待つしかない。
「それより、幸太さんの『お友達』の話が聞きたいな♪」
 冒険者を雇ってまで取り戻したいと言う櫛は、どんな娘に渡るのか。真緋呂の問いにリラは頷き、羽月の端正な横顔を盗み見た。
「好きな人の喜ぶ顔は見たいものですよね」
 リラの言葉は、自分の思いでもあるのだろう。幸太はこれを聞いて吹き出した。
「好きな人?!」
「違うの? ね、可愛い? ボクより可愛い?」
「ええと、そのー‥‥」
 詰め寄る真緋呂に、不器用な男は言い淀む。
「あはは、意地悪言ってゴメンね?」
 耳まで朱に染めた幸太の肩を、真緋呂はぽんぽんと叩いた。

 折り返し日――
 雨はまだ止まない。
 厚い雲に覆われた空の色が、かろうじて一日の終わりを告げる。太陽が顔を出すことを期待して集まった一行に、帰家の時刻がやってきた。
 リラは風の動きに変化を感じ取ったようだ。
「明日は少し回復しそうですね」
 空を見上げて言う。
「では、また明日」
 と、羽月が笠を被るのを、幸太は申し訳なさそうな顔で見守った。天候が冴えないことを、気にしているようだ。
「あなたのせいではないだろう?」
 羽月は苦笑し、リラを見やった。
「そうです。気にすることはないですよ」
 そう言って、二人は目笑する。
 他に被害のあった者がいないか、聞き込みをしてきた夏沙が、皆の帰り支度を見て肩をすくめた。
「もう、そんな時間か」
「お帰りなさい、夏沙さん。何かわかりましたか?」
 問うた昴に、夏沙は頷く。
「あぁ。祭り帰りの連中が、結構襲われてるな。江戸の人間じゃねぇのも多いから、全ての持ち主を捜すのは厳しいみてぇだ」
「と言うことは‥‥」
 昴と真緋呂は顔を見合わせた。
 どうやら所有者不明の回収物は、皆で分配することになりそうだ。
「皆で山分けです!」
「ボクは残り物で良いよ♪」
 嬉しそうな妹に、火澄八尋は苦笑した。
「貰うつもりでいるようだが」
「でも、捨てるのも勿体ないし」
 と、依頼人も頷いた。
 一日を待ちぼうけた皆は、それぞれに別れを告げ散会して行く。
「幸太」
 夏沙は、鳥居をくぐる同い年の背を呼び止めた。
「気負うなよ。気負ったら、こういうのは負けだぜ?」
 半ば強く、半ば優しく片笑む夏沙に、幸太は照れくさそうな笑顔を返した。
 
●時々晴れ
 翌日。
 リラの予告した通り、雨は去った。
 積雲が多く、時折、陽を隠すものの、裏林からは鴉の鳴き声が聞こえてくる。今日は活発なようだ。
「早く済ませて、この場を大工の皆さんに譲らないとな」
「体もなまってしまうだろうしね」
 振り返った友護は、希紗良が二本の材木の間に、糸で小柄を垂らすのを見守った。
「それは例の?」
 羽月はユラユラと揺れては光る刃と、希紗良を見比べる。
「鴉に進呈しようと思ってねぇ」
 飄々と言い放つ横顔は、良い厄介払いができると淡い微笑さえ浮かべていた。
 その時である。
 バサリと大きな羽音がして、リラが顔をあげた。
「希紗良さん、来ました!」
「そのようだね」
「物陰に移ろう」
 黒い翼が屋根に舞い降りるのを見た羽月は、リラを背中に回した。
 大鴉はとんとんと屋根の上を飛び回り、時々、首を傾げて境内の様子を窺っている。
「上手くかかってくれると良いな」
 見上げた友護の目が、鴉のそれとあった。殺気を感じた八尋が、呪を唱え始める。
 一拍の間。鴉が突然、両翼を広げ滑空した。小柄めがけて突っ込んでくる。開いたくちばしで刃を器用にくわえると、急旋回して空に舞い上がった。掠め行く羽根を、両脇から友護と羽月の剣がいなす。糸がビンと鳴り、切れた。
 黒い背中に、希紗良の投じた闘気がけの縄ひょうが突き刺さる。希紗良が縄を引くと、鴉は地面に叩き付けられた。その拍子に口の小柄を飲み込んでしまう。
 バタバタと、黒い体がぬかるんだ土の上で踊った。
「火澄!」
 友護の声に、青い光をまとった八尋が頷く。次の瞬間、大鴉の体を厚い氷が覆い尽くした。
 もう手も足も出ない。透明の棺に収まった黒い羽根を、四人は見下ろす。
「飲んでしまいました‥‥」
「あぁ、飲んだ」
「飲んだな」
 鬼神ノ小柄を。
 希紗良を除いた三人の口から、そんな呟きが漏れた。


 一方――
 巣のそばに着地した夏沙は、足下の枝にくくりつけられた縄を頼りに登ってくる真緋呂を待っていた。
「気を付けてください!」
 昴はそう言ったあと、傍らの太猛を真顔で見つめる。
「華国では燕の巣が高価な食べ物らしいですが、もしかしたら鴉の巣も?!」
 華仙出身の武道家は、悩ましげに首を振って否定した。
「いや、さすがにそれは食わんじゃろう。ただの枝木じゃし」
 真緋呂の縄を握る手が、おかしさに震えてしまう。
「笑っちゃうから変なこと言わないで、昴さん!」
「はっ、ごめんなさい! 落ちたら受け止めます!」
 真緋呂が笑いを堪えて言うと、昴はきりっとした顔で両手を広げた。その細腕で大丈夫なのだろうかと言う、太猛の眼差しを受ける横顔は真剣である。
「何を話してんだか‥‥」
 と、夏沙は遠い声に苦笑した。
 やがて、真緋呂は最後の枝に手をかけ、夏沙の元へ辿り着いた。
「高いなぁ」
 下を見ると、昴達が小さく見える。
「そら」
 夏沙は巣の中を見て見ろと指さした。あらゆる光り物がごったに詰め込まれており、まるで福袋のようだ。
 目立つ櫛は直ぐに見つかった。他にも煙管や簪など、夏祭りの名残を示すものが多いようだ。
「下へおろそうぜ。最後に巣を落として完了だ」
「うん!」
 二人は、それらを全て袋に詰め込んだ。
 
●雨のち
 持ち主のわからない回収品を分配し終え、氷付けの鴉を捨てに行って来た友護達が戻ってまもなく、幸太が駆け足でやってきた。
「櫛はっ?」
 親方に様子を見て来いと言われるまで、道具の手入れをしていたと言う。
 雨の無い今日は、大工達も作業を進めたくてうずうずしているようだ。
 夏沙は幸太の手に、無言で櫛を握らせた。
「あっ、これだ! うわぁ、どうも!」
 背中を思い切り叩いたのは、幸太への景気づけだろう。
 リラと羽月は互いの目を合わせたあと、夏沙の言いたい一言を声にした。
「頑張れ」
「頑張ってくださいね? 想いはきっと伝わりますよ」
「上手く行くと良いな!」
「頑張れ、幸太さん!」
 寄り添い立つ二人と皆に見守られ、幸太は真っ赤になった頬を掻いた。

 さて、この恋の行方は?
 そう。
 雨上がりは、晴れると決まっているのである。