【もののふ道】右之助と茸

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月15日〜10月21日

リプレイ公開日:2004年10月24日

●オープニング

 主は頭を抱えていた。
 二人の家来についてである。 
 名を『右之助(うのすけ)』と『四郎衛(しろうえ)』と言い、腕の立つ『もののふ』であった。
 だが、いかんせん仲が悪い。顔さえ見れば、いがいがともめ事を起こす。
 と、言うのもこの二人。互いの力をねたみあっていたのだ。
「器の小さい男達よのう‥‥なんとか上手く収めることはできないだろうか」
 そこで主は考えた末、まず、右之助を呼び出した。
「右之助。大変なことになった。四郎衛が、死病に取り憑かれて倒れたぞ。あと、七晩の命だそうだ。薬師の話では、裏山深くに群生すると噂のある、『大紅天狗茸』と言う茸を煎じた薬で、四郎衛を救うことができるそうだが、困ったことにその茸は近寄ると叫ぶのだ。これを聞きつけて、熊の体に猪の顔をした恐ろしい鬼がやってくるようでな。皆、怖ろしがって行くのを嫌がっておる。あとはお前だけなのだが――お前は勿論行かぬだろう。可哀想に四郎衛も、もはやこれまで‥‥。四郎衛亡きあとは、家来達の中心となっての動きを期待しておるからな」
 果たして、右之助は喜んだであろうか。否、突然、ぎりりと唇を噛んだかと思うと、真っ赤になって怒ったではないか。
「拙者、そこまで無情な男ではありません! いくら仲が悪いとは言え、四郎衛とは長き付き合い。むざむざ見殺しになど‥‥! 拙者が行って山ほどの茸を採取し、四郎衛を救ってみせましょう!」
「無理はせんで良いのだ。右之助。素直に喜ぶが良い」
「無理などではありません!」
「では、本当に行くと申すのか」
「はっ」
「なれば、ギルドへ出向き、冒険者を供に連れて行くが良い」
 右之助が出かけてしまうと、次に呼んだのは四郎衛であった。
「四郎衛。大変なことになった。右之助が、死病に取り憑かれて倒れたぞ。あと、七晩の命だそうだ。薬師の話では、『丸ガ池』の魚の肝が、右之助を助ける薬となるそうだが‥‥。しかし、お前も知っておる通り、丸ガ池の周りには、怖ろしくも巨大な土蜘蛛が棲みついておるだろう? 皆、怖がって行きたがらんのだ。勿論、お前も行かぬだろう。可哀想に右之助も、もはやこれまで‥‥。右之助亡きあとは、家来達の中心となっての動きを期待しておるからな」
 さて、四郎衛の反応はと言えば、これまた右之助同様であった。
「お言葉ではありますが、右之助殿は切磋琢磨する同胞としては最高の友。魚の肝で助かると言うのなら、獲れるだけの魚を獲ってまいります。どうか、私に行かせてください」
「しかし、蜘蛛は毒を持っておるのだぞ? お前まで失うわけにはいかん。右之助はどうせ助かるまい‥‥諦めい」
「諦め――られません」
「なれば、ギルドへ出向き、冒険者を供に連れて行くが良い。必要な物は買い揃えてから向かうが良かろう」
「はっ!」
 主は二人が出かけたあと、最後の仕上げとして残りの家来をかき集めた。
「皆の者、二人が大役を終え戻るまでに宴の準備をいたせ! 供の――冒険者の者達も招き入れようと思うておる。酒も肴も十分に用意せい。茸と魚だけは省くのだぞ? 二人が持ち帰る予定なのでな。男子とはどうあるべきか、皆も見たであろう。二人を見習い精進せぇ」
 そう言って主は高らかに笑った。


 あなた達は番頭から、急ぎの仕事があると『右之助』を引き合わされた。
「とにかく、直ぐに出立したい。『森』までは拙者が案内いたす。四郎衛のことは確かに嫌っておりますが、しかし――しかし、同胞を見殺しにはできません。拙者、そこまで四郎衛を憎んではおりません。どころか‥‥あやつも初めは、親友と呼べる仲間でした‥‥。拙者はあやつの弓技が羨ましかったあまりに、いつからか、それをねたむようになり、今では口も全うに利けぬ仲になってしまいました。‥‥四郎衛を助けたい。どうか、お頼み申す!」
 これこれと事情を語ったあと、右之助は眉根に深い皺を刻み込んだ。

●今回の参加者

 ea2266 劉 紅鳳(34歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea5011 天藤 月乃(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7514 天羽 朽葉(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7545 天城 火月(26歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)

●リプレイ本文

「気持ちはわからなくもないが、妬み羨んでも仕方なかろう。むしろ、己の持たぬ力だからこそ、互いに補いあってゆけるのではないだろうか」
 天羽朽葉(ea7514)の目は、眼前の男を見ていなかった。
 向けられているのは、男の脇に備えた刀である。黒鞘に赤い柄巻、目抜きは、はて獣だろうか魚だろうかと伺い見る。
「どうしたんだ、朽葉。右之助と目を合わせるのが、そんなに照れ臭ぇのか?」
「いや。そうではない。それが気になってな」
 御堂鼎(ea2454)がどぶろくの入った瓶を掲げ、からかうような仕草を取ると、朽葉は動じず右之助の愛刀を指し示した。
「刀?」
 梅干入りの握り飯にかじりついていた天城火月(ea7545)に聞き返され、朽葉は頷く。思わぬ話の広がりに、苦笑が浮かんだ。
「刀剣の類を見るのが好きでな。つい」
「そうだったのか。あたしも何処を見てるんだろうと、気になってたんだが」
 劉紅鳳(ea2266)が薪をくべた焚き火から、フワと火の粉が舞い上がる。夜空に散りばめられた白光と混じり合うのを、天藤月乃(ea5011)は無言で見上げた。
「煙たかったか?」
 問うた紅鳳に、月乃は空から目を離さず返す。
「大丈夫だ」
 夜に入ってから月乃が頭上を見上げる時間は、確実に増えている。星が好きなのだなと思いながら、御神楽澄華(ea6526)は紅鳳と目を合わせて微笑を交わした。
 冒険者のこうした何気ないやりとりは、今の右之助には辛いようだ。
「拙者も昔はそんな風に、四郎衛と言葉を交わしていた‥‥」
 右之助は四郎衛との仲について、ぽつりぽつりと語り始めた。
 それぞれ別の故郷より出向き、同じ主に仕えたのが、今より十年も前のこと。右も左もわからない土地で出逢った、同じ志をわかつ若者達は、硬い挨拶から二つ三つと言葉を増やし、やがて肩をたたき合う友となった。
 自分とは全く違う四郎衛の存在を、右之助は好ましく思ったと言う。
「拙者の剣と、四郎衛の弓。優劣などつけられるはずもないのだが、拙者達はそれをハッキリとさせたかった。いつも平等に褒められる事も、初めは嬉しかったのだが‥‥」
「朽葉様のおっしゃるようには、できなかったのですね」
 自尊心はいつしか二人の間に、高い壁を作ってしまった。
 問いかける澄華に落胆した調子で頷く右之助を、紅鳳が諭す。
「意地を張り合うのも、ほどほどにしとかないとな。相手が死んじまったら、残るのは後悔だけだ。それに気づいたから、ここへ来たんだろ?」
 右之助は強い眼差しで紅鳳を見た。
 それが肯定の意であった。
「二人の仲違いを終わらせる為にも、無事に薬を採取して戻らないとねぇ。食べて呑んだら、今日は寝ようじゃねぇか」
 どこかでフクロウが鳴く。聞こえてくるのは他に、火の爆ぜるパチパチと言う音と虫の音だけだ。
 右之助の背を一つ叩いて立ち上がった鼎をきっかけに、皆、野営幕の中に転がる寝袋や毛布に吸い寄せられてゆく。
 火月は思い出したように振り返って、右之助を見た。
「右之助様。お願いしていただきたいことがあります。貴方に雇われたからには、主君も同じ。将が落ちては戦は成り立ちません。どうか、先陣は我らにお任せいただき、万が一があれば、貴方様だけで茸をお持ち帰りください」
 あまりにも真剣な火月に、右之助はごくりと喉を鳴らす。
「鬼はそんなに強いのか?」
「あぁ、聞いた感じでは『熊鬼』だな。力だけはやたらとあって、武装してる場合もある」
 皆より少しだけ詳しい紅鳳が、右之助に説明するのを聞き終えたあと、朽葉は真顔で男の手に小さな瓶を手渡した。
「消費せずに済めば一番なのだが‥‥薬をお預け致そう」
「か、かたじけない」
 右之助は単純な男だった。
 その晩、皆の好意にすっかり感極まって興奮した依頼人は、どうやら眠れなくなってしまったようだ。
 外が白むまでゴロゴロと寝返りを打っては、同じ野営幕の中に横たわるパラの忍びの苦笑を誘った。

 翌日――
 一行は朝靄の中を出立した。
 陽が昇るにつれ霧は失せ、快晴の空が頭上一杯に広がる。
 やがて探していた茸は、労もなく視界に飛び込んだ。
 なにしろ大紅天狗茸は、全長が50センチもあるのだ。おいそれと何かに身を隠せるような大きさではない。
 ところどころに差す木漏れ日を避けるようにして、薄暗い林に奇怪な紅色の傘が無数に咲いている光景は、少し異様であった。茸の群れから離れた遠い場所には、大人の丈の二倍もありそうな大岩が一つ、ぽつりと佇んでいるのが見えた。
「薬になりそうな茸には見えないけど‥‥」
 月乃は背負っていた瓶に腐葉土を詰めながら言った。
 紅鳳がそれを聞いて肩をすくめる。
「そんな噂を聞いたこともないしな」
 しかし、右之助だけは真剣な面もちで、茸の採取を急ごうと身を乗り出した。澄華が呼び止めなければ、どこに張られているかわからない大紅天狗茸の菌糸を、踏んでしまっていたかもしれない。
「熊鬼が来る前にすべきことがありますので、少しお待ちください」
「罠を張るから、その間はおとなしくしてな」
 鼎はどぶろくの蓋をキュッとしめ、バックパックをあさってスコップを取り出した。道中ずっと酒を浴び続けていたが、鼎に酔った様子はない。
 茸に遠からず近すぎず、手頃な場所を選んで土を掘り起こす鼎の傍らで、月乃が枝に縄を投じ瓶を木上へ吊り上げた。
「手伝うよ」
「あぁ、すまねぇな」
 火月も頑丈な枝を手に鼎を手伝い、足止めをするのには十分な溝を二人で作る。
「ま、こんなもんだな。片足が埋まりゃあ十分だろう」
 鼎はそう言って手を払うと、身近にあった茸へ近寄った。
 その拍子に――
 脳天を震わすような甲高い悲鳴が、こだまを伴って辺り一帯に響き渡り、黒山の影から鎧を纏った熊鬼が飛び出してきた。
 熊鬼は棍棒を振り上げ、咆哮をあげて突っ込んでくる。
「右之助様、良いですねっ!」
 片手で印を切る火月に頷き返し、右之助は前線より一歩退いた。
 皆が散り散りに輪を広げると、熊鬼は逃げない鼎に向かって突進する。
 ブフォオォオッ!
 ブンッと風が唸った。鼎の鼻先を棍棒が抜けてゆく。
 と、突然、熊鬼の体が前にのめった。鼎が地に目を走らせると、片足がまんまと穴に落ちている。
「まともにはまるなんて能がねぇなぁ!」
 鼎は大刃を振り上げた。ギラリと光ったそれを、熊鬼に向かって叩き付ける。途端、鎧がはじけ飛び、肩口から脇を一閃が走り抜けた。
 絶叫を上げて穴から這い出た熊鬼へ、木上の月乃が瓶を落とす。
 だがそれは、熊鬼の左肩を掠めて地面に吸い込まれ、派手な音を立てて砕け散った。怖ろしい形相で熊鬼は月乃を見上げる。
 ドス、と。
 熊鬼の体が何かの衝撃を受けて震えた。棍棒を振り上げたまま固まった腹に、一本の刀が生えているのを月乃は見た。
「後ろを取るのは好みませんが‥‥」
 澄華はそう言って、貫いていた剣を引き抜いた。間を置かず放たれる紅鳳の蹴りと、朽葉の闘気。
「皆、下がれ!」
 朽葉の声を聞き、冒険者達は身を引いた。
 火月と共に取り残された熊鬼が、一瞬の戸惑いを見せる。次の瞬間、忍びの少年を中心に激しい爆発が起こった。
「面倒だなぁ」
 よろめく熊鬼の前に飛び降りた月乃の拳が二つ、腹に沈む。右之助の一刀を胸に受け、熊鬼はどぉと倒れた。
 流れ出た赤色が、派手な茸の笠のように広がった。 

 採取後、一行は夜を徹して山をくだった。
 延々と続く山道が足腰に負担をかける。
 それでも歩むことを止めず、とうとう屋敷の門を潜った。
「戻ったか。良し良し」
 主と使用人達に迎えられ、右之助は皆を主の前へと導こうとした。その目がはたと、一人の青年を捕らえたと同時に、右之助はピタリと立ち止まった。
「どうしました?」
 澄華は右之助の視線を追った。
 口をぽっかりと開け見つめているその先に、同じように呆然とした表情の青年がいる。
「し‥‥四郎衛‥‥」
「え? なんだって?」
 思わず紅鳳も聞き返した。
 四郎衛の周囲にいるのは、身なりからして冒険者だろう。
 右之助は全く合点がいかぬと言った風情で、四郎衛とその面々を凝視した。
 病に倒れたはずのその人が、たたずまいもしっかりと、会話しているのが聞こえてくる。
『全部、二人の仲を元に戻すための、御主人の陰謀だったのよ』
 右之助はこれを聞いて、巨大茸をドサリと落とした。
 すると、四郎衛の傍らにいた少年が、ひょいと縁側を飛び降り茸を拾い上げた。
「大事な『薬』が落ちたっさよ〜」
 ニッコリ笑うその顔に、一同は皆、顔を見合わせた。
 そう、全ては仕組まれた謀。
 主の『さもやったり』と言った笑いが、屋敷に響いた。

 かくて茸は、友を救おうとした証と言う大事な役割を終え、皆の前に夕餉として並んだ。
「仕事のあとの一杯は、また格別だねぇ」
 ほくほくと杯を干す鼎に、紅鳳は手を振って否定してみせる。
「一杯どころじゃないだろ。もう何本目だ?」
「実は六本目だ。あんたは呑まねぇのかい?」
「あたしは酒より、甘いものが欲しいねぇ」
 二人の好物談義を傍らに据えながら、米と一緒に炊かれた紅色の茸を朽葉は味わう。
「椎茸は好むところなのだが、これも手を加えると美味かもしれぬな」
「見た目は派手ですが、味は普通の茸ですしね」
 同じ茸で作った吸い物を一口。正面で魚をつつく火月に澄華が笑いかけると、パラの少年はまるで少女のようにも見える素直な笑顔で、穏やかに笑い返した。
「この焼き魚もいけますよ。骨が少し多いようですが」
 火月は器用に身と骨を取り分けては口に運ぶ。その姿を見つめていた月乃は軽い溜息を吐いた。
「骨か。面倒だな」
「月乃様」
 面倒くさがりの月乃に、澄華は苦い笑みを浮かべたが、実はそんなことばかりを呟く月乃が、今回は一番体力を使っていることを知っていた。
 瓶を背負い深い山に分け入るのは、かなりの重労働だろう。
 楽をするのも大変なのだと、皆は顔を見合わせ月乃の労に微笑を送った。
 この様子に、二人の若者が目を細めた。そっと掲げた祝杯に気づいた冒険者はいない。
 夜を徹した上、酒を浴びた一行は、その後の疲れを屋敷で癒し、再び江戸へ戻って行ったと言うことだ。