【もののふ道】四郎衛と魚
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月15日〜10月20日
リプレイ公開日:2004年10月24日
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●オープニング
主は頭を抱えていた。
二人の家来についてである。
名を『右之助(うのすけ)』と『四郎衛(しろうえ)』と言い、腕の立つ『もののふ』であった。
だが、いかんせん仲が悪い。顔さえ見れば、いがいがともめ事を起こす。
と、言うのもこの二人。互いの力をねたみあっていたのだ。
「器の小さい男達よのう‥‥なんとか上手く収めることはできないだろうか」
そこで主は考えた末、まず、右之助を呼び出した。
「右之助。大変なことになった。四郎衛が、死病に取り憑かれて倒れたぞ。あと、七晩の命だそうだ。薬師の話では、裏山深くに群生すると噂のある、『大紅天狗茸』と言う茸を煎じた薬で、四郎衛を救うことができるそうだが、困ったことにその茸は近寄ると叫ぶのだ。これを聞きつけて、熊の体に猪の顔をした恐ろしい鬼がやってくるようでな。皆、怖ろしがって行くのを嫌がっておる。あとはお前だけなのだが――お前は勿論行かぬだろう。可哀想に四郎衛も、もはやこれまで‥‥。四郎衛亡きあとは、家来達の中心となっての動きを期待しておるからな」
果たして、右之助は喜んだであろうか。否、突然、ぎりりと唇を噛んだかと思うと、真っ赤になって怒ったではないか。
「拙者、そこまで無情な男ではありません! いくら仲が悪いとは言え、四郎衛とは長き付き合い。むざむざ見殺しになど‥‥! 拙者が行って山ほどの茸を採取し、四郎衛を救ってみせましょう!」
「無理はせんで良いのだ。右之助。素直に喜ぶが良い」
「無理などではありません!」
「では、本当に行くと申すのか」
「はっ」
「なれば、ギルドへ出向き、冒険者を供に連れて行くが良い」
右之助が出かけてしまうと、次に呼んだのは四郎衛であった。
「四郎衛。大変なことになった。右之助が、死病に取り憑かれて倒れたぞ。あと、七晩の命だそうだ。薬師の話では、『丸ガ池』の魚の肝が、右之助を助ける薬となるそうだが‥‥。しかし、お前も知っておる通り、丸ガ池の周りには、怖ろしくも巨大な土蜘蛛が棲みついておるだろう? 皆、怖がって行きたがらんのだ。勿論、お前も行かぬだろう。可哀想に右之助も、もはやこれまで‥‥。右之助亡きあとは、家来達の中心となっての動きを期待しておるからな」
さて、四郎衛の反応はと言えば、これまた右之助同様であった。
「お言葉ではありますが、右之助殿は切磋琢磨する同胞としては最高の友。魚の肝で助かると言うのなら、獲れるだけの魚を獲ってまいります。どうか、私に行かせてください」
「しかし、蜘蛛は毒を持っておるのだぞ? お前まで失うわけにはいかん。右之助はどうせ助かるまい‥‥諦めい」
「諦め――られません」
「なれば、ギルドへ出向き、冒険者を供に連れて行くが良い。必要な物は買い揃えてから向かうが良かろう」
「はっ!」
主は二人が出かけたあと、最後の仕上げとして残りの家来をかき集めた。
「皆の者、二人が大役を終え戻るまでに宴の準備をいたせ! 供の――冒険者の者達も招き入れようと思うておる。酒も肴も十分に用意せい。茸と魚だけは省くのだぞ? 二人が持ち帰る予定なのでな。男子とはどうあるべきか、皆も見たであろう。二人を見習い精進せぇ」
そう言って主は高らかに笑った。
あなた達は番頭から、急ぎの仕事があると『四郎衛』を引き合わされた。
「私は右之助殿の力が羨ましかった。あの剛毅な太刀筋が。ねたむ気持ちが壁となり、やがて、右之助殿を避けるようになった。右之助殿は‥‥かつての親友。見殺しにするわけにはいきません。丸ガ池までの道案内は私がいたしますゆえ‥‥どうか、力を貸していただきたい!」
これこれと事情を語ったあと、四郎衛はぎゅうと拳を握りしめた。
●リプレイ本文
バサリと音を立て、黒い翼が頭上を横切ってゆく。
不安そうな顔で周囲の草むらを見渡す四郎衛に、握り飯を手にしたマコト・ヴァンフェート(ea6419)はにっこりと笑いかけた。
「鳥よ。そんなに怯えることないわ」
少しかじって目を細めたのは、中に入っていた梅干しのせいだろう。翠眉を寄せたマコトに、茅峰帰霜(ea0262)は微笑して水筒を手渡す。
「少し塩辛いね。これを飲むと良いよ」
「ありがとう」
礼を言われた帰霜は「いやなに」と手を挙げたあと、その指先に付いていた飯粒を口に運び、食の進まない四郎衛を見た。
「一口しか食べていないようだけど、大丈夫かな?」
「力をつけておかないと、いざって時に戦えないっさ。親友を助けられないっさよ」
神咲空也(ea7122)も、帰霜の隣で漬け物をぽりぽりとやりながら頷く。
今晩の食事は、冒険者定番の保存食ではない。四郎衛の持参した握り飯と漬け物であった。
皆が次々と米の塊を腹におさめてゆくのをしり目に、四郎衛は溜息を吐くばかりであったのだが、帰霜と空也に促されて、食べかけの飯を口に運び出す。
良かったと顔を見合わせた二人の伸ばした手は、同じ握り飯の上で衝突した。
「気が合うね。空也はいくつめだい?」
「三つ目っさ」
「俺は四つ目だよ」
「あ、一つ負けたっさ〜」
ともすれば親子ほども年齢の違う二人が、食べたおにぎりの数を競いあうのを見て、マコトはくすりと笑った。
「二人とも、無路渦の分はちゃんと残してあげてね」
「それなら先ほど、私が取り分けておいた。三個もあれば足りるだろう」
柱と布で建てた寝所用の野営幕があると言うのに、たき火のそばの地べたで、四肢を丸めてすやすやと寝息を立てている二条院無路渦(ea6844)へ、雷山晃司朗(ea6402)は目をやる。
四郎衛が食事の準備をしている僅かな時間に、無路渦は眠り込んでしまったのだ。
「んー‥‥」
むにゃむにゃと気持ちよさそうに寝返りを打つ姿を、仲間達の目は見守る。
「どこでも寝れると言っていただけのことはあるわね」
「風邪を引かぬと良いのだが」
マコトのかけてやった毛布だけでは、明け方の冷え込みを乗り切るには少し寒いだろう。人一倍責任感の強い力士が、無路渦を揺り起こすのは時間の問題のようだ。
「皆さんは、右之助殿に似ていますね。気丈夫で明るい」
冗談を言い気遣いあうその様子に、旧友を思い出した四郎衛は、小さく笑ったあと肺の中の空気を全て吐き出すような、深い溜息をついた。
その友が今は病に伏し、死を宣告されている。
「‥‥そう言えば、右之助とは長い付き合いだと聞いたが‥‥」
ぺきと折った小枝をたき火に投じ、神無月霧龍(ea6808)は手繰り寄せた毛布を背中に羽織った。
マコトもローブを通り越して伝わる夜気を嫌って、野営幕へ移動し、毛布にくるまって二人の話に耳を傾ける。
「はい。それぞれ別の故郷より出向き、同じ主に仕えてから十年になります」
右も左もわからない土地で出逢った、同じ志をわかつ若者達は、硬い挨拶から二つ三つと言葉を増やし、やがて肩をたたき合う友となった。
自分とは全く違う右之助の存在を、四郎衛は好ましく思ったと言う。
「自分に無いものに憧れました。私は弓で、右之助殿は剣で、主はいつも平等に私たちを褒めてくださいました。それが初めは嬉しかったのですが‥‥」
「‥‥右之助への褒め言葉を聞くのが、煩わしくなってしまったのか‥‥」
霧龍に沈黙を返したのは、否定ではなく後悔を含めた肯定であると見切ったマコトは、パチパチと爆ぜる炎の向こうの四郎衛を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「それで良いんじゃないかしら? 濁りのある水の方が、魚は住みやすいし、人だって聖人君子ばかりじゃツマラナイでしょ。後悔に気づいたら、やり直せば良いわ。その為にも、さっさとお魚釣って戻りましょ?」
「これを機に、仲違いが終わると良いね」
自分にあった寝袋を探していた帰霜の横を、ふらふらと無路渦が通り過ぎ、マコトと同じ野営幕に転がり込む。
抜け殻となった毛布を見やり、苦労性の晃司朗は人知れず良かったと安堵した。
翌日――
一行は朝もやの中を出立した。
陽が登るに連れて、視界が晴れる。足下に小さな実りを散りばめた木々の間を抜けると、そこは広い草むらであった。
ポツンと遠くに枯れた巨木が立っているのを見て、四郎衛が帰霜を振り返る。
「丸ガ池の土蜘蛛は、あの周辺に良く出ると聞いています。迂闊に近寄っては、危険でしょう」
空也が釣り竿を取り出すのを見て、四郎衛は首を傾けた。
「まさか、蜘蛛をそれで釣るおつもりですか?」
「違うっさ。誘き出すのに使うっさよ」
空也は笑って釣り竿を肩に担ぐと、大きな晃司朗と霧龍の間を抜け、池まで伸びていると思われる獣道の先頭に立った。
四郎衛があまりにも不思議そうな顔をしているので、帰霜は蜘蛛に少し詳しいマコトへ説明を促す。
「土蜘蛛は、巣の周りに張った糸に獲物がかかると現れるわ。だから、釣り竿の先で、獲物がかかったような疑似震動を与えるの」
「それで無路渦殿は、ずっと木ぎれを?」
四郎衛に首を巡らされた無路渦は、見つけた窪みや穴を覗き込んでは枝で突き、蜘蛛の糸がないかとそれを振り回してきた。
「四郎衛の護衛役、だもんね」
と、ふわふわとした笑顔を浮かべ、それまでしていたように枝を振りながら、四郎衛の前をゆく。
六人の護衛に護られた若者の顔は白かった。気づいた霧龍が、落ち着けと後ろからその肩を叩く。
「そんなに緊張してたら、弓も引けないだろう」
初撃を任された四郎衛は、かなり固くなっているようだ。汗をかいた手のひらを袴で拭うと、霧龍に頷き返した。
やがて一行は、巨木の手前まで来ると進むのを止めた。
獣道は木を迂回するようにして先へ伸びているのだが、その根元に不自然な土の掘り返しが見られるのだ。
帰霜が目を凝らすと、キラキラと光る得体の知れないものが、周囲の土の中にまざっている。
「あれが糸なのかな?」
「ちょっと試してみるっさ。皆、準備をするっさよ」
空也が釣り竿を構えると、霧龍は音もなく抜刀し、足場をじりと踏み固めた。深呼吸して弓を番える四郎衛を横目に、マコトの手が印を象る。
帰霜と晃司朗が頷きあうのを見届けて、空也は地面を叩いた。
釣り竿の先に、奇妙な土の絨毯が絡みついたその矢先――
木の根元にぽっかりと空いた黒い穴から、巨大な蜘蛛が飛び出した。
「土蜘蛛!」
無路渦の目が光る。印を切り、唇から呪がほとばしった。蜘蛛は猛烈な早さで無路渦と四郎衛に迫る。
「弓を引くんだ!」
帰霜の声にハッとした四郎衛は慌てて矢を放ったが、タンと小気味の良い音がして、枯れ木に突き刺さっただけであった。
素早い動きでかわした蜘蛛は方向を変え、釣り竿を捨てて腰の剣に手をかけた空也に襲いかかる。
「そうはさせないわよ!」
マコトの放った雷撃に土蜘蛛は仰向けに吹っ飛ばされたものの、地面に打ち付けられると同時に起きあがり、霧龍に向かって大きく飛んだ。
「くっ!」
刀の重さを乗せた一撃は、蜘蛛の足を掠めて空を斬った。覆い被さろうとする八足の動きを、霧龍は下から見上げる。怖ろしい口中で毒歯が蠢いていた。
空也はこの混戦に剣圧を放てず、たたらを踏む。迂闊に繰り出せば、皆を巻き込んでしまうからだ。
「霧龍!」
間一髪、帰霜が霧龍の体を引きぬいた瞬間、蜘蛛の足が数本、前触れもなく粉々に吹き飛んだ。体勢を崩して仰向けに転がったそこへ、微笑を浮かべた無路渦が飛び出してくる。
「動けなくなっちゃったね」
と、醜く膨れた腹を蹴り飛ばす。蜘蛛は足を天に伸ばし、苦しげな死の舞いを踊り始めた。
「危険だ。とどめを刺してしまおう」
晃司朗が刀を振り下ろすと、もがいていた足は緩慢な動きに変わり、やがてピタリと動かなくなった。
「良かったよ。これで安心して釣りができるね」
帰霜は霧龍の腕を掴んだままでいることに気づいて、手を緩めた。悪夢となりそうな毒歯の光景を、ぶるりと頭を振って追い払い、霧龍は震えている四郎衛へ顔を向ける。
「お互い危なかったな」
腕が立つとは言っても実践経験の浅かった四郎衛は、幹に突き刺さった矢をまじまじと眺め、心底ホッとした表情で頷いた。
一行は、再び獣道を辿って奥へと進み、やがて件の池へと辿り着いた。
「坊主続きなんだけれど、この池はどうかな?」
青々とした水を湛えた池のほとりで、早速、釣り糸を垂らしたマコトは、傍らを陣取る帰霜を見上げる。
「素人でも釣れるのかしら。こんなことするの初め――」
大きく弧を描いてしなる竿先に、マコトが嬉々として立ち上がると、帰霜は双眸を崩した。
釣果は大漁であった。
四郎衛は右之助との面会を希望したが、主は薬ができるまで待てと言う。
それから間もなくのことである。
喧噪と一緒に若者達が屋敷に雪崩れ込んできた。見れば手に手に、大きくて派手な茸を抱えている。四郎衛はこの茸の怪しさ以上に、先頭に立つ若者の姿に驚いた。
それは今回、必死になって助けようとした、右之助その人であったのだ。
「戻ったか。良し良し」
張りのある壮年の声に振り返ったマコトは、そこにあった主の笑顔に全てを悟り、思わず小さく吹き出した。
「なるほどね」
「どうして笑ってるんだ?」
微笑する横顔に向かって尋ねた霧龍の声に気づき、無路渦も帰霜もマコトを見やる。
「全部、二人の仲を元に戻すための、御主人の陰謀だったのよ」
四郎衛は目を剥いて顎を落とし、呆然とマコトへ見つめた。
「なんですって?」
「二人とも、見事に引っかかったわね。でも、必死になった気持ちは本物。喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないの。良い機会だわ。素直に認めちゃいなさいな♪」
ドサリ、と音がした。
空也が首を巡らせると、四郎衛と同じ顔で立ちつくす右之助がいる。ひょいと縁側を飛び降りた空也は、巨大な茸を拾い上げた。
「大事な『薬』が落ちたっさよ〜」
魚も茸もそんなものになりはしない。
主の『さもやったり』と言った笑いが、屋敷に響いた。
かくて魚は、友を救おうとした証と言う大事な役割を終え、皆の前に夕餉として並んだ。
「茸飯‥‥懐かしいな」
「お代わり自由だそうよ」
飯と一緒に、寺で暮らした思い出を噛みしめる無路渦に、マコトと空也は顔を見合わせ微笑む。
「仲直りができて良かったわよね」
「本当っさ! 心配した分、腹が減ったっさよ。ささ、晃司朗殿、どんどん呑むっさ!」
「いただこう」
空也の傾けた徳利から酒を受け、晃司朗はくいと杯を干した。
漬け物と焼き魚を交互につまみながら、茶碗の飯をもくもくと食べている帰霜をちらりと見やる。まるで、当分食事にはありつけないような勢いだ。
「いや、食べれる時に食べておかないとね。収入が安定しないからさ」
「そこがこの稼業の辛いところだな。私も魚を持ち帰ろうと思っていたのだが」
「茸飯はお土産にしてくれたよ」
と、黙って懐に忍ばせようとしている最中に女中にみつかり、咎められるどころか折にして貰ったしっかり者の帰霜の目が、晃司朗を飛び越え霧龍で止まった。
「ささ、もう一杯呑むっさ」
「気が利くな」
空也の酒を次々と飲み干しているその顔から、湛えた笑みが消え去らない。霧龍は杯の中を覗き込み、楽しそうにウフーッと笑った。
「笑い上戸なのかな‥‥?」
無路渦の言葉に皆の同意が返る。
何故か、ご満悦げに本人までもが頷くと、皆、一様に吹き出した。
この様子を見た二人の若者が、そっと祝杯を掲げたことに気づいた者はいない。