囚われの翼

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月30日〜11月04日

リプレイ公開日:2004年11月10日

●オープニング

 青年――『一(いち)』には相方がいた。人ではない。隼である。
 名を『連(つら)』と言い、ヒナの頃に巣から落ちていたのを拾って以来の付き合いであった。
 連の食事は野の鳥だった。一の家より少し離れた武家屋敷でウズラが飼われていたが、見向きもしない。もっぱら鴉を捕食していた。
 一はこれを利口だと、いつも褒めていた。
 ある日、一はウズラをくわえて走り去ってゆく野良猫を見かけた。いつも村近い神社の軒下をねぐらにしている、黒い猫だ。
 村を発とうとする干物売りの男が、一と顔を見合わせて肩をすくめた。
「どこかで誰かが、癇癪を起こしてないと良いねぇ」
 ちょうど散歩に出かけていた連が一の肩に舞い降り、一は無言でその頭を撫でた。
「慣れたもんだ」
 行商人は徒歩で一日先の次の村に、四、五日滞在する予定だと一に言って旅だった。
 この猫が、一と連に暗雲をもたらすことになる。
 翌日――
「おい、一! てめぇの鳥をここへ連れてきやがれ! 人様のものを食っちまうたぁ、とんでもねぇ『こそ泥』だ!」
 やってきたのは屋敷に近い場所に家を持つ、村の仲間であった。
 男は声を荒げると、険しい顔つきで一の家の中をぐるりと見回した。
 連は天井近い梁の上で休んでいる。それを指さし男は言った。
「お武家様の飼っていたウズラを襲うなんて、とんでもねぇ奴だ! アイツを連れてこいと、屋敷じゃ大騒ぎになってる」
 あの黒猫だ。一は直ぐに合点がいった。
「待ってくれ。ウズラを襲ったのは連じゃない。猫だ」
「猫だぁ? 足跡一つ残ってないって聞いたぞ? それに、その時間、そいつが飛んでるのを見たって使用人までいるんだ!」
 一は困惑した。ここ数日は雨も降らず、地面もかちりと乾いている。身軽な猫の足跡など、残るはずもない。
「いや、野良猫だ。野良猫が連れ去って行くのを見た。本当なんだ!」
「そんな言い逃れが通用するか! とっとと『あれ』を差し出して来い! じゃないと、タチの悪い鳥の飼い主として、お前まで斬られかねない剣幕だぞ!」
 

 たった六日間である。
 一は額を地面にこすりつけ、犯人が連では無いと言う証拠を集める為の猶予を得た。
 これを過ぎれば、連は処分される。
 すでに一日はここへ来るのに使ってしまった。なにをするにも人手が欲しい。
 そうして一は、ギルドへと赴いたのだ。

●今回の参加者

 ea0262 茅峰 帰霜(47歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2088 一 一(30歳・♀・僧兵・パラ・ジャパン)
 ea2901 葛城 夜都(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4114 アストラル・レイク(25歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6388 野乃宮 霞月(38歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7739 樋野 春待(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●証人集め
 依頼人――一の背を、娘はぽんと叩いて励ました。
「まぁ、一はん。そない落ち込まんと。証人になってくれる人、頑張って探そな?」
「有り難う、にのまえさん」
「『いち』でええよ。ちゅうても同じ名前やと、なんか変な感じやけど」
 そう言って、一一(ea2088)は笑ったが、野乃宮霞月(ea6388)には複雑だった。
 うっかり『一』と名を呼ぼうものなら。
「はい」
「なんや?」
 二人が揃って返事をするのである。その度に霞月の顔には、苦笑が浮かんだ。
 屋敷の周囲で証人となる者を捜し回っていた三人であったが、状況はあまり好ましくなかった。
 目撃者となる人物を発見しても、証言を頼むと露骨に嫌な顔をして、口を閉ざしてしまうのだ。
 厄介事の関わり合いになりたくないと言う言葉を思い出し、霞月は呆れて首を振った。
「薄情だな。同じ村の仲間だろう」
「‥‥しょうがないです」
 依頼人はただ苦笑して、肩を落とす。そこには厚手のあて布がしてあった。連の爪が食い込むのを、和らげる為だと彼は言った。今は留まるものもなく、寂しさだけが漂っている。
「今度はあの人に聞いてみよか」
 一は、籠を片手に柿の木を棒で突いている老人に、声をかけた。
「すんまへんけど‥‥数日前に、うずら咥えた黒猫見いへんかったか?」
「あぁ。神社に住んどる猫じゃろ」
「見たのか」
 霞月の問いに老人は深く頷き、屋敷の垣根をくぐった猫が、うずらを銜え、自分の家の前を駆け抜けて行ったと話した。
 依頼人は地べたに額をこすりつけ、証言してくれと土下座する。
「どうか! どうか、お願いします」
「一言で良い。連の無実を証明してくれないか」
「ほんま、頼むわ。な? な?」
 老人は唸った。それまでの人々と同じ反応である。
 だが、ここで引き下がるわけにはいかない一行は、なおも懇願を繰り返した。
「お願いします!」
「巻き込まれたくないだろうが、あんたの証言が必要なんだ」
「皆に断られて、もうあとが無いんや。頼むわ」
 少し大げさも混じるのだが。
 やがて、根負けした老人は、渋々と言った体で頷いた。

●神社
 その死骸は、神社の縁の下で見つかった。
 アストラル・レイク(ea4114)が広げた風呂敷の上に、うずらは無惨な姿をさらす。
「むごいな」
「遊び飽きて捨てたのね」
 樋野春待(ea7739)は葛城夜都(ea2901)が張った罠から目を離し、ぼろぼろの羽を見下ろした。
「隼は、獲った獲物を縁の下に隠したりはしないわよね」
「ここにあったことの証言を、誰かに頼めると良いんだが」
 重要な証拠を手に入れたものの、肝心な猫は現れない。アストラルの言葉に頷いたあと、春待は沈黙した。
 そもそも、うずらを銜えて行く猫を見かけた時、依頼主がそれを追っていればここまで話は大きくならなかっただろう。
(「他人のものだから、良いとでも思ったのかしら」)
 全てはあとのまつりである。だが、そのせいで無実の命が失われようとしていることが、春待には許せなかったのだ。
「誰か来る」
 アストラルの声に気づいた春待は、ふと顔を上げた。
 水干姿の男が、竹箒を手に境内へやってくる。そして、その足下にじゃれついている黒い塊が、二人の目を引いた。
「あれは、まさか――」
「そのまさかのようね」
 二人は揃って木立を出、男に声をかけた。
 神主であった。
「その猫は?」
 尋ねたアストラルに、神主は目を細め黒猫を見やる。
「この社をねぐらにしている野良猫です。顔を良く合わせるせいか、時々こうして懐いてくるんですよ」
 猫は、軒下の日溜まりに移り、ごろりと横たわって毛繕いを始めた。逃げる様子もなく、くつろいでいる。
 脳裏で重なる少年の姿を、春待は追い払った。
 妹を殺めた彼を思わせる『それ』が、春待はいつしか嫌いになっていた。
「え? うずらを?」
 神主はアストラルから鳥の死骸を見せられ、顔を曇らせた。
「そうよ。そのせいで隼が囚われてしまったの。無実を証明する為に、あの猫を連れて行きたいんだけど構わないかしら。悪いようにはしないわ」
「これがあった場所の証言も頼みたい」
 アストラルと供に地面を這った神主は、残念そうな溜息をつき、何も知らずに眠りこける黒猫をそっと抱き上げた。
「罪は償わなければなりませんね。袋かなにかありませんか‥‥」

●干物売り
「もう少し急げたら良かったのだけれど」
「それでも、歩くよりは速かったと思いますよ」
 日は真中を過ぎ、やや西に傾いていた。
 二人の浪人の眼前には、小さな集落が広がっている。
 罠を張っていた分だけ、出立するのが遅くなってしまったが、馬のおかげで過ぎた時間を取り戻し、予定通りに村へ着くことができた。
「行商人が簡単に見つかってくれると良いね」
 茅峰帰霜(ea0262)を乗せた馬は、夜都にやや遅れて付いてゆく。背に受けた重さで異なる歩速を、夜都は時々、手綱を引いて合わせた。
「腰に紺色の手ぬぐいを提げた干物売りでしたよね。大きな村では無さそうですし、やってきたばかりの行商人と言うことでしたら、村人に尋ねれば直ぐにわかるのではないでしょうか」
「うん。俺もそう思う。説得でき次第、戻ろう。間に合わなかったでは済まないからね」
 村へ入った二人は、早速、通りすがりの村人に、行商人のことを訪ねた。村人は直ぐに反応を返し、干物売りが村の中央で店を広げていることを教えてくれた。
「えい、らっしゃい! 美味い魚だよ! どうだい一枚」
 にこやかに揉み手する男に、帰霜は単刀直入に切り出す。
「いや、客じゃないんだ。あの村で見た黒猫が、うずらを銜えていたのを覚えているかい?」
「隼と飼い主が、濡れ衣をきせられています。あなたの証言が得られなければ、殺されてしまうかもしれません」
「なんだって?」
 帰霜と夜都が代わる代わる話す事情を聞き終えた干物売りは、村へ戻ることに快く応じてくれた。
 
●証明
「それで――この隼がわしの『うずら』を食ったのではないと言う証拠を、揃えて来たと言うのだな?」
「は、はい」
「もし、わしが納得できなかった時は、わかっているだろうな」
 傲慢そうな顔つきの主は、屋敷へ訪れた一行をじろりとねめ回し、フンと鼻を鳴らした。家臣の一人が、これ見よがしに刀の柄に手をかける。
 一はすっかり萎縮して、段取りを忘れてしまったようだ。
 輪になって見守る従者達の真ん中で目を見開き、籠の中にいる『連』を凝視した。
「こ、こここ、これをみぃ、見てください」
 緊張して唇を振るわせながら、一は風呂敷にくるんだうずらの亡骸を主の前に広げた。
 主はろくに見ようともせず、早くしまえと鬱陶しげに手を振る。霞月がみかねて口添えした。
「猫がやったのか、隼がやったのか。この傷跡を見て判断できると思うんだが」
「わからんな」
 一の顔が、取り付く島もない主の声を聞いて歪む。
 帰霜は干物売りの男に道を譲り、一の代わりに話を促した。
「あの日、見たことを話してくれるかな?」
「はいよ」
 干物売りが、当日の様子を語ったところ。
「そいつらに雇われたんだろう?」
 と、まるで信用しないどころか、憎々しげにそう言い放った。
 困惑する干物売りの後ろで、アストラルの顔つきが険しくなったのに気づいた霞月がその袖をそっと引くと、アストラルは眉を潜めて霞月の顔とちらりと見た。
「まだ切り札は残っている」
「分かってる。分かってるが‥‥」
「‥‥虫の好かない奴よね」
 春待の漏らした嘲笑に、エルフの青年は一も二もなく同意した。
 恐らく主には、隼を返そうと言う気などないのだろう。
「猫がやったと騒ぐが、隼が殺したうずらをくわえて行っただけではないと何故言える」
 どこまでも邪険な態度を、止めようとはしない。
 依頼人は青ざめ黙り込んだが、この言葉を待っていた者がいた。
 もう一人の『一』である。同じ名前の娘は溌剌とした声を張り上げて言った。
「この屋敷の垣根をくぐって逃げる猫を、見た人がいるんや」
 一が振り返ると、老人がおずおずと頭を下げた。
「隼は見ておりませなんだ」
 主が小さく舌打ちするのが、一には聞こえた。
「わしの使用人は、見たと言うておる」
「籠をひっくり返したのを見たのか?」
 主はムッとして霞月を睨み付け、家臣の一人を呼び寄せた。
「どうなのだ」
「‥‥それがその‥‥気がついた時には籠は逆さになっていて、空をこの隼が‥‥」
「単なる偶然だったとも言えますね」
 夜都の言葉に、男はもじもじと言い淀んだ。
 主は癇癪を起こしたようだ。一行を頭ごなしに怒鳴りつけた。
「そこまで言うなら肝心の猫を連れてこい! 用意しているんだろうな?」
「命まで取らないと約束していただけるなら、連れて来ます」
 夜都は静かな面もちで、しかめっ面の主を見つめた。それはイライラとした感情の為に、赤く染まりかけている。
「何故、わしがお前達と約束をせねばならん。隼を返して欲しいのなら、おとなしく猫を差し出せい」
 家臣が刀を抜きかける。
 致し方なく、春待が外に待たせておいた神主を招き入れた。
 抱えた袋の中から、くぐもった猫の鳴き声が聞こえる。
「話してくれるかしら」
「はい。この猫は神社を棲家にしております。うずらを殺めたのは、これに間違いありません。縁の下にも、その痕跡が残っておりました」
「‥‥猫を渡せ」
 主の一声で、家臣の一人が神主から袋を受け取った。
 心配そうな神主の前で、口をまとめていた縄を家臣がといた瞬間である。
「わっ!」
 突然、黒い塊が飛び出し、家臣の肩に爪を立ててよじ登ったかと思うと、そのまま背中を一気に駆け下り、脇目もふらずに逃げて行ったのだ。
 猫じゃらしのようにモサモサと膨らんだ尻尾を、帰霜の悪戯っぽい笑みが見送る。
「これは‥‥不幸中の幸いだね」
「これだけあれば解ったやろしな。連がやってへんて」
 一が頷くと、春待もわざと主の耳に入るように言った。
「そうね。聡いお武家様が、真実を見誤るわけがないわ」
 皆が揃えた証拠は、これ以上ないほどに完璧であった。
 主は屈辱に満ちた表情で拳を振り上げ、雷と供に家臣の頭上にそれを落とした。
「こっ、ここここの、馬鹿者めが! もう良い! 散れ! 皆、散れ! こんな鳥など早く連れ帰れ!」
 えらい恥をかかせおって――
 籠に手を伸ばした霞月は、そんな呟きを耳に入れ目笑すると、目を細めて『連』を見守っている夜都へと顔を向けた。
 解き放たれた隼が、バサと音を立てて両翼を広げ、依頼人の肩に飛び移る。
「良かったな」
「人と鳥でも、間違いなく心は通じ合えると。一殿を見ているとわかりますね」
 一鳴きしたその声に、一がホッと安堵の笑みを浮かべ、愛おしげに頬ずりをした。

●一蓮托生
「一はん。またどっかで逢うたら、あんじよう頼むわ」
「はい。その時は、もっと楽しい用事で」
 依頼人の笑顔に見送られ、一行は旅立った。
 街道を進むごとに、村が小さくなってゆく。
 ふと、夜都が頭上を見上げて立ち止まった。
「あれを」
「ん?」
 倣う帰霜の傍らで、アストラルと春待も足を止める。
 一が大きく手を振ると、黒い点がくるりと輪を描いた。
 秋晴れの高い空に、ぽつんと。
「またなー!」
 自由になった翼が、空を滑ってゆく。