●リプレイ本文
●剣
直刀で、鍔が円ではなく上下に長い。
砂浜に突き立てられた剣は、十字に見えたと言う。
高遠紗弓(ea5194)が描き上げた絵を見下ろし、倉梯葵(ea7125)は、彌平に問いかけた。
「この村の付近で、最近、賊や異国人の絡む事件は無かっただろうか」
今ひとつ生彩に欠ける口調だが、その内容の鋭さに天霧那流(ea8065)が反応した。
葵や紗弓と同様に、剣のことが気になっていたのだ。
「事件じゃねぇが。そう言えば少し前、かかぁが隣町に異国の野郎が住み着いたってぇ話をしてたような。なんでも、あんたらと同じ冒険者らしい」
持ち主がその男であるとは限らないが、そうではないと否定もできない。
「どこで手に入れたのか、賊に詳しい話を聞く必要があるかもしれないな」
葵と目を見合わせた紗弓は、神妙な顔で彌平を見上げた。那流も、事件の加担者となる可能性を示唆する。
「彌平さん。この剣が欲しいみたいだけど、どんな曰わくが付いてるのかわからないし、持ってたら盗んだと思われるかもしれないよ?」
彌平は困惑顔で沈黙した。まるで、責め立てられているような表情である。
紗弓はそのつもりがないことを告げたが、皆の話は彌平の楽観的だった考えに暗雲を呼び込んだようだ。腫れ物に触るような態度で、後ずさりした。
「オイラ、舟が戻りゃあそれで良い。剣はいらねぇや」
「それなら、奉行所へ預けようと思うんだが構わないか?」
問うた葵に、一も二もなく彌平は頷く。
「その分、私の報酬は辞退しよう」
「あたしもそうするわ。物入りなんでしょ? 困った時はお互いさまよ」
紗弓と那流は先ほどまで聞こえていた赤子の泣き声が、いつのまにか止んでいることに気づいた。寝かしつけているうちに寝入ってしまったのか、寝間へ引き取った妻は出てくる気配が無い。
「ありがてぇ。けど、それじゃ働き損になっちまう。メシ代だと思って受け取っといてくれ」
二人の気遣いがよほど嬉しかったのだろう。照れくさそうに彌平は笑う。その後ろから、くぐもった声がした。
「奉行所行きか。勿体ない。まぁ、目当ては日本刀か曲刀だし、良いか」
般若の面越しに聞こえる声の主は、キサラ・ブレンファード(ea5796)である。
「キサラさんも、事件に巻き込まれますよ」
表情の読みとれないキサラの面を見つめる御蔵沖継(ea3223)は、苦笑顔だ。
彌平から剣を譲り受けることを考えていたキサラは、目論見が外れて肩をすくめてみせた。
●舟
浜の右手は、張り出した断崖であった。
青島遼平(ea1393)の指が、紗弓の書いた地図の上を滑る。断崖を迂回し絶壁に沿って進んだあと、大岩と書かれた大きな円の傍で止まるのを、零式改(ea8619)が見守った。
「上陸地点はここと、ここだ」
遼平は指をさらに走らせ、大岩とほぼ平行した場所にある別の岩陰を指さした。その間の浜に、賊がいる。
「他の場所へ移動していなければ、この両地点からの挟撃が可能になる」
「抜け道も無いと言うことですし、動いてなければ良いですね」
地図を見下ろしていた沖継は、そう言って白い息を吐いた。
七つ発ちの空には、まだ月が浮かんでいる。
風は凪いでいたが、海上はかなり寒かった。
彌平が一漕ぎする度に墨と化した波がうねるのを見つめ、改が言った。
「偵察班は、手前の岩で下船して構わぬのでござったな」
遼平が頷いたのを最後に、灯は落とされた。
●偵察
岩から岩へ。
脛で水を切る。氷雨雹刃(ea7901)の目が、くすぶる焚き火の傍に突き立てられた剣と、四人の男を捉えた。右手にも、二つの人型が転がっている。全部で六人であった。
皆、身動き一つせず、寝ているように見えたが、火から遠い二人の様子はおかしかった。
手足を無造作に投げ出し、一人は俯せで砂に顔を埋めている。
異変を察した改の目が、雹刃を見た。
雹刃は何も言わなかった。
暗く鋭い眼差しは、二人がすでに骸であることを見抜いていた。
改もまた、同じなのであろう。それ以上、詮索しようとしなかった。
彌平の舟が、波打ち際に繋ぎ止められているのを確認すると、二人の忍びは闇を戻った。
●奇襲
水しぶきがあがった。
砂を蹴り、那流が走る。弓を番え、賊に狙いを定めた。
舟を確保した那流の前を、褐色の肌が疾駆する。
賊の一人がふらりと立ち上がった。千鳥足で抜刀し、揺れる剣先を走り来るキサラに向ける。
キサラは跳躍した。
手元を滑り出たダガーの狙いは、だが、定まっていない。賊は腰をひねって躱し、刀を振り上げた。
その背に影が迫る。
改の手刀が首筋に沈むと同時に、賊は意識を失った。倒れた拍子に、小さなうめき声を漏らす。己の刃を首に突き刺し、砂に赤い花を咲かせて絶命した。
抜刀した賊の刃が、丸腰の沖継に迫る。紗弓は詠唱を唱えていたが、装備の重さが邪魔をして集中することができない。
沖継の頭上から袈裟懸け状に、刀が振り下ろされた。
だが、相手は酒の入った足である。太刀筋は遅く、沖継の目にはハッキリとその軌道が読みとれた。上体を退いて躱すと、賊は勢い余ってつんのめった。そこへ紗弓が飛び込む。
右へ行きかけて、左へ体を変えた。ギラリと光った一閃に、賊は腕を押さえてもんどりうつ。
葵は、立っているのが精一杯の賊の腹を、逆手に持ち替えた柄で思い切り突いた。
賊が一歩二歩とよろめき、焚き火の中に倒れ込む。灰色の噴煙が、もうもうと舞い上がった。
炎の中に手を突いた賊は、着物の裾についた火を消そうと海へ向かって走り出した。
追おうとする葵に、「大丈夫だ」と紗弓の声が飛ぶ。
賊は波打ち際に座り込み、慌てて火をかき消した。ホッとしたのも束の間、自分に向けてギリリと絞られた那流の弓に気づく。
賊は諸手をあげて降参した。
遼平の刀が、目を覚ましたばかりの賊の懐を強打した。抜き身にしないのが情けであろう。賊はぎゃっと言って背を丸め、苦痛に刀を取り落とした。背後から近寄った雹刃の拳が、賊の脇腹に沈む。
賊ががくりと膝を折った。俯せに倒れた賊の髪を鷲掴み、雹刃は愛刀を抜き放つ。
遼平の見ている前で、喉笛が掻き斬られた。
次々と目を覚ます中、二人だけ倒れたままの者がいる。
「死んでる」
ばっさりと胸を斬られていた。
俯せに寝ている男の下にも、どす黒いシミが広がっている。仲間同士で斬り合ったのだろう。
葵と紗弓は顔を見合わせた。
空の末端に紫が滲む。月明かりに取って代わり、辺りは朝の青白いもやが現れ始めた。
両側から切り込まれた賊は、なし崩しになった。
「冥途の土産だ‥‥持って逝け」
雹刃の刃が、賊の喉元を真一文字に掻く。その間も、表情はぴくりとも動かなかった。ただ、闇を湛えた瞳が、死の花の咲くのを見つめていた。
「診て差し上げましょう」
瑠黎明は、水に浸かったまま震えている賊に、手当をほどこした。両の手のひらに軽い火傷を負っていたが、癒しの力で傷は消えた。
賊は葵の縄できつく縛られ、ふてぶてしい態度で浜にしゃがみ込んだ。
「もう来ても大丈夫だよー!」
那流の声に、隠れていた舟が姿を現す。彌平に手を振る那流を横目に、遼平は突き立ててあった剣を引き抜いた。
ずしりと来る感触を空に掲げる。
「俺たちの刀より少し重いか?」
鞘に掘られた蔦のような草は、遼平には馴染みのないものだった。柄にも奇妙な動物と盾のようなものが描かれている。
「これは何の絵だ?」
誰にともなく問う遼平に、キサラが賊の持ち物を物色しながら答えた。
「ジャパンで言う家紋だ‥‥。これは欠けてる」
刃こぼれした刀を捨て、キサラは呟く。どの刃も手入れが悪く持ち帰れそうなものはない。
葵は賊の前に佇むと、どこか気怠い眼差しを下ろした。
「あの剣はどうやって手に入れたんだ?」
「知るか」
「ここで吐くのを拒んでも、役人の前ではそうもいかぬだろう」
賊はハッとして紗弓を見上げた。
「俺を突き出すのか」
「なら言え。この剣はどうしたんだ? 内容によっては離してやる」
ぎぃぎぃと櫓を漕ぐ音が近づいてくる。
「殺った野郎が持ってた。金になりそうだから奪ったんだ」
賊がぼそぼそと呟くのを、沖継は無言で見守った。
「斬ったのは、どこの誰だ」
賊はペッと唾を吐き、先を促した葵をぎろりと睨み付けた。
「知らねぇ異国人だ。頼まれたんだよ。てめぇんとこの娘とできちまって、邪魔だってんで斬れとさ。祝言を餌に誘き出したら、まんまとかかりやがった。どうせ、身よりは海の向こうだ。てめぇらにゃ関係ねぇだろうが」
「なんてひでぇことを‥‥」
そう呟いたのは彌平だった。振り返った遼平が問う。
「彌平、こいつをどうする」
「俺が捕まると、親父も同罪だぜ。娘は男と親を一度に無くすかもしんねぇなぁ」
賊の浮かべた下品な笑みに、彌平はぎゅっと眉根を寄せる。
「逃がしても構わないのでござるか」
改の質問に、彌平は答えなかった。
関わり合いになりたくないと言った感じであったが、彌平の取った手段は、賊を浜へ置き去りにすることであった。人殺しを乗せる舟は無いと言う。
「あんたらにゃ、悪いけどよ。俺も親であり、子なんでさ‥‥。どこの娘さんか知らねぇが、哀れでなんねぇ‥‥」
取り残された賊が、悪態を飛ばすのが聞こえる。
彌平と遼平の手にした櫓が動き出すと、舟は浜を離れた。
●巡る
奉行所へ剣を預けた一行は、ギルドで最後のつとめを済ませた。
散会しようとしているそこへ、思い詰めた顔の娘が訪れる。
娘は小町と名乗った。
漁師のいた村の、隣町に住んでいると言う。
「剣を探して欲しいんです‥‥」
皆の足を引き留めたのは、その一言であった。
「まさか‥‥」
紗弓が差し出した絵図に、娘は大きく目を見開いた。
「‥‥どうして、これを?」
青年は殺され、剣が奪われた。
想いがそこに宿っていたのだろうか。
帰るべき場所を呼び寄せていた。
江戸に剣を持ち帰った皆の機転が、ギルドの仕事を一つ減らすこととなる。