【峠越え】追い剥ぎ峠

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月15日

リプレイ公開日:2004年07月16日

●オープニング

 百姓姿のその男は、ギルドの入り口を潜っては出、出ては潜りを繰り返していた。
 何かよほど困った事でもあるのだろう。だが、誰に声をかけて良いのか分からない、と言った風情だった。
 そこで、見かねた冒険者の一人が、出ていこうとする男の背中を呼び止めた。
「あぁ‥‥良かった。生まれてこの方、江戸もギルドも初めてで、頼もうにも勝手がわからず、弱り果てていたところで‥‥。実はですね。旅の金子と、知り合いから預かった着物を、追い剥ぎに盗られてしまいまして。あの峠に出ると言う噂は聞いていたんですが、まさか、自分がそんな目に遭うなんて思ってもみなかったもんだから。金子の方は致し方ないとしても、着物だけでも取り返す事は出来ないものかと、ここへやってきたわけなんですよ」
 人の良さそうな丸顔が、苦り切っている。
 そう言えば、二日ほど行った先の峠に追い剥ぎが出ると、ここ数日、江戸でも噂になっていた。茶問屋の主も被害にあったらしく、愛用の煙管を盗られたと、来る客、来る客に嘆いていると言う。
 男は、その峠から、さらに半日ほどかけた先の村からやってきたのだそうだ。
「困ったなぁ。知り合いは、体が弱くて。売った金で、滋養のつくもんでも買ってきてくれって頼まれていたのに。そこの倅達は、体の弱い母親と畑仕事を放り出して、どこかへ出かけてしまっているし‥‥。こんな話を持ち帰ったら、もっと具合を悪化させてしまうよ」
 追い剥ぎは二人。目だけを出したほっかむりで、農具を手に武装しているそうだ。金品を差し出せば、それを奪って逃げてしまうらしく、傷つけられた者がいると言う話は流れていない。
 果たして、着物はどうなっているのだろう。すでに売ってしまっただろうか。まだ、所持しているのだろうか。はたまた、捨ててしまったかもしれない。
 男は、所詮百姓の着物だからたいした事は無い、と苦い笑いを浮かべた。
 それでも、売ろうと決めた本人に取っては、幾ばくかの金と変わる大事な財産の一つである。
 着物の行方は、賊のみぞ知る。
「預かり物を盗られたとあっては、後味も悪いし」
 頼まれてくれませんか、と男は頭を下げた。
 そして、気になる事をポツリ。
「男達の声──若い男の声なんですが、どこかで聞いた事のあるような。くぐもっていて、はっきりとしないから、誰かは分からないんですがね」


 追い剥ぎに遭った男の依頼である。報酬は期待できない。
 それでも良いと言う者は、名乗りをあげて欲しい。

●今回の参加者

 ea0028 巽 弥生(26歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0064 焔経堂 離宮(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3834 鷹宮 清瀬(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●鬱
「煙管を盗られたらしいな」
 その一言で、茶問屋の主が何かを期待したのが分かった。だが、里見夏沙(ea2700)は、素直では無い男である。で、あるから目を輝かせる主に対し、話を聞きに来ただけだと、素っ気なく言い放った。
 主はガクリと肩を落としながらも、煙管がいかに大切な物だったのかを熱く語り始めた。夏沙の顔がうんざりと曇って行くのも、まるでお構いなしに。

●ギルドにて
 がやがやと行き違う声を背景に、依頼人と冒険者達は一つの机を挟んで対座していた。
「お話を纏めるなの。追い剥ぎに遭遇したのは昼食時。ねじれ松がある場所で間違いない?」
 依頼人が、焔経堂離宮(ea0064)の言葉に頷いたのを見届け、秀真傳(ea4128)が一策を投ず。
「木の裏側から飛び出して来たと言う事は、そこに潜んでおったのじゃろうか。わしら潜伏班は、逆側の斜面を行くのが良さそうじゃな。賊に警戒されては、遭う事もままならぬじゃろうしの」
「ふむ。そちらの対策は立ったが、囮役としてはまだ情報が不十分だ。ほっかむりを被っておる以外に、特徴は無かったか?」
 依頼人はしばし思案に暮れたあと、巽弥生(ea0028)に向かって、小さく肩をすくめる。
「鍬を手にしてまして。あれを振り下ろされたらどうなるかと、そればかりが目について、他には何も‥‥」
「うーん、鍬か」
 特徴と言えば、あまりにも頼りなく。どこか悩ましげな弥生を見下ろし、滋藤柾鷹(ea0858)は、仕方ないと頷いてみせる。
「もっともと言えば、もっともな話。聞き覚えのあると言う声について、何か思い出した事はござらぬか?」
 いいえ、と依頼人は申し訳無さそうに首を振る。
「なれば、賊については、こんなところかのぅ。着物の持ち主には、倅がおると言う事だったが、そちらも少し話を聞いてゆこうか」
 傳に同意する、鷹宮清瀬(ea3834)。
「あぁ、元はと言えば、その倅達がすべき『使い』なんだがな。どこかへ出かけてるって、家にはずっと帰ってないのか?」
 依頼人はハアと息をつき、清瀬を情けない眼差しで見上げた。
「いえ、二日にいっぺんぐらいは、帰って来てはいるようです。本来は、働き者で母想いの良い兄弟達なんですがねぇ」
 冒険者達は、顔を見合わせた。
 峠への往復と、追い剥ぎ行為にかかる時間を照らし合わせると、真実は悪い方へと転がり出す。母の為に悪事を重ねているのであれば、酌量減軽も考慮に入れて行動しなければならない。賊が全くの他人であれば、その必要も無いのだが。
「話は済んだのか」
 そこへ、少し疲れた顔の夏沙が合流する。貴藤緋狩(ea2319)が問うと、夏沙は「何でもない」と言い捨てた。
「まぁ、とにかく。着物の事は任せてくれ」
 と、頼もしげな緋狩の言葉に、依頼人も少し安心したようだ。いくらか明るくなった横顔に向かって、天螺月律吏(ea0085)は出立際の足を止める。
「そうだ。倅達の名を教えて貰えないか」
「名前?」
「あぁ。私は早くに両親を亡くしてな。もし、峠の中で兄弟とおぼしき者をみかけたら、家へ帰るよう伝えよう。家族は、共にあるのが一番だと」
 依頼人の顔が、ニッコリとほころんだ。

●月の山
 白く輝く頭上の月。
 一日目の野営地は、山道を少し逸れた木立の合間の、少し開けた空間だった。
「やっぱり目が良いだけじゃ、山の幸調達は無理だったか」
 緋狩の奮闘は空振りに終わり、夏沙から渡された食事は、保存食に手を加えたものに留まった。料理好きの夏沙が、腕をふるったのだ。
「まぁ、これも立派な飯だよな♪」
 そう言って一口ぱくつき、緋狩は沈黙する。
「どうした?」
 一様に黙りこくる一同に、夏沙は怪訝な面もちを隠せない。
「いや‥‥今日は一日、歩き通しだったゆえ、皆、疲れておるのじゃろう」
「あぁ‥‥多分‥‥」
 曖昧な傳と清瀬。その横で柾鷹は、眉間に皺を寄せている。
 どうやら夏沙の料理は、次回また会うまでの課題となる腕前だったようだ。
 静かに箸を置いた弥生が、何か言いたげな目で夏沙を見た。
「こっ――」
「みゅーっ! お腹が減ってると何でも美味しいなの!」
 黒い気配を察知した離宮が、慌てて弥生の口を塞ぐ。
 夏沙は訝しげな顔で自ら作った食事を口に運び、「ん」と言ったきり静かになった。
「失敗は成功の元だ。俺も食材調達出来なかったしな」
「気にしないで良い」
 苦笑する緋狩に、律吏が小さく添える。
 冒険を重ねれば、足りない技もいずれ身に付くだろう。
 これはこれで楽しい夕餉となった。

●遭遇
 移動にかけた二日目。明けて三日目も晴天だった。
 陽も頭上に差し掛かった頃。それとおぼしき『ねじり松』が、峠道を行く三人の前方に現れた。 
 それとなく目で合図したあと、離宮がどこか頼りなげな面もちで囁く。
「山道は心細くてコワイなの」
「そんな顔をせずとも、三人いれば何も心配はあるまい。これで顔を見てみると良い」
 律吏はそう言って、懐に忍ばせておいた銅鏡を取り出した。
「鏡か。野営続きだったからのぉ」
 弥生も一緒になって、離宮と手鏡を覗き込もうとした瞬間──
「その鏡と金を置いて行け!」
 松の裏から、農兵のような二人組が飛び出した。
 咄嗟に叫ぶ律吏。
「『一郎太』『次郎丸』!」
 その呼びかけに、二人はハッと立ちすくんだ。
「鍬にほっかむり、おぬしらがそうか!」
 弥生は怒鳴りつつ、振り上げた拳で男の頬を殴りつけた。もう一人を蹴倒す離宮。
「ごめんなさいなの!」
 賊は、思ってもいなかった反応に狼狽え、呆然と三人を──否、林から姿を現し、自分たちを取り囲んだ五つの顔を見た。
 観念すると思いきや、賊の一人が、突然鍬を放り捨てて走り出す。
「そうは行くか!」
 緋狩が両手を広げ退路を塞ぐと、男は踵を返し今度は逆側へ向かった。抜刀の構えを見せた傳に、またしても足の向きを変え、今度は律吏に向かって走る。が、その手から光の剣が生えているのに驚いて、男は腰を抜かした。
「大人しくした方が身の為だぞ」
 弥生の言葉に項垂れる男。
「すまぬな」
 柾鷹は取り出した縄で、二人をしっかりと捕縛してから、ほっかむりを剥いだ。
 現れたのは、一行とそう年の違わない若い顔である。
「一郎太、次郎丸で間違いは無いか?」
 律吏の問いかけに、二人は素直に頷いた。
「あの‥‥何故、俺達の名前を‥‥」
「さる男から、この峠で大事な預かり物を盗まれたから、取り返してくれと頼まれた」
「え、それじゃあ、追い剥ぎだと言う事はもう‥‥」
「安心しろ。名は別件で尋ねたから、お前達の仕業と知れてはいない」
 一瞬、ホッとした顔を見せながらも、一郎太は深い詫びと共に地面に額をこすりつけた。
「後生です。もう二度としませんから、どうか見逃してください」
「奪った物を全て返すと約束すれば、口外はせぬ」
 二人は、困惑の顔で柾鷹を見上げる。
「どうした」
「‥‥全部は」
 言いにくそうに俯いてしまう兄と弟。
「母親が床に伏していると言うのに、この馬鹿息子共め‥‥どうせもう売っちまって、何一つ手元に残ってないんだろう?」
「そんな事は無い!」
 緋狩を睨み付ける、次郎丸の目。そこには侮辱された怒りと、生きようとする者の必死な光が宿っていた。
 緋狩はそれを見て、満足そうな顔でニヤリと笑う。
 二人はやはり、母の為に慣れぬ悪行を繰り返していたのだ。
 だが──
「いかがなる由があろうとも、罪は罪。盗まれた者が、ぬしらと同じ境遇じゃとしたらどうじゃ?」
 考えもしなかった事を指摘され、兄弟は愕然とした目を傳へ向けた。傳が頷いてみせると、二人は静かに唇を噛み締める。
 そんな兄弟達に、律吏は目を細めた。
「労せず得た金では、母御殿も喜ぶまい。誰かを思う心があるなら、真っ当に働いて安心させてやる事も出来るだろう」
「そうだ。あんた達が母親を思う分だけ、母親もあんた達を思っている‥‥心配している事を忘れるなよ」
 清瀬に続く柾鷹。
「例え一時、目は曇っても、盗った着物が誰の物かわからなくなるほど、堕ちたわけでも無かろう?」
 皆の言葉に、コクリ、コクリと頷く二人。
「病弱な母に、精のつくものを食わせてやりたかった‥‥」
 ここまで打ちひしがれた状態であれば、逃げ出す事も無いだろう。離宮は二人を縛り付けていた縄に手をかけた。
「もう、外してあげても大丈夫だと思うなの」
「そうだな。逃げようとしたり、また、同じ事を繰り返したら本気で潰すぞ」
 と、縄を解くのを見守りながら、弥生が脅しつける。自由になった二人は手首をさすりながら、安堵の溜息を漏らした。
 残るは肝心な盗品の行方である。
 皆が尋ねると、兄弟は顔を見合わせ、林の中を駆け上がっていった。少しして、荷物を手に下りてくる。
「‥‥あるのはこれだけです」
 着物、革ごしらえの煙管入れ、それに中身の僅かな財布。
 煙管は、死んだ父の墓に供えてやるつもりだったと言う。煙草好きだったそうだ。
「着物はこれだよな‥‥煙管は‥‥」
 清瀬は煙管入れから、中身を取り出した。一目見るなり、夏沙が頷く。
「茶問屋のものに間違いない」
 何故、分かるんだ。
 そんな顔の一行に、夏沙は肩をすくめてみせた。
 皆が、依頼人から話を聞いていた頃、耳にたこができるまで、煙管談議を聞かされていれば、その特徴も脳裏に叩き込まれると言うものだろう。
 彼等の処置については、被害に遭った者達に直接謝罪させると言う話も出たが、倅達が盗人を働いたと言う噂が母親の耳に入れば、それこそ病状を悪化させてしまうかもしれず、本人達が深く反省もしている事から、このまま釈放となった。
 頭を垂れる兄弟に、離宮が小さく笑いかける。
「二人が傍にいてあげる事が、何よりのお薬なの」
「あぁ、違いない」
 緋狩は懐へ手を忍ばせた。その脇から皆に気付かれぬよう、無言で財布を差し出す律吏。重さの違うそれを受け取り躊躇ったものの、薄っぺらな自分の財布と比べると、緋狩の顔に苦笑いが浮かんだ。手渡された財布の金を、飯代と言って兄弟に手渡す。
「まぁ、今日のところは、これで滋養のつく物でも買って水入らずの飯でも食え」
「なにからなにまで‥‥本当に有り難うございます」
 兄弟は涙さえ浮かべ、礼を言った。
 夏沙は去り際、兄弟に向かって小さな袋を放り投げた。なんだろうと次郎丸が袋を開けると、かんざしが一本。
「俺が持っていてもしょうがないからな」
 夏沙は、頭を下げる二人を見ようともしなかった。

●依頼人と言う男
「ああ、これです! 取り返していただけたんですね! しかも、財布まで!」
 依頼人は飛び上がって喜んだあと、急に眉根を寄せ「弱ったな」と、ポッツリこぼした。
 皆、男が何を言い出すのかと注目する。
「せっかく取り返していただいた物を、売ってしまうのはもったいない」
「されど、売らなければおぬしが困ろう?」
 神妙な顔で問う柾鷹を前に、依頼人は自分の財布を眺めている。
「なんか、考えてる事が分かったなの」
「あぁ、なんとなくな」
 苦笑しあう緋狩と離宮。
 申し訳なさそうに頭をかきながら、依頼人は言った。
「あのぉ、報酬は‥‥」
 察知した傳も苦笑いする。
「元より、無しと言う話じゃろう?」
「有り難い。倅達のいない間に、着物を売ってしまうのが、正直、悪いような気がしてね‥‥どうせ盗られた金。これで何か買って帰ります」
 そう言って、ぺこりと頭を下げ、入れ違いにやってきた夏沙とぶつかりそうになりながら、依頼人はギルドを出ていった。
 弥生が呆れて呟く。
「‥‥どこまでも人の良い男だな」
「いや、人が良いのは私達も変わりないだろう」
「無報酬だしな」
 頷きあう律吏と清瀬に、夏沙が再び小袋を放った。
「かんざしじゃないぞ。茶問屋からだ」
 取り囲む七つの顔。
 ズシリと重いそれには、数十枚の銀貨が詰まっていた。