二つの轍
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月24日〜01月04日
リプレイ公開日:2005年01月05日
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●オープニング
生きていて、幸せだと感じたことはなかった。
母は死に、父は自分を捨てた。
愛されることはなく、愛することは拒絶される。罵声も、凍てつくような眼差しを向けられることにも慣れてしまった。
誰も呪いたくはない。恨みたくもない。
哀しみと、存在する意味を問う日々からの解放を求めて、森深い廃屋へ身を預けた。
ここには、この血を疎む者はいない。たった独り、静かな時の延長線上にある、命の終点を待つだけだ。
少しでも早く、それが訪れるようにと祈る暮らしの中、それは突然やってきた。
彼はコーリーと言った。町に住む若者であった。
誰からも拒まれ続けた自分を、彼は好きだと言ってくれた。
彼の中に、どこへ行っても見つからなかった自分の居場所が見つかった。
人の優しさに触れ、初めて悲しみの無い涙を流した。
だが、この夢はまもなく終わる。
終わらせなければならない。
彼が悪く囁かれ出したのは、自分と――
この『血』と共にいるせいなのだから。
「私と彼は身分が違うんです」
娘は係員にそう言った。
目深に被ったフードを下ろさないのは、なにか分けがあるのだろう。
だが、係員は詮索しなかった。
「私は森で、彼は町で生きるのが良いんです。何度もその話をしました。でも、聞き入れてくれません。彼は思い詰めるあまり、駆け落ちしようと言い出しました。どんな方法でも構いません。彼がやってきたら追い返してください。そして、二度と森へ――私の家へ来ないように、諦めさせて欲しいんです」
「分かったわ。でも、手荒なことも許すのかしら?」
筆を走らせながら、係員は娘の瞳を覗き込んだ。泣き腫らした色がそこにあった。
「できれば‥‥」
言葉を濁した僅かな間を汲み取り、係員は依頼書の片隅に『穏便に』との文字を添える。
娘はフードに手を添えると、小さく会釈をして出ていった。
入れ違いにやってきた冒険者の一人が、係員の貼り付けた紙面を覗き込んで言った。
「なんだこの依頼。男を追い払うだけ?」
「そうよ。簡単でしょ? だから、報酬も薬草が一握り。どう? あなた」
「いや、遠慮しとく。俺は肉体労働派だから。でも、気になるね。さっき出てった娘だろう? すごく哀しそうだったしさ。こんな依頼を出すようには見えなかったけど」
「受ける気がないなら、他をあたりなさいな」
係員は苦笑を交えつつ、娘の話をかいつまむ。それを聞いた青年の眉間には、たちまち深い皺が刻み込まれた。
「はぁ? 身分違い? なんだそれ。貧乏人は金持ちを好きになっちゃいけないのかよ。男が乗り気なら、駆け落ちでもなんでもして、ついて行けば良いだろ?」
「しょうがないのよ。良い選択だと思うわ」
青年は不服そうに口を尖らせ、頭一つ分、背の低い係員の顔をじっとりと見下ろす。
「良い選択って‥‥あの調子じゃ、あの娘は彼のことを」
「こう言う仕事をしてるとね。人を見る目が肥えて行くの。話はかなり濁していたけど、私にはわかったわ。彼女が、ハーフエルフだって」
だから、しょうがないのよ。
係員の言葉に込められた暗黙の了解に、青年は異議を唱えなかった。
* * *
売れる物は全て金に換えた。
弓さえあれば食べて行ける。
二人のことを誰も知らない遠い地へ。
彼の決心は固い。
●リプレイ本文
「静かな良い所だね」
浮かない横顔が縦に動く。
訪れた者達が、自ら雇い入れた冒険者であっても、彼女は目を合わせようとしない。長い間に染みついた、それは癖のようなものであった。
拳で、言葉で、視線で与えられる暴力を、禁忌の血であるが為に受けて生きているのだ。
依頼人――フィオの眼差しに浮かんだ僅かな感情が『怯え』だと気付いた時、レイン・カシューイン(ea9263)は自分の耳を見せていた。
「ね? 大丈夫だから‥‥安心して?」
同族の存在が僅かに心を開かせたのか、初めてフィオがレインの目を見て頷く。
「ごめんなさい。人を招くことに慣れてなくて‥‥」
人里離れた侘びしい森と、静寂の中に隔離されたこの生活が、彼女にとっての安らぎなのだ。アイル・ベルハルン(ea9012)は気にしないでと返し、再び俯いてしまったフィオを見つめた。
「彼のことを、もう少し詳しく聞かせて貰えないかしら。名前や性格、何でも良いわ」
フィオは小さく深呼吸をし、ぽつりぽつりと語り出す。
だが、口が重い。名はコーリーであることと、実直で穏やかな狩人だと言うこと以外、深く話したがらなかった。
「その彼を、私達は追い返せば良いのね?」
「はい。お願いします‥‥」
わななきの混じる返事である。
アイルが見ていたのは、話の間の彼女の態度であり表情であった。表面は繕えても、殺せない想いが現れていたことにレインも気づいたようだ。
「本当にそれで良いの?」
逸れた目が、アレクサンドル・ロマノフ(ea8984)の足下へ落ちる。
床板には修繕の跡があった。天井にも壁にも、至る所に補修のあとが見られる。
それらを一通り見回したフィオの横顔を伝って、一筋の涙がこぼれ落ちるのを、アレクサンドルは静かに見守った。
誰が手を加えたのか、聞くまでもなかった。
「愛さえあれば、何でもできるなんて思わない。けど、それでも愛ってのは素晴らしい。全てを受け入れることができる。どんな険しい道も踏み出していける。彼を不幸にしたくなくて、追い返したいなんて頼んだんだろうけど、そんなのは間違ってる」
選べぬ血と人々からの迫害は、自分の意志を無視して出生の瞬間から存在する。抗っても逃れる術のない運命を背負わされる。
決して望んだものではない。周囲から負の感情を見せつけられることによって気づくのだ。
自分がどれだけ忌み嫌われているかを。
その弾圧の矢面に、彼をさらしたくないと言うフィオの気持ちが、レインには痛いほどわかった。
レインが思いを寄せる相手もまた、人間であったのだ。
「私も彼の迷惑になるかもしれないって、良く思う。でも、諦めて良いのかな。過去なんて思い出したくも無い事ばっかりだけど、その人に逢えたから割り切ろうって思えて‥‥。フィオさんはどうかな」
思いも寄らぬ展開であった。
彼のことを諦めるつもりで、冒険者達を頼ったと言うのに、皆、手放すなと言う。
「諦め続けてたら、何も変わらないんじゃないかな」
フィオの気持ちは、大きく揺れた。
「どうしたら良いか、わからない‥‥」
顔を覆って泣き出した依頼人に、限間時雨(ea1968)は眉根を寄せる。
弱った心が、弱った考えを呼び込んでいるようだ。しばらく考え込んだあと、時雨はサッパリとした笑顔で言った。
「そうね。人間に対する批判でも良いわ。ずっと溜まってたもの、思い切りぶつけてスッキリしてみない? ふさぎ込まないで、話して聞かせて」
そんな言葉を聞いたのは、初めてだったのだろう。
フィオの戸惑う顔が、時雨を見上げた。
「どうして、エルフと人間のみが子孫を残せるのかしら。成すことを許したのは、神ではなくて?」
レテ・ルーヴェンス(ea5838)が見つめているのは、赤々と燃える炎だ。
辺りには夜が立ちこめ、森の木々は黒い影と化している。焚き火に小枝を放り入れつつ、アイルは頷いた。
「不思議よね。ハーフエルフを否定するのなら、存在すら不可能な筈‥‥。そうではないから、困った問題になっているんだけど」
異種族間の婚姻は許されてはいない。故に、その間に生まれたハーフエルフを、『血の歪み』と畏れるのは然りであろう。
だが、エルフの存在自体が希有であるジャパンでは、耳の形状が僅かに違うハーフエルフを見ても、禁忌の存在に結びつかぬことが多い。
そして、そんな国の出身である源真結夏(ea7171)は、合点のいかぬ顔で二人を見比べた。
「ハーフエルフって、そんなに疎まれる存在な訳? 狂化だって、気をつければ何とかなるんじゃないかしら?」
炙り過ぎた干し肉に口をつけた時雨が、あまりの熱さに顔をしかめ、唇を手でパタパタと仰ぐ。
「良くあるでしょ? 違う者は疎まれるって、そーゆーの。とかく集団ってのは、異分子を認めない傾向にあるしね」
「異分子ねぇ。わからないわ、その気持ち」
「世間の皆が、実力主義の冒険者なら良かったのよね」
あけすけで飾りのない二人の会話に、プリムローズ・ダーエ(ea0383)が困惑の滲む微笑を湛える。
「彼と、彼女と。果たして、どちらの立場に立つべきなのでしょう‥‥。神は全てを赦せと教えているけれど、彼らが赦しを得られる場所は――」
「それが気になってるんだよな。どこへ行っても周囲からの重圧を受ける。逃げてる限り、同じだと思うぜ?」
素っ気なく言い放ったレックス・エウカリス(ea8893)は、その言葉の重きを知る一人である。
「男としての立場はわかるが、俺たちの血を甘く考えてないか?」
コーリーの一時的な感情ではないかと危惧するレックスに、アレクサンドルは静かに語りかけた。
「血も周囲もどうでも良い。二人は二人の人生を生きれば良いんだ」
「皆の言うことは、最もなんだよね‥‥」
大きな溜息をつきながら、レインがプリムローズへと顔を向ける。大きな火の粉が暗い空へと登っていくのを、プリムローズは見上げた。
「本来ならば、彼を諦めさせるべきなのかもしれません。ただそれは、フィオさんにとって最良な方法とは言えないようですね‥‥」
「とにかく、好きな人同士が離れ離れになるのは、納得いかないわ」
結夏の言葉に皆が同意を示す中、レックスは動かない瞳で炎を見つめていた。
小さな手荷物一つと弓を肩にかけ、コーリーはまるで戦へ赴く兵士のような顔つきでやってきた。ともすれば、直ぐにでも矢を番いそうな張りつめた気配でさえある。
結夏は正面切って飛び出すと、彼の行く手を阻んだ。
「ちょっと待った。ここから先は通せないわ。キミを近づけるなって頼まれたのよ。通して欲しければ、力ずくで通ることね」
結夏が柄に手をかけると、彼は険しい顔つきで結夏を睨み付けた。
「誰だか知らないけれど、こんな馬鹿げた真似は止めろと伝えて欲しい」
「それが『彼女』だったら?」
「まさか」
「本当だ」
木陰から現れたのはレックスであった。レテが後方に、プリムローズとアイルがその傍らに控える。
「お前さん、どこへ行くつもりだ? 彼女といる限り偏見は付きまとう。いつかそれに耐えられなくなって手離すくらいなら、このまま帰って普通の生活に戻った方が良い」
「人目のつかない森で暮らします。それが彼女の望みでもある」
「でも、そうしたとして、人間である貴方は彼女より先に死ぬ。貴方はその覚悟があるの? 失う辛さを与えることになるのよ?」
もう、何度も考えてきたのであろう。レテの真っ直ぐな視線に、彼は迷わず首を振った。
「確かに僕は先に死ぬ。けれど、そこにあるのは哀しみだけでしょうか。僕はそうは思わない。人は死んで、心の墓標に名を刻むんだ。無駄なことじゃないし、それまでに得られた幸せだって、絶対に消えたりはしません」
「じゃあ、私たちを倒すのね」
抜き放った結夏の鈍い銀光を、彼はじっと見据える。
「彼女が――僕を嫌ってないなら」
胸元に突き付けられた切っ先は、身動きを許さぬほど近い。結夏が動けば、弓を番える前に勝負がついてしまうだろう。
だが、彼は退かなかった。
フィオは自らの未来を閉ざし彼を護ろうとしたが、それ以上に強い思いで全てを捨ててきた男がここにいた。
「周囲に言われて頑なになっているわけではないようですね」
プリムローズの囁きに、アイルは相槌を打つ。
「神は彼女に“貴方”という贈り物を授けた。この奇跡を過去形にしたくないわ」
「うん。その逃避行、協力してやっても良いぜ?」
揺らぐことのない思いを目にしたレックスが、憂いの晴れた笑みを浮かべた。
「さぁ、お姫様。王子様がさらいに来たわよ?」
「こんなに強く愛してくれる彼がいるのだから、どんな困難にも立ち向かっていける」
時雨に背を押され、アレクサンドルに頷かれても、彼女は、まだ迷っていた。
「貴女は神に許されて生まれてきたの。可能性を託されて。未来を自分で閉ざしてしまわないで」
フィオは振り返り、揺れる瞳でレテの顔をじっと見つめる。
やってきたばかりの頃、彼女は誰とも目を合わせようとしなかった。レインはアレクサンドルと小さな前進を喜んだ。
「迫害のない地があるそうよ。機会がきたら渡って」
アイルはコーリーの手に幾ばくかの路銀を握らせる。だが、コーリーはそれを受け取らなかった。
「僕の力で目指したい。もう、皆さんには十分なことをして貰ったから」
「頑張って。これから先、色んな困難が立ち塞がるわ。その覚悟と強さを持って、決して不幸にしない、捨てたりしないと彼女に約束してあげて」
森の中で対峙した時のやりとりを思い出させるかのように、結夏は柄に手をかける。
自信に満ちた彼の笑顔に、フィオは泣いた。
「幸せにね」
一握りの薬草を受け取り、時雨は手を振る。
辛いことの多い道であろう。
だが願いを込めて、彼らの背中を見送らずにはいられない。
二つの轍が、わかつことなく重なり続いて行くようにと。