【灰と青】贈り物

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月09日〜02月12日

リプレイ公開日:2005年02月19日

●オープニング

「ううん。まぁ、落ち着いて。全員が一度に話したら、何を言っているのか全然わからないわ。誰か『代表さん』はいないのかしら?」
 ギルドの女係員は腰に手を宛い、健気に見上げてくる七つの幼い顔を見回した。年齢は四才から十才の間であろうか。皆、真冬だと言うのに上着も持たず、肘や膝に継ぎ当てのある薄い服を着ていた。
 おそらくキャメロットの裏路地に暮らす、みなしご達であろう。どう見ても、報酬を払うゆとりは無いように思えた。
 だが、そんな杞憂は微塵にも漏らさず、係員は、元気良く手を挙げた少年へ目を向けた。彼は背中に小さな袋を背負っていた。
「俺、話す! あのね? ウィルとジョーイが仕事を見つけたんだ。庭掃除と馬の世話だけど、大きな屋敷で働けるんだよ。それで俺たち、二人に新しい靴を買ってあげたくて‥‥」
 そこまで言った少年の後ろから、彼より頭一つ分ほど背の低い少女がそっと言葉を添える。
「血は繋がってないけど、二人はあたし達のお兄ちゃんなの。いっつも、あたし達の面倒を見てくれるのよ? そのせいで自分たちのことは後回しになっちゃって、ジョーイの靴は底が抜けてるし、ウィルも穴が空いてるの」
 見れば目の前の子供達も、まともな靴は履いていない。ボロ布を紐で縛っているだけの子供もいた。
 可哀相な話ではある。係員は同情の色を浮かべたが、首を横に振る以上のことは出来なかった。
「‥‥そうなの。なんとかしてあげたいけど‥‥。でも、ここはお金を貰える場所じゃないのよ?」
 その言葉に少年は腹を立てたようだ。背負っていた袋の口を乱暴に開き、中身を一つ、係員に手渡すと口を尖らせた。
「そんなこと分かってるよ。だから、皆で作った木彫りを売りたいんだけど、俺たちだけだと、誰も話を聞いてくれないんだよ。物乞いだと思われて、あっちへ行けって追い払われて」
 係員は、彼らの売り物を一目見るなり途方に暮れた。仮に子供達の呼びかけに足を止めてくれることがあっても、これを買う気にはならないだろう。
 ゴロッとした丸みのある『なにか』には、上と下に小さな突起があった。
 手の上でしばらくひねり回していた係員は、悩み抜いた末に言った。
「ええと‥‥これは、『岩』?」
「羊だよ!」
「えぇっ?」
「良く見てよ。耳と角と足があるでしょ? それに、岩の木彫りなんて聞いたことないよ、オバさん」
 突起が耳や角や足だったと言う驚きより、オバさんと呼ばれたショックが大きい。
「私はまだ二十一よ。仕事に追われて疲れた顔になってるからって、オバさんは無いでしょ、コンチクショー!」
 と、吠えたいところを我慢して殴り書いた依頼書が、子供達の見ている前で張り出された。
『求む、子供達の商売の手伝い』
 そして、『無報酬』と言う文字が、小さな丸で囲まれていた。

●今回の参加者

 ea1706 トオヤ・サカキ(31歳・♂・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea3863 シア・アトリエート(22歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9776 セレン・フロレンティン(17歳・♂・バード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0388 ベネディクト・シンクレア(21歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 天におわす白き母さま。
 アタシちゃんはちっぼけだけど、身体全部で祈っちゃいます。
 飢えに涙する夜はパンを。
 吹雪に凍える夜は暖かな温もりを。
 孤独に震える夜は慈みの微笑を――

「貴女の愛が、常にこの健気な子供達に注がれますように」
 ポーレット・モラン(ea9589)が、祈りを捧げ終えて目を開けると、そこにいたのは滋藤御門(eb0050)だけであった。
 顔を傾けて、視界から御門の苦笑を外す。
「待ちきれなかったようですよ」
 ギルドの出口に向かって歩いて行くのは、ここにいると思っていた面々であった。
「これもきっと、マイダーリン☆ ジーザス様から与えられた試練なのねぇ〜」
 せっかちで薄情な子供達を前に、修道女がくじけることはなかった。

 ライル・フォレスト(ea9027)の部屋に招かれた子供達は、慣れない部屋に戸惑ったり、はしゃいだりと、どこか落ち着きがなかったが、今は指導者の下、真剣な顔で木彫りの手直しに取りかかっている。
 進行状況を物語る溜息や笑い声を耳にしながら、トオヤ・サカキ(ea1706)とシア・アトリエート(ea3863)は、客引きとなる舞曲の打ち合わせをしていた。
「リズムはこんな感じなのだけれど‥‥」
 と、トオヤは部屋の一角で、ステップを踏む。
 トトンバンと、踏み鳴らす床板。激しくもあり情熱的でもあるそれは、トオヤの生まれ故郷の舞であった。
 じっと耳を傾けていたシアの後ろで、子供達のワッと言う歓声が上がった。作業の手はすっかりおろそかになっている。
「お兄ちゃん、すごーい! 迫力あるね!」
「そうかな? ありがとう。この踊りの一番の売りは、嫌いな奴の顔だと思って勢い良く踏むステップなんだ」
「それが楽しげに見えるなんて‥‥」
 シアがクスリと漏らした微笑に笑み返し、トオヤは続ける。
「皆も辛いことや悲しいことがあったら、やってみると良いよ。そう言う気持ちを忘れて、楽しくなれると思うから」
「嫌いな奴の顔を踏むんだって」
「俺、いっぱいいるよ?」
 子供達はさきほど言ったトオヤの言葉を繰り返しては、クスクスと笑っている。
「踊る時は、思うだけにしておいた方が良いかもしれませんね。絶対に、口に出したら駄目ですよ?」
 そう言って注意を促す穏やかなシアに、頬杖をついてやりとりを見守っていたベネディクト・シンクレア(eb0388)の苦笑が向けられた。
「それは確かにまずいな。本人に聞かれたら、楽しくなれるどころか大変なことになりそうだ」
「口で話す変わりに、足で話すのがコツかな」
 ダタンとトオヤが床を鳴らす。
 ベネディクトは持ち前のリズム感で、同じようにテーブルを叩いた。喜ぶ子供達の顔を見ると、何も楽器を持ってこなかったことが悔やまれる。
「何かで代用するか‥‥」
「だったら、これを貸してあげるよ」
 年長の少年から差し出されたのは、古びたオカリナである。礼を言うベネディクトに、少年は良いよと手を挙げた。

 商品の善し悪しもさることながら、商売の基本は集客にかかっていると言っても過言ではない。どんな品でも、人目につかなければ意味がないからである。
 と、なれば、人気の多い場所を探すことが重要だ。
 そこに着目したシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)は、広場へと足を運んでいた。商店街へ向かう途中の御門も一緒である。
「賑やかだねー」
「露店も多いし、活気がありますね」
「本当。ここなら申し分ないねっ」
 見渡せば、店を開くのに十分な空間も、あちらこちらに存在している。だが、ともすれば、商人の引く荷車や馬車がそこを通り過ぎ、落ち着いて商売ができるとは言い難かった。
「すでに出ているお店と同じ場所なら、邪魔になることはなさそうですが‥‥」
「事情を話して、同じ場所に出せないか頼んでみるから、良いところを押さえられるように祈っててね」
 シャフルナーズは、動じない笑顔を御門に向ける。こうなることは予測済みであったのだ。その様子に安心した御門が、柔和な微笑を返した。
「分かりました。僕も手伝いができるように、なるべく早く用事を済ませますね」
「あ、無理しないで良いよー。いくら子供のものとは言え、九人分の服を持ってこの人混みを動き回るのは大変だし」
 互いを気遣う二人の歩みは、完全に止まっている。それが見事に、往来の流れを遮っていたようだ。
「ちょっと! 邪魔邪魔!」
 大きな荷物を抱えた商人に、二人は怒鳴られてしまった。
「お店を出す場所より、立ち止まる場所に問題があったかな」
「‥‥そうみたいですね」
 無秩序に見える雑踏にも、ルールは存在すると言うことを思い知った瞬間であった。

「よし、見本の完成!」
 何度かの失敗を繰り返したあと、ライルがテーブルの上に置いた自信作は、目を閉じて顔を付きだした男の子の木彫りであった。
 すでに出来上がっている女の子と向かい合わせると、キスをする格好となる。
 発案者であるポーレットが、自分の起こしたデザイン画と見比べて満足そうに頷いた。
「良い感じよぉ〜。羊飼いカップル第一号の完成ねぇ〜」
「わぁ、見せて見せて!」
 嬉しそうなライルの横から身を乗り出したのは、ケイティと言う四才の女児であった。木彫りの前に肘をつき、うっとりと夢見がちな瞳で見下ろす。
「気に入ってくれたかしらぁ〜?」
「うん! とっても素敵。この女の子、『アリア』に似てるのよ」
「アリアって?」
 初耳となる名前を、ライルが反芻する。
 すると、黙々と羊の手直しをしていた伏し目がちの少年が、チラリとライルを見上げて言った。
「‥‥寒い日に、部屋の中へ入れてくれるんだ。見つかると『クビ』になって家がなくなっちゃうのに」
「アリアは働いてるところに住んでるの。暖炉はないけどベッドがあって、そこで皆を寝かせてくれるのよ? とっても優しいの」
 どうやら、子供達の仲間のようだ。ライルとポーレットは顔を見合わせ、声を潜める。
「服、一組多めに頼めば良かったかな」
「今からじゃ、御門ちゃんに追いつけないしぃ〜、今回は仕方ないかもぉ〜」
「その分も多く稼ぐしかないな」
 まくり上げていた緑の袖を肘の上に押しやって、ライルは自分の道具を手に取った。

 セレン・フロレンティン(ea9776)の笛の音が、広場に流れる。
 一人の老人が足を止め、セレンの足下にちょこんと置いてある木の置物に目をやった。羊飼いの少年少女と、少し不器用な羊である。
 しばらく眺めたそのあとで、老人はふとセレンの顔を見つめた。物言いたげな視線を受け、セレンは演奏を止めて笑いかける。
「幸せを呼ぶ御守なんです」 
「ほぉ、それで何か良いことはあったかね?」
「ええ。こうして見知らぬ人と言葉を交わす機会を運んでくれます」
 老人はなるほどと笑って、銅色のコインを一つ、置物の前に置いた。
 少しずつではあるが、コインは数を増やしてゆく。
(「人の行き来も途切れないし、これなら大丈夫ですね」)
 シャフルナーズの押さえた場所は、年老いた装飾品屋の隣であった。
 セレンは木彫りを一撫ですると、軽やかなメロディを奏で始めた。

 さすがに二日の徹夜は応えたのだろう。
 売上金をスリや万引きなどから護る為、警備役をかってでたライルは、店から少し離れた壁にもたれて船を漕いでいる。
「寝てるな、アイツ」
 木彫りの羊飼い達がまとった小さな衣装を見下ろし、ベネディクトは目を細めた。ライルの夜なべの成果であった。
 幼い手元をずっと覗き込んでいた御門も、首が僅かに張っている。子供達は御門の見立てた服に着替え、きびきびと動き回っていた。楽しげな笑顔に達成感を感じ、御門もつい嬉しくなる。
「お店の準備も終わったようですので、そろそろ始めましょうか」
 唇に笛を添えたシアが、トオヤに向かって頷いた。
 それが合図であった。
 トオヤの踏むステップに、小さな人垣が生まれる。
 カッカン!
 一際高く靴音を響かせると、シアの笛がピタリと止んだ。セレンの笛と、ベネディクトのオカリナが取って変わる。それまでとは異なるリズムは、シャフルナーズの母国の舞に合わせたものだ。
 演奏者や舞踏者の楽しい気持ちは、見ている者達に届いたのだろう。
 舞曲での客引きは、大成功であった。
「お隣さんには迷惑だったかな」
 装飾品屋を見つめるトオヤに、ポーレットは首を振った。
「おかげで今日は売り上げが上がったって喜んでたわよぉ〜」
「それなら良いのだけれど」
 トオヤはホッとして、シアと顔を見合わせた。
 売り物は決して素晴らしいとは言えない出来である。幼い子供達の手によるものだから、仕方がない。
 だが、皆の一つ一つの頑張りが、確実に在庫を減らしていった。
「あのー、カップルで持つと、幸せになれる木彫りがあるって聞いたんですけど」
「これがそうよぉ〜。しかも〜、祝福のお祈りつきなのぉ〜」
 噂を流したのは、ポーレット自身であった。同じ羽を持つ仲間に、吹聴役を頼んでおいたのだ。
 ぽつぽつとやってくる目的のない客には、シアが一言言い添えた。
「バレンタインも近い事ですし、ペアの羊を贈り物にいかがでしょうか」
 赤いリボンで二頭の羊を結んだだけではあったが、時期が功を奏したようだ。
 一つ、また一つと売れるたびに、子供達は盛大にはしゃぎ、購入者への礼を忘れてしまうことが多かった。
「元気な笑顔でお礼を言われると、嬉しくなるものなんですよ」
 御門にそう諭されても、しなれないことだけに恥ずかしいのだろう。しかし、嬉しさはやがて大きな声となって外に現れ、逆に客を照れさせた。
 たった一日ではあるが、流した噂や舞曲も手伝って、木彫りは一つを除き完売した。
 売れ残って可哀相だと、小さな肩を落とすケイティの前にセレンはしゃがみこんだ。
「この羊を売ってくれませんか?」
「でも、見て。耳が一つ無くなっちゃってるの」
「良いですよ。俺にとって『幸せを呼ぶ御守り』には変わりないですから」
 セレンが懐に手を忍ばせると、少年が駄目駄目と手を振った。手伝って貰ったんだから、お金はいらないと言うのだ。ケイティもやはり受け取らなかった。
 子供達は幾ばくかのお金を手元に残し、あとは服を買った御門に手渡した。御門は遠慮したが、子供達は服の代金だと言って聞かない。
「では、これだけでも‥‥皆さんが稼いだお金の変わりです」
 シアが用意していたのは毛布であった。その柔らかな温もりを子供達は受け入れたが、やはり少しのお金となってシアに戻ってきた。
 全て自分たちの稼いだ分で賄いたいのだろう。
 これ以上は、押し問答になりそうだと感じた御門は、素直に売り上げを受け取り、小腰を屈めて一つ一つの顔を見た。
「素敵な靴が見つかると良いですね」
「うん!」
 御門の教えた、あの元気なお礼の挨拶が別れの言葉となる。
 子供達は歓声を上げて走り出した。
「皆、頑張ってるんだね‥‥」
 時々、振り返り手を振る笑顔に、トオヤとシアは静かに目笑を交わした。