流離い人

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2005年03月05日

●オープニング

「なんだぁ、こりゃあ。俺は振り返らない男だぜ。過去なんてありゃあしねぇ。次、次」
 賑やかなギルドの一角に、新しい依頼が張り出された。
『身の上話を聞かせてくれ』との内容に、屈強な戦士がバカらしいと手を払う。
 男は右隣の依頼にしきりと相槌を打ったあと、擦り切れたマントを翻し掲示板の前から去っていった。
 嫌われた依頼の主役は、齢六十才になる年寄りであった。
 彼はかつて、ジプシーとして漂泊の人生を送っていたと言う。街から村、村から町へ、森と言う緑の大海を渡り歩いた流離いの民であった。
 彼は自分の暮らしに満足していたが、それも結婚し、子供が生まれると思い悩むようになった。定住民と自分を比べ始めたのだ。
 彼らには雨風をしのげる屋根と、地べたではない寝床がある。闇を怖れることも、草の揺らぐ音や狼の鳴き声に眠りを妨げられることもないだろう。
 子や妻を思う時、良かれと思っていた自由は、不安と背中合わせでもあることに気づかされた彼は、緑と水の豊かな村を選び、住人となることを決意した。
 あれから三十七年。子も成長し、孫も大きくなった。天寿も間近に迫った今、老人の体は老いて床に伏したままである。開けはなった窓から遠くを見つめ、静かに涙する姿を、彼の孫は見てしまった。
 そして、ぽつりと漏らした呟きを聞き、ギルドへ足を運んだのだそうだ。
 一日で良いから、あの日に帰りたい。
 見知らぬ人々の話に耳を傾け、記憶を紡いでいたあの頃へ一時でも戻れるなら。
 村の中に、老人を知らない者はいない。そして、そんな退屈な願いを聞き入れてくれる旅人もいなかった。
 青年は終始、我が侭な頼み事に申し訳なさそうであったが、同時に、どこか誇らしげでもあったと言う。
「多分、『血統』ってやつだろうな。ジプシーとして息づいた老人の血が、孫にも遺伝してんじゃないか? 爺さんを誇りにしてるんだろうさ。元気そうな大将達には向かないかもしれんが、どうだい一つ。話の内容は、なんでも良いってことだからよ」
 紙面を眺めていたあなたに、受付をした係員が笑いかけた。

●今回の参加者

 ea0679 オリタルオ・リシア(23歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea9012 アイル・ベルハルン(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0388 ベネディクト・シンクレア(21歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0753 バーゼリオ・バレルスキー(29歳・♂・バード・人間・ロシア王国)
 eb1075 ミミック・ディムクランチ(28歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1147 国盗 牙郎丸(48歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

 イスに腰掛けた途端、国盗牙郎丸(eb1147)の体が大きく傾いた。身を屈めて下を覗き込むと、足が一本ぐらついている。果たして、話し合いが終わるまで牙郎丸の巨躯を支えていられるだろうかと、危ぶむほどの不安定さだ。
『自分と同じくらい年寄りのイスだからって‥‥。落ち着かなかったらベッドに座れって言ってます』
 老人が笑いながら言った言葉を、エスナ・ウォルター(eb0752)はジャパン語でなぞる。
『年寄りと聞いては、酷使できんな』
 牙郎丸はイスの背もたれを二度叩き、老人のいるベッドの端に移動した。
 牙郎丸にとって、イギリス語は人の声が奏でる音である。老人にとってのジャパン語も、また同じであった。
 二人のやりとりを見守っていた目で、老人はエスナにニッコリと笑いかけた。
「あんたはジャパン語が話せるんじゃな」 
「はい。まだ、勉強中なんですけど」
 内気な瞳の少女は、胸に下げた青い石をそっと握りしめた。
 
●エスナ
 養父は剣士であり、二人の師でもあった。
 強くて優しい――そんな姿に憧れたエスナの幼馴染みは、師を目標と定め、剣の腕を磨く為に月道の向こうへ旅立っていった。
「一緒に遊んだり、おやつを作って近くの丘で食べたり‥‥たまにケンカもしたんですけど、いつも彼が先に謝ってくれて‥‥」
 語りながら繰る鮮やかな記憶が、エスナの顔に控えめな喜憂を浮かばせる。
「離れてしまうのはすごく悲しかった。でも、必ず戻ってくるからって、これを‥‥」
 胸のペンダントは、エスナにとっては大事な誓いの品であった。ずっと握りしめていた理由を知り、老人は何度も頷く。
「彼が戻ってきたら、一緒に冒険したい、から‥‥。だから魔法の勉強をしてるんです」
 エスナはそう言って咲笑した。それまでのどこか固かった表情が、穏やかに晴れ自信に満ちたものになったのだ。
 老人は目を細め、小さく笑んだ。
「頑張りなされよ。ジャパン語を学ぶのも、遠く離れた彼を思ってのことなのじゃろう?」
「え、えっと‥‥はぅぅ」
 真っ直ぐで一途な想いである。照れて俯く横顔を見つめ、アイル・ベルハルン(ea9012)はぽつりと漏らした。
「‥‥なんだか、羨ましいわ」
「え?」
「学ぶと言う、同じ道を選びながら、あなたは前に進んでいる。私は‥‥」
 小首を傾げるエスナに、アイルは遠い目をした。

●アイル
 文献を目にした。
 母の手に連れられて行った市場の一角では、少量ながら漂う香料や煌びやかな装飾品に圧倒された。
 アイル自身も、きっかけは良くわからない。だが、それらが指し示す太陽の国――インドゥーラに深い憧れを抱くようになったことは事実であった。
「『彼』の国を思えば思うほど、この国が色褪せて見えてしまって。魔法学を修める為、学校に入学して知識を詰め込んでも、満たされることがない‥‥。常に空っぽで、身になっていないような気がして」
 アイルの独白は、核心部には触れなかった。悩み、そして、葛藤する。そこには『彼』なるアイルの慕う人物が存在していた。
 焦がれれば焦がれるほど、直ぐにでも飛び出したい衝動に駆られるのだが、アイルの向かう土地には、彼女の恐れる大きな存在があるようだ。
「あたしを呼んでいるだろう『それ』と対峙出来るように――打ちのめされてしまわないように、知識と力が必要なの」
 すべき事と焦りが、アイルを思考の悪循環へと陥れているのだろう。老人は目を細め、アイルの顔を見つめた。
「機が熟せば、自ずと憂いも晴れよう。晴れぬと言うことは、自分に納得しておらんと言うことかもしれんの。今はそのまま進みなされ。迷ってしまった時には、迷ったなりの知恵が得られるもんじゃ。なにも無いと言うこともなかろうて」
「迷ったなりの知恵、か」
 何事かを考えて黙り込むアイルに代わり、口を添えたのは、ベネディクト・シンクレア(eb0388)であった。

●ベネディクト
「自分で言うのもなんだけど、こう見えても、俺の実家はそこそこの家柄でさ」
「意外だな」
 割って入ったバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)の言葉を、ベネディクトは冗談めかした煙た顔で払う。
「で、まぁ。ガキの頃は、親の言うことに疑問を持たずに聞き入れたりしたんだけど、色々考えたら堪らなくなったんだよな。そのままどこまでも従った人生送ってくことに」
「フォッフォ」
「笑うなよ、爺さん。それで俺は、冒険者になるって啖呵切って家を飛び出してきたんだ」
「行動力があるのね」
 ベネディクトは声の主であるアイルに、どうかなと笑ってみせる。
「メンツもあるから、いっぱしになるまでは帰る気はないけど、ギルドで爺さんの話を聞いたら、ちょっと考えちまったよ。今は一人で気ままにやってる。でも、この先、大事なやつが出来たら、俺も家に落ち着くことを考えるのかもなぁ、って」
 老人はベネディクトに若かりし頃の自分を見たようだ。さも、楽しげに「フォフォフォ」と笑った。
「だから、笑うなって。まぁ、こんな生き方でも知恵になるのかねぇ、と」
「遠回りをするほど、愉快な人生になると、わしゃあ思っとるぞ」
 牙郎丸が身じろぎをすると、ベッドがギィと鳴いた。壊れかけのイスに負けず劣らず、年季の入ったベッドだった。
「爺さんは、遠回りをたくさんしてきたか?」
 牙郎丸の問いに、老人は淡い微笑を浮かべる。
「ふむ。それじゃあ、爺さんの愉快な人生に、俺の話も加えてくれ」

●牙郎丸
 天下の大泥棒。
 牙郎丸は、自らをそう名乗った。厳つい顔立ちに、ジャイアント特有の逞しい体躯を持っているが、威圧感よりも先に立つのは豊かな表情と話の勢いであった。
「魚を生で食べる? そりゃあ、また‥‥」
 老人は口をもごもごと動かしたあと、まるで生魚を味わったかのような苦い顔をした。滋藤御門(eb0050)が、小さく笑う。
「イギリスには無い習慣ですから、驚かれたでしょう」
「ううむ。そうじゃのう」
『他にも、寿司と言う食べ物があるぞ』
 エスナの助力を得て、牙郎丸はジャパンと言う国を語る。老人は驚いたり感心したりと、牙郎丸同様に表情を変えた。
 そして、話は牙郎丸の自伝に移る。
『話はここからだ。俺は数千両の入った櫃を抱え、屋敷を飛び出した。辺りは静まり返っている。しめた、逃げ出せた! と、思ったその時だ! 俺を呼ぶ鋭い声がして、後ろから追っ手が迫ってきた。その数は二十、いや五十だ。このままだと、せっかく盗んだ金を、奪い返されてしまう』
 牙郎丸は小脇に千両箱を抱え、印を結んで呪を唱える真似をした。
『そこで、忍法大ガマの術だ! 俺の三倍もあるでかい蛙が現れて、次々と敵を飲み込んだ。権力者達も一網打尽だ。俺は逃げ果せたのよ』
「ほぉおお」
 老人は感心しきりだが、冒険者達の耳はごまかせない。
「三倍ぃい?」
『まぁ、細かいことは気にするな! 爺さんが楽しめたなら、それで良い』
 真偽を問うように投げかけられた視線を、牙郎丸は豪快に笑い飛ばす。その侠気につられ、御門が口元を緩めた。
「確かに、楽しかったです。僕には、懐かしくもありましたし」
「御門さんも、ジャパン人ですものね」
 御門の手に下に敷かれた横笛に、オリタルオ・リシア(ea0679)の視線が落ちる。
 老人も気になっていたようだ。異国の音が聞きたいと言った。

●御門
「寂しくて、儚げな‥‥じゃが、気持ちの良い音色じゃ。寿命が延びたかもしれんのう」
「良かった。お孫さん達の為にも、まだまだご存命で居て下さいませ」
「有り難う。あんたの話も聞いてみたいもんじゃが」
 御門は笛をそっと膝の上に置き、手を被せた。
「笛の音ほど楽しくはないかもしれませんが」
 小さな咳払いを一つ。御門は語り始める。
「僕には兄妹がいます。立派な兄と元気な妹と。妹は僕に良く懐き慕ってくれていますが、僕には妹から向けられる期待や信頼が、重荷に感じてしまうことがあります」
 応えるだけの力が無い。
 そう思う時、御門は自分と兄を比べてしまう。兄のように強くなれたら良いと。
 剣士としての器才に恵まれた兄は、御門の憧れであった。兄を目指し、武術修得に励んだこともあったが、追い付くことは出来なかった。
「自分には剣の才がないのだと悟り、魔法の道を選びました。でも、まだまだ未熟で。あの気持ちを裏切らない為にも、頑張って強くならなければと思います」
 御門は少しだけ笑って、遠い顔をする。
「僕は妹の想いを重圧だと感じました。でも、もしかすると兄にとっても、僕の憧れは煩わしかったのかもしれません」
「何故、そう思うんじゃな?」
「兄が旅に出たからです」
 御門を見守る老いた目は、変わらずに笑んでいる。
「上を目指して模索していたのかもしれんのう。慕われる理由に合点がいかんと、優しくなれぬ者もおるじゃろうて」
「そうでしょうか」
「うむ‥‥」
 老人が一つ二つと咳き込む。席を立ちかけた御門に、自分が行くと合図してアイルは鎧戸に手をかけた。陽は西に傾きかけ、風も幾分、冷たさを増している。
「開けておいてくれんかの。刻が見える。外におれば、火を焚く頃合いじゃ」
「火と言えば、不思議な体験をいたしました」
「ほお」
 クレリックである、ミミック・ディムクランチ(eb1075)の話が、静粛を呼んだ。

●ミミック
「それは、私が聖地へ向かって、旅をしていた頃の話。一夜の宿を、山中にあった廃れた無人の教会で取ることになりました。古びた神像に礼拝を捧げ寝袋に入って休んでいると、外で騒がしい気配が。人気のない場所なのに。そう訝しんで表へ出ると、辺りが炎に包まれていました」
「山火事ですか?」
 眉根を寄せるエスナを見つめ、ミミックが頷く。
 業火は教会を取り囲み、ミミックの逃げ道を塞いだ。迫る熱風に息は詰まり、轟々とうねっては空に舞い上がる炎が、チロチロと触手を伸ばしてミミックに巻き付こうとする。
「逃げられないと悟った私は、祭壇へ戻り、死を覚悟して祈りを捧げました。父の御許へ行けるようにと。熱気に包まれた教会の中、とにかく無我夢中で祈り続けました」
 疲労の果て、ミミックは眠りに落ちた。目を覚ますと、あれほど熱かった空気は失せ、床に心地よい朝の光が落ちている。
 辺りには静寂が満ち、昨晩のことは夢のように思えた。
 だが、夢では無かった。
 火災の爪痕は、辺り一面を焼失させていたのだ。
「でも、何故か、炎は教会を避けていたんです」
「不思議な話じゃのう。神が、あんたを護ってくださったんじゃな」
 老人は頬と顎を撫でながら、感慨深げに唸っている。ミミックの身の上に起きたことは、奇跡と言って良いだろう。
 千に一つ。万に一つかもしれない幸運であった。呼び寄せて、やってくるものではない。
 しかし、それ以上の奇跡に等しい夢を、胸に抱く者がいた。

●オリー
 オリタルオには、両親がいなかった。
 バードだった父も、ジプシーだった母も、幼い頃に病で亡くしたのだ。残された姉とオリタルオを引き取ってくれたのは、母の昔の旅仲間であった。
 義母に連れられイギリスへ渡ったオリタルオは、そこで『リシア』と言う姓を授かった。義母となった女性の名である。彼女の娘とも直ぐに馴染んだ二人は、今日まで円満な生活を送ってきた。
 記憶を歌に乗せる。
 オリタルオの声は、澄んで優しかった。老人は目を閉じ、僅かに首を傾げて聞き入っている。
 姉が舞い、オリタルオが音を奏でる。見知らぬ土地も、姉がいれば寂しくはないと、声は歌った。
「ここからは夢を語りましょう」
 オリタルオは深く息を吸い込み、曲調を変えた。
「憧れる者は多けれど、辿り着けるのはほんの僅か。月道を探し出すことが、私の夢――」
 そして、姉と共にそこを越え、知らない世界を見聞きする。
 空に浮かぶ星に手を伸ばすような、大きくて遙かな夢をオリタルオは持っていた。
「子供の頃に聞いた、英雄話以上に胸が躍るのう。月道とは‥‥流離い人の血が騒ぐわい」
 嬉しそうに顔をほころばせる老人を、バーゼリオの瞳が見つめる。
「老人でも、冒険は可能ですよ」

●バーゼリオ
 つい最近、バーゼリオは一人の老人に出逢った。元は狩人だが、老いてからは矢を作ることを生業としていると言う。
 だが、活力の健在な老人で、村の近くに猿の群が現れた時、バーゼリオ達と共に現地へ足を運び案内役を賄ってくれたのだ。
 バーゼリオは自らが経験した一部を、幻影に変えて老人に見せた。老人の微笑は失せなかったが、どこか寂し気であった。
 幻影が消え去ると、バーゼリオは口を開いた。
「自分は、冒険譚を綴るのが夢。今の話はあなたにとって、危険と後悔の誘い手になってしまったかもしれませんが、あなたが得た物を捨て、捨てた物を得ようとする者からの質問です。心境を教えてください」
 老人は、暮れ始めた窓の外を見やり、目を細める。
 しばらくの間、誰も語ろうとしなかったが、老人は自ら沈黙を破り、バーゼリオに笑顔を向けた。
「楽しかった。ワシも足腰が動かせたら、そうしたいのう」
 そう言って、痩せて筋張った足を撫でる。
「じゃが、ワシの冒険は終わっとりゃせんようじゃ。その醍醐味をワシは今日、ここで味わえた。こうして見知らぬ誰かと時を共有することで、あの頃と同じ気分に戻れたのじゃ。ワシに新たな記憶をくれたお前さんは、ワシの冒険譚を綴り、そして、自分の夢の一端を紡げたのではないじゃろうか」
 牙郎丸の大きな手が、バーゼリオの肩を叩く。
『なぁ、爺さん。人間はいつか老いるが、爺さんの心はまだまだ元気で健在だ。天寿などと弱気にならず、これからも達者で暮らすんだぞ』
 エスナを介して、牙郎丸の言葉が老人に伝わると、老人の顔にうっすらと照れくさそうな赤みが差した。
「有り難う、またいつか話にしに来ておくれ。ワシの血から、若かりし頃のぬくもりが消えんように」
 年老いたジプシーは、そう言ってフォッフォと笑った。