奪回
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜4lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 56 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月25日〜03月05日
リプレイ公開日:2005年03月11日
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●オープニング
「なぁ、俺はこんなに不抜けた顔をしてたか?」
「不抜けだなんて‥‥。とても、穏やかでしたよ」
「あぁ、まぁ、言葉を変えりゃそうとも言うな」
青年は、自分のテーブルの脇に佇む強面の男を見上げていた。宿屋の安い朝食には、まだ手を着けていない。一つ向こうのテーブルに座っていた男の表情に惹かれて、筆を走らせていたからだ。
男はそれが気になったのか、自分の席を立って青年の元へとやってきた。そして、彼が羊皮紙の上に描いたものを見て、眉を潜めたのだ。
シャツを着ていてもわかる逞しい体つきと、日に焼けた顔。男には荒っぽさが漂っていた。
「俺がこんな顔をな」
「あの‥‥すみません。勝手に絵を描いたことは謝ります。ただ、すごく良い表情をしてたから」
絵師だと名乗った青年を見ようともせず、男はテーブルの上に置かれた紙面をじっと見つめている。
随分と長い間であった。
男は、肺に溜まった空気を鼻から吐き、フッと笑った。
「妹がな」
語り始めたその言葉を聞き逃すまいと、青年は耳をそばだてる。声は低くしゃがれていたが、だが優しかった。
「今度、結婚するんだ。あんな小生意気なじゃじゃ馬女に、どこの馬鹿が引っかかったのか‥‥まったく。こんなナリの俺に、式に出てくれとよ。笑わせるぜ。こちとら、そんなに暇じゃねぇ」
男は、青年の肩に手をかけた。ずしりとした重みが、悠長なリズムを二度刻む。そのまま自分の席には戻らず、男は出口へと歩き出した。
「良いもん見せて貰ったぜ、あんちゃんよぉ」
「いいえ。あの――おめでとうございます」
青年からかけられた言葉に、男は小さく手を挙げた。
「落ち着いてください!」
「落ち着けるかってんだよ!」
男の怒りは凄まじかった。まるで手負いの獣である。
ギルドへやってくるなり手近にあったイスを蹴倒し、吠えるような怒声で係員を呼びつけたのだ。
「もたもた書類なんて書いてる場合じゃねぇ!」
「そんなこと言われても‥‥」
村が盗賊に襲われたのは、男が発った翌日のことだ。
キャメロットから三日も離れた、のどかで退屈なだけが取り柄の小さな村であったが、寝静まった頃を見計らい十数人の盗賊が夜襲をかけたのだ。
村人の多くは逃げ出したが、逃げ遅れた者達が数人と、神父が人質に取られたと言う。
手を出せば、彼らが殺される。金と食料が尽き、奪うものを奪い尽くして盗賊共が村から去って行くまでは言いなりになるしかない。
追いかけてきた青年から事情を聞き、男はその足でギルドへやってきたのだが、その怒りたるや衰えを知らず、係員を殴り倒しかねない勢いであった。
「それで、村の様子は?」
傍にいた冒険者に宥められ、男は荒い息を吐きながらも、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「めちゃめちゃだ。ヤツらは酒場に入り浸ってる。お運び代わりにこき使われた村の若ぇのが、昼間、ヤツらが居眠りしてるのを見計らって運良く逃げ出せた。そいつの話によると人質は酒場の二階にいる。今は大事な『盾』だが、村を出ていく時に始末すると言っていたのを、若ぇのが聞いたらしい」
男がぎゅっと拳を握ると、二の腕の筋肉が隆起した。係員が恐る恐る、一緒に行くのかと訊ねると、男は盛大な癇癪を起こした。
「一介の船乗りにゃ助け出す術もねぇから、ここを頼ってきたんだ! それに俺を良くみてみやがれ!」
「は、はぁ」
「煮えくりかえった頭で、回りくどいことができると思うかっ?」
「い、いえ! ええと、じゃあ、こちらで手配した者だけで良いんですね」
「あぁ。村の近くまでは案内する」
妹を助けてやってくれ――
そう呟いた男は、腹立たしげにテーブルを蹴り上げた。
●リプレイ本文
空の裾が、僅かに朱く焼けている。半刻もすれば陽が顔を出すだろう。だが、頭上に立ちこめる蒼は深く、星の瞬きもまだ明るい。
「準備は整った。いつでも良いぞ」
柄の十字に手をかけ、シーリウス・フローライン(ea1922)は低く呟いた。横顔には、静かな怒りが漂っている。
「忘れ物はなしと。こっちも良いわよ」
馬の背に積んだ野営道具の固定具合を確認して、天霧那流(ea8065)が、シーリウスを振り返った。
青年の睨む先を目で追う。木立を抜けた先の暗闇には、家々の影が横たわっていた。村は眼前であった。
一行は街道脇の木立の中で夜を過ごし、村の様子を窺ってきた。日暮れ前に一度だけ、盗賊とおぼしき男達の姿が確認できたが、それきりである。
無人の村で勝手気ままに欲しい物を物色し、飽きたら酒に興じる。
非人道な振る舞いが、神に仕える騎士の顔を険しくしていた。
「私欲に溺れ、命を軽んじる。反吐が出るな」
「全くだ。いい男達が、力で奪った金の上にあぐらをかくなんて情けない」
朱恵霞(eb0802)は、拳にナックルを装着した。物を掴むような仕草で調子を確かめる姿を見つめ、那流が言う。
「せっかくの祝い事にも水を差してくれたしね。絶対に許せないわ。予想通り、酔いつぶれていてくれると良いんだけど」
踏み込むタイミングは明け方。盗賊達が寝静まった頃を見計らう。
依頼人は昨晩から極端に口数が減っていた。
決行の時を迎えてからは、手の平で顔をこすったり、体を揺らしたりと全く落ち着きがない。
シアン・ブランシュ(ea8388)にも、彼のイライラとした焦りが伝わってきた。
「ばっちり助けてくるから心配しないで。任せて頂戴」
と、それまでにも伝えてきた言葉を繰り返す。依頼人は唸りにも似た短い返事を返し、小刻みに足を揺らした。今にも吠え出しそうな気配である。
光月羽澄(ea2806)は、ポーレット・モラン(ea9589)の袖に触れ、話のまとめを促した。
「皆、酒場までのルートと、内部の間取りは覚えたかしら」
「曖昧なひとは、もう一度、これを見てねぇ〜」
ポーレットの手にした羊皮紙を、アルヴィン・アトウッド(ea5541)が毅然とした顔つきで覗き込む。
「曖昧ではないが、確認し過ぎることはないからな」
碧い目が見下ろしたのは、ポーレットが自ら飛んで調べた酒場の位置と、依頼人から聞いた内部の様子をしたためた絵図であった。
アルヴィンが目を外したのを見届け、ポーレットは羊皮紙を丁寧に畳んで懐にしまう。
「それじゃあ、マウロちゃん。皆の荷物ヨロシクねぇ〜」
名を呼ばれた依頼人が頷くと、ポーレットは小さな十字を切って運を祈った。
闇を駆ける。
土を蹴る軽い足音が、途切れ途切れに続いた。物陰を伝い、或いは壁に張り付いて、酒場までの道のりを急ぐ。
冒険者達の読みは正しかった。
朝焼けに空が染まるこの時間、外をうろついている盗賊はただの一人もいなかったのだ。
『あれか』
アルヴィンが言った。声の無い言葉に、シアンが頷く。
辺りを見回し、無人であることを確認した二人は、酒場の壁に雪崩れ込んだ。
締め切られた窓に、アルヴィンが耳を押しつける。話し声は聞こえてこない。
通りを隔てて様子を窺う那流とポーレットに、シアンは手招きをした。
「大丈夫のようね。それじゃあ、あたしは裏手に回るから、あとはよろしくね」
「気をつけてねぇ〜」
那流は建物の影を飛び出した。正面には向かわず、往来を突っ切り酒場の側面に走り込む。
「シーリウスちゃん、女の子二人を護ってねぇ〜? ハズミちゃんには、ジーザス様の御加護がありますようにぃ〜」
ポーレットは羽澄に祝福の力をほどこし、シアンの元へと飛び立った。
残された恵霞が、見上げてくる騎士の視線に照れたような笑いを漏らす。
「護られるようなガラじゃないが」
「仲間は誰であろうと、その対象だ」
シーリウスはそう言って目笑し、頭を傾けた。
「行くぞ」
「ええ、始めましょう」
酒場二階の窓を見上げ、羽澄が言った。
呪を唱えている羽澄から、閉ざされたドアに目を移し、恵霞は大きく深呼吸した。
聞き取れぬほどの小さな声で、依頼人の妹が無事であるようにと呟く。強い眼差しに光が宿るのを、シーリウスは見た。
次の瞬間――恵霞の足が軌跡を描いて舞った。建物さえも揺るがすような衝撃音と共に、行く手を遮っていた扉が視界から消える。
「なっ、何だぁっ!」
奇襲をかけられるなど、思ってもいない。酔いどれの盗賊達は、轟音に飛び起き、イスから転げ落ちた。
「皆、後ろに下がっていて!」
羽澄が叫ぶ。すかさずドアの内に手をかざし、戸口から侵入する大気に乗せ、香を放った。
「なにをする気だ!」
シーリウスは二階から降る声を見上げた。憤怒に顔を染めた男が、手すりから身を乗り出している。男はシーリウスの腰に落ちた剣を見るなり、ホールに怒声を撒き散らした。
「剣を持ってるぞ!」
一人の男が剣を振りかぶり、大きく床を蹴った。
だが、その動きは鈍い。毎晩の深酒がたたっているのだ。イスに蹴躓き、無様な格好で仲間の上に倒れ込んだ。そして、そのまま動かなくなる。
一人、また一人と倒れてゆく中、テーブルに手をついた男がブルブルと首を振り、眠気を振り払うような仕草をみせた。
大半の者に眠りをもたらした羽澄の術も、ここまでのようだ。恵霞が指を鳴らした。
「勝負しようじゃないか!」
残ったのは三人。その目は怒りに血走っている。痩せぎすな男が短刀を構え、恵霞に向かって突進した。
「このぉ!」
「女だからってなめんじゃねぇ!」
恵霞は横っ飛びに男をかわし、咄嗟に伸ばした手で男の胴を抱き抱えた。その脇をシーリウスが走り抜ける。
「待ちやがれ!」
飛びかかってくる別の男の腹を、シーリウスは横一文字に薙いだ。ひざを折る男には見向きもせず、真っ直ぐに階段を目指す。
階上の男が、踵を返した。
「人質を盾に取られるわ!」
「させるか!」
伸びてきた腕を左手で払う。羽澄は振り向きざまの手刀を、男の首に打ち付けた。
「命だけは助けて!」
「シッ。声を出さないで。あたしは味方よ」
裏口から入った那流は、調理場の隅でうずくまる娘を見つけた。トレーを片手にガタガタと震えている。
春花の術も、ここまでは影響を及ぼさなかったようだ。突如、始まった喧噪に、娘の顔は青ざめていた。
「頑張ったわね。もう、大丈夫よ」
見開いた娘の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「逃げたら、皆を殺すと言われたの。まだ、上に‥‥」
那流は頷いて、チラリと頭上を見上げた。二階へ向かった仲間はどうしているだろうか。
「なにも心配いらないわ。あなたはここで隠れていて」
那流の両手が、愛刀を引き抜いた。
階下の騒ぎをよそに、ポーレットは鎧戸の隙間に油を垂らした。鳴きを抑える為である。
『そろそろか』
待つことしばし。アルヴィンがポーレットの目を見た。その会話に声はない。口だけの動きであったが、彼の魔法はそれだけで十分に会話を成立させるのだ。
ポーレットは鎧戸をそっと引き寄せた。僅かに、ギッと鳴いたがそれだけである。そこからは一気に窓を開き、部屋の中へ躍り込んだ。
体当たりした娘を見上げ、ポーレットは口元に指を立てる。全員、後ろ手に縛られているものの、怪我もないようだ。
その背後で、アルヴィンはぐるりと部屋を見回した。隅にあったベッドの足にロープを括り付けると、窓の外に垂らし、シアンに上がってこいと合図する。
『お兄さんからの依頼で助けに来たの。静かにね』
ポーレットから羊皮紙を手渡されたのは、マウロの妹であった。ほぉっと息を吐き出したあと、気丈な態度でポーレットに頷き返す。
部屋に転がりこんだシアンは、ダガーで一人一人の縄を解いた。アルヴィンの詠唱に気づき、直ぐに皆を部屋の隅に移動させる。
『その場から動くな』
注意を促す声に、乱暴な足音が重なった。人質だった者達がハッと息を飲む。神父が十字を切り、娘はぎゅっと伝言を握りしめた。
刹那――開かれた扉から、男が飛び込んできた。
だが、一歩、部屋の中へ足を踏み入れた途端、つんざくような悲鳴を上げる。妙なステップを踏み、体を震わせた。アルヴィンの張った罠にかかったのだ。
「降伏しろ。お前達の切り札は、もうない」
ばったりと倒れた男は、アルヴィンを見上げようとしなかった。
盗賊捕縛の知らせに、村人達が集ってきた。
「婚約者の所に行きたい気持ちも分かるが、先に兄さんに顔をみせてやると良い。心配していたからな」
恵霞はそう言って妹の背を押したが、当の本人の姿は見えない。
「消えたか。先ほどまで、そこにいたんだが」
「どこに行ったのかしらぁ〜?」
ポーレットはアルヴィンの頭上高くに舞い上がり、人垣の中に依頼人を探した。反応したのは、痩せた村人である。マウロは妹の無事を確認すると、船の時刻を気にして発ったと言うのだ。
「せっかちなヤツだな」
呆れるシーリウスの横で、妹がいつものことだと肩をすくめる。恵霞も思わず苦笑いした。
一人の青年が、妹の名を呼びながらやってきた。人垣を掻き分けて娘に駆け寄り、有無をも言わさず抱き締める。
「良いわね」
「羽澄ちゃんにだって、夢に出てくるほど良い人がいるじゃなぁ〜い〜?」
悪戯な視線を向けられ、羽澄はシアンに助けを求めた。
「あら、そうなの?」
シアンはそう言って、無邪気に微笑む。追い打ちをかけるように、那流がシアンに口を添えた。
「寝言で言ってたのよ。良いわねぇ、彼氏持ちって」
もはや逃げられそうにない。
朝方、テントの中で囁いた名前は、無意識であったのだが。
「ことある毎に、言われそうね‥‥」
羽澄は嘆息して呟き、空を見上げた。
村人達が、良かったと手を取り喜び合う。
いつのまにか、太陽が顔を出していた。
村は開放されたのだ。