幽霊屋敷の主

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月04日〜03月09日

リプレイ公開日:2005年03月18日

●オープニング

 いつもは閉じているはずの、二階の窓が開いている。
 異変に気づいた村人は、屋敷の前で足を止めた。館主が三年前に亡くなってから、この屋敷は無人であったはずなのだが。
 さては、無法者が侵入したか、好奇心旺盛な子供達が中で遊んでいるのかもしれない――そんなことを頭の端に描きつつ窓を見上げていると、一人の男が窓辺に現れ村人に向かって手招きをした。
 村人はその男を知っていた。
 何度も目をこすり、大きく見開いたそれで男を凝視する。彼がここにいるはずがない。だが、夢や幻では無かった。
 太陽の光に照らされ、悠々と笑いながら手を振っているその男は、村の者全員が見守る中、棺に納められた館主であった。
 転がるように丘を駆け下りた村人は、神父に一部始終を説明した。噂は直ぐに広まり、村中、大騒ぎとなった。
 僅か一週間前にも、屋敷を覗き込んだ子供達が、階段を下りてくる館主を見たと言って、泣きながら逃げ帰ってきたことがあったのだ。村の大人達は皆、忍び込んでいた誰かと見間違えたのだろうと気にも止めず、『踊り場にかけてある肖像画と同じ顔だった』と言って譲らなかった子供達に、屋敷には二度と近づくなと釘を刺して口を噤ませた。
「尋常ではありません。確かめに行きましょう」
 事態を重く見た神父の一言に、数人の村人が従った。
 しかし、丘を登って屋敷を見上げると、窓は固く閉ざされ男の姿も無い。冬の陽の差す館は、実に穏やかな風情を漂わせている。
「‥‥どういうことだ?」
 村人は、首を傾げた。開いていたのは二階の右端の窓である。同じ場所を見つめていた神父が、静かに言った。
「中へ入ってみましょう」
 神父は村人をそっと押しのけ、玄関扉に歩み寄った。鍵はかかっていない。ギィ、と軋んだ音がして、暗く湿った空気が流れ出した。正面に赤い絨毯の敷かれた階段があり、踊り場には館主の肖像画が飾ってあった。階段はそこから左右に分かれて折り返し、二階へ伸びている。
 村人は、絵の両脇にある蜘蛛の巣だらけの燭台を見上げて言った。
「神父様、あ、あたしが見間違えたんですよ。子供達のあんな話を聞いたもんだから。ねぇ、村へ戻りましょうよ」
「ええ。ですが、とりあえず一巡してみましょう。なにか原因が見つかるかもし――」
 神父が館の中へ一歩踏み出したその瞬間である。
 ガシャーン!
 二階の廊下で何かが割れた。ハッとして見上げた皆の頭上を、ドタバタとけたたましい足音が鳴り響く。一つではない。二つだ。それは二手に分かれ、右と左の階段を一気に駆け下りてきた。
 神父は目を見開き、震える手で胸の十字架を握りしめた。
「こ、こんなことが‥‥」
 踊り場で立ち止まったのは二人の男であった。一人は花瓶を、一人は燭台を携えている。
 子供達の言葉が脳裏を駆けめぐった。
『――肖像画と同じ顔だった』
「し、神父様!」
 村人が叫ぶと同時に、神父の頬を花瓶が掠めた。壁に当たったそれが派手な音を立てて砕け散る。
 男達は腹を抱えてゲラゲラと笑い、恐怖にすくむ神父達を指さした。そして、手にした燭台をゆっくりと掲げ――
「外へ!」
 神父は村人達の袖を掴んで、玄関の外へ転がり出た。踵を返して扉を閉めると、呆然としている村人達に怯えた目を向けた。
「あれは‥‥あれは確かに‥‥」
「ままま、間違いなく館主様だ! 館主様は蘇ったどころか、二人に増えてしまった!」
「一体、何故‥‥」
「ぼ、冒険者とやらに頼みましょうよ、神父様! あれが何なのか調べて貰わねば!」

●今回の参加者

 ea5210 ケイ・ヴォーン(26歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea9012 アイル・ベルハルン(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0678 パセティック・クール(24歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1055 ヴィクトリア・フォン(62歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1274 郭 無命(38歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 eb1321 シュゼット・ソレンジュ(23歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

限間 時雨(ea1968)/ イサーク・サリナス(eb1114

●リプレイ本文

●丘の上の幽霊屋敷
 件の屋敷に辿り着いたのは、三日目の昼時であった。天気も良く風も穏やかで、館内に悪魔がいると言うことが、嘘に思えるほど長閑である。
 だが、異変は早々に起きた。
 二階の窓が音もなく開き、男が顔を覗かせたのだ。
 この怪異を引き起こしているのは『アガチオン』だと、皆、シュゼット・ソレンジュ(eb1321)から聞き及んで知っていた。
「あれが問題の偽主か?」
「村人の話と一致しますし、間違いないでしょう。悪戯者共の悪さにも困ったものですね」
 パセティック・クール(eb0678)と郭無命(eb1274)は、全く動じることもなく、落ち着き払った面もちで男を見上げる。
「正体を知っている以上、挑発としかとれないな」
 パセティックの台詞を聞いて、ヴィクトリア・フォン(eb1055)が、僅かに肩を振るわせて笑った。男は手を振るのを止め、おいでおいでと手招きしている。
「ああしていられるのも今の内じゃ。わしらが退治を任された冒険者だと知ったら、慌てて逃げ出すじゃろう」
「そうだな。悪魔としては下級。厄介なのは、あの変化能力ぐらいか」
 シュゼットの頭上で、勢い良く窓が閉じた。来訪者を歓迎しているのだろう。ゲラゲラと怪しい笑い声が、屋敷の中から聞こえてくる。ヴィクトリアはやれやれと首を振った。
「いずれにしても、こんな婆さまには化けるとは思えんが。用心だけはしておくかのう」
「そうね、顔も見られているし。防護策として、これを手首の隠れる位置に巻いておいて貰えるかしら」
 アイル・ベルハルン(ea9012)が差し出したのは、赤い糸であった。どんなに上手く化けようと、目に見えない部分につけたものまでは模倣できないはずだ。
「これなら、万が一味方に化けられても、真贋を知ることができますね」
 少したわみをもたせた糸を上下させ、付け心地を確かめる。抜け落ちたり、結び目がほどけたりしないことを確認し、滋藤御門(eb0050)は、袂の中へそれをそっと収めた。
 全員が付け終わったのを見計らい、フルーレ・フルフラット(eb1182)は皆を寄せ集めて言った。
「合い言葉の確認ッス」
 フルーレの真剣な瞳が、皆の顔を一周し最後にケイ・ヴォーン(ea5210)で止まる。ケイはパセティックの肩に座り、フルーレと同じくらい真剣な表情で話の続きを待っていた。
 フルーレが『魚は?』と問うた。
 皆は『空に』と答える。
『小鳥は?』と聞くと、『水に』と返した。
「空を飛ぶ魚もいるんですね‥‥」
 ケイは神妙な面もちで、フルーレを見つめた。
「知らなかったです」
 束の間の沈黙が流れた。一行の間を、爽やかな風が吹き抜けて行く。
「って、そんなわけあるかーッ!」
 握り拳を天に突き上げ、ケイは絶叫した。
「相変わらずの一人ボケツッコミだな、ケイ」
 馴染みの友を見るパセティックの目は暖かだ。そして、そんな二人を見守る皆は、この空気から抜け出すタイミングを探していた。
「け、ケイさんって、面白い方ッスね!」
 フルーレが、やや強引にとりまとめた時である。
 ドンッ! と、玄関が大きく鳴った。
「痺れを切らしたようじゃのう」
 呟いたヴィクトリアの前を過ぎ、パセティックが扉に手をかける。
「どうやら、そうみたいだな」
 開けることを目で合図して、パセティックはドアを引いた。皆、隙間から見える光景を捕らえようと、パセティックの一挙一動に息を飲む。
 果たしてその視界には、闇に包まれたホールと階段が広がった。アイルの掲げたランタンが、周囲を照らし出す。
 足下に燭台と、砕け散った陶器の欠片が散らばっていた。
「何故、アガチオンなんかに棲み憑かれてしまったのかしら。『悪魔崇拝者』だったわけでも無く、皆からも慕われていたようだけど」
 アイルは折れたロウソクを拾い上げた。
 村人から聞いた生前の主の話は、人柄の良さが印象的であった。身寄りのない主の寂しい死を発見したのも、尋ねてきた村人の一人であったと言う。
「館主様が亡くなられてからも、子供達は時々、忍びこんで遊んでいたようですし、魔物にとっては、悪戯をするかっこうの標的となってしまったのかもしれませんね」
 御門が二つ目のランタンを灯すと、闇が少しだけ減退した。
 音の原因は何だったのか。屋敷内は静まり返り、皆の衣擦れや、武具の立てるガチャガチャと言う音だけが響く。
「あそこを見てください」
 ケイは声を潜め、階段の踊り場を指さした。主の肖像画がかかっている。
「この姿を真似たんですね。服装が一緒です」
「本当だな。絵がなければ、模されることも無かったと言うことか」
 シュゼットは天井を見上げた。黒く小さな物体が、ぶら下がっている。
「なにかいるな」
 ランタンの灯を移動し、天井を照らした。大きさは十センチほどだ。
「蝙蝠ですね。でも、何故、こんなところに? まさか」
 ケイは、言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、皆と顔を見合わせる。無命が唇の中で、真言を唱え始めた。白く淡い光に包まれたあと、その顔つきがグッと引き締まる。
 蝙蝠は天井から離れ、ヒラヒラと飛んで二階へ消えた。
「追いかけましょう。あれは、アガチオン――」
 ドンッドンッドンッドンッ!
 無命の言葉を、けたたましい騒音が遮った。壁を叩くような音だ。ヴィクトリアの目が、一階の通路に並んだ部屋の戸を凝視した。だが、ランタンの光では、深部まで届かない。
 音は直ぐに止み、再び静寂が訪れた
「からかわれてるわね」
「花瓶を投げつけられるより、ましじゃがの」
 アイルとヴィクトリアが肩をすくめあう傍らで、御門が印を結ぶ。さほど大きくはない屋敷である。震動探知で居場所を知るのに労はなかった。
「大体ですが、一階は右手の一番遠い部屋。二階は階段を上がって左手の端にいるようですね。それぞれ一体ずつです」
「二手に分かれた方が良さそうだな」
 肩にいるケイが落ちないよう、パセティックはゆっくりとした動作で階段上部を見上げた。
 壁や天井にまとわりついている闇は、油断をするとのしかかってきそうな重暗さで、パセティックとケイを見下ろしている。
「風の精霊よ、今日も俺に力を貸してくれ」
 冒険者としては後輩にあたるパセティックの呟きを、ケイは黙って聞いていた。
「では、皆さん。『アレ』を忘れずに頼むッスよ!」
 フルーレが散会のげきを飛ばす。愛用の長剣よりいくらか軽いメイスの柄を、騎士はギュッと握りしめた。

●二階
「左だったッスよね」
 階段を上りきったフルーレは、左方の暗がりをじっと見据えた。シュゼットや無命の掲げる灯りが、フルーレの影を長く伸ばしている。
「ほぉ、これはまた立派な壺じゃのう。破壊してしまっては、弁償代が高くつきそうじゃ」
 ヴィクトリアの目を引いたのは、壁際におかれた青い壺であった。迷わず呪を唱え、氷を纏わせる。
「それなら、壊れる心配はないな」
 見守っていたシュゼットが頷いた、その矢先――
「来たッス!」
 暗がりに足音が鳴り響いた。誰かが一行目掛けて走ってくる。通路の奥だ。フルーレはメイスを構えた。ヒュン、と音がして無命の頬を何かが掠めて行く。一瞬の灯りの下に見えたのは燭台であった。
 ゲラゲラと闇が笑った。シュゼットがランタンを掲げると、光の輪の中に逃げていく足が見えた。
「追うぞ!」
「了解ッス!」
 通路は一直線である。まもなく、端に突き当たり、人影は灯りに捕らえられた。逃げ道を探し、右往左往する影に、無命の強い叱咤が飛ぶ。
「お待ちなさい! 人々の心惑わす妖魔! これ以上の狼藉は許しません!」
 影はびくんと身をすくめて立ち止まった。覇気に当てられ、萎縮してしまったようだ。主に化けたアガチオンは、くるりと振り返り皆の前に突っ伏した。
「助けて! 許しておくれよう! 一つだけ願いを叶えてあげるから」
 四人は互いの顔を見回した。戸惑ったわけではない。意志を確認する為だ。
「悪魔に頼ってまで、叶えて欲しい願いなど無い」
 シュゼットの言葉を追って、フルーレが頷く。
「立派な騎士になるのが夢ッスけど、それは誰かに叶えて貰うもんじゃないスから」
 ヴィクトリアの目は、優しくも楽しげに笑っていた。
「誰もおらんようじゃ。残念じゃったの。大人しくあの世で反省せい」
 無命が印を切った。
 真言を耳にしながら、フルーレがメイスを振るう。アガチオンの口から絶叫がほとばしった。
 ヴィクトリアはすかさずスクロールを広げた。無命の放つ聖なる光と、光の矢が悪魔の身を裂く。シュゼットの手から雷が放たれると、場に静寂が戻った。

●一階
「ここも固めてしまうわね」
 出入り口を封鎖してしまえば、アガチオンの逃げ道封じになる。アイルは室内に異常がないことを確認すると、扉を氷結させた。
 残すところ、部屋は一つ。御門はクリスタルソードを手に、戸と向かいあった。
「ここが最後ですね。皆さん、準備は良いですか?」
「私は大丈夫です。パセリ、じゃなくてパセティーは?」
 ケイに顔を覗き込まれ、パセティックは目だけでケイを見る。
「そこはツッコんだ方が良いのか? まぁ、とにかく、俺も良いぞ」
「アイルさんは?」
「良いわ」
 アイルが頷くのを見届け、御門は深く息を吸い込んだ。
「では――」
 一気に扉を開く。間髪おかず、何かが飛び出してきた。それを敵だと判断し、咄嗟に剣を叩き付けることができたのは、冒険者としての感と水晶剣の力の作用だろう。
 人影が、ぎゃあ! と鳴いて通路に倒れ込んだ。手にしていた火掻き棒がくるくると回りながら、廊下を滑って行く。
「にっ、人間のくせに、俺に傷を与えるとは生意気だぞ!」
 憎々しげに冒険者達を見上げた顔は、肖像画で見た男のそれだ。
「偽主です!」
 ケイの声に、パセティックの詠唱が重なった。
「風の刃よ! 顕現し、飛び、切り裂け。ウインドスラッシュ!」
 放たれた真空の刃が、アガチオンの肩を切り裂く。すかさずケイが叫んだ。
「たった今、パセティーに切り裂かれたアガチオンに、白銀の矢を!」
 悪魔は光の矢に貫かれ、息も絶え絶えに御門の剣を見つめた。
「こ、降参、降参だよう! 見逃してくれたら、代わりに――」
 救世主を求めて彷徨う目が、アイルで留まる。
「悪魔に叶えて貰う願いなんて、残念ながら持ち合わせていないわね」
 だが、そこに温情が浮かぶことはなかった。

●静寂の館
 蜘蛛の巣は取り払われ、肖像画には布がかけられた。
 開けはなった窓から流れる空気が、屋敷を浄化していく。
「特に異常はありませんでした」
「二階も大丈夫です」
 一通り屋敷の中を確認し終えた御門と無命のもとへ、アイルが合流する。
 しきりと髪に手櫛を入れるわけは、あちこちに絡みついた蜘蛛の巣との激戦の名残だ。アイルはしみじみと呟いた。
「家はひとが住んでこそ生きるものね。つくづくそう思うわ」
「そうかもしれんのう」
 ヴィクトリアの目が、開いた窓から差す陽光に向けられる。かつては、これが当たり前の光景であったのだろうと、そんなことを思いながら。
 ケイもアイルの言葉に何度も頷き、そして噛みしめるように言った。
「家って、生き物だったんですね‥‥」
 七つの視線が寒暖と苦みを滲ませた、ある晴れた冬の日のできごとであった。