【聖杯探索】Secret Passage
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 26 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月08日〜05月17日
リプレイ公開日:2005年05月17日
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●オープニング
「これは、一体‥‥?」
その机は、巨大な机であった。ぐるりと円を成したその机は、アーサーが王座につきし時より、キャメロットの城と、キャメロットの街と、そしてイギリス王国とその民たちを見守ってきた座であった。
その名は円卓。勇敢にして礼節を知る騎士たちが座る、王国の礎。そしてそれを囲むのは、アーサー・ペンドラゴンと16人の騎士。
すなわち、誉れも高き『円卓の騎士』である。
その彼らの目に映りしは、円卓の上に浮かぶ質素な、それでいて神々しい輝きを放つ一つの杯。緑の苔むした石の丘に浮かぶそれは、蜃気楼のごとく揺らめき、騎士たちの心を魅了する。
「‥‥『聖杯』じゃよ」
重々しい声の主は、マーリンと呼ばれる一人の老爺。老爺はゆっくりと王の隣に立ち、その正体を告げた。
「かのジーザスの血を受けた、神の力と威光を体現する伝説‥‥それが今、見出されることを望んでおる」
「何故?」
「‥‥世の乱れゆえに。神の王国の降臨を、それに至る勇者を望むゆえ‥‥それすなわち、神の国への道」
老爺の言葉が進むにつれ、その幻影は姿を消していた。‥‥いや、それは騎士たちの心に宿ったのであろうか。
アーサーは円卓の騎士たちを見回し、マーリンのうなずきに、力強く号令を発する。
「親愛なる円卓の騎士たちよ。これぞ、神よりの誉れ。我々だけでは手は足りぬ‥‥国中に伝えるのだ。栄光の時が来たことを!」
教会の裏手は、なだらかに下る丘陵であった。夏も冬も良い風が抜ける。大地はくるぶしほどの草に覆われ、石の碑がまばらに群れていた。一帯は町の墓所であった。
その中に、周囲の墓石とは明らかに異なる建造物が建っていた。
正方形の床の四隅から生えた二メートルほどの円柱が、床よりも一回り大きな屋根を支えている。長い間、人の手がかけられることもなく在り続けていたのだろう。石と言う素材を見極めることが困難なほど、蔦や苔の緑が色濃くまとわりついていた。
これがいつ頃から存在し、どんな意味をもって作られたのかを知るものはいない。
ただ、聖蹟ではないかと言う認識は、町の者全員の間で一致していた。
「死者が蘇った?」
係員の走らせる筆に不安そうな瞳を落としていた老神父は、騎士の声に頷いた。
彼はドーチェスター近郊、メイドン・カースルにある町を出て、先ほどキャメロットに辿り着いたばかりだった。
飛び乗った行商の荷車を早く早くと、幾度となく急かしたのは、少しでも先を急ぎたかったからだ。こんな有事でもなければ、出逢ったばかりの商人に、馬に鞭打つ回数を増やすような言葉をかけたりはしない。
多くの人々を、逃げる途中で見失った。
町はどうなっているのだろう。皆、無事でいるだろうか。
合わせるように握りしめた老神父の両手は、小さく震えていた。
「話の腰を折った非礼をお許しください。どうぞ、先を」
「はい」
係員が、上げていた顔を紙面に落とす。
大がつくほどのベテランではないが、新米と言われた時期は記憶に遠い。だが、ギルドで働き初めてからこの方、『円卓の騎士』と言うものを傍らにおいて仕事をするのは初めてだった。
一度は抜いた緊張が、再び筆に宿る。
「たくさんのひとが‥‥いえ、ズゥンビが丘陵を登ってきました。朝の礼拝を終えた頃ですから、丘には東の陽がさしていました。その中を、ある者は這い、ある者は足を引きずりながら、真っ直ぐに町の方へやってきます。皆、変色したボロ切れをまとい、頭髪は抜け落ちてしまっていました。中には白骨化した者もいました」
町の者が蘇った――
神父は真っ先にそれを疑ったが、土が掘り起こされた形跡は見当たらなかった。なにより違和感を感じたのは、彼らの様相だ。一様に古さを感じたと言う。
「それに、妙なことが‥‥。彼らは墓所の中だけにいました。見通しの良い丘ですから、外からやってきたのなら、この目に触れたはずなのですが‥‥」
町の者でも、外からやってきた者達でもない。では、いったいどうやって現れたのか。
「他に気づかれたことは?」
騎士に促され、神父は小首を傾げた。記憶の糸を辿る。短い沈黙のあと、そう言えばと神父は眉を潜めた。
「中央にある聖蹟の周辺に、とりわけ多く群れていたような気がします。それから、聖蹟の床がずれていたような‥‥。あぁ、わかりません‥‥。とにかく、長くは見ていられませんでしたから」
町の救出を訴える彼の老いた手は、きつく結ばれ解かれることはなかった。
望みの全てが文字になると、そこでやっと一息ついたようだ。疲れた足を引きずって、ギルドの紹介した宿へ引き取っていった。
「ズゥンビと‥‥白骨化した者と言うのが気になりますが、詳細は不明ですね。ことが起こってから数日、町は同じ状態でしょうか」
依頼人を送り出した騎士の手が空くのを待って、係員は疑問を口にした。騎士はかぶりを振り、わからないと呟く。
「とりあえず、不測の事態にも冷静に対処できる者たちを紹介して欲しい」
「ご安心ください。皆、そう言った者達ばかりです」
躊躇のない返答は、騎士に微笑を浮かばせた。
「それは頼もしい。あぁ、そうだ。それに、子供好きであるとありがたいんだが」
係員は騎士を見上げた。冗談だと思ったのだ。だが、彼にふざけているような態度は見当たらない。真剣な目をしている。
「子供好き、ですか?」
訝しげに眉を潜めた係員に、騎士は声を落として言った。
「この部屋へ入る前のことだが、神父殿と同じ町からきたと言う、小さなお嬢さんに頼まれてね。『シド』と『レイニー』を助けて欲しいと」
係員の顔と声に緊張が走る。
「ま、まさか、町に子供が取り残されて?」
救助しなければいけない人命があると言うことは、一刻を争う事態である。それが非力な子供なら、なおさらのことだ。段取りを急がなければならない。
「いや、ネコなんだ」
騎士は言って、物言いたげな眼差しを向ける係員の肩を叩いた。
「しかも、『ミトン』の」
「ミトン! ミトンと言うと、手袋じゃ」
「馬鹿にしちゃあいけない。彼女には、母君の残してくれた大事な形見だそうだ。それがないと、夜もろくに眠れないらしい。詳しい話は、ギルドの入口にいる親子に聞けばわかるだろう。彼女は赤い前掛けをしているから、それを目印にすると良い」
係員は名簿を繰ると、冒険者の人選に入った。途中、ちらりと騎士を見る。
「正式な依頼として頼めれば良かったんだが、冒険者を雇う金銭的余裕がないと父君から聞いてね」
騎士の名はロビン・ロクスリー。どうやら、こういったことを見過ごせない性格のようだ。
係員は、これぞと思う名前を紙に書き写した。
「それじゃあ、早速声をかけてみます」
「あぁ、頼むよ」
抜き出された文字列を見下ろし、騎士は碧い目を細めた。全ての名を小さな声でなぞる。
「これから向かう丘の名は、マーリン殿の予言に現れている。聖杯に関する情報が、得られるかもしれないとね。探索はアーサー王、直々の命だ。移動には特別に馬車が出ると、依頼書のどこかに書き添えておいて欲しい」
「ご同行なさらないので?」
壁に立てかけてあった長弓に手を伸ばすと、騎士はばつが悪そうに笑った。
「僕は一足先に出立するよ。どうにも、落ち着かない性分なんだ。皆には、向こうで落ち合おうと伝えてくれ」
●リプレイ本文
メイドン・カースルの地図はギルドにあり、労なく目にすることができたが、文献に至っては図書館の何処かに埋もれ、出立前の僅かな時間では辿り着けなかった。
ポーレット・モラン(ea9589)と天霧那流(ea8065)の手には、アイルと、調査に見切りを付けたガイエルとで起こした、古代魔法語のメモが委ねられた。
だが、二人の知識では、ごく簡単な単語しか記すことができず、変換表と言うには至らない。複雑な解読は無理であろう。
「何度、見ても不可解な文字よね」
車輪が路面のおうとつを拾う震動が、看読の邪魔をする。那流はメモを折り畳むと懐中深くしまい込み、傍にあった毛布を引き寄せた。
「仮眠でもしようかしら」
「ハ〜イ、寝言の内容には気をつけるのよぉ〜?」
手をヒラヒラと振りながら微笑するポーレットに、那流は同じ笑顔を返す。
「残念でした。あたしは寝言なんて言わないわよ。聞かれて困るような秘密もないし」
「えー、そうなのぉ〜‥‥」
弱みを掴み損ねた、とでも言いたげな落胆ぶりがポーレットの声に滲む。俯いていたシーナ・ガイラルディア(ea7725)の横顔に静かな微笑が浮かぶと、那流はポーレットに向かって指を立て、沈黙を促した。
「ごめんなさい。起こしちゃったわね」
「いえ、目を閉じていただけですので、大丈夫ですよ」
シーナは、ふと思い出したように、ポケットから小瓶を取り出し、その口がちゃんと閉じているかを確認した。中には、教会で譲り受けた聖水が入っている。本来は有償なのだが、今回は、ロビンの根回しがあったことから、こうした特別な経費は冒険者の負担にはならず、彼に請求が行くと言う。
「その聖水の用途は?」
辻篆(ea6829)の問いに、シーナは口を開きかけた。
だが、馬車が突然、進路を変え、皆はその反動で大きく右に流される。プリムローズ・ダーエ(ea0383)の不安げな眼差しが、シーナと篆を見つめた。
「何事でしょう」
「障害物でも避けたような動きでしたね」
「見てみよう」
篆は言って、後部を開けはなった。そして、そこに倒れていたものを一瞥、眉根を寄せる。
「どうしました?」
「あれを」
篆の上から顔を出した、ミラ・ダイモス(eb2064)の表情が引き締まる。
街道に人が横たわっていた。変色した布きれをまとった姿からは、男女の区別をつけることさえ難しい。果てて随分と久しいようだ。
「これが例のズゥンビと言うわけね」
ステラ・デュナミス(eb2099)の言葉に頷き、カルノ・ラッセル(ea5699)が広がる丘陵を一望した。
死者は一度蘇り、再び、『生』を断たれた。地面に突き刺さった矢が、冒険者にここがどこかを告げている。
「放った本人の姿は見えませんが、辿り着いたようですね。‥‥メイドン・カースルに」
馬車は何事もなかったかのように、単調なリズムを取り戻す。死者に向けて、プリムローズは十字を切った。
「篆さん、後ろ!」
鍛え上げられた躯が、ステラの声に応じて反転した。唇から異国の歌がこぼれる。どこか陽気なそのメロディは、死者への弔いか――それとも、戦いに湧く胸の内を表しているのか。上から下へ、駆け抜けた二つの銀光が、派手に骨片をまき散らした。篆は、それを刀で払う。
「離れていて!」
氷嵐がステラの手から放たれ、石壁に挟まれた路地の奥から、決して言葉になることはない呻き声が漏れた。だが、その衝撃も、死者の歩みを止めるには至らない。
「オー‥‥」
顎のない顔が呻いた。生者へ向かって伸びる手を、ミラの盾がはじき返す。別の路地から引きずるような足音が聞こえ、ミラは長剣を引き抜いた。
「ここは私が引き受けます! 篆さんは向こうを、ステラさんは詠唱を開始してください!」
「承知した」
「わかったわ」
ミラの長剣が踊った。重い一撃が、首から上を粉砕する。それでもまだ、ズゥンビはミラに手を延ばすことを止めない。風化した指先で生者を求め彷徨っている。
「騎士として、民を脅かす死者の横行を見過ごすわけには行きません。おとなしく、元の世界へ戻りなさい!」
振り下ろされる一閃――と同時に、白い光が死者の体を包み込んだ。ボロボロと崩れながら、空気に溶けてゆく。
「油断できませんね」
嘆くような吐息を吐きだしたのは、プリムローズだ。クロスを握りしめたまま、凛然とした面もちでミラに歩み寄る。ドサリ、と音がして、篆とステラの前にまた一つ骸が転がった。
死者の消えた地面を見つめ、プリムローズは祈りを捧げる。聖職者の行いを見守る騎士も、束の間、神妙な表情になった。
「町民さんを発見したわよぉ〜!」
ヒラヒラとした赤い腰帯と共に、上空から偵察をしていたポーレットが舞い降りる。
「酒場の屋根の上にいたのよ〜。同系色の服を着ているから、最初の偵察では気づかなかったのねぇ〜。皆が逃げている時に、酔っぱらって寝ていたんですって〜。一番、安全だと思って登ったらしいわ〜」
「幸運と言うべきでしょうか、不運と言うべきでしょうか」
「微妙ね。悪運は強いみたいだけれど‥‥」
プリムローズとステラは、困惑めいた笑顔を見合わせる。
「とにかく、ついてきて〜」
手招きするポーレットを追って、冒険者達は走り出した。
「さ、こっちよ。どこにも怪我はない?」
「ええ、ええ‥‥。ありがとう」
「神父様のご依頼で助けに参りました。心細かったでしょう。もう、大丈夫ですよ」
老いた老婆は震えながら、差し伸べたシーナの手を取った。そこに置かれたクロスを握りしめる。おぼつかない足下を気遣い、那流がシーナの反対側に回り老婆の体を支えた。
一つ一つの戸を叩き、那流は声を張り上げた。反応があったのは、今のところ、この老婆一人だ。
「参ったわね。皆とはぐれるなんて」
「『彼』のおかげで、あまり敵に遭遇せずに済むのが、幸いと言ったところでしょうか」
ポーレットが起こした見取り図を手に、カルノは町の西へ向かっていた。敵のいない通りを選んでいるつもりだが、建物の中や屋根の下など死角はどうしてもできてしまう。
町へ入った頃は全員揃っていた。だが、互いや、その得物がぶつかりあうのを嫌って間を取りあい、幾度かの戦闘を越えて気づいてみれば、周囲には那流とシーナ、そしてカルノしかいなかったのだ。
「とにかく、先を急ぐしかないわね。危なくなったら、皆のところへ誘導を頼めば良いだけだし、逃げ遅れた人の救助と、それにあの子と約束したミトンの回収が先決よ」
少女は父の首にしがみついたまま、ギルドを出てゆく冒険者を見送った。
頬には涙のあとがあり、ポーレットが作りかけたミトンのウサギにも、探し出すと誓った那流の言葉にも、笑みを浮かべることは無かった。
シーナの目の色が微かに憂う。
「そうですね。お母様の形見とおっしゃっていましたし、彼女にとっては大事なお友達と言うことですから、必ず持ち帰らなければ」
「ええ――って、彼の姿が見えないわね」
相槌を打ちかけ、那流はカルノが消えていることに気づいた。取り残されてしまったのだろうかと、顔を見合わせる二人の背後から聞き慣れた声がかかる。
「二匹を無事、救出してきました」
ハッとして振り返った那流とシーナに、カルノはにっこりと微笑んだ。
「小さな依頼主さんの家は、この先の角を曲がったところにあるんです」
老婆の状態を悟り、先へ進む手間を省いたのだろう。
青いリボンがレイニー。赤いリボンがシド。子供用のミトンの猫は、カルノの手より少し大きかった。
「それじゃあ、一旦、馬車へ戻りましょう。お婆さんも、その方が安心よね?」
老婆は那流とシーナの手を固く握りしめ、ボロボロと泣きながら頷いた。
スカルウォーリアーが一体。多くはズゥンビであった。おおむね救助の途中で倒してしまったのだろう。残る敵の数は少なかった。救助者を馬車に保護し、死者の駆逐を済ませた冒険者は、聖蹟の調査に向かった。
「やぁ、遅くなってすまない。皆、無事のようだね」
馬上から飛び降りた騎士は、駆け回って興奮した馬の首を叩きながら言った。
「先に発ってしまうなんて、私達のこと嫌いなんですか?」
カルノの冗談を、ロビン・ロクスリーは笑って否定する。
「碧い羽と瞳。キミはカルノ君だね。この町は反応が早かったせいで大きな被害は免れたが、溢れた死者の為、身動きの取れなくなっている町がないか、周辺の調査をしてきたんだよ」
「そうだったんですか――いえ、何故、私の名前をご存じなんでしょうか」
「ギルドには、目利きの係員がいるんだ」
ロビンはカルノの肩を叩いたあと、先を促すように歩き出した。
丘陵には緑が萌え、死者の姿は見当たらない。『彼ら』の出現先はこの聖蹟であろうと意見していた冒険者たちであったが、まもなくそれは確信に変わった。
老神父の話にもあった床――実際にはその一部の七十センチ四方ほどではあるが、確かにずれており、その下に空洞が存在していたのだ。
覗き込んだ篆の目が、暗い闇の中へ続く石の階段を捉えた。
「面白いものがあるな」
「こちらも見てください」
ミラが引き起こした床板の裏から、朽ちかけた木製の扉が現れた。石の板で表面を覆い、遺跡の一部としてカモフラージュしてあったようだ。
「下からの圧力で、押し上げられてしまったのね」
扉の表面を調べるシーナを見守り、ステラは眉を潜める。
「文字らしきものは見当たりません」
シーナは首を振り、地中に沈む階段を見つめた。
「なにか聞こえませんか?」
カルノが言った。
低く轟くその音は、風のようでもあり、声音のようでもある。下りて行こうとするミラを、シーナがそっと押し留めた。
「どんな敵が潜んでいるかわかりません。危険です」
「そうね。でも、ここまで来てなにもしないで帰るって手もないわ。行けるところまで行ってみましょう」
那流は言って、腰に落としていた得物から、シルバーナイフに装備を持ち替えた。篆やミラの用意にも抜かりはない。
「王の命だが、強制はしない。キミはキミの判断に従うと良い。いかなる時も、自身に忠実であれ。それが後悔なき道を作るだろう」
引く気配のない仲間たちに、シーナは諦めたような微笑を浮かべロビンを見る。神に等しく、王に忠誠を誓うものの決意が、そこに滲んでいた。
「やっぱり、敵だらけね!」
那流は刃を振るったあと、素早く身を屈めて迫るレイスの攻撃を交わした。駆け抜けざまに振り下ろした篆とミラの刃に、死霊から苦痛の声が上がる。シーナの放った聖なる光が、残魂を殺気ごと溶かしていった。
「良かったわ。銀系の武器を用意しておいて」
ステラの掲げるランタンの灯の下、那流の言葉に相槌を打ちながら、ポーレットは拾った石の欠片に刻まれた紋様を調べていた。
天井にも床にも崩れたあとはない。それだけが妙な存在感を漂わせ、通路に細かな欠片を伴って落ちていたのだ。
「残念ながら、なにが書いてあるのか読める状態じゃないわねぇ〜」
「魔法がかけられていないかどうか、調べてみるわね?」
ステラは言ってランタンを篆に預け、呪を唱えた。だが、らしき反応は現れない。
ポーレットは、ロビンの手に欠片を預けた。
「‥‥なにかの石版のようだね。聖杯に関する情報の一部かもしれない。これは調査報告と共に、王へ届けよう」
「この聖蹟の調査は、まだ続けた方が良いのでしょうか」
プリムローズはどこまで続くとも知れぬ深い闇を見つめる。
欠片が落ちていた理由も、穴蔵の用途も分かっていない。
不気味な音は反響して重なり合い、徐々に冒険者たちとの距離を縮めているようにも思える。
ロビンは石片を鎧の内に収めて言った。
「この場所が聖杯に関係するのなら、再び、訪れる機会がくるはずだ。今回はここで引き上げよう」
地上に戻り、固く扉を封じる。
シーナは聖水を撒き、祈りの言葉を口にした。
冒険者達は地の底から声が漏れぬことを確認して、聖蹟をあとにした。
「良かったですね。お友達が無事で」
「うん!」
目を細めるプリムローズに、少女は大きく頷いた。
ミトンをギュッと抱きしめ、嬉しそうに頬ずりをする。暗かった顔には、赤身がさしていた。
報告もそっちのけで和む冒険者達の姿は、係員の苦笑を誘っている。それでも急かさずに見守っているのは、この光景がやはり好ましいからだろうと、ポーレットと那流は囁きあった。