【峠越え】林を抜けて

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月15日

リプレイ公開日:2004年07月20日

●オープニング

 大旦那が彦根(ひこね)に頼んだ使いは、江戸から二日半ほど離れた村の村長に、仕立ての済んだ『帯』を届ける事だった。
 ところが通り道である峠には、最近、追い剥ぎが出没すると言う。
 大事な商品を盗られてはと、彦根は旧道を行く旨を主に告げたのだが──それを聞いて女将は言った。
「あら、いやだ。大丈夫なの? 旧道って、あの細い林道でしょう? 今じゃ、めっきり人が通らなくなったそうじゃない。野犬や猪にばったり出くわさないとも限らないし‥‥護衛をつけてお行きなさいな」
「は、はぁ‥‥護衛を」
 なんだか仰々しい話になってきたぞ、と思いつつ彦根は大旦那へ目をやった。人を雇うには、それなりの金子が必要である。使いを言い渡した大旦那が、首を縦に振らなければならないのだが、当の本人は微かに眉を潜め、「む」と唸ったきり黙りこくってしまった。どうにも望み薄な様子であった。
 元より護衛などつける気の無かった彦根は、大丈夫だと頼もしい返事を女将に切り返したのだが。
「帯が盗られる事は無いでしょうけど。お前さんに何かあったら、『頼んだ人』は後悔で眠れなくなるでしょうねぇ?」
 と、店名物の微笑を咲かせて一言。
 大旦那はこれに弱かったのである。
「彦。この金でな? 雇えるだけ雇え。寄り道はするんじゃないぞ? 早く戻って来い。良いな?」
 かくして彦根は、心配性の大旦那とやり手の女将に見送られ、ギルドへと足を運ぶ事となった。

●今回の参加者

 ea0691 高川 恵(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0868 劉 迦(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1040 ゲオルギー・アレクセーエフ(39歳・♂・ファイター・人間・ロシア王国)
 ea1543 猫目 斑(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2794 六道寺 鋼丸(38歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3671 不破 義鷹(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4653 御神村 茉織(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●緑輝く
 ヒラリ。
 木立の間から現れた蝶が、劉迦(ea0868)の目の前を過ぎて行った。迦は頭上を振り仰ぐ。そよそよと揺れる緑の間に、光が踊っていた。
『気持ちが良いですわ〜』
 傍らを行く高川恵(ea0691)には、その言葉の意味が分からなかったが、迦の楽しそうな仕草にニッコリと微笑んでみせた。恵の馬の背中には、場違いなほどに大きな木桶が積んであった。
「鳥が、唄って、いますね」
 はばたく動作。手で作ったくちばしを、ぱくつかせる動作。そして、最後に上を指さす。
 恵は身振り手振りを交え迦に話しかけ、迦は木を見上げ頷いた。
『どこにいるか分かりませんが、いますね〜』
 多少の食い違いはあるものの、鳥がいると言うくらいの事は伝わったようだ。
 御神村茉織(ea4653)と彦根は、二人の様子を後ろから眺め、そのやりとりに小さく感心する。
「へー。伝わってるように見えるねぇ」
「えぇ、そうですねぇ」 
「難しい話は無理かもしれませんが、言葉で話すだけが会話ではありません。伝えよう、分かろうとする気持ちが大事なんです」
「確かに」
 と、頷く茉織に恵は微笑した。
 ギルドを出てから迦の言葉は、通じなくなっていた。
 ジャパン語が通じず、会話の不便はかなりあるものの、道中の行動や役割はすでに話し終えているから、大きな混乱は無い。
「まぁ‥‥この道は、大型の獣も出ないみたいだしな」
「そう言えば、御神村さんは出立前に情報収集してたねー」
 六尺棒を右手から左手に持ち替え、六道寺鋼丸(ea2794)は茉織を振り返った。
「旧道沿いに川か泉は無いかと思ってねぇ。二日半、食事と水は必要だからな」
「そうだね。それで、どうだった?」
「沢があるような事は言ってたな」
「汲みに行くのが面倒な場所なら、私がご用意できるかもしれません」
 水の志士はそう言って、最前衛から首を廻らし二人に笑いかける。
「そうか。水、作れたんだよな」
 と、茉織。鋼丸も頷く。
「それなら、水源確保は問題ないねー」
 彦根はしきりと相づちを打ちながら、皆の話を聞いていた。
「皆さん、冒険者の方だけあって逞しいと言うか‥‥頼りになりますねぇ」
 急に木立が途切れ、頭上を覆っていた緑の屋根が消える。太陽の日がまともに差し込んでくるのに目を細め、猫目斑(ea1543)は、瞼の上に手をかざした。
 この道中、武装しての移動は体力に不安があった為、荷物は全てひとまとめにして、不破義鷹(ea3671)の馬の背に預けていた。おかげで斑の足取りは軽い。
「彦根様をお護りするのが私達の役目ですので。頼りにならなければ、私達を雇われた旦那様も、ご心配されるでしょう」
 手綱をしっかりと握り直しながら、義鷹は思わず苦笑する。
「私は、江戸を出るまで頼りなかったかもしれんな」
 故郷を離れたばかりの慣れぬ土地で、義鷹は、まだ戸惑う事が多かったのだが、江戸へ来て間もないのは、ゲオルギー・アレクセーエフ(ea1040)に取っても同じ事だろう。
 ゲオルギーは緊張した面もちで周囲に注意を払っていたが、突然、「ハァ」と吐息を漏らし脱力した。
 どうやら、気を張り続けて疲れてしまったらしい。彦根の左前を維持して歩いていたが、歩を緩めて話の輪に加わった。
「何の話だ?」
「私達が頼もしいと、彦根殿がおっしゃるのでな」
 義鷹の言葉を、ゲオルギーは一つ一つ丁寧に聞き取ってゆく。ジャパン語が、まだ、幾分たどたどしかったせいか、聞くも話すも一生懸命だった。
 ゲオルギーは考え考え、言葉を拾い上げる。
「そうか。あー‥‥無事に、終わらせる。安心、してくれ」
「ええ、はい。一緒にいてくださるだけで、心強いですよ」
 彦根は、屈託のない笑顔を浮かべ上機嫌だ。
「それにしても、楽しいですねぇ」
 と、浮かれている。
「本当です。お天気も良くて、絶好のお散歩日和ですね」
 馬を引きながら、大宗院鳴(ea1569)も、弾むように言った。
「恵さん、今度はなにしてらっしゃるのかしら」
「はて、何でしょうねぇ」
 恵は迦に向かい、深呼吸の動作を繰り返していた。

●陽は高いけれど
「あっ!」
「え?」
「兎だ!」
 矢継ぎ早の声。林の中を走っていた茶色の毛が、一行の眼前を突っ切り逆の林へと消えて行った。
 片膝をついたゲオルギーが、注意深く地面を窺うと、別の兎のものと思われる焦げ茶色の毛が見つかった。
「近くに巣があるのかもな」
「絶好の猟場発見じゃねぇか」
 後ろから覗き込む茉織に頷き返し、ゲオルギーは背中の荷物に手をかける。中には狩猟道具一式が入っていた。
「どうするか」
 問いかけられた恵は、しばし空を見上げる。
「そうですね。暗くなってからでは、何も出来ませんし‥‥今晩は、林の中で休みましょうか」
 皆、それに賛成だった。
 ゲオルギーと茉織は食材調達の為、皆と別れて兎を追う。
「野宿は初めてでして」
 彦根は大事な桐箱を、下に置きたくないらしく、胸に抱えたままでウロウロしている。やがてポンと手を打つと、二股に分かれた枝の上に箱を置き、自分の腰紐を引っ張り出して、枝と箱とをしっかりと固定した。
「寝ぼけて、うっかり踏んづけたりしたら、大変ですからね」
 少し得意げな彦根に、一番の巨躯ははにかみながら頭を掻く。
「それは名案だねー。僕が踏んだら、目も当てられないよー」
「もう一度、江戸へ逆戻りになってしまうな」
 薪を拾い集めつつ義鷹が言うと、彦根はおどけてブルルと身震いをした。鋼丸が声を上げて笑う。
「お水を作るんですか?」
 そんな言葉が聞こえて、三人は振り返った。声は、小腰を屈めて小枝を集めている斑の向こうの、鳴が発したものだ。隣に迦が並んでいる。
「野営って大変なのですね」
 と、鳴は神妙な顔で頷いているが、迦には何が起こるかわからないようだ。
 恵の前には、大きな木桶が置いてあった。何事かと注目する彦根。
 恵は一同が見守る前で、唇に詠唱を乗せた。一瞬、手元の空間が揺らいだように見えたのだが、それ以上何も起こらない。
 一度目は、失敗に終わったようだ。
「もう一度、やってみますね」
 恵は照れ笑いを浮かべ、ふうと息を吐いた。
「焦る必要は無いよー。落ち着いて、ゆっくりね」
「頑張ってください!」
 鋼丸と鳴の声を聞きながら、斑は林の奥へと目をやる。
「沢があると言っておりましたが‥‥」
「あぁ‥‥しかし、水の音は聞こえぬな」
 義鷹も周囲を見渡す。
 迦は、斑と義鷹に首を傾げた。
「それでは‥‥」
 恵の声に沈黙する一同。再び詠唱が始まると、彦根もグッと握り拳になって身を乗り出した。
 やがて──
 恵の体が青白い燐光に包まれた。手元から水がほとばしり、一瞬にして木桶になみなみとした水が溢れる。
「わぁ、すごいです!」
『成功ですわ〜』
 喜ぶ鳴と迦。
 彦根は木桶の中を覗き込むなり、そこに映った自分の顔に仰天した。
「これは驚いた! 本物の水ですよ!」
「ええ。これで、お料理もお願いできますね」
 ホッとした顔で恵は胸を撫で下ろす。
「はい。私の味付けは、少し薄いかもしれませんが、腕を振るわせていただきます」
 斑は微笑を浮かべて頷いた。

 その頃──
「逃げられたか‥‥」
 狩りはまだ自信があるとは言えない。茉織は、外されてしまった罠に目を落とし、舌打ちした。
「まぁ、こっちの収穫があったから良いか」
 と、数種類の山菜を手にゲオルギーの姿を探す。
 ゲオルギーは一羽の兎を手に提げ、林の奥から戻ってきた。「獲ったぜ」
 すっかり事切れた兎は、四肢を伸ばした状態で、ブラブラと揺れている。
「腕の差が出たみてぇだな」
 漏らす茉織の肩を、ゲオルギーはポンと叩いた。

●夜が来たりて
 合掌が済んだ鋼丸は、躊躇いもなく兎を捌き始めた。その眼差しは真摯で、どこが厳粛だ。無闇な殺生は許されていないが、これも生きる為の業。感謝のていは忘れない。
「言葉が通じれば、華国の料理を教えて貰いたかったなー」
 兎肉を火にかけながら、鋼丸は迦を見上げる。迦は不思議そうな表情で鋼丸を見やった。
『どうしましたの〜? 私の顔になにかついてますか〜』
 その言葉は、やはり分からない。残念そうな鋼丸の傍らで、斑は持参したお手製梅干しの入った握り飯を、バックパックから取り出した。山菜汁も完成し、味見した彦根は喜んでいる。
「わたくしも、お手伝いします」
 そう宣言した鳴であったが、自ら野営の準備をするのは初めてだった。汁物の中の少し大ぶりな山菜は、鳴が刻んだものだ。
「お膳はありませんの? 箸置きも見当たりませんね」
 おっとりと育ちの良さそうな雰囲気は、伊達では無かったらしい。言葉の端々に、それまでの暮らしが滲んでいる。
 鳴の無邪気さには、思わず誰もが苦笑した。
 夕餉は豪華に和気藹々と弾み、終わる頃には星が瞬いていた。パチパチと爆ぜる火を囲みながら、皆、穏やかな沈黙に包まれる。
「揺らめく炎を見ていると、おごそかな気持ちになるのは何故でしょうか‥‥」
「何故だろうね‥‥」
 ポツリ、声を落とし気味に話す恵と鋼丸の横で、彦根はコクリコクリとやっている。
『見張りは引き受けましたわ〜』
 その様子に気づき声をかける迦に、恵とゲオルギーが揃って頷いた。
「明日も早い事ですし、皆さんも休まれた方が‥‥」
「彼女も、同じ事を言ってるんだろう」
「そうですね。それでは、お先に失礼させていただきましょう」
 木の幹にもたれかかり、毛布にくるまった斑を見て、鳴は何も夜具を持って来なかった事に気がついた。
「余った寝袋はありませんか?」
 と、尋ねるが、重い寝袋を余分に持ち歩いている者はいない。恵は、自分の毛布を鳴に差し出した。
「良い月だ」
 義鷹は刀を引き寄せる。
 葉の切れ間に浮かぶ月に見下ろされ、皆、眠りについた。
 今まで以上の静けさの中、三人は時々、薪に枝をくべたり、話したりして、やってくる睡魔を払った。
 夜に強い者はいない。皆、眠かった。
 やがて、刻を見計らい見張りは、斑と鳴、それに鋼丸と交代した。鋼丸は欠伸交じりに伸びをして起きあがり、少し離れた所に横たわるゲオルギーに寝ぼけ眼を向けた。
「女性が、いるからな」
「気を遣ってるんだね」
 鋼丸が言うと、ゲオルギーは苦笑した。
 夜が更けるにつれて、見張り役の眠気も増した。
 鳴が眠気覚ましに怪談話をもちかけても、口は重くなるばかりだ。三人の意識がほぼ消えかけた頃、義鷹がムクリと目を覚ました。身じろぎの音で、茉織も起きあがる。
「代わろう」
「‥‥時間だな」
 比較的まとまった睡眠の取れた二人は、辺りの警戒と火を絶やさぬよう気を配りながら、空気が朝霞となるまで起きていた。
 空は白み、鳥が騒ぎ出す。
 夜は、無事に明けた。 

●散歩路
「火の始末は問題無かったか‥‥山火事を出したとあってはな」
「あれだけしっかり土を盛れば、心配入りませんわ」
 背後から聞こえる、義鷹と斑のやりとりに目を細めつつ、恵は彦根との話に戻る。
「お店には、他にどんな物が置いてあるのでしょうか。礼服に適した帯があれば、ぜひ所望いたしたいのですが‥‥」
「ございますとも。お着物の事でお困りでしたら、いつでもお出でくださいませ」
「良かったな。伝が出来じゃねぇか」
 茉織に言われて、恵はにこやかに頷いた。
 一行は、そぞろ歩きに雑談を交えて、穏やかな時を過ごした。
 二日目は、沢のほとりに野陣を張ったが、さすがに釣りを得意とする者はいなかったようだ。
「魚‥‥」
 誰からともなく漏れた呟き。
 皆、澄んだ水の中の魚影を、寂しげな眼差しで眺めていた。
 
●一路、江戸へ
 峠を下りてから判刻ほど。
 やっと目当ての村へ辿り着いた。
 彦根は使いを終えて店を出る時、紺色の暖簾を潜る手前で客に向かって一礼すると、それを掻き分け皆の前に笑顔をのぞかせた。ホッと大きな溜息をつく。
「これだけの護衛をつけた品なのですから、きっと大事なものなのでしょうね」
 問いかけた鳴に、彦根は誇らしげに胸を張った。
「お客様にお届けする物ですから、皆、大事なものでございます」
「確かに、そうですね」
 彦根の仕事は終わったが、皆の仕事はまだ半分を終えたばかり。頷く斑の後ろで、迦の声が言った。
『それでは、帰りましょう〜』
 言葉は通じないものの、心は通じたようだ。
 皆の足並みは、江戸に向かって流れ始めた。