●リプレイ本文
●作戦その一
「ネリーさんのように待たされたら私‥‥、自分から言っちゃいそう。でも、男の人からプロポーズして貰うのって、女の子の夢だよね」
絵心の無さが返って良かったのだろう。古布に描かれた死霊の絵は、一見すると人の顔をした木目のようにも見えて、かなりの薄気味悪さを醸し出していた。
満足そうに頷くレイン・カシューイン(ea9263)の背を掠めるようにして、白い布が駆け抜けてゆく。小さな孤児院は、オバケに扮した子供達のはしゃぐ声で大騒ぎになっていた。その数は十数人。神父はそれを優しく咎めながら、目を細めて見守っている。レインがステラ・デュナミス(eb2099)と一緒に、孤児院を開いている神父に理由を話して掛け合い、子供達を楽しませることを条件に借りられたのだ。
「それぐらいしっかりするのが、男の甲斐性だとは思うのだけど、性格なら仕方ないかしらね。せっかく協力が得られたのだし、上手く行くように祈りましょう」
椎名十太郎(eb0759)の頬に木炭で影を描き入れ、ステラは、一歩下がって首をひねった。シーツを被っただけの子供達とは違い、こちらはリアルに『生きる屍役』である。
「もう少し濃い方が良いかしら‥‥。目の周りはこれで十分だと思うのだけど」
「下から蝋燭で照らせば、雰囲気が出るんじゃないかな」
痩せこけた頬に落ち窪んだ目つきで、十太郎はレインを見上げる。ジャンとネリーがこの顔と遭遇するのは、暗がりの中だ。それを考慮して、レインは相槌を打った。
「あとは脅かすタイミングかな」
「それなら、任せてくれ。どさくさに紛れてジャンが本音を出すように、頑張ってみるよ」
十太郎がイスを引いて立ち上がると、物陰に隠れて様子を窺っていた幼女が、恐怖に引きつった顔で泣き出した。
●作戦二
「それじゃあ、今の手順と道順を忘れないように。アシュレーさんとライラさんがモデルの勧誘を断ったら、次はジャンさんの番だからね? ネリーさんが戸惑っても、しっかりお誘いするんだよ?」
「ハハ、ハイッ!」
広場の泉で水を飲んでいた小鳥が、ジャンの声に驚いて飛び立った。ソウェイル・オシラ(eb2287)はそれを目で追って、宙を見上げる。
「ええと‥‥、そんなに緊張しなくても良いからね?」
だが、力のこもった視線は変わらず、ジャンはソウェイルを見つめ続ける。
無理もない話であろう。ソウェイルの話している段取りは、その後の人生を大きく左右することとなるのだ。一言一句聞き逃すまいと、瞬きも忘れて話に聞き入っていた。
「先が思いやられそうね。これで結婚したあと、ちゃんと生活して行けるのかしら‥‥。あたしなら、有事にはきちんと自分を示してくれる夫を希望するわ」
一抹の不安を隠せないアイル・ベルハルン(ea9012)の呟きに、天霧那流(ea8065)は大いに同意する。
「そうねぇ。気質は一朝一夕じゃ治らないし、上がらない特訓でもしてみる?」
「それもありね。とにかく、打ち合わせ通りに台詞が出ると良いけど」
「それじゃ、ここで練習! はい、『一緒になってください』」
ソウェイルの声に視線を走らせた二人は、真っ赤になって口ごもるジャンに、呆れた眩暈を覚えた。
「いっ、いっ、いっ」
本人がいない状態でも、すでにこの有様である。
「‥‥手紙で伝えることも、案として持ちかけておくわ」
こめかみを抑える那流に、アイルは小さく、そして何度も頷いた。
「ええ‥‥。上手く行った暁には、彼女が彼にどんなことを期待しているのか、確認してみたいものね」
ジャンはここへくるまでの説明で、すっかりのぼせ上がってしまったようだ。噂に聞いた症状が現れていた。
「できないものはともかくとして、そうしようとする気持ちがあることは素晴らしいと思うね」
アシュレー・コーディラン(ea6883)は、そんなジャンを好ましく思ったようだが、恋人から愛情を囁かれる幸せを知っているライラ・フロイデンタール(ea6884)は、思わずギュッと拳を握りしめた。
「でも、やっぱ、気持ちは伝えられた方が良いと思うの! 言葉じゃなくて、贈り物でも良いんだけれど‥‥そう言うのって嬉しいと思うし」
見下ろした指に光る銀環は、アシュレーの指にはまるものと同じであった。二人で交換した指輪が、ライラの宝物なのだ。
喜ばしい記憶を思い返すライラの心は、自然とジャンを通り越し、顔も知らないネリーへと向かった。
その耳に那流の声が入ってくる。
「もうちょっと肩の力を抜いて。ネリーさんはここにいないんだし」
「おかしいな‥‥。普段より上がっちゃって」
「もしかして、キミ、俺たちのこと好きなのっ?」
「ち、違いますよ!」
ソウェイル達とのやりとりを見守るライラが、不安を抱く女性陣の仲間入りをしそうな気配を漂わせていることに気づいたアシュレーは、恋人の手をそっと握りしめ、大丈夫だと頷く。
「互いに好き合っているのが確かなら、プロポーズの言葉ぐらい言えるよ」
ライラは、手から伝わる力強さに微笑みを返した。
「そ、そうかな。そうだよね」
が、しかし――
「いっ、いっ、一緒にしようか!」
「『なろう』だよ!」
その道のりは遠い。
●手紙
「やっぱり一度、思いを書き綴ってみた方が良いわね。そうすれば記憶にも残るし、気持ちの整理もつくし。それを渡せば、思いも伝えられるでしょ?」
「なるほど! 手紙は良いですね」
早速、ペンを執ったジャンに、那流とレインはホッと安堵の息を吐いた。
「手紙まで駄目ならどうしようかと思ったわ」
「うん。これで言葉にできなくてもなんとかな――」
言いかけたレインはそこで言葉を飲み込み、黙り込んでしまう。那流がどうしたのかとジャンの筆先に視線を落とすと、見事に手が止まっていた。その上、耳まで赤くなっている。
「‥‥緊張するとか言わないでよ?」
突っ込んだ那流に、ジャンはぽりぽりと頭を掻いた。
「‥‥すいません」
レインの目が一瞬、彷徨い、那流へと泳ぐ。
「どうしよう‥‥ね?」
「どうしようもこうしようもないわ。良い? 『絶対大丈夫。言える、言うんだ』と自己暗示で言い聞かせるの。あとは、慣れと勇気と気合いよ! あたしで良かったら練習台になるから、ささ、練習練習!」
「えっ」
「‥‥不足?」
眉根を寄せる那流に、ジャンの顔はますます赤くなった。
●肝試しにて
「キャッ!」
二人の行く手を阻んだのは、ステラの操る水の塊であった。
ネリーは驚いてジャンの袖にしがみつく。
(「誘い出せたことは、出せたのね」)
壁に飾られた古布の不気味さを囁きながら、二人はそれを大きく迂回して通った。
物陰に隠れたステラは、ひょこひょことドアの隙間から覗く白いシーツの軍団に向かって手を挙げた。
小さな幽霊がタイミングを見計らって飛び出し、幼い子特有のすばしこさでドアからドアへと駆け抜けてゆく。
場所が孤児院と言うこともあり、このオバケの種明かしは直ぐにわかったようだ。思わぬ微笑ましさに笑うネリーの手を引いて、ジャンは最後の難関へと誘導した。
そこに立っていたのは、ユラユラと体を揺らして佇むズゥンビであった。
「女を置いて行け〜」
「‥‥ジャン」
「大丈夫。ここを抜ければ終わりだよ」
十太郎はジャンと目配せを交わし、両手を突きだして二人に襲いかかる。
(「上手く行くと良いが」)
ジャンは打ち合わせ通りにネリーを庇い立ち、十太郎の手を勇ましく打ち払った。十太郎は直ぐに踵を返し、身構えるジャンを振り返る。
(「なかなか男らしいな」)
(「この調子ならいけるかな?」)
そっとドアを開けて様子を窺っていたレインも、ジャンの立ち回りの勇敢さに期待の眼差しを向ける。子供達も二人の行方が気になるのか、方々から顔を出していた。
背後にたくさんの見物人を抱えていることを知らないネリーは、ただじっとジャンにしがみつき成り行きを見つめている。
「その女を置いていけば、お前は通してやる〜‥‥。こだわる理由がないなら置いていけ〜‥‥」
一同が固唾を飲んで見守る中、十太郎は確信に迫る問いを投げかけた。
「だ、だ、駄目だ! 大事なひとだから!」
那流との練習が功を為したのだろうか。
ジャンはそれまで照れくさくて言い淀んでいた類の言葉を、堂々と言い放ったのだ。
だが、プロポーズにはほど遠い言葉であった。ズゥンビは落胆しながらも、通れと手で合図をする。見送る皆も、残念そうに溜息をついた。
ネリーの瞳がある種の感動で揺れていることも気づかずに、ジャンは肩を落としたまま、彼女の手を引き出ていった。
●モデル募集
「学校の課題なんだけど、モデルになって貰えないかしら」
ジャンたちが通りかかるタイミングを見計らい、アイルはアシュレーとライラに声をかけた。
泉の淵に腰掛け、那流も様子を見守っている。
「申し訳ないけど、これから買い物にいくんだ」
「それが終わったら食事なの‥‥。ごめんなさい」
二人はアイルの申し出を断り、歩いてゆく。
「それじゃあ、そこのお二人はどうかな♪ 絵のモデルにならない?」
「あ、ハイ!」
打ち合わせ通りにジャンを呼び止めたソウェイルは、依頼人の様子に微妙な変化が現れていることに気がついた。
(「ねぇ、アイルさん。ジャンさんの雰囲気、なにか違わない?」)
(「ええ、声が軽いわ」)
ひそひそと声を殺して囁く二人の前で、ジャンはネリーに笑いかける。
なにかあったのだろうか。
ジャンはやけに穏やかであった。
「い、一緒に‥‥なろうか」
ソウェイルの目がアイルに。
アイルの目がソウェイルに行った。
あれだけ苦戦していたジャンの口から、すんなりと予定通りの台詞が出たのだ。
(「どういうこと?」)
向けられたアイルの視線に、那流は肩をすくめて返した。やはり驚きを隠せない。
(「さぁ」)
(「もしかして、肝試しが成功したのかな?」)
状況がハッキリしているこのシチュエーションで、求婚されたと言う勘違いは起きなかったものの、ネリーは嬉しそうに頷き、ジャンを見上げた。
●プロポーズの行方
「広場ですれ違ったね」
「やぁ、本当ですね」
アシュレーが選んだ席は、ジャンとネリーの隣であった。
偶然を装ったが、二人が店に入るところを見定めてから、あとを追ってきたのだ。
テーブルに料理が並ぶと、アシュレーはふと考え込むように食べる手を休めた。
「このスープも美味しいけど、やっぱりライラの手料理には叶わないな」
「そう? ありがとう。今度はランチを作って持ってこようね♪」
「うん。ジャン君も、ライラの手料理を食べたら、それに勝るものはないと思うに違いないし、きっと毎日食べたくなるよ」
そう言って詰め寄るアッシュを見つめ、ライラは顔を赤らめる。
「アッシュ。褒めてくれるのは嬉しいけど、ジャンさんが食べたいのは、私のじゃないと思うよ?」
「まぁ、お話を聞いてるだけで、美味しさが伝わってくるわ」
おっとりとネリーは笑ったが、ジャンは頷かない。背後に着席したざわめきに目もくれず、ゆるゆると首を振り否定した。
「俺はネリーの料理が一番好きだな。毎日‥‥、毎日、食べたいし‥‥」
「ほら、ね?」
「これは失礼。やっぱり恋人の作るものが、一番と言うことなんだろうねぇ。僕も毎日、彼女の手料理を食べたいと思ってるんだよ」
アシュレーはそこまで言って、ジャンの背後にいる顔ぶれに手を挙げた。そこでやっと、ジャンにも誰がやってきたのかわかったようだ。頓狂な顔をする恋人の手に触れ、ネリーは穏やかに笑った。
「それで? 落ち着いた感じに見えるんだけど、どこでどうなったのかしら」
那流に問われたジャンは、照れくさそうに俯く。
今日のコースは肝試しに、絵のモデル、そして、最後は食事であった。
彼女を誘い出そうとしたジャンは、やはり上がってしまったのだ。手順やルートを間違えないようにと、そればかりを気にしたまま、ネリーを前に真っ白になった。
結果、彼が言った言葉は――
「‥‥俺についてきてくださいと」
「つまり、最初に決まってしまったから、あとはゆとりを持てたと言うことね」
「いろいろと策を講じたのが良かったのかな?」
ステラと十太郎は、そう言って複雑な面もちを見あわせる。
ネリーは肝試しのあと、激しく落ち込んだジャンを不振に思い、冒険者達が考えた作戦であったことを、聞いてしまったのだと言う。
以降の作戦は言わずもがな、と言うわけであった。
「ジャンさんに、子供が好きかどうか聞いてみようかと思ったんだけど、プロポーズが済んだなら、もう必要ないかな‥‥」
「レインさん、それは刺激が強いかも☆」
真っ赤になってネリーを見下ろすジャンに苦笑し、ソウェイルの肩が「ホラね?」と語る。
「とにかく、ネリーさんは、ジャンさんが好きなのね?」
「はい。ジャンを愛しています」
アイルに向けられた微笑が、ほんのり色づきながらも、そっと想いを囁いた。