絵師の宝

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月26日〜05月31日

リプレイ公開日:2005年06月05日

●オープニング

 盗られてしまったのは、使い古した画材用具と羊皮紙の束が一つ。旅の間、世話になったボロボロのテントと毛布はかろうじて難を逃れたが、古巣であるキャメロットに戻った今、それらは部屋の肥やしになるであろう存在であった。
「財布を盗られた方がマシだった」
 セブランと言う名の絵師は、手にした白いブーケを見下ろし肩を落とした。
 花売りの娘に呼び止められなければ。
 留守を任せた恋人に、花束を送る気にならなければ。
『置き引き』にあったのは、買い物をする為に抱えていた荷を下ろした僅かな隙であった。
 彼は、家まで角一つと言う場所から、ギルドへ足を向ける羽目になってしまったのだ。
「誰かが後ろを駆け抜けたと思ったら、足下に置いておいた荷物が消えてたんです。かろうじて見えたのは、僕の荷物を抱えて雑踏に紛れてゆく若い男の姿だけ。しかも、赤い髪だったと言う以外覚えていないし。たまたま声をかけられて、たまたま花を買っただけなのに、なんてついてないんだろう」
「花売りの娘は、その男を見ていないんですか?」
 セブランは小さく肩をすくめた。腑に落ちない表情で係員を見る。
「それが、お金のやりとりに忙しかったから、全然見てないって言うんですよ。僕は背を向けていたけれど彼女は通りを向いていたわけだし、少なくとも僕よりは犯人を見ていそうなのに」
「そりゃまた妙な話ですね。商売に慣れていないのならともかく」
「声のかけかたや接客態度は、手慣れていたように思いましたけれど」
 小さな花束の存在がやけに虚しい。人の溢れる十字路を抜ければ、家は直ぐそこであった。
 係員がペンを走らせる間、セブランはずっと溜息をついていた。 
「盗難にあった品は、売り飛ばされたり捨てられてしまうことも多い。早速、調査に出向いてくれる冒険者を募りましょう。その前に依頼内容の確認を。犯人の捕縛と盗難品の返還でよろしいですか?」
「はい。できれば、『羊皮紙の束』を最優先にお願いします」
「了解いたしました。ところで、その羊皮紙の束と言うのは‥‥?」
 セブランは微笑んだ。
 題材は『ひと』。それも、心の揺れた表情だけを筆にした。
 ある時は、木陰で休む老商人の穏やかな寝顔を描いた。
「そばに僕がいるのに、とても安らいでいました。見知らぬひとに信用されるって、嬉しいことですよね」
 ある時は、強面な男の微笑を描いた。
「妹さんの結婚式が近いと、彼は微笑いました。赤の他人の僕に、秘密を教えてくれたんです」
 絵の一つ一つに込められたエピソードが、『自身』と『旅』を支えてくれたのだと、セブランは言った。
「キャメロットを出た時、僕は『僕』を無くしていました。なにをやっても駄目な気がして。旅を薦めてくれたのは僕の恋人です。外の世界を見て来いと。戻るまで、待っていてくれると言いました」
 セブランはそこで言葉を句切り、白い花を見おろした。
「もしかしたら、もう出ていってしまったかもしれない‥‥。見てくれるひとはいないかも。でも、あれを取り返さないと、僕は家に帰れないから」

 盗られてしまったのは、使い古した画材用具と羊皮紙の束が一つ。
 そして、その中で積み上げられてきた、記憶とプライド。

●今回の参加者

 ea4764 談議所 五郎丸(29歳・♀・僧兵・ドワーフ・華仙教大国)
 ea5838 レテ・ルーヴェンス(25歳・♀・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)
 eb2266 アリス・ヒックマン(27歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2336 ラウルス・サティウゥス(33歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2503 サティー・タンヴィール(35歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

 花売りは、十字路の一角に店を出していた。足を止めたラウルス・サティウゥス(eb2336)の背中を、行き交う喧噪が流れる。
「小さな花束で構わないのだが、一つ見繕って欲しい。内容はお任せしよう」
「はい、かしこまりました」
 白と黄色に水色を数本。ラウルスが見守るその前で、娘はてきぱきとブーケをこしらえてゆく。
「お客様の目の色が素敵でいらっしゃったので、青を少し混ぜてみました。いかがでしょうか?」
 差し出された花の向こうで、セブランの似顔絵と同じ顔が微笑む。確かに、商売慣れはしているが、娘には擦れた感じが見受けられない。
「気遣いを済まないな」
 やや平坦ではあるが、礼を言って立ち去りかけたラウルスは、店に向かってやってくる、談議所五郎丸(ea4764)に我が目を疑った。
 顎の下から腹まで届く、あの『大きくていびつな荷物』はなんだろう。
 重さはさして無いようだ。
 だが、しっかりと抱えた様や、通行人の少ない場所を選ぶ足運びなど、やけに慎重であった。
 荷物は、ポーレット・モラン(ea9589)が用意したはずだが、よもや本人が中に入っていようとは思わないラウルスは、『パンとか、他のものも入れるかも知れないわぁ〜』と、相談時に言っていたクレリックの言葉を、アンニュイな気持ちで思い返しながら、五郎丸にその場を譲った。

「大丈夫かしら」
「五郎丸が? ポーレットが?」
 通りの反対から花屋を窺い見ていた天霧那流(ea8065)の一言が、レテ・ルーヴェンス(ea5838)の視線を動かした。
 今まさに、店の前へ辿り着こうとする仲間を盗み見る。
「どっちも」
 袋の中で、自身の描いた習作や筆記用具、それに銀の首飾りとアーモンド・ブローチに発泡酒と高級羽根ペンやら七色のリボン等々と一緒くたになったポーレットと、それらを抱えた五郎丸を思いやる那流の顔には、形容し難い悩ましさが漂っていた。
「刺さらないと良いわね」
「それが問題よね。って、あっさり恐いこと言わないように」
「尖ったものが多かったから、ついね」
「‥‥羽根ペンは、避けておくべきだったわ」
 クールなレテと竹を割ったような性格の那流が、そんなことを飄々と懸念する前で、五郎丸がいよいよ花売りに呼び止められた。
 壁に持たれて人待ち顔をしていた、サティー・タンヴィール(eb2503)にもサッと緊張の色が走る。
 サティーは、斜向かいの出店にいたベナウィ・クラートゥ(eb2238)と頷きあい、雑踏を見渡した。
 赤に見えなくもない茶髪や、光の加減で赤髪に見える男など、怪しいと思えばキリがないが、赤だと言い切れる髪をした男はいないようだ。
 二人は目と首の振りだけで会話を交わし、それぞれの監視を続ける。

「随分と大きな荷物ですね」
「大事な画材道具が入ってるからね」
 花売りに話しかけられた五郎丸は、両手に抱えた荷物をそっと抱え直した。
 カゴや箱なら安定が保てたかもしれないが、中身に応じて形の変わる袋では、羽根の行き場もなく居心地も悪いに違いない。
 中にいるポーレットの状態が気になりつつも、開けて確認するわけにはいかないところが辛い。
 だが、そんな事情に気づかぬ娘は穏やかに笑う。
「絵描きさんなんですか?」
「うん。そんな感じ‥‥かな」
「まぁ。では、画題に一ついかがですか? 野に咲く花も良いけれど、花束になった花も素敵ですよ」
 五郎丸は小首を傾げ、考えるフリをしながらチラと往来に目を馳せた。
 仲間の姿が、人の流れの中に見え隠れする。
「んと、じゃあ、大きくて綺麗な花束をお願いしようかな」
「ありがとうございます。少々、お時間がかかりますので、宜しければ、荷物を下ろしてお休みください」
「そだね。そうしよ」
 五郎丸はおっとりと笑って、硬い地面にゆっくりと荷物を着けた。娘が花を見繕う横顔をじっと見入る。
 一つ一つの花を選び、束ね上げてゆく。色と配置を見比べる娘の顔は、柔らかで優しかった。
 セブランはこの表情になにを感じたのだろう。
 彼が描いた似顔絵は、まさに今、五郎丸が見つめている顔であった。
 娘は本当に花が好きなのかもしれない。
 仮に置き引きの片腕を担っていても、商売中の彼女の笑顔には嘘偽りがない。
 五郎丸がそんなことを思いめぐらしていると、突如、ダダダッと言う足音と、継いで若い娘の悲鳴があがった。
「キャーッ!」
 驚いた花売りが顔をあげた。五郎丸もハッとして振り返る。
 足下に置いたはずの荷物が消え、いつのまにか現れた赤毛の男の小脇に収まっていた。
「イタ〜い! 助けて〜!」
 悲鳴は荷物の中から聞こえてくる。皆の視線が、男の小脇に集まった。
「な、なんだぁッ?」
 男は驚いて袋から手を離し、五郎丸と目が合うや否や、一目散に逃げ出した。
 落とされた荷物がモゾモゾと動いている。駆けつけたサティーが袋の口を開けると、腰をさすりながら赤い羽根のシフールが現れた。
「大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃないかも〜‥‥。この仕打ちはあんまりだわ〜」
 娘は呆気にとられたようだ。作りかけの花束を手に立ちつくしている。
「あの、花を見繕っていただきたいんですけど‥‥」
 そこへ声をかけたのは、アリス・ヒックマン(eb2266)であった。
「教会に飾る花が必要なんです」
 アリスは、たったいま起こったばかりの騒ぎに、まるで動じない態で、花の匂いを嗅ぐ。
「良い香りですね。それに、他のお店の花よりも色鮮やかで、とても綺麗です」
 娘の視線が赤髪の消えた方角へ泳いだが、それも束の間だった。気を取り直した笑顔が、アリスへと向く。
「少々、お待ちいただけますか?」
 サティーはアリスと娘のやりとりを見守りつつ、拾い上げた荷物を五郎丸に返した。忙しそうに花を束ねている娘の姿は活き活きと楽しげで、逃げ出しそうな素振りはない。
「では、私はこれで失礼します」
 サティーはいとまを告げると、一旦、その場を離れ、少し先の横道へ入った。
「どうなってるんだ? 花売りは共犯じゃないのか?」
 先に居たラウルスが、待ちかねていたように訊ねてくる。サティーは首を振り、眉を寄せた。
「今のところ、どちらとも言えません」
「‥‥読みが外れたか」
「仕事熱心には、違いないようですが」
 犯人が、人の良い彼女を勝手に利用しているだけなのだろうか。
 出来上がった花束を五郎丸に手渡し、娘は微笑している。
「でも、あの笑顔は、置き引きを働く為の客寄せには見えません」
 サティーの呟きを、ラウルスは否定しなかった。

「お待たせいたしました。いかがいたしましょうか」
「そうですね。できれば、ここにある花を全部頂きたいので、教会まで運んで貰えないでしょうか」
「全部ですか?」
「お祝い事があるんです」
 胸に下げた十字や、法衣をまとったアリスの言葉を、娘は疑わなかった。広げた店を片づけると、先導されるがままに付き従う。
「ゴロちゃん、後を付いて行きましょう〜」
「見つからないかな」
「偶然、行く方角が一緒だった〜って言えば〜、大丈夫よ〜」
 アリスと花売りの娘は、一つ先の角を曲がった。
 そこは、サティーとラウルスの待ちかまえる横道であった。

「予想以上に速かったですね。これなら鳥に化けて空から追えば良かったでしょうか」
 荒い息を肩でする。
 ベナウィはこめかみに滲んだ汗を、焦りと共に拭い払った。那流も大きく胸を上下させ、唇を噛みしめる。
「まんまと撒かれたわね」
 足の速い男を追うには、それに見あった脚力を持った者がいなかったのだ。レテも悔しさを隠せない。
「戻りましょう。こうなったら、あの花売りだけが望みの綱だわ」
「そうですね。店もあるからそんなに早く逃げられないでしょうし、今度はミミクリーを使いましょう」
「頼んだわよ」
 踵を返した三つの足音が、高く石畳に鳴り響く。
 
 横道へ連れ込まれた花売りの娘は、詰め寄る一行にあっさりと降伏した。やはり、共犯だったのだ。逃げた男の元へ向かう足は重かった。
「中を見たなら、金銭的価値が無いのは判るわよね。返してくれない? あれがないと持ち主は、家に帰れないのよ」
「知るかよ、まったく」
 そら、と投げ出されたセブランの荷物が那流の頭上を越え、ベナウィの腕の中に落ちる。
「依頼人にとっては大事な荷物なんです。もっと、丁寧に扱ってください」
 叱咤する声に、赤髪の男はふてくされた態度でそっぽを向いた。
「絵描きを狙ったわけじゃなさそうね〜」
 ポーレットの問いに男はフンと鼻を鳴らす。
「違うね。盗った荷物が絵なら、適当な曰くをでっち上げて、そう言うのが好きな金持ちに売りつけりゃ良いんだ」
「呆れた。盗んだ荷で『詐欺』まで働いてるの?」
「食ってく為なんだ。しょうがねぇだろう!」
 レテに食い付く男を、花売りの娘は悲しげに見つめる。それに気づいたサティーは、セブランの描いた似顔絵を男の鼻面に突き付けた。
「依頼人が大事に思う絵を、私も見てみたいと思っていました。でも、これを見て素晴らしさが分かったんです。あなたはいかがですか?」
 描かれた優しい微笑みに、娘は目を丸くし、男は沈黙する。
 買い物をする間の僅かな時間に娘が見せた表情を、セブランは覚えていたのだ。彼は、ふとした時にひとが見せる飾らない表情を捉える力があるようだ。
「スリの片棒を担がせていて良いの? 彼女は心から仕事が好きなの。話術には商才があるし。キミだって、その脚力を活かせる仕事があるはず」
 絵の中に映し出された娘の本音と、五郎丸の言葉に、男は顔をしかめた。怒っているのではない。泣いているようだ。
「『恋人』なんでしょう? 窃盗犯になるより、幸せになって欲しいわ」
 娘が男の肩を抱いた。男は嗚咽を漏らし、娘と共にしばらく泣いていたが、やがて那流に向かってぽつりと更生の言葉を吐きだした。

 家が近づくに連れ、黙りがちになっていたセブランは、自宅の窓が開け放たれていることに気づいて足を止めた。
 冒険者たちは一歩退き、贈られた花束や自身の似顔絵を抱えた彼が、深く深呼吸するのを見守る。
「皆さん、ありがとうございました」
 腰を折って挨拶した彼は、恋人の待つ家に向かってゆっくりと歩き出した。
「見た? あの顔」
 振り返ったレテに、皆、一様に頷く。
 旅に出て、築き上げたもの。
 旅に出る時、置いて行ったもの。 
 どちらも、絵師の宝なのであろう。
 去り際の顔には、失せずに済んだ二つの自信が溢れていた。