ヒマ爺、現る
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月03日〜06月09日
リプレイ公開日:2005年06月13日
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●オープニング
ギルドには、日々様々な依頼が持ち込まれる。
依頼人は高名であったり、または家のない孤児達であったり、その内容も、命に関わるものから庭掃除に人捜し、あるいは商売の手伝いと、それは多彩に及ぶのだが、時として係員を悩ませ、冒険者を振り回すような、至極、困った難題を押しつけられることもある。
この老人の持ち込んだ依頼も、そう言った類の一つに入るだろう。ペンを執る係員の顔は、困惑に満ちていた。
「冒険ぢゃっ、冒険がしたいのぢゃっ! このジジイの胸がときめくような、ワクワクドッキドキの刺激が欲しいのぢゃっ! あるぢゃろう? 洞窟の中で宝探しをしたり、ば‥‥ばバチオンを退治したり‥‥そんな冒険ぢゃっ!」
「‥‥ババチオン?」
「そんなモンスターがおるぢゃろが! 細かいことにこだわると、あんたもまとめて退治ぢゃ! 早いところ、冒険場所を紹介せい!」
「ええっ?」
「ここで勤めておるなら、冒険に良い場所を知っておるぢゃろ!」
先の磨り減った杖をズイッと突き付けられ、係員は嘆息した。
小綺麗な旅装束に、汚れのない靴。腰にはナイフを落としている。鞘の新しさから言って、キャメロットへ来てから買ったのだろう。同行する冒険者への報酬金額も悪くない。暮らしに不自由はなさそうだが。
金と暇を持て余した人間と言うのは、なんと厄介なことだろう。道楽や暇つぶしの為に、冒険者ギルドを利用するとは。
だが、どんな理由で訪れようと、依頼人は依頼人である。かくなる上は、さっさと老人の願いを聞き入れ、冒険者に任せてしまうのが、スマートな対処法だろう。
そう考えた係員は、半ばやけくそになって案をひねり出した。
「じゃあですね。先日、聞いた噂の一つですが。キャメロットから二日ほど離れた崖の先に、小さな洞窟があります。実は最近、この洞窟で死んだ男がいまして‥‥」
「ど‥‥どゥンビになったのか! モンスター退治ぢゃな!」
「ズゥンビです‥‥。いえ、じゃなくて、ですね。彼は埋葬されたんですが、持っていたはずの荷物が見つかっていないんですよ」
「ほぉ、宝探しか! して、その男とは何者で、どんな荷物を持っていたのじゃ?」
「吟遊詩人です。所持していたのは『リュート』でして。それでまぁ、洞窟やその周辺を探せば出てくるんじゃなかろうかと」
瞳孔が開いてしまいそうなほど興奮していた老人から、フッと表情が消えた。
「なんぢゃ、楽器か。しかも、単なる遺品探しとはの。つまらん」
耳に突っ込んだ指に息を吹きかけ、係員の右斜め上あたりへ視線を向ける。まるで興味がなさそうだ。
しかし、係員はくじけなかった。老人の耳元に手を添え、声を落として囁く。
「伝説の楽器かもしれませんよ‥‥。ほら、なにせ、吟遊詩人ですから。旅の間に手に入れた、ワケありの一品かも」
「なるほど! ぢゃが、死にそうな人間の懐を探って生き延びようとする輩に、すでに持ち去られてしまったと言うことはないのぢゃろうか」
「そうかもしれませんし、まだ、どこかに隠されているのかもしれません。見つかるも見つからぬも、全て運と努力次第。これぞ、宝探しの醍醐味だと思いませんか?」
「ううむ、運と努力次第か。刺激的ぢゃな。乗ったぞ! そこにしよう!」
「ご満足いただけたようでなによりです。では、どうかお気を付けて」
係員は晴れ晴れとした笑顔で、依頼書にサインを求める。
一連の噂は、隣り合った酒場の席で、旅の商人が酒の肴に語ったものだ。
物好きな商人は、実際に洞窟の前を通ってきたらしいが、そこは雨をしのげる程度と浅く、なにかを隠すには足りないだろうと言っていた。
係員が気になったのは、リュートが防具にもなるのだと、吟遊詩人から聞いた人物がいたり、洞窟が岩場であったにも関わらず、死んだ男の体は『葉』にまみれて、痣や擦り傷だらけだったと言うことだろうか。
その楽器の話を耳にした時、脳裏を過ぎったのは『リュートベイル』と言う言葉だった。見た目も機能も普通のリュートだが、盾としても使用できる。噂に間違いがなければ、伝説の楽器とはいかないまでも、冒険者が使用する、れっきとした魔法のアイテムだ。
それに、死体についていた『葉』は、なにを物語るのだろうか。
彼は通りがかった善意の第三者により、洞窟脇で眠っているそうだ。
ともあれ、肝心なのは、老人に怪我をさせずに、無事、冒険を終えることである。
幸いにして、洞窟にはモンスターの存在もないと言うことだし、老人の希望もそこそこに叶えることができるだろう。
係員の心中は、冒険者だけに告げられた。
●リプレイ本文
「なんのつもりだ」
アルフォンス・シェーンダーク(ea7044)が、怪訝な顔をしたのも無理はなかった。後ろからそっと、首にロープをかけられたのだ。振り返ると、レムリア・テトラモルフ(ea7149)が艶っぽい微笑を湛えて立っていた。
「命綱よ」
「いや、命綱は普通ここにはしねぇだろ」
「大丈夫。全員、お揃いだから」
アルフォンスの前に掲げられたのは、四本のロープの端である。どこへ繋がっているのだろうと、目で辿ったアルフォンスは、レムリアの背後で起きている異常事態に顔をしかめた。
「なんだそれは」
「これでもマシになった方なんだよね」
「一応、両手が自由だしね〜」
談議所五郎丸(ea4764)は全く動じていない。ソウェイル・オシラ(eb2287)も、のほほんと笑っている。
だが、背中合わせに立った二人の胴体は、一本のロープで縛られていた。
「両手が自由とか、そう言う問題じゃない気がするわよね。これは」
天霧那流(ea8065)は自分の足下を見下ろし、しみじみと呟く。足首から伸びたロープは、ラシェル・カルセドニー(eb1248)の足首に結びつけられていた。
「囚人のようね」
一人、難を逃れたアイル・ベルハルン(ea9012)が言う。
「それに、一人が崖に落ちると、つられて一緒に落ちそうです」
ラシェルも限りない同意を示した。
目的地まではあと一日。
道は平地から山間に差し掛かり、緩やかな上り坂となっている。時に、片側が切り立った崖となっている場所もあり、目を離すとなにをしでかすかわからない老人の一人歩きには、皆、不安を覚えていた。
だが、それにしても――
アルフォンスは据わりかけた眼差しを、楽しげなレムリアへ向ける。
「命綱には見えねぇが」
「細かいこと、気にしちゃ駄目」
何故か本人は、皆を括ったロープの端を握っているだけである。その辺りに疑問を感じた、ベナウィ・クラートゥ(eb2238)は、事の成り行きを訝しげな面もちで見守っている、ドンに問いかけた。
「これをどう思いますか?」
ベナウィは、後ろ手に縛られている。
おかしい。明らかにおかしい。
「趣味が混じってる気がするよね?」
ソウェイルの言葉に、レムリアは輝くような微笑を浮かべた。
返事を待つまでもなかった。皆、それぞれにロープを外しレムリアに返したが、ベナウィだけはアルフォンスの手を借りて繋縛から逃れた。
「皆がすれば、ドンお爺さんもしてくれると思ったのに、命綱」
へろっと悪びれない女騎士へ向けた視線を、頭から爪先へ下ろしたあと、ドンは恐いものでも見るような顔つきになって言った。
「あんた、モンスターぢゃろ! 美しい女の姿をして、無垢な男心を玩ぶヤツぢゃ! 名前は確か、さ、さ、サキュバ『ば』ぢゃ!」
なにかが色々と間違っている。
老人がいったい何者であるのか。
アイルはそれが気になっていた。さては歴戦の勇者が、冒険者の手腕を試しているのではなかろうか。そんなことを考えて、ギルドの係員に身柄の調査を頼んだものの、依頼人の身分はギルドが保証するからその心配ないと、首を横に振られてしまった。
「確かに、国の大事でもないですし、悪事の片棒を担げと言われたわけでもないですしね」
ベナウィの言葉に頷きながらも、アイルはどこか釈然としない。
「ドンさんが、冒険に出ようと思った理由を知りたかったのよね」
何故、突然、こんなことを思い立ったのだろう。
老人は意気揚々と杖を振り、一行の先頭で軽快な足つきを見せている。
「だから、人の話を聞け、じじい! 危ねぇから、輪の中に戻れっつってんだろが!」
「ワシより歩みの遅い若年寄に言われとうないわ! 悔しかったら、サクサク歩いてワシの前に出ればよかろう! ホレ、あ、ホレ」
老人はアルフォンスを挑発するかのように、スキップで遠ざかる。一行の最後尾で黒い笑みを浮かべたエルフは、背中の荷物が重くてなかなか足が進まなかった。
「じじい‥‥、あとで見てろ」
見かねた那流が、アルフォンスの荷物に手をかける。
「あとじゃなくて、今にしたら? はい、荷物預かるから行ってらっしゃ〜い」
細かな荷物が詰め込まれたそれは、ズッシリと重い。それは那流から馬の背に預けられた。
見違えるほど軽くなった肩をぐるりと回し礼を告げると、アルフォンスはニヤリと笑う。
どうやら、すっかり老人のペースにはまっているようだ。
「誰が若年寄だ!」
そう叫んで走り出す。
「若年寄がイヤなら老青年ぢゃ! このドン・アッカースン、まだまだ老青年ごときには負けん!」
「老青年も止せ!」
ムキになって歩を早める二人の背中を見つめ、ラシェルは微苦笑を浮かべる。
「アルフォンスさんとドンお爺さん、楽しそうですね。友達同士みたい」
「本当ね。活き活きしてみえるわ。あながち、『歴戦の勇者説』は間違ってないかもね」
那流は頷きながら、足下のでこぼこを避ける為に馬首を巡らす。カッコカッコと小気味良い馬蹄の音に、それよりも少しだけくぐもった足音が並んだ。
「でも、もしかすると全然違うわね。ダークを渡したときの反応は、勇者にはほど遠かったもの」
アイルは『マブ』の手綱を引き、その鼻先にそっと手を触れる。
精霊封じの剣を手にした瞬間、ドンは目を輝かせて抜刀し、金切り声をあげて地を蹴った。ブンと唸った刃が、空を斬る。満足げに鼻を広げた老人に、アイルは一言言った。
没収するわよ、と。
以来、大人しく腰に提げているものの、二度としないと言い切れない。
「やっぱりただのお爺さんなのかしらね」
アイルは老人から目が離せなかった。
優しくて切ない詩が、ラシェルの唇からこぼれる。
夕食のあとに紡いだそれは、異国の唄だった。
ドンはよほど気に入ったのか、繰り返されたフレーズを拙いながらも鼻で刻んだ。
「ふぅむ。良い唄ぢゃ‥‥。名はあるのかの?」
「名前はわかりません。旅立つ時に送る詩のようですけど」
バードはそう言って笑う。
星が降るような夜だった。
平原で夜を過ごすことに決めた一行は、炎を見つめて黙り込むドンに、顔を見合わせた。
「どうしたのかな」
ソウェイルは声を潜め、傍らの五郎丸の袖を突く。
ドンはアイルから借りた『ダーク』を手でひねり回していた。物思う顔つきには、仄かな哀愁が漂っている。
「む。そろそろ眠くなったな。わしは一足先に休ませて貰うかの」
そう言って老人は、テントの奥へ消えた。
「なにかありそうだけど、話したくないみたい。ゴロも全然、聞けなかったし」
五郎丸はドンと手を繋ぎ、そう言った会話に持ち込んだのだが、身に及ぶことはことごとく話をすり替えられるか、笑い飛ばされてしまったのだ。
「ただ、家にいても暇なんだって言ってたんだよね」
「暇なの? 御家族のひとはいないのかな?」
「んー。どうなんだろう」
話はそれ以上進まなかった。手を繋いだ案は良かったと、ソウェイルは言って、焚き火のそばに寝転がった。
ドンの自由を奪う目的もあったのだが、他にもう一つ。
髭に対して安堵感を持ったから、と言う五郎丸の本音は、ドンにしか言わなかった。
「何度も言うようだけど。こういった冒険をする時は、機動性が大事なの。即座に反応できる身軽さを持っていないとならないわ。体力に釣り合わない重い装備は、動きを阻害して使いこなす事も出来ないし」
だから、それを置いていきなさい。
洞窟の入口をバックに、那流の目がドンの目に語りかける。
老人は荷物を全て那流の馬に預けていたが、袋の中に盾を隠し持っていたのだ。
「持っていきたいのぢゃあああ!」
「だ〜めっ」
「ケチ娘!」
「なんと言おうと駄目なものは駄目!」
いきり立つ那流の肩に、アルフォンスがそっと手をかける。
「まぁ、落ち着けよ」
「あなたが言うのね?」
「う」
「あ、ホラホラ! ドンさん、良いものがあるよ〜。盾は置いて、こっちでダークの試し斬りしない?」
ソウェイルは歩きながら採集していた木の実を、ドンの前に差し出した。
「おお、気が利くの! これは試さねば!」
ニコニコと嬉しそうに飛んでゆく後ろ姿に吐き出される、那流の溜息。冒険者達の準備は済んでいるのだが、老人がだだをこねているせいで、洞窟に入ることができない。
こっそり噂のリュートを探しに行く予定だったベナウィとアルフォンスも、消えることができずにたたらを踏んでいる。
「ドンさん、行くよ!」
ソウェイルが木の実を投げた。
「ほえりゃあああああぁ」
老人はけったいな雄叫びをあげ、ダークをかざして木の実に躍りかかる。
ぽとっ。
全くかすりもしない。二センチ程度の的であるから、無理もないのだが。
「つまらんのう。魔法であたらんのか?」
「‥‥中に入れば、大きなモンスターがいるかも?」
五郎丸の言葉に、老人はパムッと手を打つ。
「そうぢゃ! 洞窟にはモンスターがつきものぢゃからな! 『ば』ブリンぐらいはおるかもしれん!」
「バ‥‥ブリン?」
聞き返したラシェルの言葉を、老人は煙たそうに手で払う。
「行くぞ! 出発ぢゃ!」
「なんか良くわかりませんが、まとまったんでしょうか?」
ベナウィの少し疲れた声に、レムリアは頷く。
「命綱は大丈夫かしら‥‥」
「いえ、あれは命綱じゃないと俺も思いますが」
見つめ合う二人の顔は、ニッコリと笑っていた。
リュートがあるとすれば周辺の崖だろう。冒険者達はそう考えていたが、それは正しかったようだ。
上空からの偵察を終えたベナウィは、洞窟近くの断崖半ばに引っかかったリュートを発見したのだ。
「やっぱり、吟遊詩人は崖から落ちて亡くなったみたいですね」
「ここからじゃ、どこにあるのか全然見えねぇんだが、回収できそうか?」
「猿に化ければ登っていけます」
「他に荷物は? 身元がわかるようなモンとか」
ベナウィは小さなブローチを、アルフォンスに差し出した。
「目に付くもので原型を留めているのは、これぐらいでした」
「そうか」
バラの意匠。
吟遊詩人は男だと聞いた。誰かに贈るつもりだったのだろうか。
アルフォンスはブローチを手に、一つの命を奪った崖を見上げた。
洞窟の探検は、ものの十数メートルもいかないうちに、終わりを迎えた。何故なら、そこで行き止まりになってしまったからだ。
老人はつまらんとののしったが、終始、腰が退けていたのを知っている一行は、声に出さず見あわせた目で笑った。
合流後、洞窟脇の調査に切り替え、老人は、あらかじめベナウィが隠して置いたリュートベイルを発見して、大いに喜んだ。
が。
「よし! こういうのが好きそうぢゃから、これは今日からあんたのもんぢゃ!」
リュートベイルを押し付けられたラシェルは、戸惑いを隠せない。
「わ、私ですか? で、でも、せっかく見つけたのに‥‥、ドンお爺さんは?」
「こんなもの弾けん。弾けんものはいらん! ワシはブローチを貰っておこう。それに、ワシはどうやら幸運の持ち主のようぢゃ。運試しも冒険も成功ぢゃっ!」
ふおーっと意気込んで、老人は進行方向に剣の切っ先を突き付ける。
「行くぞ、もたもたせずについてくるのぢゃ、老青年!」
「だから、止せって言ってるだろが!」
最後まで振り回されたアルフォンスの絶叫が轟いた。