鳥の賦【鴉】

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月13日

リプレイ公開日:2005年07月21日

●オープニング

 泣いている。
 声も立てずに、ただ、しとしとと雫を落とす。
 重く、暗い――この鉛色の空に等しく、色褪せた心が泣いているのだ。

 手を繋いで歩いた。
 大きくて暖かな温もりだった。

 追いかけては転んだ。
 その度に、汚れた膝を叩いてくれた顔は、いつも優しかった。

 もう――
 手を伸ばすことは許されない。

 届かない。

 届かない。

 色褪せ、くすみかけている。
 遠い日の想いが、泣いているのだ。


「裏切りものッ!」
 鞘を投げ捨てると同時に地を蹴った。手の震えが止まらない。幾度となく流してきたはずの、あの『朱』を見るのが怖いのだ。
「やめろ、雉(きじ)!」
「うるさいッ!」 
 ブン――
 力任せに振り回した切っ先が、虚しく空を斬る。青年は上体を引いて逃れると、ぬかるみを一つ飛び越えた。
 何故、襲ってこない。
 何故、そんなに哀しげな貌をする。
 戦う意志の見えぬ眼差しに、雉は苛立ちを募らせた。
「これは誰かの『命』か?」
 青年が言った。物憂げな声だった。雉は黙り込み、荒い息を吐きながら青年を睨み付けた。
 叩き付けるような雨音が、僅かな沈黙の隙間に入り込む。この荒天が人々の足を鈍らせているのだろう。森の向こうにある村からの行き来は途絶え、濡れそぼる街道には、二人以外に人気がなかった。
「‥‥命と、里の掟だ! 主や仲間を殺し、金を奪って行方を眩ました裏切り者を野放しにしておくほど、我らは甘くない!」
 刀を構え直した雉に、鴉は息衝く。
「大河様を殺したのは、弟御の継成様が放った刺客だ。以前より、排斥しようと言う動きがあったのは、お前も知っているだろう。アイツは――鶯は、大河様を護ろうとして死んだ。手をかけたのは、俺たちの仲間だ」
「仲間? 自分のことじゃないのか、鴉(からす)。奪った金で『ここ』へやってきたんだろう?」
「全ては大河様の意向。『一時、地を逃れ、機を見て仇をとれ』と、後事をして大河様は亡くなられた。その時に授かった路銀だ」
「嘘だ!」
 雨を散らして雉は吠えた。それまでに聞かされていた事実とはまるで違う鴉の言葉を、弾き返すように頭を振るう。
「俺と『長』は、継成様から大河様の仇を討てとの命を受け、月道を越えてきた。反逆者として、裏切り者として、あんたを生かしてはおくなと」
 だが、声に滲んだ動揺は隠せなかった。手もさきほどより大きく震えている。
 今まで、一度として鴉が嘘を付いたことがあっただろうか。その応えに頷く自分が見つからなかった。
「雉‥‥。鶯はお前のそう言う」
 吐き出しかけた言葉を飲んで、突然、鴉は押し黙った。目が昏さを増す。雉は何も言わずに、鴉の背後へと視線を移した。
「鬱陶しい雨だ。しかし、お前の子守歌程度にはなるだろう。鴉よ」
 鴉はすっと半身を引き、横顔を声に向けた。
 現れたのは、逞しい体躯の男だった。濡れて張り付いた鉛色の忍び装束が、盛り上がった肉の動きにあわせて収縮する。男は頭巾を取り、射抜くような目で鴉を見据えた。鴉は男がやってくることを予期していたのだろう。微塵にも驚いた様子を見せなかった。
「面汚しめ。生涯の服従を誓ったお前が、主を殺して逃げるとはな。継成様は嘆いておられる」
「萱葺(かやぶき)。いや、新しい名で呼ぼうか、『草根』。何故、寝返った? なにを与えられた? お前の素性は隠せても、その刀と太刀筋は隠せない。受け取れ、鶯の最後の言葉だ‥‥。『“屋根”の下に集い生きた。鳥は死んで自由になる。だが、止まり木に翼をもがれるとは――鳥たちに伝えてくれ。生あるうちに飛び発てと。俺はもう啼けん』」
 雉の目が泳いだ。彷徨い、そして萱葺へ向く。
「お前のことも心配していた、雉。素直すぎると」
 萱葺は鼻で笑い、鴉を睨み付けた。
「囀りはほどほどにしろ。雛鳥が迷う」
 二つの影が同時に走った。雨泥を跳ね上げ鴉が飛ぶ。萱葺は半回転して鴉の腹を蹴り上げた。ガッと鈍い音がして、雉の捨てた鞘が砕け散り、バラバラと落下する木片の後方に、鴉が遅れて着地した。
「同じ手は二度と使えんぞ」
 萱葺が走った。平行して鴉が追う。雉は鴉を挟むようにして、別の影が現れたことに気づいた。どくん、と胸が鳴った。刀を持つ手が震え、息がわななく。
 萱葺が鴉に肉薄した。大振りな刃が鴉の鼻先を掠める。雨が五感を鈍らせるのだ。飛び躱した鴉の背が、飛び込んできた影にぶつかった。
「啼きすぎる鳥はいらん」
 脇腹から突き出た鉛色を、鴉は見下ろした。背中に張り付いたもう一人の萱葺が嘲笑う。鴉は自ら刃を引き抜き、一つ二つと蹌踉めいて膝を折った。
「兄者ッ!」
 駆け寄ろうとした雉に、鴉は来るなと首を振った。そこに、母の面影が見えた。叩き打つような激しい雨音も聞こえない。耳の奥で鼓動が鳴く。視界が曇るのはこの雨のせいだ。自らが落とす、痛みのせいではない。
 次の瞬間、激しい爆音が轟いた。鴉も萱葺も煙に飲まれて見えなくなる。
 雉が再び目を開いた時、鴉の姿は消えていた。
「姑息な。追うぞ、雉」
 頬から流れる血を拭い、萱葺が言った。



 水を利用して逃げるのは、鴉の癖だ。
 小川を下り、踏み荒らされた苔のある場所より半日を費やして、雉は、巨木の根元に横たわる鴉を見つけた。
 傍らに膝をついても、身動き一つしない。目を閉じ、不規則な呼吸に胸を上下させている。仰向けの顔は、死人のように白かった。
 あれから二日が経過し、鴉はかなり衰弱していた。もってあと数日だろう。手をかけずとも放っておけば死んでしまう。
 雉は唇を噛んだ。すでに戦意は失せている。萱葺には、事切れていたと報告するつもりであった。例え、それが虚偽であり、掟破りになろうと、ここで刀を抜く気にはなれなかった。
「だが、どうしたら良い? 納得させるのは無理だ‥‥」
 なにが、そして、誰が正しいのか。
 あの激しい雨の中、鴉から放たれた鶯の遺言を、雉は思い出していた。
 寝返ったのは萱葺だと、鴉は言った。それが本当なら、主を殺したのは萱葺と言うことになる。
 雉は前屈みになり、鴉の傷口を覗き込んだ。出血は止まっているが、装束も傷に近い草も黒ずんだ血で染まっている。
「薬も、金もない」
 雉は自らの憂いを漏らし、自嘲気味に嗤った。
 月道を越えて三日目の晩のことであった。寝苦しくて目覚めた雉は、夜気にあたろうと起きあがり、萱葺の荷に蹴躓いた。転がり出た小箱には、五十枚の金貨の束が二つ。目を覚ました萱葺は、慌てる素振りも見せずに言った。鴉を滅せば、お前の分は手に入ると。
「一時でも信じた俺が愚かだった。長は俺を連れて帰る気はない‥‥。兄者の次はきっと俺だ。いつも――いつも、兄者は正しかった。鶯も‥‥。全て、継成様につくための長の謀だったのか」
 ぽろりと、雉の頬を雫が伝う。
「兄者‥‥、俺の止まり木は兄者だった‥‥。兄者が消えたあと、俺は拠り所を失くしてしまった」
 父を追うように母が死に、二人は忍びの里へ預けられた。鳥の名を受けてからは、山を降りることも許されなかった。いつも優しい兄だけが、雉の心の支えだった。それを失いかけている。
「兄者、手をよこすから、もう少し堪えてくれ。俺は体勢を整えて、萱葺を討ちに戻る」
 雉はゆらりと立ち上がり、決意の浮かぶ目で鴉を見下ろした。
「愚弟だった‥‥。達者で、兄者――」
 微かに動いた兄の指先に、背を向けた弟が気づくことはなかった。

●今回の参加者

 ea0601 カシス・クライド(27歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6413 サイ・ロート(31歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9012 アイル・ベルハルン(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1935 テスタメント・ヘイリグケイト(26歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2336 ラウルス・サティウゥス(33歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●足掻き
「『森の入口カラ西へ向かって進む』って言ってモ、西がわからないアルよ」
「西がわからないと、小川へたどり着けませんね」
「小川へ辿り着けナイと、鴉のところに行けないアル」
 声だけを聞けば滑稽なやりとりだが、龍星美星(ea0604)と、カシス・クライド(ea0601)の顔は真剣そのものだった。
「おい、西はこっちだ」
 サイ・ロート(ea6413)は、アイル・ベルハルン(ea9012)と顔を見合わせたあと、左前方を指し示す。
「皆、森は苦手のようだな」
「馬車も借りられなかったし、当てが外れた焦りもあるから余計にね」
 時間の短縮ができれば、頭上に立ちこめる雲の厚さも気にはならなかっただろう。雨が二、三日中にやってくると予測したサイに、天気も敵にまわったと、誰かが愚痴をこぼした。
 しかし、どんなにぼやいても、馬車は簡単に借り出せるような代物ではないのだから仕方がない。ステラ・デュナミス(eb2099)は、懸念が当たってしまったと苦笑した。
「迷うなんてことは許されない状況よね」
「ええ。確実な道を選んで進まなければ――銀牙」
 滋藤御門(eb0050)は小腰を屈め、荷物から取り出した布で愛犬の鼻をそっと覆う。
「それは?」
 ステラに問いかけられ、御門は顔を上げた。
「雉さんの手拭いです。鴉さんを見つけるには、雉さんの匂いを辿れば良いと思いましたので」
 御門はギルドでも、依頼人の匂いを銀牙に覚えさせている。その為か、銀牙の行動には迷いがなかった。鼻先を地面に落とし、辿るべき匂いを探し始める。
「用意が良いな」
 テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)は、自分の傍らにペタンと腰を下ろしている愛犬を見下ろした。
「モルゲンレーテにも嗅がせてやりたいのだが、それを貸して貰えないか?」
「ええ」
 御門は頷き、テスタメントに手拭いを手渡す。その仕草を見守っていたアイルは、サイを振り返って言った。
「知らない間に、西から外れていると言うことがなくなるわね」
「あぁ、助かる」
 森にはそれなりに強いアイルとサイだが、方向を誤らないとは言い切れない。人間には見えない軌跡を辿れる犬たちの先導は、心強いものとなるだろう。
 鴉への足がかりは、これで万全になった。
 だが、別の心配が、ラウルス・サティウゥス(eb2336)の気分を沈ませていた。
「どうしたアルか? さっきからタメ息ばっかりアルね」
 美星の問いに、ラウルスは微かに目を細める。
「雉の仇討ちを、鴉がどう思うか。それが気になってな‥‥」
「仇討ち、アルか?」
「鴉が無茶をしなければ良いが‥‥」
 その一言が、ステラの顔色を変えた。
「失念していたわね。助けを待てと言われても、その場にじっとしていられるわけがないわ」
「まさかとは思いますが‥‥、とにかく急ぎましょう」
 落ち着かない気分にかられながら、御門は犬たちに目を移した。それまで動き回っていた彼らが、同じ場所の匂いをしきりと嗅いでいる。やがて、歩き出した二頭のボーダーコリーを追って、一行は移動を開始した。

●一握りの土
 終始、誰かに見られているような感覚があった。御門のバイブレーションセンサーも、冒険者たちと共に移動する無数の気配を捉えている。
 だが、その姿を確認している余裕はない。向こうから仕掛けてこない限り、歩を止めることはできなかった。
 一度だけ、茂みから茂みへと移動する、茶色の毛をステラは見かけた。犬のようであったが、その姿は犬よりも大きかった。
「森は『彼ら』の縄張りだからな。俺たち、侵入者を付け狙うのは当然だ」
 サイはステラの話を聞き、狼だろうと言った。
 一行は、ひたすら先を急いだ。
 犬たちが匂いを失った時はアイルとサイが、二人が判断に迷った時は犬たちが標となった。
「水の匂いがするアル」
 美星が言ってまもなく、一行は浅いせせらぎに辿り着いた。カシスは川面を覗き込み、流れに手を伸ばす。水は冷たくて心地よかった。
「小川を下るように言ってましたね」
 川岸に沿って膝丈の草が生えている。ところどころで踏み荒らされているのは、獣の仕業だろうか。折れた緑が水に浸かり、流れに合わせて揺れていた。
 時間の掴めない曇天の下、川辺の捜索は単調を極めた。
 雉が半日も川を下れたのは、鴉の癖を熟知していたからであろう。ここを通ったのだと言う確信がなければ、辿り着けなかったはずだ。
 みながその痕跡を見つけたのは、辺りが闇に包まれかけた頃であった。対岸の草に僅かながら、血痕が残されていたのだ。
 足を濡らして川を渡ると、苔が踏み荒らされていた。雉の話通りであった。
 葉に付着していた血液を布に取り、アイルはそれまでずっと傍らについていた愛犬を引き寄せた。
「この匂いを覚えて、シャノン」
 シャノンは鼻に布を宛われたまま、じっと前方の草むらを見つめている。
「‥‥なにかいるのかしら」
 アイルの視線を受けて、御門は印を結んだ。
「調べてみますね」
 震動を探るその横で、ステラが呟く。
「‥‥歓迎の挨拶は、救助が済んでからにして欲しいわね」
 まるで、異議を唱えるかのようだ。草の中で低い唸り声がした。御門は姿の見えない敵に、きつい眼差しを向ける。
「少なくとも数十はいますね。この辺りを取り囲んでいます」
「鴉が無事でいてくれるト、良いアルね」
 美星が言った。
 巨木は直ぐに見つかった。
 鴉はその根元にぐったりと身を横たえていた。体の右を下にして、左手に一握りの土を掴んでいる。拳の傍の地面が、少しえぐれていた。
 ラウルスは鴉の傍らに膝をついた。
「立とうとしたのか」
 細く弱い吐息は、今にも止まってしまいそうだ。
「とにかく、クスリを――」
 
●襲撃
 バクンッ!
 覗き込もうとしたカシスの肩口を、燃えるような熱い臭気が通り過ぎて行った。振り返った目に飛び込んだのは、冒険者達を取り囲む狼の群だ。
 茂みから、或いは幹の影から、血走った目をぎらつかせ、冒険者達を睨んでいる。
「御門殿」
「ええ。どなたか鴉さんにクスリを! 僕達がしのぎます」
 ラウルスと御門は、同時に呪を唱え始めた。テスタメントがポーションを取り出す。
「飲めるか?」
 狼たちはジリジリと前進し、包囲網を狭めた。
 薬を含んだ鴉の眉間に、小さな皺が寄る。
「ここで回復してる余裕はないわね」
 アイルは言って印を結んだ。
 グワゥ!
 一頭の狼が跳躍した。
「襲うなら、アタシを襲うアル!」
 美星の投げつけた斧が、茶色の毛を掠めて森に消える。軽い足取りで着地した獣は、アイルに攻撃を切り替えた。
「させませんよ!」
 駆け抜ける茶毛に、カシスが横から組み付いた。
「失礼、時間がありませんので」
 自分の全体重をかけて背を反らすと、抱き抱えたそれを脳天から地面に叩き付ける。

 四つ足は巨木を回り込み、御門に襲いかかった。その腹を水晶剣が掻っ捌く。呻き退いた背後から、別の一頭が飛び出してきた。ラウルスは咄嗟に剣を繰り出したが、左右で新たな咆吼を聞いた。
「キリがないな」
「任せるアル!」
 飛び込んだ美星が、ラウルスに言った。
「龍星鳥爪蹴! ホアチャー!」
 強烈な蹴りの応酬に、獣の体が踊る。
 鴉に氷棺をほどこしたアイルに、また別の牙が迫った。テスタメントは鞘走り、その顔面に刃を見舞う。
「まとめて行くわよ!」
 ステラの手から氷の渦が放たれた。
 枝を、緑を巻き上げて、狼たちに襲いかかる。
 その威力に恐れを為したのだろう。
 周囲に静寂が戻ったとき、獣の姿はすっかり周囲から消え失せていた。

●目覚めて、のち
「やっと目を覚ましたわね」
 薄目を開けた鴉に、ステラは微笑んだ。
 傷は治癒しているものの、失った体力や血は戻っていない。起きあがろうとした鴉は、そのまま前に倒れ込んだ。
「無理しちゃ駄目アルよ」
 美星は鴉の体に手をかけた。口移しで飲んだミードの味を、鴉は覚えていないようだ。仲間の視線に照れたのは、美星一人だった。
「ここは?」
「宿屋アル」
 見慣れない天井と、みなの顔を見回す鴉に、御門が言った。
「弟さんから救助を頼まれました」
「! 雉は!」
 鴉はハッとしてベッドから飛び起き、顔を歪めて再び頭を抱えこんだ。
「だから、無理しちゃイケないアル!」
 美星にたしなめられて身を横たえた鴉は、不安そうな顔を御門に向ける。
「雉は‥‥今、どこに?」
「彼は、僕達の仲間と一緒に、長のところへ向かいました」
「やはり、行ったのか‥‥」
 目を閉じ、深い息を吐き出す。まるで、雉がもう帰らないとでも言うような、悲壮感が漂っていた。
「きっと戻ります」
「私たちに約束してくれたもの。生きて還ると」
 カシスとアイルが言った。ラウルスも強い口調で言い添える。
「それまでは、大人しくしていただこう」
 どんなに言葉を重ねても、今は納得はできないだろう。それを分かっていて、みな言葉を継いでいるのだ。
「明日は、共にキャメロットを目指そう。雉もギルドへやってくると思うのでな」
「色々と恩に着る‥‥」
 テスタメントの誘いに、鴉は小さく頷いた。

●鳥の名
 翌朝、一行はキャメロットを目指して旅立った。
 夜のうちに雨が降ったらしく、地面には水たまりができていた。
 鴉は物憂げに空を見上げ、傍らに並んだラウルスに言った。
「‥‥『達者で』と。それだけが耳に残っている。再会できるものなら、二度と鳥の名は使わない。封じた名で呼びあいたい‥‥」
 一陣の雲が、風に押し流されてゆく。
「今は、なにも考えず、己の回復に努められよ」
 ラウルスは、穏やかな目で鴉の顔を見つめた。