軒下の天使
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月14日〜07月19日
リプレイ公開日:2005年07月23日
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●オープニング
人は見た目で判断してはいけない。
例え、それが悪巧みをしている狐のように吊り上がった目をしていても、全てを拒絶するかのように、口がへの字にきつく結ばれていても、言葉使いや言い回しに冷たさがあり、全身に近寄りがたい険しさをまとっていたとしても、決して『陰険なひと』などと言う太鼓判を、勝手に押してはならないのだ。
その婦人は小さな仕立てを営む、女主人だと名乗った。
質素な茶色のワンピースに、洒落た鍔広の帽子を被っている。ギッチリと束ねた髪からは、一本の後れ毛も飛び出していない。どこか神経質な感じの漂う、痩せぎすな女だった。
「助けていただきたいことがございます」
まるでギルドが汚い場所とでも言いたげな眼差しでぐうるりと辺りを見回したあと、婦人はやはり汚いものでも見るかのような目を係員に向け、咳払いを一つした。
「店の軒にできたツバメの巣のことで、頭を悩ませております。足を運んでくださるお客様に、雛の排出物が万が一にもかかってはなりませんでしょう?」
駆除を申し出るに違いない。
長年の感と、婦人の顔に浮かんだ険しさから、係員はそう読んだ。
「では、依頼は軒の『お掃除』で?」
手っ取り早く話をまとめるための気遣いのつもりだった。しかし、的は大きく外れたらしい。
婦人は「まぁ」と呆れた声を漏らし、見る間に顔を曇らせた。言ってしまったことを後悔しても、もう遅い。婦人はきつい目を係員に向け、声を荒げてまくし立てた。
「あなた! あなたはこの世に芽吹いた小さな命に対して、なんてことをおっしゃるのですか。慈愛を説く神の教えに反する嘆かわしい行為ですよ! くちばしを開け、親鳥の帰りを健気に待つ雛を一目ご覧なさい。雛鳥のため、せっせと餌を探しては運ぶ親鳥の姿を一目ご覧なさい。そんなことが、どの口で言えましょう。掃除などと」
両手で作った小さな盾は、怒濤のごとく押し寄せる非難の言葉を押し止めるには貧弱だった。
人が変わったような婦人の勢いに、係員はただただ圧倒される他ない。
「うわ、わっ、わかりました! 私の早とちりです! どうか、お気を鎮めてください!」
額に浮かんだ冷や汗を拭い、取り落としそうになったペンを持ち直す。
婦人はかなり気分を害したようだ。鼻から深く息を吐き出し、二度、三度と首を小さく横に振った。
「雛の巣立ちまで、お客様が嫌な思いをしないような処置を期待します。親鳥が安心して子育てに専念できるような方法であれば、なお結構です。駆除などということは、以ての外。本当に。頼みましたよ?」
人は見た目で判断してはいけない。
吹雪のような冷たい視線を受けながら、係員は己の失態を呪った。
●リプレイ本文
●落下物
「長い間、ここで暮らしているのに、ツバメが巣を作るなんて初めてですよ」
仕立屋の女主人――モーティマーは不思議そうに首を傾げる。
ツバメは軒下に、こじんまりとした居を構えていた。白い胸を膨らませたヒナが四羽ほど、巣のふちにひしめきあって並んでいる。時々、兄弟に押されて居場所がなくなるのか、ごろん、と倒れて見えなくなった。
「ほえ〜、可愛い‥‥」
感銘をうけたように、談議所五郎丸(ea4764)が呟いたその時である。一羽のヒナが、ヒョイと巣の外にお尻を突き出した。
!
それは、ほぼ奇跡に近い動作だった。
やれと言われても、二度とできはしまい。全員がほぼ一斉に後退し、巣を取り囲んでいた円陣が一回り大きく広がったのだ。その足つき、体の運び。これだけ足並みを揃わせるのは難しいだろう。
次の瞬間、円陣の中央に、『さるもの』がペチョッと落ちた。
皆がそれを確認し、顔を上げる途中で、もう一つ。
ペチョ。
いつ何時、『これ』が落ちてくるかわからない警戒心も露わに、セレニウム・ムーングロウ(ea2153)が小さく頷いた。
「‥‥確かに、対策を講じる必要がありますね。庇のような、受け皿はいかがでしょうか。見た目が気になるのであれば、布の端材で覆っても良いと思いますが」
「それは良い案ですね。布は探しておきますから、早速、設置を。四羽が代わる代わるに落としますので、私も仕事になりませんよ」
モーティマーは店内からホウキを持ち出すと、落ちたものに砂を被せて掃きだした。その手つきの手慣れたこと。白井蓮葉(ea4321)が思わず目を見張った。
「地面が綺麗だと思ったら、その都度、掃除していたのね‥‥」
「ええ。不衛生ですし、お客様が踏んでしまったら大変ですから」
「大変ね」
「いいえ。ツバメが巣立ってしまうまでのことですので」
キリッとした眉も凛々しく、モーティマーは蓮葉に言った。当然のこととでも言うような憮然とした態度に、リサ・セルヴァージュ(ea4771)は感極まった声を上げる。
「えらーいっ! 姐さんの優しさには、ホント感涙よっ!」
「ネエさん?」
モーティマーは自分の後ろを振り返り、そこにいた滋藤御門(eb0050)に目で問いかけた。
「僕ではなくて、モーティマーさんだと思います」
それに男ですから。どうやっても『姐さん』には‥‥。
言わない言葉は飲み込んで、御門はモーティマーに返した。モーティマーはリサに向き直る。
「私が姐さんですって?」
「ええ、姐さんよ! ところで、見た目と中身のギャップなら、このリサさんも負けないわ!」
リサは熱く訴えたあと、得意げな調子でグッと胸をそらせた。そして、一言。
「年季では負けるけど」
――今日はなんて空が青いのだろう。ツバメも舞っているな。
ラウルス・サティウゥス(eb2336)は、空を見上げてそう思う。
――ええと、今、聞いてはいけない言葉を耳にしなかったかしらね。
ステラ・デュナミス(eb2099)は小首を傾げ、自分の記憶を反芻する。
ほ。
「ほら、親鳥が戻ってきたわよ〜、みんな〜」
ポーレット・モラン(ea9589)は、一瞬の躊躇の末、話題転換を試みた。
しかし、それは虚しい努力に終わった。
「確かに、年季では私が勝りますね」
堅物の依頼人は、笑うと言うことを知らないのかもしれない。
そう言って、ホウキを手に店の中へ入ってしまった。
●災難
「冗談のつもりだったんだけど、怒らせちゃったかしら」
深いため息をつきながら、リサは材木を手に取った。それを、ガッテンフェルトの設計案に、四苦八苦している蓮葉に手渡す。
「ええと、『形状は四等分した球、もしくは二面抜きの三角錐』‥‥」
設計や工作と言ったことにうとい蓮葉は、難しい顔で手にした材木を睨んでいる。周囲には、さまざまな長さに切られた木や、木くずが散らばり始めているが、受け皿はまだ形にもなっていない。
「とりあえず、こちらだけ先に貼っておきましょうか」
御門は余り布を広げ、頭上の注意を促すための文章を、したためながら言った。
「大丈夫ですよ。リサさんのおっしゃる通り、見た目がちょっと恐いけれど内面はお優しい方ですから、冗談だとわかっていると思います」
「そうだと良いんだけど‥‥。とりあえず、作業で挽回するしかないわよね!」
「そうそう、その調子よ〜。これを、受け皿を作る参考にしてね〜」
高所の仕事はやはり、羽根のある者が向いている。ポーレットは巣の大きさを調べ、それに近い材木を選んで皆に見せた。
受け皿の作成は、なかなか上手くいかなかった。時間を追うごとに、材木は端切れとなり、木くずが増えていく。
代替案として、布を用いたり、巣自体を覆う鳥籠を作っては、と言う意見もあったが、布は風ではためいた時に音がでることと、強風で巻き上げられた時に巣を壊しかねないこと、鳥籠に至っては、親鳥が警戒して巣に近寄らなくなる可能性があるのではないかと、モーティマーが心配そうに語ったことから、結局、板を用いて作る案に戻ったのだが。
「‥‥やっぱり、凝った作りは難しいわね。加工や組みの技術が、なるべくいらないデザインにしましょう」
ステラの提案を聞き、五郎丸は頷く。
「うん。それで被害が防げれば良いんだもんね」
転がった材料を囲んでいたみなは、輪の中に音もなく加わっていた白い物体に気づいた。かなり大きな猫である。
「‥‥もしかして、この子でしょうか。いつも、追いかけられていると言うのは」
セレニウムより少し後ろに腰を下ろした大きな猫は、パタンパタンと尻尾を左右に揺らし、冒険者たちを見上げた。明るい緑色の瞳が、無邪気ながらも鋭い光を湛えている。
「‥‥これは狙っているな」
ラウルスの言葉に、みな、そっと頷いた。
猫は背を反らして大きなノビをすると、優雅な足取りで散らばった材木をまたぎ始めた。
そして、ちょうど巣の下に差し掛かった時に、悲劇は起きたのだ。
どうやら鋭い木片が、足の裏側に突き刺さったようなのだ。
前触れもなく、そして軽やかに、白猫は七十センチほどの垂直飛びを見せた。
「待って〜、にゃんこ〜!」
ツバメをスケッチしていたポーレットは、道具を傍らに置くと、猫を追った。猫は、尻尾と背中の毛をバリバリに逆立て、一目散に走って角を曲がる。
「猫よけもしっかり考えないとね」
五郎丸の言葉に、今度はステラが頷いた。
●満足度やいかに
指導者のいない作業は大いに難航した。
結局、受け皿はしごくシンプルな一枚板を軒下から吊り下げ、そこにモーティマーの用意した布を縫い合わせて、カバーを作った。一風変わった看板にみえなくもない作りだ。
「どうかしら‥‥」
憮然とした面立ちで軒下を見上げるモーティマーに、蓮葉は恐る恐る尋ねる。
「この花の香りは?」
「軒下に干し花を吊したの。猫が嫌いな匂いだそうだから、猫よけになると思うわ」
ツッ、とモーティマーの顔が、ステラへ向けられた。素がきつく見える顔だけに、まるで咎められているようだ。
「そうですか」
モーティマーはその場所から二歩下がり、少ししてもう一歩下がった。みなはそれに合わせて道を開け、依頼人の反応を見守る。
モーティマーは軒下を、冒険者たちはモーティマーの背中をみつめること数分。それまで大人しくしていたヒナたちが、突然、口を開けて騒ぎ始めた。
「親鳥が帰ってきましたね」
振り返った御門の目の前を、黒いものがヒラリと反転した。それは巣にぺたりとへばりつき、催促する子らの口に餌を吐きだして、また飛び去る。
五郎丸は、ホッと胸を撫で下ろして言った。
「良かった。受け皿も干し花も、気にならないみたいだね」
「あとは猫だな。巣立つまでの間だけでも、よりつかなくなってくれると良いのだが」
数軒先の曲がり角から様子を窺っていた猫は、ラウルスと目があった途端、顔をサッと引っ込めてしまった。
「木片を踏んで懲りたのではないですか?」
「リカバーをかけてあげたけど〜、かなり痛かったみたいだものねぇ〜」
セレニウムとポーレットの脳裏には、雑然と散らかった『危険地帯』に足を踏み入れ、助走もなしに高い垂直飛びを見せた、白猫の姿が焼き付いている。
「モーティマーさん‥‥。あの‥‥」
押し黙っているモーティマーの横顔を見た御門は、思わず破顔した。リサも気づいていたようだ。胸元でグッと拳を作ってみせた。モーティマーは、穏やかに微笑していた。
「さぁ、皆さん」
冒険者たちを振り返り、モーティマーは言う。
「お茶とお菓子を用意しておきました。良かったら、楽しい冒険のお話でも聞かせてください」
「それじゃあ‥‥」
蓮葉は瞬きを忘れ、モーティマーの顔を凝視した。頭上ではまた、子ツバメが騒ぎ始めている。
「あなた方は、たかがツバメの巣などと思わず、快く働いてくれました。猫にまで気を配ってくれて。あなた方の行いを、神と冒険者ギルドに感謝いたしましょう」
「そ‥‥、それでこそ、姐さんだわ!」
ヒラリ――
空を舞うツバメを追って、リサは首を巡らす。
「聞いた? あんたたち。巣を作ったのが優しいひとの家で良かったわね。しっかり大きくなんなさいよ!」
「姐さんは止してください。あなたこそ、お姫様のようなお顔立ちをしてらっしゃるのに、本当にギャップの激しい方のようだわ」
リサははにかみ、そして嬉しそうに笑った。
「そうよ」
年季では負けてるけど。
ジロリと睨らまれはしたが、険しくはない。
「さぁ、どうぞ」
女主人の笑みとみなの笑い声が、二度目の言葉を冗談に変えた。