ヒマ爺、また来た

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月19日〜07月25日

リプレイ公開日:2005年07月31日

●オープニング

「ほおおりゃあああ!」
 聞き覚えのある声がする。
 そう思った時に振り返れば良かったのだ。そうすれば、雄叫びを上げて走ってきた老人から、突然、首筋に杖を叩き込まれることはなかっただろう。
 あまりの激痛に、係員は自ら取り落とした書類の中に膝をついた。頭の中は真っ白になり、おまけに目から星が飛ぶ。
「ッく」
 両手で抱えこんだ首がちぎれいていないことにホッとしながら、係員は声の主を見上げた。
「ぼ‥‥、僕を殺す気ですか、アッカースンさん」
「なにを言うとるのぢゃ! これは今、流行っとる『戦闘能力テスト』ぢゃぞ! あんた、隙だらけぢゃ! そんなことでは立派な戦士になれん!」
 胸にバラのブローチを挿した老人は、そう言って年季の入った樫の杖をクルリと陽気に回してみせた。
 彼の名はドン・アッカースン。髭と『懐』の豊かな老人である。『胸躍るような冒険』を求めて、ギルドへやってきたのはつい先日のことだ。
 係員は四つん這いのまま、モフモフの白髭を見つめ嘆息した。
「職場で背後から奇襲をかけられて、隙もなにも‥‥。それに、聞いたことがありませんよ。そんなテスト」
「当たり前ぢゃ。わしがたった今、あんたの背中を見て思いついたのぢゃから」
 老人は節くれ立った指先で白い髭を撫で下ろし、満足そうに目を細めた。
 フッ。
 係員は鼻で笑った。そして、みなぎる黒い想いを、ギルドの高い天井へと解放する。
 さぁ、行け、僕の殺意。
「で。今日はどういったご用ですか? また、『冒険』をお求めですか?」
 全てを忘却の彼方へ消し去ることに成功した係員は、床に散らばった紙面を丁寧に掻き集めた。これから張り出そうと思っていた依頼や、諸々の書類たちである。どれも乱暴には扱えない。せっせと腕を動かしながら老人を見上げると、彼の目は一枚の紙面に張り付いていた。
「なんぢゃ? 『期間限定! 新装開店記念エール飲み放題』?」
 老人は腰を屈めてそれを拾い上げ、描かれた樽の絵に生唾を飲み込む。よりによって、一番見つかりたくない相手に見つかってしまった。一癖ありそうなこの広告は、相手を選んで見せるべきだと、先ほど、同僚たちと話あっていたばかりだった。
「ギルドに貼っておいてくれと頼まれたんですよ。ここから二日ほど行った小さな町なんですがね。アッカースンさんには、お勧めできません」
「なぜぢゃ? エールがタダでたらふく飲めると言うのに、何故、勧められんのぢゃ」
「どうしてもです」
 目を剥く老人の手からスルリと広告を抜き取り、聞き分けのない子供を宥めるように、係員は表情を引き締めた。
 打たれた首が非情に痛い。痣になっているかもしれない。家に帰ったら、それを見た妻がきっとこう言うのだ。
 ――あなた、私の目を見ておっしゃって。他の女性に気を移してはいないと。
 あぁ、誤解だ。僕はキミ以外の女性が素敵だと思ったことは、一度だってないんだ。突然、やってきた老人が、僕に冒険者テストだと言って、首筋を杖で打ち据えたんだ。決して、いかがわしい行為でできた痣じゃない。と、言ってもあの子のことだから、信じてはくれないだろう、多分。
 鬱々とした視界には、愛する妻の顔ではなくモサモサした髭面がある。
「さては、あんた。自分が仕事ぢゃから行けずに、ひがんでおるのぢゃろ。顔にそう書いてある」
「‥‥違います」
 係員は魂の半分を乗せた息を吐きだした。
「最近、その町へ行く途中の森に、盗賊が出るんですよ。首領を含めて五人。金品を奪い、身ぐるみを剥いで縄で縛った上、森の中に放置するんです。木の影にじっと潜んでいるらしく、知らずに通った商人が襲われ、通りすがりの町のひとに助けられるまで、半日ほどそこで死んだ気分を味わったそうですよ」
 酒場で愚痴混じりに聞いた話を持ち出してはみたものの、老人の目に浮かんだ輝きは消えなかった。むしろ、活気が溢れてしまったようだ。
「盗賊ぢゃと? ちょうど良い! ワシは戦いの『えきすぱあと』ぢゃ! ちょっと『れくちゃあ』してやるから、おとなしく聞いておれ! 良いか? 戦いには機動性が大事なんぢゃ。即座に反応できる身軽さを持っていないとならん。体力に釣り合わない重い装備は、動きを阻害して使いこなす事が出来んのぢゃ。どうぢゃ、へなちょこにはついてこれんぢゃろ」
「‥‥それ、冒険者の誰かの受け売りじゃないですか」
 頭の中に湧いては重くのしかかる、妻への言い訳をはね除ける。
 係員は首筋を気にしながら、断固として、老人の危険な冒険に反対の意を表した。
「とにかく。そろそろ依頼として上がるんじゃないかと思っていた矢先に、この広告を持って町のひとがやってきたんです。ギルドにこれを貼れば、エールにつられた冒険者が町へ向かうでしょう。彼らと遭遇し、退治と言うことにでもなれば、高い報酬を出してわざわざ依頼にする必要はありませんからね。『なかなかやるな』と、噂したばかりなんです。危険ですから止めてください、アッカースンさん」
 だが、老人も負けてはいない。係員に荒い鼻息を吹きかけると、杖を突き付けて言った。
「イ、ヤ、ぢゃ。ワシは行くぞ! 盗賊を倒し、祝杯をタダであげるのぢゃ! これこそ、胸躍る冒険ぢゃ!」
 何を言っても無駄だろう。この力強い光沢を瞳から消すには、老人に好きなことを好きなだけやらせるしかないのだ。
「‥‥わかりました。それなら」
 悟りを開いた係員は、無記入の依頼書を広げ、せめて老人が無事にキャメロットへ戻れるべく手配に思考を走らせる。
「お独りではなく、仲間を連れて行ってください。良いですか?」
「うむ! 見ておれ! 武勇伝を持ち帰り、あんたを驚かせてみせるからのう!」
「いえ、もう‥‥、十分その杖に驚かされておりますから」
 サラサラとペンを動かす横で、老人は髭を揺らして笑う。係員の憂い顔とは対照的に、果てしなく楽しそうであった。
「ところで」
 老人は係員に向かい、意味深な笑みを浮かべた。 
「なんですか‥‥」
 目は首筋を見つめている。
 渦巻く嫌な予感に、係員の手がピタリと止まった。
「あんたの首の赤いそれは、『ふしだら』をしたあとのようぢゃのう」
 高い高い天井を見上げ、係員は小さな声で呟く。
 飛んで行け、僕の殺意。

●今回の参加者

 ea2806 光月 羽澄(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4764 談議所 五郎丸(29歳・♀・僧兵・ドワーフ・華仙教大国)
 ea5529 レティシア・プラム(21歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7044 アルフォンス・シェーンダーク(29歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9012 アイル・ベルハルン(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2287 ソウェイル・オシラ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb2347 アステリア・オルテュクス(21歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

イーディス・ウィンタブロット(ea2871)/ ヴァルフェル・カーネリアン(ea7141

●リプレイ本文

●僕は大丈夫です。多分
「よぅ、じじい。ギルドの兄ちゃんにレクチャーするとは、随分、レベル上げたじゃねぇか」
「そう言うアンタこそ、前回とは違い、今日は荷が軽そうぢゃ。ワシの言いつけを守るとは、だてに年寄りめいてはおらんな、老青年」
「どのヒゲが言うか、どのヒゲが。相変わらずだな、その減らず口は」
「元気が良くて羨ましいぢゃろ。若さの秘訣は『少年の心』ぢゃ」
 ンなこと、聞いてねぇよ。
 アルフォンス・シェーンダーク(ea7044)は、ふと天井を見上げかけた。しかし、すんでのところでそれを押し止めたのは、疲労感漂う係員の姿が目に入ったからだ。
 係員はレティシア・プラム(ea5529)から、セーラ様のお告げだと言って、『スカイKILLウォーカー(宙に殺意を放つ者)』の称号を授かり、ソウェイル・オシラ(eb2287)から、溶けかけが食べ時だと、凍った果汁の塊を貰い受け、アイル・ベルハルン(ea9012)と光月羽澄(ea2806)からは、同情の言葉をかけられた。
 危うく、仲間二号になってしまうところである。
「お守り役が巻き込まれちゃな」
 そう言った矢先、アルフォンスは、天霧那流(ea8065)がすでに巻き込まれていることに気がついた。
「‥‥遅かったか」
 那流は遠い目をして固まっている。焦点を合わせていない視線の先でソウェイルが手を振っても、まるで反応がない。
「なっちゃ〜ん? どうしたんだろ。さっきまで、係員さんに合掌してたのに」
「合掌、してたのね‥‥」
 羽澄は苦笑したが、那流は確かに合掌していた。その現場はレティシアも目撃している。
「彼女に、なにが起こったんだろうな」
 しばし、思案に暮れていたアイルは、思わせぶりな口調で言った。
「心当たりがあるわ‥‥。おそらく――」

 ――あれはそう、一月半前の記憶。
 為を思って老人の希望を却下してみれば、『ケチ娘』と拗ねられ、親身になって教えたことは、係員を丸め込む屁理屈として利用された。
 遠い目‥‥。
 那流は、真剣な面もちでヒソボソやる皆を、視野に入れつつ見ていなかった。

「さぁ! 出発ぢゃ!」
「まだ、話が終わってないよ、ドンじー」
「話なら歩きながらすれば良いのぢゃ!」
 円陣の外で繰り広げられている小さな戦いに、皆はまだ気付いていない。手を引かれた談議所五郎丸(ea4764)の小柄な体は、ドンの勢いにズルズルと引きずられてゆく。
 アステリア・オルテュクス(eb2347)は手を伸ばし、ドンの腕にしがみついた。
「でも、お爺ちゃん! 詳しい話を聞かないと!」
「町の近くの森に五人ぢゃ! あとは行けばなんとかなるぢゃろ」
 老人はフフンと笑い、顔を見合わせる五郎丸とアステリアの前でふんぞり返った。とても偉そうだが、無邪気でもある。目はキラキラと、悪戯を思いついた子供のように輝いていた。
「ふむ」
 アイルから那流の苦労を聞き終えたレティシアは、冷静にドンの様子を分析した。
「係員の話も覚えていたか。記憶力が良いのだな」
「そうなの。記憶力が良いのよ」
 
●復活したから
 キリリと顔を引き締め、那流はドンの前に進み出た。すっかりいつもの調子に戻っている。
「でも、それを正しい場所で実践できなければ、意味がないわ。ドンさん。良い? 出発前には、すべきことがたくさんあるの」
「やれやれ‥‥面倒ぢゃのう」
「所持品、装備の確認、向かう先の情報収集――」
 どうやらドンは、那流に一目置いているようだ。足を止め、おとなしく耳を傾けている。
「森のどの辺で現れるのかも、知っておきたいところだよね」
 そう言って、五郎丸も頷いた。
 再度、係員から話を聞いたところ、盗賊が出るのは森の中央部だと言うことがわかった。
「さて、いよいよ出発ぢゃ!」
 アステリアは、杖を掲げる老人の顔を覗き込み、無邪気に言った。
「お爺ちゃん、持ち物チェックが終わってないよ?」
 老人はギクリとして、アステリアの顔を凝視する。
「持ち物チェックなどいらん! 大丈夫ぢゃ。ゼンブ、ソロッテオル」
 何故か、最後の言葉が棒読みであった。
「待て、こら、じじい‥‥。なにか隠してるだろ」
 アルフォンスの問いに、老人はフルンフルンと首を振る。
「隠してなぞおらんもーん」
 そして、皆に背中の荷物が見られぬよう、向かい合ったまま後ずさった。
「怪しすぎるわ‥‥」
 羽澄が言った。
「なんぢゃと! 仲間を信じることも、冒険者としては大切ぢゃ!」
「うん。それと、裏切らないこともね?」
 ソウェイルの口調は、諭すように柔らかだった。
 ドンは言葉を詰まらせ、五郎丸の手をギュッと握りしめる。うっすらと汗ばんだ掌を感じながら、五郎丸はドンの背中で垂れ下がる荷を見やった。いったい、なにが入っているのだろう。中央だけが重たげにたわんでいる。
「ドンじー、ちょっとゴメンね?」
 五郎丸は空いている手を伸ばして、荷物の底に触れた。ずっしりと固い感触と共に、ヂャラリと言う金属音が聞こえてくる。
「わ、ワシは『ちえんほいっぷ』など、持ってはおらんぞ!」
「チェーンホイップ? ドンじー。それは駄目だよ。重いし、使い手を選ぶんだから」
「も、持っておらんと言うに! また、取り上げられてしまうぢゃろ!」 
 間髪おかず、那流の声が飛ぶ。
「遅いわ! 没収!」
「ぬお! せっかくの貰いものぢゃぞ。使わなければ、勿体ないぢゃろ!」
「貰いものだろうとなんだろうと駄目ッ!」
「うぐっ。こ、この、ケチケチケチ娘めっ!」
 為を思って言ってるのだ。
 フッ。
 那流は遠い目で笑った。

●お弁当で上機嫌
「キドニーパイとバノックのお弁当、美味しかったね。お爺ちゃん♪」
 アステリアは、ソウェイルの作った冷たいデザートを一口食べ、幸せそうに双眸を崩す。果汁を凍らせ細かに削った氷菓など、冒険者でなければ作れないだろう。
 羽澄の持参した食事も、このデザートも、残さずペロリとたいらげたドンはご満悦であった。
「うむ。これぞ、冒険の醍醐味ぢゃ」
「そう言って貰えると、持ってきた甲斐があったわ」
 羽澄は、アイルの髪を結い上げながら言った。
 皆が休んでいる丘を越えれば森である。羽澄とアイルは、盗賊を誘い出す為の準備に余念がない。トルクが目立つように結い上げた髪に元の上品さも加わり、アイルはどこかの令嬢のように見えた。
 ドンはますます活気づくかと思われたが、意外にも安らいだ顔で、胸に差したバラのブローチを見下ろし、夢想にふけっている。
「どうしたのだろうな」
「さぁ‥‥」
 レティシアの呟きに、アイルも首を傾げた。

●盗賊が出た
 羽澄は、アイルを乗せた馬の手綱を取りながら、時々、後ろを振り返った。
 少し離れて那流が、その後方に皆の姿が見える。一定の距離を保ち進んでいた一行であったが、やがて先頭の足が、三人の男に堰き止められた。
「これはこれは、どこのお嬢さんで?」
 腰にナイフを落とした人相の悪い男が、馬上のアイルを見上げて嗤った。
 羽澄は振り返った。後ろにも二人いる。完全に取り囲まれたようだ。
「お嬢様、どうしましょう‥‥」
「こ、これで勘弁していただけないかしら」
 アイルは、怯えた声音で荷物を差し出そうとした。
 そこへ――
「‥‥えええりゃああああぁ‥‥」
 大分遠くから、老人の金切り声が轟いた。盗賊達は何事かと声の主へ目をやる。
 ドンは杖を振り上げた格好で、ソウェイルに押し止められていた。
「まったく世話が焼けるわね!」
 那流は盗賊達へ向き直り、抜刀しつつ走り出した。
「おい! あの女、こっちに向かって来るぜ!」
「ぼ、冒険者じゃねぇか?」
 盗賊達はギョッとした顔で後ずさる。
「に、逃げろ!」
「そうはいかないわよ!」
 踵を返す盗賊達に向かって、アイルはスクロールを広げた。大地が揺れ、三人の盗賊が転倒する。
「やっぱり、コイツら冒険者だ!」

「ドンじー! 真打ちは最後に登場するもんだよ」
 五郎丸は老人の胸元に両手を添え、必死で前進を食い止めようとする。
「離せ! 逃げてしまうぞ、ゴロ! 『えきすぱーと』のワシにかかれば、盗賊などイチコロぢゃ!」
 読み通りだ。
 アルフォンスはドンの台詞を読んでいた。しかし、静かに勝ち誇る余裕もない。いきり立つ老人の杖を掴んで、がなる。
「わかったから、この杖を貸せ!」
「いやぢゃあああ! いたいけな老人から、杖まで没収しようと言うのかあぁ! ワシも戦うのぢゃあ!」
「戦う気まんまんで、いたいけもへったくれもねぇだろ!」
 まるで、駄々をこねる子供である。地団駄を踏む老人に、ソウェイルは苦笑する。
「没収なんてしないよ! 魔法をかけてあげるから! ね?」
 途端にドンは目を輝かせ、暴れるのを止めた。
「魔法ぢゃと! すると、この杖から『ぴぶー』っと、悪漢をこらしめる光が出せるようになるのか!」
「‥‥う、うん。なるかな〜」
 老人の杖に炎を宿すソウェイルは、今ひとつ自信がなさそうだ。アルフォンスはソウェイルに向かって、「俺がなんとかする」と目配せした。
「あ、大丈夫みたい。『なんか』出るよ」
「『なんか』ってなんぢゃ」
「あ」
「まぁ良い! 行くぞ、皆の衆!」
 再び、杖を振り上げた老人の肩を、今度はレティシアが鷲掴む。
「待たれよ、御老人!」
 レティシアはそう言って、ドンを祝福の光で包み込んだ。そして、その光を携えたまま、もつれる足で皆にぶつかりまわり、荒手な祝福をほどこす。
「フゥ。うっかり発動してしまったな」
 皆、じっとレティシアを見つめた。『うっかり』と言う言葉に疑念を感じているようだ。
「あ、盗賊が!」
 五郎丸が、左右の森へ逃げ込もうとしている男達を指さした。
 アステリアは、さも怯えたように、慌ててドンの後ろに駆け込む。
「お爺ちゃん、怖い♪」
 嬉々とした語尾に気づかず、老人は杖の先を盗賊たちに向け、勇ましく立ちはだかった。
「ワシの後ろにおれば大丈夫ぢゃ! この杖の威力を見せてやる、悪漢共め!」
 ほおおりゃあああああ! 
 老人の掛け声と共に、アルフォンスはディストロイを見舞った。盗賊の一人が、うっと呻いて膝をつく。
「やるじゃねぇか、じじい」
 老人のお守りは大変である。
「そ、そうぢゃろ!」
 ドンは胸を張り、アルフォンスを振り返った。
 そして、見た。
「いや〜♪ こわ〜い♪」
 背中にかくまったはずの少女の手から、凄まじい雷撃が放たれるのを。
「グワァ!」
 背中に食らった一人が、見事に吹っ飛ばされる光景を目撃した盗賊たちは腰を抜かし、一斉に武器を捨て地べたに這いつくばった。
 ドンはポカンと口をあけて絶句していたが、ハッと我に返りアステリアを凝視した。
「あんた、モンスターぢゃろ! 可愛い姿で人を騙す、小悪魔ぢゃ! 確か、ぐ、ぐ、ぐ‥‥『ぐりまるちきん』とか言う猫かぶりがおったはずぢゃ!」
「グリマルチキンで、猫かぶり?」
 ニッコリ笑って首を傾げるアステリアに、グリマルキンだろうと、アルフォンスが言った。

●エール飲み放題、愚痴言い放題
「いいか、じじい。前に出るだけがエキスパートじゃねぇ。全ての状況を正しく判断し、把握できる能力がなきゃ、生き残れねぇんだよ」
 ドッと笑いが溢れたり、杯が打ち鳴らされたり、時には拍手が湧き起こる。陽気な雰囲気の中、アルフォンスは静かに杯を傾けた。
 テーブルの中央に置かれたシャーベット状のエールは、ソウェイルが作ったデザートだ。蜂蜜でほんのり甘く味付けされている。だが、それを堪能できる雰囲気ではないようだ。
 ドンは拗ねた面もちで、ちびちびと氷華を口に運ぶ。
「そうよ、冒険は遊びじゃないわ。命の危険だってあるの。怪我したら大変だし、悲しむ人が」
「おらんおらん。そんなもの」
 那流の言葉を遮り、老人はぴしゃりと言った。なにかまずいことを言った気がして、那流は一瞬、口を噤む。だが、直ぐに残りの思いを吐きだした。
「ドンさん。いつもお供してあげられる訳じゃないから、心配なのよ。蛮勇と勇気は違うの」
 ドンはスプーンを置き、大きなため息をついて頬杖をつく。その態度にアイルが豹変した。イスを倒して席を立つと、ドンに杯の中のエールをぶちまけたのだ。
「な、なんぢゃ!」
「勝利の祝杯? ちゃんちゃら可笑しいわ!」
 酒がからきしだと言うのに、ここへきて直ぐにエールを一気にあおったアイルの目は、怖いほどに据わっている。
 皆は無言で、アイルの前から皿やコップを遠ざけた。
「良い? 貴方が楽しんだのは『冒険ごっこ』! 貴方を傷つけない様苦心している皆の気持ち、考えた事ないでしょ!」
 ドンは頭からエールを滴らせ、呆然と固まっている。
「いっそ、冒険者におなりなさいよ! 本当の仲間になれば、皆が思っている気持ちをもっと知ることができるわ!」
 アイルはそう言って、ドンに手拭いをかけ俯いた。
「ドンじー‥‥。皆の言うこと、わかるよね?」
 五郎丸が老人の顔を覗き込む様子を、ソウェイルもレティシアも息を飲んで見守る。
 さすがに反省したのだろうか。老人は、自分の娘ほども年の離れたアイルの説教に、返す言葉もない。
 と、思ったのは気のせいだった。
 老人は、キラキラと輝くような目をパァッと天井に向け、歓喜に震える拳を振り上げた。
「わ、若かりし頃の婆さんのようぢゃ! 本気で怒られたのは、実に数年ぶりぢゃわい。それもこれも、命をかけて共に戦ったからこその友情があるからぢゃな!」
「全然、こりておらぬな」
 レティシアの言葉が、アイルの意識を遠ざける。
「アイルちゃん!」
 フラリとよろめく体を、羽澄は慌てて抱き抱えた。アイルはすっかり目を回している。
 溢れ出す活力、みなぎる力強さ。
 ドンはエールを一気にあおると、声高らかに笑い出した。小悪魔ぶりには自信のあったアステリアも、老人の無邪気さにはただただ圧倒されるばかりだ。
「お爺ちゃん、最強かも?」
 羽澄の傍らに膝をついた那流は、手うちわでアイルの顔を仰いだ。
「ますます、火を点けたみたいだけど‥‥見える? 見えないわね‥‥」
「アーちゃん、のびちゃってるもん‥‥」
 ソウェイルの言葉に、アルフォンスはため息をつく。
「人の努力ってモンをことごとく無視‥‥ってぇか、吸収してパワーアップしてくな、このじじい」
「ウヒョヒョヒョヒョヒョ、友に乾杯ぢゃ!」
 老人の楽しそうな笑い声が、陽気な酒場に負けじと響いた。