●リプレイ本文
●ウィンザーの森
トバイアスは行動の的確さに加え、情報収集能力やそれらを殺さぬ鋭い洞察力に長けていると、ロビン・ロクスリー(ez0103)は語った。その口調にある種の親しみを感じて、カルノ・ラッセル(ea5699)は問い返す。
「彼を知っているのですか?」
碧い羽根に、まばらな陽光が差している。
設営地を目指す一行は、ロビンの配下の先導のもと、ウィンザーの深い緑を掻き分けるようにして進んでいた。
「噂だけだがね。優れた者の名は、自然と耳に届くんだよ」
言って、ロビンは小さく笑う。
「こんなことになってしまったが、彼らは元々、敵じゃない。この国と民を守るための剣を掲げ、同じ王に忠誠を誓った仲間だ」
「その剣で、今は多くの者を傷つけている‥‥。主が過ちを犯すなら、それを正すのも騎士の道ではないのでしょうか」
アーサーの出生がどんなものであろうと、安泰を導いているのは彼だ。国を乱すことを選んだ者達に対し、カルノは苦言を零した。
「そのままを伝えてやってくれたまえ。彼らが主に盲目的でないなら、どこかに響くだろう」
「そうですね。彼に直接言いましょう」
カルノがロビンの言葉に頷くのを、カノン・ギガキャット(eb2988)は寡黙な様子で見守る。
カノンはまだ冒険を始めて日が浅かった。この戦と、同行した仲間達との経験の差に、不安を感じているらしく、どこか気後れがちに杞憂を漏らした。
「『強い男は、強い力に惹かれる』とは言うが、力を見せつけただけで、彼らが傘下に加わるとは思えないのだが‥‥」
かなり前を行く先導が、止まれと手振りで合図した。一行に、張りつめた空気が流れる。だが、悠々と視界を横切って行ったのは、鹿の群れだった。先導達は再び先を進み始め、カノンは無意識に握った柄から手を下ろし、歩き出したロビンの横に並んだ。
「僕が最初になにを話したか、思い出して欲しい。不可能を可能にする勝機は『策』――つまり、力だけでなく『知恵』が必要になると言ったはずだよ。彼は剣士だが、策士でもある。数で劣る僕たちが、彼ら以上に完璧な策をもって打ち負かすことで、彼に僕たちを認めさせるんだ」
力での制圧では、湧いた反発心を抑えることはできない。
トバイアスの口から聞きたいのは、負けて吐く嘆きの言葉ではなく、完敗だと言う敬服の念だ。
円卓の騎士はそう言って、カノンの肩を叩いた。
●這い寄る空気
設営地まで十数メートル。身を隠せる藪の影で、一行は機を待つことにした。フィリス・バレンシア(ea8783)は目をこらし、敵陣のテントを観察する。
武装した騎士たちの中に五人だけ、固定の場所から動かぬ者がいた。フィリスから見て最奥のテントの前に一人と、陣地の四方に四人が配備されている。見張りに違いないだろう。
フィリスが見ていると、黒いローブを着た男が二人、見張りのついたテントに入っていった。
「トバイアスはあそこのようだな‥‥」
その横に接近して立てられたテントが一つ。脇には、逞しい体躯の馬が五頭繋がれているが、うち三頭は鞍が外されていた。傍らで二人の騎士が、武具の手入れを行っているのが見てとれる。随分と、穏やかな表情をしていた。
「なにか分かったか」
巨躯のヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)は、藪から躯を出さないようにするのに骨が折れた。ずっと、しゃがんだ体勢でいると、血流が鈍り、足がしびれてくる。それを防ぐのに、体重を右から左へ乗せかえた。
「最奥のテントに奴がいる」
ヴァルフェルの目が、見張りつきの陣を捉えた。
「なるほどな」
フィリスに頷いてみせる。
「‥‥弱りましたね‥‥」
細く呟いたのは、ヴィレノア・ディタフト(ea7332)だ。
「どうしたのだ」
片膝をつき腹をおさえているヴィノレアに、ヴァルフェルは声をかけた。
「具合でも悪いのか?」
「いいえ‥‥」
ヴィノレアは、なんでもないと首を振る。
「それなら良いのだが‥‥。作戦の皮切りとなる攻撃は、貴殿が担うのだ。しっかり頼むぞ」
「ええ。任せてください。仲間を増やして帰りますよ。王の為ですからね」
所持した食事は二日分。ヴィノレアは空腹を感じていた。だが、重要な作戦を前にして、所持品に欠品があるとどうして今更言い出せよう。それも、体力を維持するのに要となる食料が足りないのだ。皆の信用を損ないかねない。ヴィノレアは口を噤むしかなかった。
「ケヴィンがいないな」
幹を背もたれに腰掛けていた辻篆(ea6829)は、いつのまにかケヴィン・グレイヴ(ea8773)が姿を消していることに気づいて言った。
羽を休めていた、パステル・ブラウゼ(ea3642)も、キョロキョロと辺りを見回すが、ケヴィンの姿は見当たらない。
「あれ? さっきまでそこにいたんだけど‥‥」
「荷物もないが、どこに行ったんだ?」
篆は、バックパックの数が、ここにいる人数と合わないことを指摘する。
行き先も告げずに消えた仲間を案じ、ヴィノレアは来た道を振り返った。
まもなく夜がやってくる。夜目の利くケヴィンなら、灯りがなくても移動に不便はないはずだが――
「罠でも仕掛けているのかもしれませんし、そのうち戻るでしょう」
だが、決行の時間になっても、ケヴィンは帰らなかった。
●孤絶の弓師
火の手を二方向から放つ。
考えた策は、良案であった。敵に挟撃を匂わせることができる。
ケヴィンは仲間から離れ、敵陣を迂回して、一人木立の間に潜んだ。
布を矢尻に巻き付け、油に浸す。全ての矢に同じ処理をほどこした。
「これで良い」
ケヴィンは静かに息を吐いた。あとは、決行の時を待ち、速やかに行動するだけである。
周囲は静かであった。テントでは時折、見張りの交代が行われ、盾を持った騎士から、ヘルムに黒い飾りのある物々しい騎士へ、そして、弓兵へと変わった。
話に聞いていた伝令は動かないようだ。日中に見かけた黒いローブは、テントの中から出てこない。
「そう頻繁に使いを出しては、居場所を教えるようなものだしな」
ケヴィンは空を見上げた。黒が藍の色に変わりつつある。
開始が近いことを悟り、バックパックを引き寄せたケヴィンの顔が、サッと白んだ。
どこを探しても、火付けの道具がない。
愕然とするケヴィンの視界で、一人の弓兵が突然、膝を折った。
●乱
「せめて、こちらを向いている者だけでも、倒しておこう」
見張りを一向に気にしていなかった冒険者を援護したのは、ロビンの家臣たちだ。音もなく胸を射抜かれた弓兵は、どうと倒れた。
「良いところを見せられませんね」
カルノの苦笑に、ヴィレノアは矢を番えながら頷く。その矢尻に家臣が火を灯した。
「とにかく、やるしかありません」
一斉に矢が放たれる。炎は屋根を転がりながら着火し、或いは突き破ってテントの中へ消えた。
「奇襲ー! 奇襲だ!」
見張りの反応は早かった。焼き討ちを知らせるため、大声で騒ぎ始めたのだ。次々と反応した騎士たちが、テントを跳ね上げ飛び出してくる。
ヴァルフェルは走り出しながら、剣を引き抜いた。フィリスが横に並ぶ。
「雑兵に用はない。トバイアスの元へ行く」
「承知した」
「これはどう!」
パステルは騎士達の前に、ラーンスの幻影を作り出した。まだ腕が若く、腰までの幻がやっとである。だが、その幻に、敵は僅かに戸惑った。首を傾げ躊躇する面々を、突如、出現した暴風が襲う。テント地が巻き上げられ、数人の騎士が一緒に吹き飛ばされた。
「隙をみせてはいけません」
木陰から竜巻を放ったカルノは、遠目から自分のいる方角を見上げている一人の騎士に気づいた。
堂々たる立ち居の青年だ。黒いローブをまとった人影を二人引き連れている。駆け寄り跪いた騎士たちに、彼は何事かを伝えた。
「『あれ』が、そうですね」
カルノは再び、呪を唱え始めた。
火の矢が降り、荷に灯った炎があちこちで爆ぜる。
騎士たちが四方に散り、トバイアスは黒いローブから離れていった。そして、騎士の伝達を受けた顔が三つ、カルノのいる木に向けられた。
見つかった――
詠唱が終わらない。
兵が矢を番えた。
「どこを向いている」
弓兵の背を、篆は駆け抜けざまに叩き斬った。振り返った別の兵の鳩尾に、クルスソードの柄が沈む。
「カノン! 下がっていろ!」
ヴァルフェルの声に、カノンは慌てて剣を引いた。意識を無くして頽れる兵の躯を掠め、巨大な刀身が舞う。倒れた兵に重なるようにして、血の花を咲かせた弓師が膝を折った。
「次が来るぞ」
二人の騎士が、フィリスに迫った。フィリスは振り下ろされた剣を盾で凌ぎ、同時に刀を突き出した。
ドドッと二人の兵が一度に倒れた。横から飛来した矢が、一人の首筋に埋まっていた。
「この矢はどこから来た?」
「ヴィレノア達じゃないな。方角が違う」
フィリスは言った。
カノンは森の奥を見つめ、弓手を探す。
「ケヴィンさんしかいない」
直後、カノンの背後で雷撃が轟いた。
黒いローブを狙う手が震える。
ヴィレノアは弓をおろし、深呼吸した。指先に力が入らず、集中力が切れかけている。食事を取れなかったツケが出てきたのだ。
黒いローブが狼と、巨大な鷹に化身した。
「大丈夫かい?」
言いながら、羽ばたく羽にロビンが矢を放つ。鷹はもがき、地面でのたうった。
「ええ――食事の重要性を思い知りました」
ヴィレノアは頷き、再び、矢を番えた。炎をぬって疾駆する黒い塊を見据え、指を離す。
放物線を描かぬ鋭い一閃が、獣の腹に突き刺さった。
「ここで外したら、敵を唸らせるどころの話ではありませんね。仲間にも見限られそうです」
震える手を見つめ、ヴィレノアは言った。
雷撃を受けたトバイアスの顔が、苦痛に歪む。傷は動けないほどではない。だが、冒険者達に囲まれ、剣を突き付けられては、身動きができないも同じであった。
「これ以上の戦いは無意味だ」
ヴァルフェルの後ろで、騎士達がたたらを踏んでいる。指揮者を抑えられ、手出しができないのだ。
ドサ、と輪から離れた場所で、重い音がした。
潜んでいた弓兵が倒れたのだ。俯せの背に、二方向から打ち込まれた数本の矢が生えていた。
トバイアスはそれぞれの方角を見据え、そして、カルノの潜む木を見上げた。
空が、白みかけている。
「‥‥みな、武器を捨てよ。我らの夜明けに、陽は登らないようだ」
●穴
「傘下に加われとおっしゃるのですか」
後ろ手を縛られたトバイアスは、ロビンの申し出に眉根を寄せた。ロビンは頷き、トバイアスの縄を解く。
「今、捉えた敵を味方に迎えると?」
「その為に、ここへ足を運んだんだ」
トバイアスは手首をさすり、皆の顔を見回した。
「信じられません。‥‥降伏したからと言って、そう易々と従えるわけがない」
「気持ちはわかる」
ヴァルフェルは険しい声音で言い落とす。
「同じ騎士として『主に背け』などとは言えん。我が輩なら、決して首を縦に振らぬだろう」
「まぁ、無茶だな‥‥」
篆も素っ気なく続く。
「騎士道って良くわからないけど‥‥」
トバイアスの前に降り立ったパステルは、強い口調で訴えた。
「でも、あなた達はこんなところで終るべきじゃない。英雄になる力があるんだもの! 私にそのサーガを書かせてよ!」
騎士には騎士の務めがあるように、吟遊詩人には吟遊詩人の役割がある。詩を唄い、奏で、物語を紡ぐのだ。語りぐさの一つ一つには、歴史があり想いがある。
「『這い寄る空気』の名を、後世に伝えたいのよ」
パステルの言葉に数人の騎士が俯いた。それを、ケヴィンとヴィレノアは無言で見つめた。
「どうする。終わりを選ぶのも、勇者として王軍に名を連ねるのも、あんた達次第ってことだ」
フィリスを見上げ、トバイアスは首を振った。
「‥‥円卓の騎士であるロビン卿に認められたことは光栄ですが、私――いや、私たちが仕えたいと思うだけの魅力を、あなた方は持ち合わせておりません。腕の良い弓師がいて、先手を取れたにもかかわらず、敵陣の構成を把握せず、見張りを潰さなかった上、伝令の者たちが動き出すまで、手を出さずにいた。私なら、目に見える危険は真っ先に取り除くでしょう」
随所に穴のあった策では、トバイアスを落とすことができなかったようだ。ロビンの声音に苦さが混じる。
「キミを唸らせることができなくて残念だ」
カノンはなにか言いかけたが、適切な言葉が見つからない。物言いたげな口をつぐみ、トバイアスを見つめる。その思いを、カルノが引き継いだ。
「ひとつお聞かせください。騎士ならば王に忠誠を誓います。そして、民と国を守る為に剣を取る。あなたの剣は、誰を――なにを守るためのものなのでしょうか」
反旗を翻した主に、部下である騎士たちはなにを思うのか。
トバイアスも騎士たちも、水を打ったように静かになった。
「‥‥今は――答えられません‥‥」
トバイアスは目を伏せたまま言った。
苦痛と迷いが滲む。
捕虜の道を選んだ指揮者に、ロビンは静かに頷いた。
「キミたちの身柄を、僕に預けて貰えるよう王に交渉しよう。もし、王のため、そして再び、民を護るための剣を掲げる気になったら、呼び出してくれたまえ。例え、敵として剣を交えた者であろうと、キミたちが望むなら、喜んで僕の仲間に加えよう」
「このまま‥‥、終わらないでね」
パステルの呟きに、トバイアスは俯いた。