夏桜
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月25日〜07月30日
リプレイ公開日:2004年08月04日
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●オープニング
何故、こんなにも胸が騒ぐのか。
この木を見上げているだけで、落ち着かない気分になる。
遠い遠い、ハッキリとしない意識の底で、こちらにむかって手を振る人。
あれはいったい、誰なのか。
この木の前に佇むと、空っぽの心に彼女が浮かぶ。
胸が熱い。
大樹よ。
俺に答えをくれないか。
彼は気まぐれな人でした。フラリとやってきては、フラリと消えてしまう。
けれど、いつも気に掛けてくれているようで、来るときには手土産だと言って、必ず何かを持ってきてくれました。
この『かんざし』も、彼からいただいたものです。
彼がいなくなったのは、春の初めの頃でした。最後に交わしたのが、桜の話でしたから間違いはありません。
江戸から二日ばかり行ったところに、私の故郷の山里があります。奉公中ですので帰る事は許されておりませんが、一度あの里の桜を見に行きたいと、お話したのです。
それが悪かったのでしょうか。
彼はその次の日から、姿を現さなくなってしまいました。元来が無口な方ですので、私には考えている事が読めませんでしたが‥‥きっと、私が無理を言ったので愛想を尽かしてしまわれたのでしょう。
あれから三月にもなりますが、彼は一度も私を訪ねてきてはくれませんでした。
私も、忘れようとしたのです‥‥。
ですが先日──店へ来たお客様から、こんな話を聞きました。
そのお客様は、出先から江戸へ戻る途中で、藪から現れた四体の犬鬼に襲われ、怪我を負ってしまったそうなのです。そのまま、崖へと追いたてられてしまい、あわや、の窮地に陥ったところを、運良く通りすがった冒険者の方に助けていただき、犬鬼と毒の苦しさから解放されたと笑っておりました。
お話はここから先が肝心なのです。
それは、犬鬼に襲われる前の事になるそうですが、お客様は、私の故郷を抜けてきたとおっしゃっいました。
懐かしくて、嬉しくて、頷きながら耳を傾けておりますと、彼に良く似た人を里で見たと、言うのです。
傍に女性がいたそうですので、別の男と見間違えたのだろうと、そう言って慰めてくれましたが‥‥。
それがもし彼なら、私もすっかり諦めます。でも、曖昧なままでは納得がゆきませんし、自分では恐くて確かめる事もできません。
どうか‥‥私の目となり、真実を見て来ていただけないでしょうか‥‥。
* * * * *
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
娘の言葉に、男は黙って首を振る。それが、里の者と男の挨拶だった。
崖から転落した時の傷は完治し、いつでも旅立てる状態だと言うのに、男はそうしなかった。出来なかったのだ。
自分の名さえ、男は喪失していた。
ただ、この木に異様なまでの関心と執着を持っていた。
娘は少し立ち止まり、男と同じように老木を見上げた。
夏の桜が、そよそよと涼しげに葉を揺らしていた。
●リプレイ本文
●涙
「本当は簪ではなく、貴女が一緒に行ける事が、一番望ましいのですが‥‥」
依頼主の名は『結(ゆう)』と言った。男とは恋仲であるそうだ。
高槻笙(ea2751)は、結から預かった簪に目を落とした。綺麗な菖蒲の彫り物があるそれを、大事に懐へとしまう。
「でも、私‥‥江戸を出る事は出来ませんし‥‥」
真実を見る勇気も無いと、結は視線を落とす。里見夏沙(ea2700)は冷めた様子で、俯く結の顔を見つめた。
「その割には、本当の事を知りたいって‥‥矛盾してねぇか? あんた、向こうに女がいるって報告聞いて、そんな簡単に諦めきれるわけ?」
「それは──」
口ごもる娘をみかね、笙の手が「まぁ」と夏沙を宥める。夏沙は「信じてやれよ」と呟いて、口を閉ざした。
その言葉に、娘の瞳が揺れた。行きたい気持ちも、信じたい気持ちもあるのだろう。だが、状況がそれを許さない。
膝の上においた手をギュッと結んだ結に、貴藤緋狩(ea2319)は双眸を崩す。
「なぁ。話を聞いて放っておく事ができなかったほど、大切に思っていた人なんだろ? 他人任せにしちゃいけないんじゃないか?」
「それに、まだ、一緒にいた女性が、相愛の仲と、決まったわけではありません」
結はピクリと震えたあと、少しぶっきらぼうとも言える紅月椛(ea4361)の顔を見上げた。椛は表情を変えなかったが、結に小さく頷いてみせる。
「夏沙もさっき、信じてやれって言ったろ?」
と、緋狩。
ミフティア・カレンズ(ea0214)も、皆の後押しをするように、真摯な眼差しで結を見つめる。
「うん。お兄さんはきっと、お姉さんが桜の話をしたから、急いでそれを取りに行ったんだと思うの。簪をお姉さんにあげたみたいに、お姉さんに桜を渡したかったんじゃないかなぁ」
「それ程、あなたを好いておられたのですね。あなたが思っているのと同じように」
それまで、笙の後ろに隠れるようにしていた紫上蜜(ea4067)は、そう言って覗かせた顔を赤らめた。
依頼人は、かなり揺らいでいるようだ。悲しげだった瞳に、少しだが別の意思が現れ始めた。
夏沙はチラリと笙を見た。笙はそれに気付いて輪を外れ、一歩下がったところで、何事かを相談しはじめた。そして、そのまま二人揃ってギルドを出てゆく。蜜が後を追った。
山本建一(ea3891)は、小さく頷いて三人を見送り、結の説得を続ける。
「花が散るのは早いので急いでいたのでしょう。何も言わずにでかけたのは、そのせいですよ。あなたを裏切ったわけではないと思います」
花──色とりどりの花。
白に赤に黄色。
(「マーマ‥‥。マーマは花を愛した。花を愛する人に悪い奴はいない」)
皆の話を聞きながら、白鳥氷華(ea0257)は、母の姿を花と言う言葉に重ねていた。
●店の主
「‥‥無理だと承知の上のお願いなのですが」
「少しの間、休みをやっても罰は当たんねぇだろ?」
「いや。ですがね? 手が一人欠ける、うちの身にもなってくださいよ。いくら高槻さんが見えても、頷けるもんじゃありません」
渋る主と押し問答を繰り広げる、笙と夏沙の後ろから、蜜も頭を下げて頼み込む。
「数日で良いんです‥‥お願いします」
「ううん‥‥いや、でもねぇ。万が一、そのまま里に──と言う事にでもなったら」
「いえ、必ず連れ帰ると約束します。私が保証人となりますので、お願いできませんか」
主はしばらく唸っていたが、やがて三種三様の説得に折れ、結を五日の約束で連れ出す事を許可してくれた。
「有り難うございます」
と、頭を下げ、良かったと顔を見合わせる笙と蜜。二人が暖簾を潜ったのを見届け、夏沙は主に小さな包みを握らせた。
「これは?」
「取っておけ」
険のある声とは裏腹に、渡した中身は娘が居ぬ間の不便料。主は慌ててそれを夏沙の手に押し返し「お優しい。気持ちだけ」と、微笑んだ。
●静夜
「こいつの料理、味が無くてなぁ」
「うるせぇな。しょうがねぇだろ。ったく」
緋狩と夏沙は道中ずっと、結の不安が軽くなるよう、冗談を言い合った。結も考えが一点に向かずに済んでいるようだ。時折、くすくすと笑いが混じる様子に、笙もホッとしていた。
その笙がキョロキョロと辺りを窺っているのを見て、健一が刀に手をかけながら尋ねる。
「敵の気配でも?」
「あぁ、いえ。民家が無いかと‥‥」
「民家、ですか」
と、椛もまた、微かに張った緊張を解きながら言う。
「結さんだけでも、屋根のある所の方が良いのではないかと思ったのですが」
ごもっとも、と頷いた一同は、皆で手分けして、街道より少し外れた場所に一件の農家を見つけた。笙が掛け合い、結は一晩の宿を、皆は納屋を拝借する事が出来た。
食事の準備を始めた一行を、椛は無言で見守る。笙がさりげなく保存食を手渡すと、椛は上目遣いでそれを受け取った。
「節約、しようと思って‥‥」
「余分に持ってきましたので、遠慮はいりませんよ」
ポソリ、礼を言う椛。
やはり屋根があるのは安心感が増すものだ。
蜜は用意したランタンに火を灯すと、揺れる炎の中、桃色の生地を裁って花を模し、それを小枝に結びつけた。
「わ〜、綺麗〜。蜜のお姉さん、器用ね」
手元を覗き込むミフティアに、蜜ははにかんだ笑顔で返す。
「ありがとうございます」
蜜はその後も空いてる時間を見つけては、ひたすら桜の花を作り続けた。
●仇
峠道を行く一行の頭上で、ピューイ、と蜜の指笛が響いた。
直後、犬鬼達が藪の中から現れ、一行の行く手を塞ぐ。すかさず、健一と椛が結の前を固め、氷華が片手で印を結び詠唱を開始した。
「後衛! 娘さんを頼む! 夏沙、行くぞ!」
「言われねぇでも、分かってる!」
日本刀と短刀を同時に抜刀した緋狩は、迫り来る犬鬼を二刃で掻き斬った。ぎゃあ、と鳴いて顔を押さえ、のけぞるそこに夏沙の重い太刀筋が振り下ろされる。
「今後、この道を行く人の為にも、生かしてはおけません!」
鞘走った刀が左から右頭上へ流れ。左手を添え、全ての重量をかけた刃を、笙は犬鬼に叩き落とした。
乱戦の間を抜けた犬鬼が、結を庇い立つ健一と椛に迫る。木上より駆けつけた蜜が、結の前に割り入り印を結んだ。詠唱を唱える顔に、焦りが浮かぶ。
「間に合って!」
「わんこさん、こっち!」
ミフティアは銅鏡を翳し、太陽光を反射させた。目を眩ませるには光が少し弱かったが、注意を殺がれた犬鬼に一瞬のスキが出来る。
すかさず椛が犬鬼の腹にひじ鉄を打ち込み、犬鬼は束の間ぐらりと揺らいだ。だが、直ぐに態勢を整え棍棒を振り上げる。健一の刀が、それを叩き落とす。と、同時に、詠唱を終えた氷華の体が青く輝き、その手から激しい吹雪が巻き起こった。
扇状に広がった竜巻に周囲の緑が引きちぎられ、ざわざわと枝が揺れた。冷たい嵐の中、犬鬼が二匹、どうと倒れる。
恐れを為した犬鬼が背を向けて逃げようとするが、蜜の手から吹き出した炎が業火へと巻き込んだ。
戦闘が済むと辺りには、倒れた犬鬼とアイスブリザードでちぎれた葉が、パラパラと落ちていた。
「桜には、使わない方が良いかもしれませんね」
笙は手拭いで血を拭い取り、刀を鞘に戻しながら苦い笑みを浮かべる。こくり頷きながら、氷華はじっと自分の手を見下ろした。
「手加減するのも難しいかもしれないな」
目の前で繰り広げられた戦いに、結はしばし言葉をなくしていたが、皆の会話を聞いて我を取り戻す。
「あの、皆さん。お怪我はございませんか?」
「うん、大丈夫♪ お姉さんこそ、平気?」
「はい、私は皆さんが守ってくださいましたので」
ミフティアはごそごそと犬鬼の袂を探っていたが、パッと顔をほころばすと、嬉しそうに立ち上がった。同じように解毒剤を探す笙の元に駆け寄る。
「二匹探して、一個だけ見つかったの。高槻のお兄さんに、あげるね♪」
「有り難う。私も見つかりましたから、二本、回収できました」
笙は穏やかに微笑して、ミフティアに礼を言う。
街道脇に犬鬼の体を押しやった一行は、再び、娘の故郷目指して歩き出した。
●想起
男は村はずれにある、小さな農家の世話になっていた。
やはり、犬鬼に襲われたようだ。崖の下に倒れているのを、この家の主が発見したと言う。旅の僧侶が、男の毒を抜いていき、やがて傷も癒えたが、記憶までは戻らない。
主も心配していたそうだ。
「あの‥‥どこかの娘さんといるのを、見た人がいるのです」
「恋仲かどうか、知りたいんだが」
蜜と緋狩の言葉に、主は吹き出した。娘はこの家の長女だが、すでに決まった人もおり、ただ心配性な事から、色々と世話を焼いていたとの事。
「良かったなぁ」
と、思わず漏らす緋狩。皆の心配も、そこで一気に解けた。
家の者は畑へ行くと言って出ていった。皆に、気を遣ったようだった。
早速、簪を取り出し、笙は男に見せた。
「これに見覚えはありますか?」
男は受け取ったものの、眉根に深い皺を刻み、首を傾げただけである。
「お兄さんの帰りを待っている人がいるの。お兄さんが、ここへ来た理由を思い出して。帰らなくちゃ行けないところが、あるんじゃないかな?」
ミフティアの問いかけに、男は深い溜息をつき首を振る。蜜が造花を取り出した。
(「お願い‥‥思い出して‥‥」)
眺める男の顔から、徐々に表情が失せていった。おぼつかない手で蜜の手から枝を受け取り、それを凝視する。
「なにか、思い出しましたか?」
問いかけた蜜を追うように、椛が言う。
「その桜を、見たいと言っていた女性が、ここへ来ています‥‥」
目が、落ち着きを失った。健一はその兆候を見逃さなかった。
「あの樹の下で待っていますよ」
男はハッと息を止めた。わなわなと震えながら、呆然と枝を見下ろし、そして、小さく呻いた。
「──俺は──」
「思い出しましたか‥‥」
笙の言葉に、男はただ、一枝を握りしめた。
●夏桜
「ここなら大丈夫だろう」
「うん。これだけ離れてたら、桜も傷つかないよね」
氷華は風上に立ち、桜の木から大分離れて、アイスブリザードを空中に放った。
勢いを失い消滅間近の氷の欠片が、僅かな風に乗りキラキラと空中を泳ぐ。ミフティアの纏う薄桃の生地が、それを仰ぐように舞った。
「事情は分かっただろう?」
「はい」
「もうすぐやってくる。あとは、あんた達で勝手にやれ」
夏沙は言い捨てて、その場を離れる。
結は不安な面もちで立ち尽くしていたが、やがて、やってきた足音にピクリと体を震わせ、おずおずと後ろを振り返った。
「十‥‥志さん」
十志は無言で木を見上げ、緑たわわな一枝を手折る。
長い沈黙を経て、苦い笑みを結に向けた。
「花が終わってしまった‥‥俺は今まで何をしていたのか。お前の涙が辛い‥‥」
ポロリ。娘の頬を伝う滴。
「いいえ。責めているわけではございません。これは‥‥嬉し涙です」
そっと寄り添う結の体に、十志の腕が回る。
ヒラヒラと舞う桜地。
「‥‥六華舞う陽に煌きし夏桜‥‥」
幸福を願う詩を詠む。
優想の詩士は、淡い微笑を讃えていた。