【探求の獣探索】黒い庭

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月27日〜12月02日

リプレイ公開日:2005年12月08日

●オープニング

「神の国アヴァロンか‥‥」
 宮廷図書館長エリファス・ウッドマンより、先の聖人探索の報告を受けたアーサー・ペンドラゴンは、自室で一人ごちた。
 『聖人』が今に伝える聖杯伝承によると、神の国とは『アヴァロン』の事を指していた。
 アヴァロン、それはケルト神話に登場する、イギリスの遙か西、海の彼方にあるといわれている神の国だ。『聖杯』によって見出される神の国への道とは、アヴァロンへ至る道だと推測された。
「‥‥トリスタン・トリストラム、ただいま戻りました」
 そこへ円卓の騎士の一人、トリスタンがやって来る。彼は『聖壁』に描かれていた、聖杯の在処を知るという蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』が封じられている場所を調査してきたのだ。
 その身体には戦いの痕が色濃く残っていた。
「‥‥イブスウィッチに遺跡がありました‥‥ただ」
 ただ、遺跡は『聖杯騎士』と名乗る者達が護っていた。聖杯騎士達はトリスタンに手傷を負わせる程の実力の持ち主のようだ。
「かつてのイギリスの王ペリノアは、アヴァロンを目指してクエスティングビーストを追い続けたといわれている。そして今度は私達が、聖杯の在処を知るというクエスティングビーストを追うというのか‥‥まさに『探求の獣』だな」
 だが、先の聖人探索では、デビルが聖人に成り代わろうとしていたり、聖壁の破壊を目論んでいた報告があった。デビルか、それともその背後にいる者もこの事に気付いているかもしれない。
 そして、アーサー王より、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

 部屋の持ち主である男は、トバイアス・シェパードよりも遅れてやってきた。
 色褪せ、擦り切れたボロ布を身に纏い、風雨にさらされた泥靴を履いている。出先から戻ったばかりなのだろう。まだ、着替えもすんでいなかった。
「やぁ、急に呼び出してすまない、トバイアス殿。急いだつもりなんだが、キミの方が早かったようだね」
 トバイアスにソファーを勧め、男は体についた砂塵を払った。白い煙が舞い上がり、トバイアスは目を細める。コホンと咳き込むと、男は楽しそうに笑った。
「すごいだろう? 伝承と知識の溢れる宝庫に、入り浸っていたんだ」
「宝庫? 『聖杯』に関する手がかりを探しに出たのではなかったのですね」
「いいや、その通りだよ。ジプシーの友人を増やしてきた。太陽と共に目覚め、月に見守られて眠る暮らしは、大変だが僕にあっていたよ」
 トバイアスの前に腰を下ろした男は、白い歯をこぼし無邪気に笑んだ。
 彼の名は、ロビン・ロクスリー。円卓の騎士の一人であるが、その肩書きはボロ布に覆われ、微塵にも見えなくなっている。まばらに生えた無精髭の顔を、トバイアスはまじまじと眺めた。
「あなたはやはり、変わり者です。ロビン殿」
「褒め言葉かな。それとも、『仲間』でいるのが、嫌になったかい?」
「いえ。だから、面白い。あなたの『部下』でいれば、退屈せずに済みます」
「それは良かった」
 ロビンは頷き、身に纏うボロ布よりはいくらかましな布きれを、テーブルの上に広げてみせる。
「これは――」
 薄汚れた布地には、達筆な筆で文字が記されていた。

『朝靄の入り江に、黒い扉は開く。
 波は冷たく、吐く息を濁らせ、土は湿って、暗い闇を生む。
 闇は広がり、黒い庭となる。
 壁の音を聞け。
 己の影を打ち砕き、東の陽で、庭を満たすがよい。
 汝は虹と、命の欠片を得るだろう』
 
 トバイアスは顔を上げ、正面にある顔を見た。いつしか笑みは薄れ、真剣な眼差しのロビンがいる。
「たくさんの話を聞いたが、この話が一番、興味深かった。いつから伝えられているのかわからないほど、古い言い伝えだそうだ。面白いのは、この伝承の残る場所だ。『イブスウィッチ』と言えば、キミはなにを意味するのかわかるだろうか」
 トバイアスは頷いた。
 アーサー王より新たなる号令がかかったことは知っている。
 キャメロットより北東に百キロほど行った、ペリノア王の領地に遺跡がある。そこに、『探求の獣』が封じられていると言うのだ。
「『虹』と『命の欠片』‥‥? これが、『クエスティングビースト』へ繋がるのでしょうか」
「確証はない。だが、『聖杯騎士』はトリスタン卿を傷つけるほど、手強いそうだ。デビルとの遭遇もありえる。その上、内部の様子はわからない」
「不利な要素ばかりですね」
 ロビンは片笑み、布を見下ろす。
「ここに『道標』がある。もしくは、『道標』となりそうな地図がある。さぁ、キミならどうするね。小隊長殿」
「真偽は定かではありませんが、向かう価値はあるかもしれません」
 トバイアスの返答に迷いは感じられなかった。頼もしい部下の肩を叩き、ロビンは力強く頷く。
「準備が整い次第、ギルドへ向かう。キミも用意をしておきたまえ」

●今回の参加者

 ea1706 トオヤ・サカキ(31歳・♂・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea5699 カルノ・ラッセル(27歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea9263 レイン・カシューイン(22歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9679 イツキ・ロードナイト(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3449 アルフォンシーナ・リドルフィ(31歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3483 イシュルーナ・エステルハージ(22歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)/ アイル・ベルハルン(ea9012

●リプレイ本文

●聖杯とは
「『虹と命の欠片』か。七色に光る、宝石かなにかだろうか‥‥」
 揺れる車中で、アルフォンシーナ・リドルフィ(eb3449)は独り言のように呟いた。
 轍の音が騒々しく、声の通りは悪い。
 だが、隣にいたイツキ・ロードナイト(ea9679)には、この呟きが聞こえたようだ。アルフォンシーナへと顔を傾けた。
「あの伝承?」
「ん。あぁ、聞こえていたか」
 イツキは頷き、そらで覚えている言葉を口にした。
 短い文章であった。一言一句違わずに語り終えた時、皆の顔がイツキに向いていた。
「『黒い扉』って、なんだろう。入り江に隠されたドアがあるのかな」
「もしくは――潮の関係で、普段は海面下にある洞窟が、現れるのかもしれませんね」
 白い指先を唇の下に添え、リースフィア・エルスリード(eb2745)が目を細める。アルフォンシーナは短い沈黙のあと、自らそれを破って言った。
「なるほど。扉とはそのものではなく、遺跡の入り口をさすと言うことか。ロビン殿はどう考える?」
「断定はできないが、僕もリースと同じ解釈をしているよ」
 ロビン・ロクスリー(ez0103)は、ポーレット・モラン(ea9589)の描く絵に興味があるようだ。アルフォンシーナの位置からは、なにを描いているのかわからないが、先ほどから、ポーレットの筆に注目している。
「全ては自分の目で確かめるしかないな」
 アルフォンシーナは荷台に背を預け、足を伸ばした。
 爪先が、寝ている犬に当たらないよう、少しだけ位置をずらす。
 馬車の中には人間の他、犬が二頭いた。
 ポーレットのテレーズと、カルノ・ラッセル(ea5699)のレンだ。犬たちはそれぞれの飼い主のそばで、のんびりとくつろいでいた。
 イシュルーナ・エステルハージ(eb3483)が見つめていると、テレーズはパタリパタリと尾を振った。
「そう言えば、『命の欠片』って、クエスティングビーストに繋がるのかな。頭は蛇で、身体は豹で、ライオンの尻尾に‥‥」
「鹿の足〜。こんな感じよ〜」
 ポーレットはそう言って、完成した絵を掲げる。覗き込んだイシュルーナは、思わず、首をひねった。
「探求の獣って、やっぱり、可愛くないね」
 それは、希代な姿にほかならない。トバイアス・シェパードの顔つきもどこか苦々しい。
「聖杯への手がかりでもなければ、近寄りたい姿ではありませんね」
「ほんと、センスのない獣よね〜。創造主の趣味を疑うわ〜」
 聖女は、横たわる愛犬の額を、優しく撫でた。
 聖杯の存在は、発端であり終点である。
 辿り着かなければ終わらない。
 そのために傷ついた人々は、手にすることで報われるのだろうか。
 ポーレットの問いは、胸の中で神に向けて発せられた。

●水の引く時
 ジプシーの話を元に、一行は草原を駆り、森を抜けた。
 入り江へと辿り着いたのは夜半であった。暗くて見渡せなかった全景が、空が白み始めると共に明らかになる。ゴツゴツとした岩が点在する、波の静かな場所であった。
「霧が出てきたようだね」
 吐く息よりも白いもやが海上を滑り、入り江にやってきた。
「寒くない?」
 トオヤ・サカキ(ea1706)は、レイン・カシューイン(ea9263)に、そっと尋ねる。
「うん。トオヤは?」
 レインが頷いたのを確認して、トオヤは微笑を返した。
「大丈夫」
 皆、防寒具を着込み、準備は万全だ。だが、ポーレットだけは、愛犬に巻き付けた毛布の中で震えていた。
「やっぱり、手袋だけじゃ寒いわね〜」
 シフールであるポーレットに、冬の重装備は酷なのだろう。ロビンは苦笑し、自分の防寒具を脱いでポーレットに手渡した。
「邪魔な時は脱ぎ捨てなさい。動作は遅れるが、凍えるよりは良いだろう」
「でも、ロビンちゃんはどうするの〜?」
「こんなこともあろうかと、予備を持ってきたんだ」
 手を挙げて踵を返すロビンを、ポーレットは震えながら見送る。
「ありがとう〜、ロビンちゃん」
「出立前でしたら、もう一つあったんですが‥‥」
 トバイアスの肩に腰掛け、カルノは残念そうに呟いた。
 カルノの体は、暖かな羊毛で包まれている。見た目の可愛さとは裏腹に、防寒具よりも機能性は上だ。
「なかなか良いコンビだね!」
 肩に『羊』を乗せ、凛然と佇む生真面目な騎士に、イシュルーナが笑いかけた。
「‥‥本当ですか」
 トバイアスは、恐る恐るイツキとアルフォンシーナに問いかける。肩にカルノを乗せているため、振り向き方がぎこちない。
「本当――です」
「ん。まぁ、そうだな‥‥」
 妙な間があった。
 トバイアスは悩ましげにカルノを見あげた。腑に落ちていない面もちだが、じきに慣れるだろう。
「よろしくお願いいたします」
 カルノは笑みで言いくるめた。
 太陽が水平線の端に現れる頃になると、入り江はすっかり霧に覆われてしまった。潮が完全に失せる。岩の群が足下まで露出し、砂浜が現れた。
「行こう」
 ロビンの合図で、皆は、浜に降り立った。
「キミは寒くなさそうだね」
 置き去りにされた流木をまたぐレインの横を、レンが足早に過ぎてゆく。
「洞窟があるとしたら、この岸のどこかでしょうか」
 リースフィアは、改めて周囲を見渡した。入り江は高さ二メートルほどの、崖岸に囲まれている。
「あれは、なにかの巣か‥‥?」
 アルフォンシーナが、浸食された地表を指さした。
 足下より二十センチほどの場所に、大人が四つに這えば入れるほどの小さな横穴が開いていた。
「生き物の巣にしては、不自然ですね。中を見てきましょう」
『羊』が、トバイアスの肩から飛び立つ。
「灯りが必要だね」
 トオヤは腕を伸ばし、ランタンを差し入れた。濡れた岩肌が照らし出される。穴は同じ幅のまま真っ直ぐに続いており、生物の存在を示すような痕跡は見当たらなかった。
「あまり遠くまで行っちゃ駄目だよ。異常を感じたら、直ぐに戻ってね」
「ええ」
 レインの言葉に頷き、カルノが横穴の中へ消えると、忠実な彼の相棒が、尾を振り後を付いていった。
 まもなくして、カルノはレンと共に戻ってきた。
「ここが、『扉』のようですね。奥に部屋のような空間がありました」

●終わらぬ通路
 時の経過がわからない。
 五つ目の部屋に辿り着いたイツキは、自分の目を疑うように、ゆるりと首を振った。
 目の高さに、入口と同じ大きさの穴が開いている。
「一体、いつまで続くのかな」
 一つ目の部屋と、全く同じ造りだった。一行は位置も大きさも同じ穴を潜り抜け、二つ目の部屋へ進んだのだ。二つ目の部屋には、足下に穴が開いていた。三つ目は頭の高さ。四つ目は、また足下に戻るといった具合に、繰り返される。
「進んでいることに、間違いはないのですが‥‥」
 カルノは部屋に着くたび、小石と花を置いていた。誰かが持ち出さない限り、それが自分たちの『足跡』となる。この部屋には、そのどちらも見当たらなかった。
「寒いし、暗いし、同じことの繰り返しだし‥‥」
 普段は明るいイシュルーナの声も、さすがにトーンが低い。
 一つ目の部屋が浸水していたこともあり、皆の靴は濡れている。寒さが足を伝って、震えとなった。
「壁の向こうに、隠し通路でもあるのかな」
 トオヤの灯りが、レインの吐く白い息を照らす。
「俺もさっきからそれを考えているのだけど、言い伝え通りなら、まだ、『黒い庭』に当てはまる場所に、行き着いていない気がする」
「『闇は広がり、黒い庭となる』でしたね。この部屋より、大きな広間がありそうですが‥‥」
 新たな目印を置くカルノを見つめ、リースフィアは言った。
「ともかく、先を急ぎましょう。『我々』はまだ、行き詰まったわけではありませんし」
 トバイアスは両手で輪を作り、横穴の下に跪いた。高い位置にあるため、足がかりがなければ横穴に潜りこめないのだ。
「トバイアスさんは、先ほどやりましたから、今度は僕が」
 役を買って出たイツキの手に足をかけ、皆は、横穴を抜けた。
「足下に穴、発見〜。この光景にも、そろそろ見慣れてきたわね〜」
 ポーレットは苦笑を浮かべ、テレーズの額に手をやる。
 いつもなら、擦り寄ってくる愛犬の様子がおかしいことに気づいたのは、その時だ。
「テレーズ?」
 テレーズは体勢を低くすると、穴蔵に向かって唸りだした。
 カルノがふと見下ろすと、レンも同じ反応を見せている。
「戦えるものは剣を抜きたまえ」
 ロビンは低い声で言い、弓に手をかけた。
 犬たちが歯を剥く。
 それぞれの得物を引き抜く音が響いた。
 次の瞬間、真っ黒な塊が飛び出した。
「クルード――デビルです!」
 トバイアスの剣が白い光をまとう。
「やはり、潜んでいたか!」
 アルフォンシーナの手に、闘気の剣が現れた。
 ねずみに似た小悪魔が、壁を蹴って跳躍する。牙を剥き、アルフォンシーナに襲いかかった。
 アルフォンシーナは剣を振るった。淡い光が残像となって闇を走り、クルードの尾を叩き斬る。のたうつ体に、ロビンの矢が突き刺さった。
「アルフォンシーナさん、下がって!」
 イツキの放った矢が、デビルの腹を貫く。
 ザワザワと蠢く気配が、横穴から伝わってきた。
「エルスリードの名に懸けて――討ちます!」
「せっかく良い武器を貸して貰ったんだから、戦わないとね!」
 リースフィアとイシュルーナは、揃って身構えた。
 悪魔の群れが、穴蔵から一気に噴出する。
 その中央を、カルノの手から発せられた雷が、一直線に貫いていった。

●虹の中に
「すみません。準備ができてしまったので、放ってしまいました」
「いいえ。少し驚きましたが、早く片づきましたし」
「うん。謝ることないよ!」
 洞窟に入って、初めての休憩である。
 クルードを蹴散らしたカルノに、皆の笑いがこぼれた。
 デビルの吹き出した横穴を抜けると、それまでと同じ部屋が現れた。
 しかし、違っていたのは、穴の代わりに下へ向かう階段があったことだ。
 皆は歓喜した。
 真っ直ぐではなく、階段は緩やかな螺旋を描く。下りる。上がる。飽きるような行程の果てに、その空間は現れた。
 全ての灯りを掲げても、闇の一部しか照らすことができない。天井は遙か高い位置にあり、皆を見下ろしていた。
『黒い庭』だ。
 ポーレットもカルノも、敵の探索を試みたが、不穏な存在は感知しなかった。
 皆は食事と暖を取り、再び、探索に繰り出した。
「『壁の音を聞け』か」
 トオヤはナイフで岩肌を叩いた。
 ゴツッと、鈍く重い音が返ってくる。
「近づいてくる敵はなしよ〜」
 ポーレットはテレーズの背に腰掛け、皆の姿を見守った。
「長い作業になりそうだ‥‥」
 アルフォンシーナの横顔に向かって、リースフィアが頷く。
「ここになにがあるかわからなければ、諦めてしまいそうですね」
「だからこそ、伝承が伝承のままでいられたんだろう」
 ロビンの言葉に、二人は同意した。
 単調な作業が続き、皆の顔に疲労が滲み始める。
「『己の影を打ち砕き』って、なんなのかな。影を見てても変化は起きないし‥‥」
 レインは壁に映った自分の影を、メイスの先端で軽く叩いた。こつんと、軽い音がする。
「今のは?」
 トオヤが手を休め、レインの顔を凝視した。
「か、軽かったね」
「こちらも同じ音がします!」
 少し離れた場所で、リースフィアが嬉々とした声をあげる。
 レインはおもむろにスコップを持ち出し、トオヤに笑顔で差し出した。
「はいっ! トオヤ、頑張って!」
 苦笑するトオヤの肩を、ロビンが愉快そうに叩く。
「直々の命が下ったね」
 その手にはやはり、スコップが握られていた。
「僕も手伝います」
 イツキが言って、トオヤの傍らに並ぶ。トバイアスも加わり、四人の掘削作業が始まった。
 開始からまもなく、ランタンを掲げていたイシュルーナが、「あ」と小さな声を漏らした。
「どうしました?」
 カルノは、イシュルーナの見つめる先へ目を向けた。灯りを背に動く四人の影が、壁に映し出されている。スコップはちょうど、影に突き立てられる形になっていた。
「『己の影を打ち砕き』か。音が変わった場所を掘れ、と言う意味だったのだな」
 アルフォンシーナが言った。
 四人は懸命に、土を掘り出した。頬に、うっすらと赤みが差し、言葉もなくなってくる。
 数十分も繰り返しただろうか。
「わ!」
 イツキのスコップの先端が、なんの抵抗もなく壁に埋没した。ガラガラと言う音がして、目も眩むような光が流れ込んでくる。ランタンの灯で慣れた目には、強すぎる輝きだ。
「海‥‥」
 薄目を開けたポーレットは、水平線に浮かぶ太陽を見た。
「『虹と命の欠片』はっ?」
 ポーレットは後ろを振り返った。
 だが、それらしきものはなにも見えない。変わらない闇が広がっている。五十センチ程度の穴では、射し込む光も少ないのだろう。
「本当に満たさなきゃ駄目なのかしら〜?」
「魔法で広げられないかな」
 トオヤは言って、レインへ目を走らせる。しかし、壁を崩せるような魔法を、レインは持っていない。
 ロビンがスコップを掲げて笑った。
「さぁ、紳士諸君。地道に行こうじゃないか」
 小さな穴が大きな窓に変わる。
『黒い庭』の内部が、光に照らし出された。
 全景を暴くにはいたらないものの、ランタンの灯では届かなかった場所にも、陽射しが延びる。
 見渡す限り、なにもない部屋だった。平にならされた岩肌が続いている。
 だが、その中央――光が射し込む限界の地点に、『虹』は置かれていた。
 朝陽を浴び、七色の光沢を放っている。
「行ってみよ!」
 イシュルーナを先頭に、皆、駆けだした。
 走るより早く羽根が舞い、カルノとポーレットが、真っ先に辿り着いた。
「これは、水晶‥‥」
「そうみたいね。でも、形も中身も、少し悪趣味じゃなぁい〜?」
 皆、一目見るなり沈黙した。
 まるで、棺のような形をしたその中に、人間の大腿部が封じられていたのだ。
「クエスティングビーストって、人間だったの? それとも、これは聖杯とは関係がないのかな」
 顔を曇らせ寄り添うレインの手を、トオヤはそっと握りしめる。
「予想外の結末だが、しかし、単なる人の足が、こんな所に封じられているわけがない。持ち帰り、王に報告しよう」
 悠々とした足取りで近づいたロビンは、水晶の棺を厳しい面もちで見下ろした。

●探求の獣
「『彼女』はやはり、探求の獣だった。もとに戻すには、聖杯が必要だと判明したよ」
 城帰りの騎士は、マントの裾をひるがえし、馬上からヒラリと飛び降りた。瞳には強い光が宿っている。
「次の号令に備えて、キミも準備をしておきたまえ」
「はい」
 トバイアスは頷き、ふいに口元を緩ませた。
「どうかしたのかい?」
「ええ。『羊』を肩に乗せたのは、初めてでした。次は、なんだろうと」
「それは良い」
『彼』に気遣い、ぎこちなく振り返るトバイアスの姿を思い出す。
「その調子で頼むよ、トビー」
 円卓の騎士は、堪えきれずに笑い出した。