【神の国探索】それぞれの誇り

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 22 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月29日〜01月01日

リプレイ公開日:2006年01月28日

●オープニング

「真逆、『聖杯』の安置されている『聖杯城マビノギオン』が、リーズ城だったとはな」
「リーズ城を知っているのかよ?」
 アーサー・ペンドラゴンは自室のテラスで、日課の剣の素振りをしていた。傍らには美少女が居心地が悪そうにイスに座っている。けぶるよう長い黄金の髪に褐色の肌、健康美溢れるその身体を包むのは白いドレス。誰が彼女を、蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』だと思うだろう。
 かつてのイギリスの王ペリノアの居城に、彼女は四肢を分断されて封印されていた。しかも、聖杯によって人間の女性へ姿を変えられて。
 これにはクエスティングビーストを狙っていたゴルロイス3姉妹の次女エレインも、流石に騙された。
 彼女を無事保護したアーサー王は、キャメロット城へ住まわせていた。
「ここより南東に50km、メードストン地方のリーズという村を治めている城だ。城主は‥‥ブランシュフルールといったな。名うての女騎士だが、聖杯騎士とは」
「聖杯は然るべき時にならなきゃ姿を現さないんだろうぜ。でも、てめぇらが手に入れなきゃ、俺だって『アヴァロン』への門を開けられねぇんだからな」
 クエスティングビーストが真の姿を取り戻さない限り、神の国アヴァロンへの扉を開ける事は出来ない。
「しかし、この格好、何とかなんねぇのかよ?」
「グィネヴィアの趣味だ。もう少し付き合ってやってくれ」
 クエスティングビーストは王妃グィネヴィアに取っ替え引っ替えドレスを着せ替えられていた。アーサー王との間の子供のいないグィネヴィア王妃にとって、彼女は娘のように思えたのかも知れない。
「アーサー王、失礼します!」
 そこへブランシュフルールへの書状を携えて斥候に向かった円卓の騎士の1人、ロビン・ロクスリーが息急き立てて駆け込んできた。
「どうした!?」
「マビノギオンから火の手が上がっており、オークニー兵とおぼしき者達とデビルに攻められています!!」
「何、オークニー兵だと!? ロット卿は動いてはいないはずだ‥‥モルゴースか! デビルがいるという事はエレインもいるようだな。ロビンよ、急ぎ円卓の騎士に招集を掛けろ! そしてギルドで冒険者を募るのだ!!」
 ロビンはその事を報せるべく、急ぎ引き返してきたのだ。
 そして、アーサー王より、最後となるであろう聖杯探索の号令が発せられるのだった。


 小高い丘から城を見下ろし、ロビンは言葉を失った。巨大な黒い翼と、騎士たちの放つ火矢が空を飛び交い、城の一角が炎に包まれている。
 踵を返しかけて、だが、止めた。城の左方、緑の庭に二人の人影を捉えたのだ。馬番や庭師と言った質素な身なりだった。何度も転ぶその様子から、かなり慌てているのがみてとれる。
 二人は真っ直ぐに外壁を目指していた。行く手には小さな通用門がある。城外へ逃れようと言うのだろう。周囲の様子を窺う顔も、戸口や窓に並んでいた。
 空を舞う影に、ロビンは目を向けた。
 醜悪な怪鳥だ。禿げた頭部に丸みのある黒い身体をしている。大人の首をもぐことなど、造作もないような鋭い嘴に不安が過ぎった。
 鳥はまだ走る二人に気づいていない。悠々と空を旋回している。
「無茶だ」
 ロビンは馬の腹を蹴った。急勾配の丘に足が乱れる。神経の太い愛馬でも、この状況は好ましくないようだ。鼻を鳴らすのを宥めながら、手綱を繰った。何度も体勢を崩し、手に汗をかいた。麓に雪崩れ込んだ勢いで、続く森へ入る。枝が頬をかすめ、葉が飛び散った。聞こえるのは、後ろに流れてゆく空気の音だけだ。頭上の様子もわからない。彼らは無事だろうか。
 馬を急がせ、ロビンは石垣の見える場所までやってきた。
 見上げた葉の間を黒い影が過ぎてゆく。弓に手を伸ばし、そして、歯噛みした。
 怪鳥の足に異様な物が下がっている。ぶらりと力無く垂れたそれは人間の胴体だ。頭部はすでに無い。衣服が二人の片割れだと言うことを示していた。
 他の者はどうなったであろう。この光景を目にして飛び出そうと言うものはいないはずだが――
 ロビンは乱雑な筆で文を起こした。それを矢先に結びつける。的はない。外壁を乗り越えれば良い。願わくば建物の傍に落ち、誰かの目に留まって欲しい。
 放った矢は大きな放物線を描き、高い壁の向こうへと消えた。

「号令の内容は耳に入っていると思う。武勲や功績を重んじる者は、この場で引き返すことをおすすめしよう。そうでない者は、僕とともに動く限り、常にこういった役割が巡ることも、今日の今、ここで覚悟してくれたまえ」
 忠実な部下たちを前に、ロビンは言った。
 ちらりちらりと、視線が泳ぐ。仲間を窺う目であった。だが、立ち去るものは一人とていない。皆、背を正し胸を張った。
「有難う。諸君」
 聖杯、聖杯騎士、そして、クエスティングビースト。
 騎士であれば――騎士でなくとも胸のわきたつ話であるが、そのどれもロビンの話には出てこなかった。
「僕が護りたいものは剣をも振れぬ弱い者たちだ。その犠牲を当然と片づけてはおけない。地味な立ち回りとなるが、与えられた使命は大きい。救うのは命。我々の手で、城の中にいる人々を助け出そう」
 熱のこもった口調が、トバイアス・シェパードの口を開かせる。トバイアスは一歩前へ進み出ると、ロビンの顔をじっと見つめて言った。
「ロビン卿。この場を借りて、お話があります」
「なんだい。小隊長」
「小隊長はやめてください。今はもう、あなたの部下の一人でしかありません」
 トバイアスは破顔して、元はオクスフォードの騎士であった顔ぶれを見やる。
「剣がどうあるべきか。我々はもう分かっています。それに、戦いに華は入りません。私たちはいつも闇を駆け抜けてきました。表だって名が上がることもない。ただ、任務をまっとうするために命をかけるだけです。これからはずっと誰かを護るために。そして――」
 スラリと剣を抜き放つ。切っ先を天に向け、トバイアスは言った。
「我が誇りと正義のために」
 剣が、弓が、次々に掲げられる。ロビンはすぅと息を吸い込んだ。誇らしげな顔であった。
 腰に落とした剣を抜く。その先端が空を仰いだ。
「僕は最高の仲間を得られたようだ。あの冒険者諸君に今一度逢えるなら、礼が言いたい」


 男は茂みに身を潜め、空を見上げて震えていた。黒い悪魔が舞っている。中庭に仲間の死体が転がっていた。
 仕事熱心な良い奴だった。庭師としての誇りを持っていた。
「あぁ‥‥」
 一体どうなってしまうのだろう。感じるのは絶望だけであった。
 そこに矢が降ってきた。数メートル先の地面だ。火矢とは違い布がくくりつけられていた。
 男はしばらく思案にくれた。敵が送ったなにかの合図だろうか。だが、もしかすると、この状況を打破する光となるかもしれない。
 男は空を窺い、怪鳥が背を向けると同時に茂みから飛び出した。戸口で見守っていた仲間が、引き返せと手を振る。男はそれを無視して、地面に突き刺さった矢を引き抜き、同じ場所に駆け戻った。
 胸が早鐘のように鳴っている。落ち着くまで随分とかかった。仲間達がホッと安堵しているのが見えた。
 男は震える手で文を解いた。
『我が名はロビン・ロクスリー。必ず、皆を助け出す。合図があるまで城内で待たれよ』
 小さな十字を切った。祈りの言葉が唇から漏れる。
 その目に涙が溢れた。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3642 パステル・ブラウゼ(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea5699 カルノ・ラッセル(27歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea6829 辻 篆(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9679 イツキ・ロードナイト(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3867 アシュレイ・カーティス(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)/ 源真 弥澄(ea7905

●リプレイ本文

「雑魚は引き受けた! 他を気にせず、弓を射て!」
 辻篆(ea6829)の声が飛ぶ。前方の木立の間に、ちらりと覗く顔が見えた。モルゴース軍の弓兵が潜んでいるのだ。
「では、行きます! 続いてください!」
 イツキ・ロードナイト(ea9679)の弦が鳴いた。兵士がのけぞって倒れたのを口火に、騎士達の弓がしなる。空を掴み、或いは弓を構えたまま、敵兵がくずおれてゆく。間髪おかず、イツキが射掛けた。
 かつては、敵として剣を交えたこともある『這い寄る闇』の騎士達が、今は冒険者に背中を預けて戦っていることが、パステル・ブラウゼ(ea3642)には嬉しかった。
「一人でも欠けたら許さないからね! 城の人を助けて、みんな揃って帰るのよ!」
 かけた発破に、ワイズと言う名の弓使いが指を立てた。もちろんだといわんばかりの仕草にパステルは頷き、竪琴を掻き鳴らす。
 詩を唄う。
 高揚をもたらす歌だ。
 パステルの声は掠れていた。ずっと彼らを見つめてきた想いが、そこに込められていた。
 城壁を目前にして、冒険者たちは奇襲を受けた。矢とインプが飛び交い、クルードが牙を剥く。前後同時だった。突然、起こった戦闘に隊は乱れ、出足が鈍った。それでも、自分の役割を徹底していた篆やアシュレイが、得物を取るのは早かった。
 篆の耳元を羽音が掠めた。木棍を振り、体を反転させる。横殴りの鉄塊で、醜悪な顔を叩き潰した。息をつく暇もない。後方の草が鳴った。右だ。篆は銀刀を引き抜いた。振り返った篆の顔の前で、クルードの鋭い牙が光った。
「ッく」
 咄嗟に銀刀を叩き込んだ。顔に熱い息がかかる。痙攣する体を見下ろし、篆は肩で息をした。
「大丈夫か」
 篆の背中に自分の背を合わせ、アシュレイ・カーティス(eb3867)が言った。
 ジリジリと進む灰色の群れを睨み付ける。
「見ての通りだ」
 返ってきた声に、アシュレイは口元を緩めた。
「呼吸が整ったら離れる。気を抜くなよ。囲まれてるぞ」
 数えて三泊。
 アシュレイが地を蹴った。両刃の直刀が唸り、群を割る。赤い口をあけて、クルードが鋭い鳴き声をあげた。威嚇しているのだ。四肢を広げ、牙を剥く。
 ヒュンと音がした。長くしなる尾が、アシュレイの耳を掠めた。頬を生暖かいものが滑り落ちる。
 アシュレイは、渾身の力をこめて剣を振るった。ネズミのような顔が苦痛に歪み、断末魔の悲鳴が漏れた。頬を拭った手の甲が、流れ出た血で赤く染まる。
「直ぐに治してあげるわっ!」
 旋回したポーレット・モラン(ea9589)の行く手を、インプが遮った。ポーレットはそれを左に折れて躱す。別のインプが、ポーレットの視界を塞いだ。
「どいてって言って、どいてくれる相手じゃないわよね」
 逃げ道を探すポーレットの横で、風が鳴った。飛ぶような勢いで繰り出されたのは、人間の足だ。次の瞬間、インプは地面に叩き付けられていた。
「ここは引き受けたアル!」
 龍星美星(ea0604)が言った。ポーレットは礼を言い、垂直に舞い上がった。アシュレイの元へ向かおうとした。だが、その羽が迷う。美星の背中に、新たなインプが近づいていた。
「美星ちゃん、後ろよ!」
 ポーレットは、捨て身の体当たりに出ようとした。だが、その体が突然、誰かの腕に引き寄せられた。強引な力だ。ポーレットは抱え込まれた状態で、ばったりと地に伏せた。腕の主は、トバイアス・シェパードだった。
「美星殿も伏せて! カルが魔法を!」
 トバイアスが叫んだ。美星の反応は早い。横に飛びすさり顔を突っ伏した。同時に、轟音が響く。美星は凄まじい光に目を細めた。カルノ・ラッセル(ea5699)が、稲妻を放ったのだ。
 はじき飛ばされた二つの体が太い幹に張り付き、ずるりと落ちた。
「いまのうちに!」
 カルノの声に頷き、ポーレットが空へ舞う。
 インプが頭上を見上げた。ポーレットを追ったのではない。なにか他の存在に気づいたのだ。追ったカルノの視線が、枝の遙か上を飛ぶ、黒い羽を捉えた。
「アクババ――」
 牛さえも軽々と浚う力があると、レヴィ・ネコノミロクンが言っていた。
 インプたちが退いた。クルードは冒険者たちを取り囲んだまま、様子を窺っている。拳を固め、美星が一歩進み出た。
「来るアルか」
 威嚇を含んだ声で言う。クルードはそれに合わせて後退した。戦意はすでに失っているようだ。
 空を一瞥し、ロビン・ロクスリー(ez0103)は弓を構えた。
「厄介な敵がやってきた。早く散らしてしまおう」
 三本の矢を同時に放つ。群が一斉に散った。茂みの騒ぎが遠のいて行くのを見送り、美星が言った。
「ここまで来ると、なかなか進ませて貰えないネ」
 黒い翼が過ぎてゆく。まだ、冒険者たちの存在に気づいてはいない。
 ロビンは頷き、前方へ目をやった。モルゴース軍兵の攻撃が、ぴったりと止まっている。
「様子がおかしい。みな、構えをとかないでいてくれたまえ」
「どうしたんでしょうか。アクババが加われば、攻撃が有利になるはずなのに‥‥」
 矢を番えたままで、イツキも城壁に近い木立を見つめる。顔を覗かせていた兵士の姿が、まるで見えない。
 森は、静けさを取り戻したかのようだ。しかし、あちこちで戦闘が繰り広げられている証拠に、僅かだが、ときの声が聞こえてくる。
 アクババが再び、頭上を横切り、ポーレットの顔に影を落とした。
「うっかり飛ぶと〜、見つかって晩ご飯のオカズにされちゃいだから、アタシちゃんたちは要警戒よ〜」
 体の小さいシフールなら、簡単に飲み込まれてしまうだろう。それを懸念しての台詞だ。真剣な顔でパステルは返した。
「飛ぶ時は低空飛行で、戦闘時は後衛に下がる! 食べられるなんて冗談じゃないもんね」
「そうそう。カルノちゃんも、ちゃんと聞いてる〜?」
 ポーレットは、トバイアスの肩へ目をやった。そこがカルノの定位置なのだ。初めは気にしていたトバイアスも、今ではなんの反応も示さなくなっている。カルノを肩に乗せた姿が馴染んでさえいた。
 カルノはそこで、思案に沈んでいた。
「ええ。私もアクババの夕食にはなりたくありませんので、対処法を考えていたのですが‥‥」
 乱戦から脱しはしたが、敵に挟まれている状態は変わらない。前方と空と、冒険者達は不利な立場に立たされている。そして、どちらも避けられない壁であった。
「ここで倒しておけば、救助時の大きな危険が減ります。安全を確保する為にも、先手を取りませんか?」
 向けられた視線を受け止め、ロビンは強く頷いた。
「そうしよう。護るべき者を連れての戦闘は避けたい。弓兵は四班に。それを二手にわけ、手が途切れないよう波状攻撃と行こう。地上に降りたら剣での攻撃を主に、魔法と弓での援護を。誘き寄せ役が必要となるが」
「僕がやります」
 胸の前に長弓を掲げ、イツキが言った。長さが二メートルもある梓弓は、魔力を持ち、威力もある。先陣を切るには申し分ないだろう。
 ロビンはイツキの肩を叩いて賛同を示し、なにかを言いかけた。だが、その目が一点を見つめて動かなくなる。
「ロビン様?」
 イツキはロビンの視線を追った。木立の影で、白い布きれのようなものが動いている。顔を覗かせた兵士が、矢先を空に向けて構えた。布は矢の尾にくくられている。
 ロビンが言った。
「どうやら、彼らがキミの役目を担うらしい」
「え?」
「あの角度だ。弓使いのキミならわかる」
 真上でもない。水平でもない。その中間である。
 まだ、放たれていない矢の軌跡が、イツキには見えた。
 厚い枝葉の屋根を超えたそれは、山なりに走りながら失速するだろう。再び木々をくぐり抜けて辿り着くのは、恐らく、冒険者たちの視界に近い範囲だ。矢はアクババへは届かずに眼下を抜ける。はためく白い布は、その目にどう映るのか。興味の対象に入らなければ意味はないが、惹き付けられた時の反応は――
「追ってくるかもしれませんね」
 イツキの顔が険しくなった。
「狙い通りなら、ここへ来るだろう。イツキ君、キミはアクババを頼むよ。僕は残兵を引き受ける」
 敵が動き出した。緑の中に、白い布が吸い込まれてゆく。トバイアスの号令が飛び、騎士達が持ち場へ散った。
「皆、構えるネ!」
 美星は頭上を見上げた。黒い悪魔が、威嚇の声を上げている。
「誘き寄せる手間が省けたな」
 ざ、と頭の上で音がした。篆がメイスを構える。
 冒険者たちから僅か十メートル足らずの地面に、白い尾ひれをつけた矢が突き刺さった。
 アシュレイは腰を落とし、切っ先を天に向けた。
「上にいる――」
 怪鳥の羽音が近づいている。
 二の矢が、アシュレイの五メートル手前に突き立った。三の矢は、パステルの脇を掠めていった。
 冒険者たちの上に黒い影が落ちる。ポーレットは護るため、カルノは討つための印を結んだ。
 ごぉ、と風が鳴いた。
 四の矢が、美星の後方の草むらに落ちた。
 その直後だった。
 緑が散り、折れた梢が冒険者の頭に降り注いだ。だが、顔を背けている暇はない。羽を持つ塊が、皆の視界に滑り込んできたのだ。
「今です!」
 カルノが雷を放った。イツキの矢が怪鳥の羽を貫き、騎士達がそこに続いた。怒り狂ったアクババが、甲高い悲鳴をあげる。
 怪鳥は、空へ舞い上がろうとした。しかし、射抜かれた左羽根は不器用に羽ばたいただけだ。アクババは首で着地し、飛び立とうともがいた。
「待ち受けているとも知らず、飛び込んできたのが運の尽きだな」
 篆が鉄塊を叩き込んだ。首をもたげ、篆に食らいつこうとした怪鳥を、美星が蹴り飛ばす。アシュレイの振り下ろした剣が、羽を地面に縫い止めた。無数の矢を浴び、アクババは足で宙を掻いた。
 針山に身を投じたような結果となった。首を地に横たえたあとも、怪鳥は血走った目でアシュレイを睨んでいた。
「呆気なかったな」
 アシュレイが剣を収めて言った。
「本当よねぇ。ロビンちゃんはどうかしら〜?」
 思い出したように振り返ったポーレットに、ロビンの笑みが返る。後ろで控える騎士たちは、すでに弓を下ろしていた。
「全部、倒したの?」
 城壁を見つめ、パステルは言った。敵兵の姿がなくなっている。
「アクババが飛べないとわかると、直ぐに逃げ出したよ」
 ロビンは骸と化した悪魔を、厳しい目で一瞥した。
 人々が悪戯に命を奪われることも、救助中に襲撃を受けることもなくなったのだ。
 一行は、通用門のある城壁へと急いだ。
「ロビンさんの矢文を見ていれば、どこかで待機しているはずですが」
 木戸には鍵がかけられていた。イツキがそれを解錠する間、カルノが中の様子を窺った。
 緑の庭だ。そして、赤黒いボロ布が目に付く。ずたずたに引き裂かれた衣服であった。人の形はしていない。
「敵がいるような気配はありませんね」
 カルノは降りて、小さな溜息を吐いた。
「中へ入って、救助者をここまで連れ出してきますので、援護をお願いします」
「気をつけるのよっ」
 ポーレットが神妙な調子で言った。
 庭へ侵入したカルノは、茂みの裏へ回り込み、辺りの様子を窺った。庭を挟んだ前方の壁に扉が見える。そこで、なにかがヒラヒラと動いていた。手だ。僅かに開いた隙間から、助けを求めている。
 仲間に指をさして知らせると、カルノは庭を突っ切り、一気にドアの中へ飛び込んだ。
「助けにきました。ここにいる皆さんで、全部ですか?」
 部屋の中には数十人の使用人たちが、不安げな顔を寄せ合っている。一人の男がカルノの前に進み出た。
「えぇ。手紙を貰って、集められるだけ集めておきました。あなたがロビンさん?」
「いいえ、仲間の一人です。外で皆、待っていますから」
 行こうと促すカルノに、若い娘が震える声で言った。
「あの、空に黒くて大きな鳥が飛んでいるんです。救援を呼びに行こうとしたジョセフさんが‥‥」
「心配いりません」
 カルノは頷くと、安心させるように微笑した。
「もう、二度と空を飛ぶことはできないでしょう」
「それじゃあ‥‥!」
 歓声がカルノを包む。
 怪鳥を先に倒したことが、全ての状況を有利に変えた。策を間違えば、去らぬ恐怖に怯える人々を連れての行動となっただろう。
 冒険者に導かれ、使用人たちはしっかりとした足つきで通用門をくぐり抜けた。空を窺う者もいた。破れた服に、十字を切る者もいた。だが、その顔には安堵感が垣間見えた。
 腰の抜けてしまった娘を、アシュレイはおぶって運んだ。目に焼き付いた恐怖に震えの止まらぬ老婆の手を、ポーレットが引いてやった。
 全ての人を城壁の外へ連れ出して数刻、城内から勝ち鬨があがった。

 円卓の騎士としての仕事を済ませ、ロビンが戻ってきたのは夜も良い時間になってからだった。
 アヴァロンへの月道が、城の中で見つかった。解放したのは、クエスティングビーストだ。そして、新地が、『アトランティス』だと判明した。
「アトランティス、か」
 篆が、小さく反芻する。
 長い戦いを振り返った。多くの命が傷つき、失われた。還らぬものも多い。だが、そうして得たものは、国に、世界に、皆の未来に光明をもたらしたのだ。
「辿り着くべきところへ、辿り着いたよ」
 ロビンは、穏やかな顔で言った。
「向かわれるんですか」
 不安げな調子で、トバイアスが尋ねた。ロビンの笑みは絶えない。
「僕の興味は、この地と、ここに息づく人々にある。キミたちにも聞こえないかい? 日影で泣く人々の声が。僕の剣は、彼らのためにある」
「それでこそ、ロビン卿ネ!」
 感慨深げな眼差しで、美星は円卓の騎士を見つめた。しまいこんでいた思いが、その唇から零れる。
「ロビン卿は、アタシが考える『武侠』そのものネ。この戦争でロビン卿と知ってから、ずっと憧れてたアルよ。一緒に戦えて嬉しかったヨ」
「ありがとう。僕の方こそ、礼を言わなければならない。キミたちのおかげで、ここに『彼ら』の顔がある。いつかまた、戦う時がきたら、今度はみなで、キミたちを迎えに行くよ」
 ロビンはちらりとトバイアスを見た。オクスフォードの名が外れた騎士達の顔は綻んでいる。
 カルノはバックパックから取り出したなにかを抱え、定位置に戻った。
「それは?」
 トバイアスに問われ、カルノは微笑んだ。
「防寒具です。前回は羊でしたので、今回はクマにしてみました」
 騎士達がどっと笑った。絶句するトバイアスの横で、ロビンが腹を抱える。イツキが吹き出し、ポーレットが手を叩いた。アシュレイがその意味を問うように篆に顔を向けると、篆は小さく肩をすくめてみせた。
「あれも詩の一部になるのかね」
 ワイズはそっと、パステルに尋ねた。
「どうかな? 完成するまでは、誰にも内緒なの」
 これで団円ではない。
 『闇』を抜けた彼らの物語は、光の未来と共に続いてゆく。
 吟遊詩人の顔に、柔らかな微笑が浮かんだ。