●リプレイ本文
「ローストチキンに、それから、ロシア風のシチューも良いわよね。いつか食べた兎肉の煮込みも美味しかったけど‥‥」
光月羽澄(ea2806)の口から出る料理の名に、ソウェイル・オシラ(eb2287)はキラキラと目を輝かせた。
ひとしきり掃除を済ませたあとである。ソウェイルは空腹であた。
「はーちゃん、甘いお菓子もね♪」
「はいはい。じゃあ、おやつはプディングとアップルパイで良い?」
「うわーい、はーちゃん、大好きー☆」
「それと、お昼ご飯はキッシュかミートパイにして、朝食は野菜スープでどう?」
異存はないと言うように、ソウェイルはこくこくと頷く。
暖炉前に敷かれた毛皮の上に寝そべり、パタパタと足を揺らす。頬杖をついたソウェイルは、暖かな火と食べ物の話に上機嫌だ。
「ここに腰を下ろすと、買い物へ出たくなくなっちゃうわね」
毛皮の手触りを楽しむアイル・ベルハルン(ea9012)に、羽澄は言った。この敷物はアイルの小さな希望だった。それが叶い、アイルはご満悦のようだ。
「本当、幸せよね。でも、お腹を満たせばもっと幸せになれるかしら?」
意味ありげな問いかけの真意を読みとって、羽澄は立ち上がる。
「さぁ、出かけましょう」
「うん! 上着を持ってくるね!」
ソウェイルの部屋は向かいにある。持参したウイニングイースターも飾り、自分の部屋だと言うアピールも忘れていない。
だが、期間中は、こうして二人の部屋に入り浸っている時間の方が長いだろう。
「最後には、ここにソウ君の枕があるかもしれないわね」
「『かも』じゃなくなりそうだけど」
アイルの冗談に、羽澄は笑い、頷いた。
「随分と冷えますね。雪にでもなるのでしょうか」
羽澄たちと入れ違いで戻った、イシュカ・エアシールド(eb3839)は、食事の材料となる荷物を抱え直し、空を見上げた。
空っ風の舞う空が、ひゅうひゅうと鳴いているが、地上はいたって穏やかである。
ソード・エアシールド(eb3838)は馬の世話の手を休め、腰を起こして言った。
「どうだろうな」
その横顔の僅かな憂いを、イシュカは見逃さなかった。
「また、考えていましたね?」
ソードは答えず、遠くを見つめている。
少し前まで、二人は『三人』であった。ソードとイシュカと、その間にはいつも『娘』がいた。
血のつながりはない。だが、絆はあった。死んでしまった仲間の忘れ形見を、二人は育ててきたのである。
その娘が、自らの意志で未来を決められるまでに成長した。彼女は冒険者を辞め、依頼で出会った子供の所に住み込みで働くことになったのだ。
「全ては、あの子のためです」
寂しげなソードに、イシュカは言った。
この依頼をソードが選んだのも、娘に逢いに行くと言う依頼人に、心が動いたためだ。
忘れようとしても、忘れられないのだろう。
それはイシュカも良くわかっていた。
「私たちと一緒にいては、彼女まで」
「わかっている‥‥」
覆い被せて吐いたソードの言葉は、やはり寂しさが匂う。
「ソード‥‥」
抱え直した荷からこぼれる甘いリンゴの香りが、イシュカの鼻腔をくすぐった。
イシュカは、ソードの横顔を見つめた。
「良い材料が揃ったんです。せっかく台所が使えるのですし、腕をふるいますよ」
そして、ポツリと漏らした。
「あの子が、料理の腕を上げていたのには驚きましたっけ‥‥」
「イシュカ」
「あ‥‥」
ソードの視線を受けて、イシュカはばつが悪そうな微苦笑を浮かべた。
玄関前を掃き出していた、シーナ・ガイラルディア(ea7725)の頭上で、ぴちぴちと賑やかな声がした。
宿は休みを取っているが、それでも来客は訪れるようだ。シーナは屋根でさえずる小鳥たちに、微笑を浮かべた。
六羽ほどの小さな群だ。冬の寒さに負けぬよう、羽を膨らませている。この時期は、食事の確保も大変だろう。
「少し待っていてください」
ホウキを壁に預け、シーナは自分の部屋へ戻った。手にしたのは保存食である。中には塩漬け肉や豆のほか、木の実が入っている。
かけた言葉は通じていないだろう。時間はかからなかったはずだが、それでも足が急いだ。
玄関を出たシーナは、屋根を見上げてホッとした。
「良かった。去らずにいてくれましたね‥‥」
小鳥たちはシーナの胸中も知らず、丸々とした羽毛を寄せ合っている。
保存食の中から木の実だけを選んで取り出し、小鳥が食べやすいように小さく砕いたものを、ポーチに撒いた。しばらくして、一羽の小鳥が舞い降りた。
シーナから一番遠い木の実をついばみ、横目で動向を窺いながら、ピョンと飛び跳ね前進する。拾い上げる動作は一瞬だ。それを繰り返して、次々と木の実を口にした。
仲間の姿で安全を確認したのだろう。二羽、三羽と、シーナの足下に降りてくる。
小さな小さな親睦会である。
なにげない幸せを、シーナは神に感謝した。
「指輪やブローチはどうかしら。スカーフも良いと思うけれど」
「そうね。ジャパンではみかけないような色使いや形だし、きっと喜ぶと思うわ」
「薔薇の意匠がほどこされたものはどう? あちらでは珍しい花でしょう?」
雑貨屋の一角を陣取って、アイルと羽澄はお土産選びに真剣である。
「直ぐ戻るね」
当分、続きそうなことを確認して、ソウェイルはこっそりとその場を離れた。
買い物の途中に目をつけて置いた二軒の店を回る。
そして、大量に買いこんだお菓子を、ソウェイルは二人に見つからないように、ブルーの背中に積み込んだ。
「これも一緒に預けておくね? 皆に渡さなきゃいけないの」
ポケットから取り出した小さな三つの袋を、お菓子の下へ潜り込ませる。ソウェイルが迷いに迷って選んだ、首飾りが入っていた。
今はまだ使わない。
キャメロットへ帰れば訪れるであろう、大切な友との別れの刻に渡すのだ。
揃いのものを持てば、寂しさは薄れるだろうか。
忘れないでいてくれるだろうか。
羽澄の顔が心に浮かんだ。
「大丈夫だよね‥‥」
ソウェイルは、ブルーのまだ柔らかなたてがみを撫でてやった。ブルーは首をかしげ、ソウェイルにじゃれついてくる。
「袖を引っ張っちゃ駄目だよ、ブルー」
ソウェイルは笑った。無邪気な瞳を見下ろしていても、寂しさはやはりつきまとう。
溜め息が漏れた。
夜明けの訪れは、神聖な儀式のようだ。
昇りくる太陽が、空の色を変えてゆく。蒼に紅が浸食し、紫に変わる。
丘の上に吹く風は冷たい。吐く息が白く凍る。ホウキの柄を握る指先がかじかみ、感覚が鈍りかけていた。だが、それすらも忘れて、シーナは刻一刻と様変わりする色を見つめた。
心奪われる、と言うのはこういうことを言うのだろう。
ただ、美しいと思う。
冬の早朝は、シーナが四季の中で最も好きな時間であった。
「掃除をしなくてはいけませんね‥‥」
いつまでも見とれている自分に苦笑し、シーナは朝焼けに背を向けた。屋根の上にいる来客を見上げる。翼を持つ彼らの、心地よい囀りが聞こえてくる。
いらっしゃいと声をかけ、ポーチに木の実を砕いて撒いた。舞い降りてきた小さな客人たちを見下ろし、シーナは微笑する。
今日も、穏やかな良い一日になりそうだ。
午後になり、天候が崩れてきた。厚い雲に空が覆われ初め、空気が冷たさを増す。
風を通すため開け放っていた窓を、イシュカは閉じて回った。
最後の窓に手をかける。どこからか聞こえてきたリュートの音色に、イシュカは微笑を浮かべた。
「やってますね」
窓をしっかりしめて、その場を離れる。
音を辿ると、自分の部屋の前に辿り着いた。予想通りであった。
ソードは窓枠に腰掛け、クレセントリュートを抱いていた。
「良いところだな‥‥」
ソードが言った。
イシュカは頷き、ウァードネの竪琴を持ち出して、ソードの傍らへ腰掛ける。どちらも、娘から貰ったものだ。
「同じような宿に滞在したことがあったな。あの娘を引き取ることになった直後に‥‥」
「ええ、あの宿のご夫婦には、いろいろ助けられましたよね‥‥」
落ち込んでばかりもいられないのだが、出てくるのは、やはり、過去の記憶ばかりだ。
「駄目ですよ、ソード。もっと元気を出さなければ。悪いことがあったわけではないのですから」
ただ、寂しいだけだ。
「そうだな」
ぽろり、弦を弾く。ソードの顔は微苦笑を浮かべている。イシュカは黙って、竪琴を掻き鳴らし始めた。
そのメロディに、ソードは目を閉じる。
娘を寝かせるために唄った、懐かしい子守歌の調べだ。
思い出が溢れてくる。
翌日は、一面の銀世界となった。
屋根の上の来客も、さすがに来ないようだ。
シーナが白い息を吐いていると、ソウェイルが馬小屋の方からやってきた。
「早いですね」
「うん、ブルーにご飯をあげたあと、散歩してきたの」
見れば、あちこちにソウェイルの足跡がついている。八の字を描き、直角に折れ、とりとめもなく続くそれに、シーナは微笑した。
「先を越されてしまいましたね」
「楽しかったよ、雪遊び♪ シーナさんもどう?」
「そうですね」
丘を見下ろしていたシーナは思わぬ浮かんだ名案に、口元を綻ばせる。
「それでは子供達も呼んで、丘の麓からここまでの道沿いを、小さな雪だるまで飾ってみましょうか」
「うわぁ、楽しそう!」
「あとで、お誘いしますから、ソウェイルさんもご一緒にいかがですか?」
「うん♪」
「では、町へ行って、子供達を誘ってまいりますね」
外へは出ないと言う皆の言葉に甘え、シーナは一人、教会へと赴いた。
雪の日でも子供たちは元気である。雪上で転げ回る彼らに、シーナは声をかけた。
「雪だるま?」
「ええ、小さいものをたくさん。それを道の両脇に置くんです」
話を聞いた子供達の顔が、ぱっと明るくなる。
「僕つくれるよ! あのね、お耳もつけるの!」
「えー、雪だるまに耳なんてないよ!」
わいわいと騒ぎを始めた子供達を鎮めることは難しい。
「思い思い好きな形で良いですよ」
シーナは十数人の騒がしい一団を引き連れて、宿へ帰った。
「おかえりなさい☆」
ソウェイルに迎えられ、一同は早速、雪だるま作りにとりかかる。合間に雪合戦が混じるのは、ご愛敬だろう。
「元気が良くていいですね」
「なんの騒ぎなの?」
喧噪を聞きつけた羽澄とアイルが、窓から顔を出す。
「まぁ、雪だるまね」
「ええ、老夫婦と娘さん夫婦を模してみました」
出入り口の傍らに、大きさの違う四つの雪だるまが立っている。そして、添えられたスノーマン人形が一つ。
「これは、お孫さんです」
「きっと、喜ぶわよ」
アイルが目を細めて言った。
子供達から一際高い歓声があがる。
シーナが振り返ると、ソウェイルが転んで雪にまみれていた。それを見た子供達が、同じように雪の中に倒れて笑っている。
「どこも笑顔ですね」
言ったシーナの顔も笑っていた。
最後の夜だ。この旅が終われば、羽澄は故郷へ帰ってしまう。
笑ってもはしゃいでも、寂しさを忘れきれないのだろう。ソウェイルに元気はなかった。
「お手紙書くね?」
声が微かに震えている。羽澄が見ている前で、ソウェイルの目に涙がふくれあがってきた。
「ソウくん‥‥」
「はーちゃんと会えなくなっちゃう‥‥」
羽澄はソウェイルの肩に手を置き、優しく抱き寄せた。泣く子をあやすように、背中をそっと撫でる。
「別れって、何度、経験しても嫌ね」
アイルは苦い顔で言った。
俯いたソウェイルの顎を伝い、涙がこぼれる。つられまいとして、伏せた目頭が熱い。
「あたしは、学校に戻って自己研鑽に励むつもりなの。それまでの生活に戻るわ。ハズミちゃんも、それだけのことなのよね‥‥」
泣きじゃくるソウェイルを、羽澄は見つめている。上手い言葉は浮かばなかった。
「私も、手紙を書くわ‥‥」
過ごした年月が楽しかった分だけ、別れには寂しさがつきまとう。
アイルはテーブルの上に目をやった。
料理や酒が散乱している。笑い合う自分たちの幻が、無人のイスに腰掛けていた。
三つ並べた枕の一つに、アイルは身を横たえた。
「忘れないわ」
ポツリと言って、目を閉じる。
「ねぇ、はーちゃん。出立前に聞いた、係員さんのことば覚えてる?」
ソウェイルの涙は止まらない。
肩に預けられた白髪を撫でながら、羽澄は小さく頷いた。
「幸せになる道を歩いたよ。だから、不幸にならないよね。はーちゃん、これで、サヨナラじゃないよね? ずっと、友達だよね‥‥?」
「ええ、サヨナラじゃないわ‥‥」
「良かった」
酔いも手伝い、うとうととし始めたソウェイルの髪を撫でる。
羽澄が顔を起こすと、アイルも眠っているようだった。
二人の寝顔を見るのも、今日が最後だ。
様々な思いを胸に、羽澄は目を細めた。
「この国のことも、あなた達のことも、決して忘れないわ‥‥」
過去は思い出となり、記憶となって心のうちに留まる。
例え、遠く離れても、絆は消えも別れもしない。
どこにいても、どんな時でも、未来へと向かう同じ道を歩いてゆくのだ。
* * *
「お仕事は休めないのかな。休めるんだったら、おにーさんも一緒にいこう☆」
「奥様も誘って、皆で行きません?」
ソウェイルと羽澄の申し出に係員は笑って、だが、残念そうに肩をすくめた。
「楽しそうですが、お気持ちだけ。僕はここで、皆さんのお土産話を待ってます」
「そう、残念ね」
ある老人に振り回された同士の顔を、アイルはしみじみと見つめて言った。
冒険の数だけギルドの職員と関わってきたが、彼はその中でも特別の存在と言えるだろう。ある時は慰め、ある時は励まし、誰もが皆、出立前に、同情と労りの言葉をかけてきたのだ。
それは、互いに労する存在を抱えた仲間の意識に近かったのかもしれない。
「そう言えば、貴方のところにはまだ、『コウノトリ』はこないのかしら」
アイルが、素朴な疑問を投げかけた。
「貴方のことだから、お子さんにも新米ママの奥様にも、メロメロになりそうだけど」
係員は目尻を下げ、そして、天井を見上げる。
「‥‥もしかして、おにーさん?」
ソウェイルが首を傾げて言った。
「パパになるの?」
その頬と耳に、うっすらと赤みがさした。
「先日、妻から話を聞いたばかりなんですけどね」
思わぬ告白に、アイルは驚きを隠さずに言った。
「そうだったのね。おめでとう。貴方ならきっと良いパパになるわ」
「おめでとう、係員さん」
「おめでとう、おにーさん♪」
羽澄とソウェイルから暖かい眼差しを向けられ、係員は嬉しそうだ。
アイル、羽澄、ソウェイル、シーナ、ソード、そして、イシュカ。一人一人の顔を見回すと、係員は言った。
「あそこは僕にとって、幸運と出逢いを運んでくれた道です。それでは、気をつけて。行ってらっしゃい」
皆さんにも、良い未来と幸せが訪れますよう――