決断

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月01日〜08月06日

リプレイ公開日:2004年08月11日

●オープニング

「まったく、あいつら‥‥どこに行っちまったんだろうなぁ、夕飯だってのに‥‥。早く見つけないと、『かかあ』の雷が落ちちまうよ」

 ──森には小鬼がいるから、近寄らないように──
 飛び出してゆく幼い後ろ姿に、夫婦は毎日、声を飛ばした。聞いているとは思えないが、言わないよりはマシだろう。
 好奇心旺盛でやんちゃな兄弟にとって、二人の心配は臆病者のお節介ぐらいにしか、聞こえないかもしれないが、それでも良かった。
 あの森には、二十匹とも三十匹とも言われている、小鬼の集団が住んでいるのだ。
 子供達どころか彼でさえ、出くわしたらどうなるかわからない。
「連中は弱い者いじめが大好きだからな。まして、俺達は体の小さいパラだ。きっと、良い標的にされる」
 兄は最近八つになったばかりである。弟は、まだたったの六才だ。力だって彼の半分もない。
 暗い巣穴の奥へと追い立てられてゆく、泣き叫ぶ二人の姿を想像して、彼はゾクリとした。
「あれだけ、近寄るなと言ったんだから‥‥」
 彼はそう言って首を振り、次々と湧き出る嫌な考えを打ち消した。
 家の中も外も探し回った。子供達がいるとすれば、もう、ここしか残っていない。
 グッと引き締めた顔の前には、夕焼けに染まった森が広がっていた。
 無意識に伸びた手が、腰の短刀に触れる。だがそれは、枝を切り蔦を払う為の道具で刃も小さく、身を護るには不向きであった。
「も‥‥もう家に戻ってるさ。それで、俺を見てこう言うんだ。父上、遅いよ。待ちくたびれて、お腹が空い──」
 彼はそこで言葉を飲んだ。
 藪に絡みついている水色の布を凝視する。
 幻覚だ。間違いであるに違いない。
 彼は低く唸った。布地に伸ばす手が、ブルブルと可笑しいくらいに震えている。
「何故だ! 近寄るなと言ったのに!」
 端に小さなほころびのある手拭いは、彼自ら弟に持たせてやったものだ。
 彼は藪の中に身を躍らせ、やおら走り出した。名前を呼びながら、右往左往と探し回る。怖じ気づいている場合では無かった。
 草を掻き分け、枝を払う。頬や腕に出来た小さな傷口から、うっすらと血が滲んでいる事にも気付かず、とにかく彼は走った。
 やがて、遠い声を聞いた。子供達の声だ。
 彼は無我夢中で、その声を辿った。
 そして──
「なんてこった‥‥」
「父上! 助けて!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! もう、森には来ないよ、もう森には来ないから!」
 やまももの木の上で泣き叫ぶ兄弟と、その下をグルリと取り囲む大勢の小鬼達の元へと辿り着いた。
 兄の額と弟の足が、まばらに見えるモモの実以上の朱に染まっている。小さな手も血で濡れていた。
 戦うのか? 戦えるのか?
 この短刀で?
 自分が倒れたら、誰があの子達を助けるんだ?
 その後に、心配した妻が探しに来たら?
 頼りない刀に手を掛け、彼は体を震わせた。
「駄目だ‥‥俺一人じゃあ、どうしようも‥‥」
 小鬼達が、口々に何かをわめきながら振り返った。彼はヒュッと息を飲む。
 耳の奥で、心臓の音が煩いほど激しく鳴り響いていた。
 このままでは、誰も助からないかもしれない。
「良いかっ? 助けを呼んでくるからそこで待ってるんだ! 二人とも、絶対に下りるな!」
 ──逃げるんじゃない。
「怖いよ! 行かないで、父上!」
 ──逃げるんじゃないんだ。
 彼は拳を固く握りしめる。
「待ってろ! しっかり、掴まってるんだぞ! 眠くなっても、放しちゃ駄目だ! 必ず助けを連れて戻る! だから──」
 戦えない臆病者だと、烙印を押されても良い。
 ──死ぬな。

 どこをどう走ったのか分からない。
 彼は、ギルドに転がりこんだ。

●今回の参加者

 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1257 神有鳥 春歌(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2841 紫上 久遠(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3187 山田 菊之助(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5419 冴刃 音無(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 助けは、いつ来るのだろう。
 本当に来るのだろうか。
 あれから何回、日は昇った?
 二匹の小鬼が、少し離れた大岩の影から二人をじっと見つめている。
 兄は朦朧とする眼差しで、一つ上の枝にいる弟を見上げた。
「寝るなよ‥‥」
 弟は幹にしなだれかかり、手をブラリと下げたまま、時々大きく体を傾がせた。
「‥‥うん」
「寝るなって」
「‥‥うん。でも‥‥、眠い」
「もうすぐ、助けが来るから‥‥絶対、寝ちゃ駄目だ‥‥」
 叱咤する兄もまた、激しい眠気を堪えていた。

●痕跡を辿れ
 森に入ってから半刻。
「ここさ見てくんろ!」
 田之上志乃(ea3044)が、湿った土に残された無数の足跡を発見した。滋藤柾鷹(ea0858)は片膝をつき、その痕跡に指を伸ばす。子供ほどの小さい足形が、柾鷹の記憶の片鱗と一致した。
「小鬼の足跡でござるな」
「餓鬼どもを追いかけた時についたもんだべか」
 足跡は幾重にも重なり、先に通った者の痕跡を消してしまっている。小鬼の巣があると言う以上、彼等がつけた足跡は無数に存在するはずだ。
「これだけでは分からぬな。子供達が通った事を示す、手蔓が欲しいところでござるが‥‥」
 柾鷹は難色を示し、陸潤信(ea1170)を見上げた。潤信の硬い表情も縦に動く。
 確証を持てぬまま、辿る事は出来ない。
 必ず助けると、潤信は約束を交わしてきたのだ。それを是が非でも守るのが、潤信の信条である。ここで判断を誤るわけにはいかなかった。
「もう少し、探してみましょう」
 と、潤信は、逸る気持ちを拳の中に封じ込めて言う。
 新たなる手がかりを探す一同。ほどなくして山田菊之助(ea3187)が、皆を呼び寄せた。腕についた掻き傷を気にしている。
「何かありましたか?」
 問いかけた潤信に、菊之助は小さな草履を差し出した。
「藪の中に落ちてましたよ」
 裏返すと、べったりと半乾きの土がこびりついている。紫上久遠(ea2841)の視線が、小鬼の足跡へ飛んだ。
「あの場所を通ったんじゃないか?」
「私もそうだと思うんですけどね」
「拾う余裕も無い状態だったんですね。どの藪でしょうか?」
 神有鳥春歌(ea1257)は、菊之助の腕に簡単な手当をほどこしながら尋ねた。菊之助が、空いている手を差し向けたその時。
 藪の向こうに、ヒョイと冴刃音無(ea5419)の顔が覗いた。おいでおいでと、音無は手招きする。
 今、出たばかりの藪である。赤い線の走った腕をさする菊之助に、春歌は苦笑を返した。
 一行は、菊之助と同じような掻き傷を、あちこちに作りながら、音無の元に辿り着いた。
 その先は、およそ三間ほどの下り勾配であった。わさわさと草が生い茂っている。
「良く見ると分かるけど、草が根本で折れたりして、踏み荒らしたあとが道になってるんだ」
 草むらを下りきった場所で、双海一刃(ea3947)が自分の足下を指さした。
 皆は斜面を駆け下り、一刃と合流する。
「子供達と小鬼の足跡だ。急ぐぞ」
 催促をするように、一刃は皆に背を向けた。

●迅急の戦
 草を倒し、枝を折り、小さな足跡を土に刻んで、途切れ途切れに痕跡は続く。
「弥一! 栄太!」
「聞こえたら返事さしてくんろー! 握り飯も持ってきただー! お前様の好物が入ってるだよー!」
 志乃は耳を澄ましたあと、突然、ハッとして柾鷹の袖を引いた。
「聞こえたか?」
 しばし目を細め、柾鷹は耳をそばだてる。草のざわめきに負けそうな幼い声が、風にまじっていた。
「無事でいてくれたでござるか」
 表情は変わらないものの、どこかホッとしたような柾鷹の言葉に、志乃は力強く頷く。
 一行は半走りに先を急いだ。二人の呼びかけが森に響く。
 兄弟達の声が近づくに連れ、潤信は警戒を強めた。
 自分たちの声は、もちろん小鬼にも届いているだろう。すでに巣を出て、侵入者を討つ為にこちらへ向かっているかもしれない。移動中の奇襲を懸念し、辺りの殺気を気取ろうと試みるが、対峙していない者の気配までは分からなかった。
 感知を諦めた潤信の目が、チラリと動く何かを捉える。
 危惧が的中してしまったのだ。
 声に導かれた小鬼達が、一斉に茂みから飛び出した。
『危ない!』
 危急に叫んだ華国の言葉。
 菊之助に棍棒が迫る。
 菊之助は咄嗟に、鞘付きのままの刀でそれを受けた。右手が動くと同時に、左手が小鬼へと走る。小刀が、その腹に埋った。
「真正面から戦うのは、あまり好きじゃないんですけどね」
「そんな悠長な事、言ってる場合じゃないぜ!」
 久遠が抜き放った太刀を、小鬼は捉える事が出来なかった。まともに額をかち割られ、絶叫して倒れる。
「分かってます。予定は狂いましたが、行きましょう」
 走り出した菊之助に一刃と音無が続いた。そのあとを追いかけようとする小鬼の前に、柾鷹が立ち塞がる。
「ここを通すわけにはいかぬ」
 スラリ、二刀を抜刀した。迫り来る小鬼に向かい、太刀を振り上げる。袈裟懸けに走る二線。胸を切り裂かれもんどり打った背中に、志乃の手裏剣が沈み込んだ。
「頼むだー!」
 大声を飛ばす志乃に、音無が手を揚げて答えた。
「俺が盾になりますから、矢の準備を!」
 潤信は、春歌の前に回り込むと、喚きながら突っ込んでくる小鬼に向かって飛んだ。大きく蹴り上げ着地したあと、すかさず左拳を蹌踉めく小鬼の腹に叩き込む。
 潤信の拳が剥がれると、小鬼が「げぇ」と呻いた。だが、まだそこで終わりではない。潤信は左手と引き違いに、右拳を突き出した。凄まじい拳圧に、小鬼の体が吹っ飛ぶ。
「潤信さん、動かないでいてください!」
 弦音が鳴り響き、春歌の放った矢が宙を駆った。地面を走る射影が、小鬼の顔に突き刺さる。
「ここにいるのは何匹だ!」
 すれ違い様の剣を叩き込む久遠。柾鷹もオーラの発動をことごとく邪魔されながら、刀を振るう。
「──六匹でござる!」
「これで全部なんでしょうか」
「分かりません!」
 矢を番えた春歌に、小鬼が肉薄した。急な近接戦で、弓師の春歌には不利な状況なのだ。潤信がこれを徹底して庇った。小鬼の顔に硬い拳がのめりこむ。
「とにかく、無事に餓鬼どもさ助けて出して、早く森を出るべ!」
 志乃の武器は手裏剣が二つ。忍者刀は、バックパックの中にいれ依頼人の家に預けて来た。最後の投擲を行った志乃の手には、真っ直ぐな勇気だけが残っていた。

●動かない弟
「いた! あそこだ!」
 一刃は、木立の間に見え隠れする大きな山桃の木を発見した。
 枝に跨った少年が、幹にへばりつき泣きわめいている。だが、彼の直ぐ上の枝にいるもう一人の子供は、ピクリとも動こうとしない。
「‥‥まさか──」
 眉を潜めながらも、走る事を止めずに音無が言った。最後の草を掻き分け、木の前に躍り出た菊之助は、幹に近寄らず柄に手をかけた。周囲に目を走らせる。
「お兄ちゃん! 助けて!」
 少年は半ば半狂乱になって、木に駆け寄った音無に手を伸ばした。音無は手頃な枝を選び、直ぐに木を登り始める。少年の高さまで来ると、泣きじゃくる顔に笑いかけ、傷だらけの体に腕を回してぎゅっと抱き締めた。
「怖かっただろ? 良く我慢した」
「うん‥‥」
 少年は少し安心したのか、しゃくりあげながら頷く。
 一刃は反対側の枝に飛びつくと、クルリと体を巻き付かせて起き上がった。音無の邪魔にならないよう、もう一人の少年に近づくと、その顔を覗き込む。
 青白い顔に、乾ききった血の跡。そっと首筋に手を伸ばすと、微かだが脈が感じ取れた。呼吸は浅く早い。
「聞こえるか?」
 一刃が問うと、少年は小さく頷いた。
「‥‥眠い」
「あぁ」
「‥‥お腹減った」
「分かってる」
 見上げている菊之助に、大丈夫だと手で合図し、一刃は少年の体を背負うと、ゆっくりと注意して枝を下り始めた。
「あとは戻るだけですね」
 声をかけた菊之助の後ろで、突如、奇声が発せられた。
 小鬼が巣に残っていたのだ。
 侵入者達の姿を見るなり、何かを喚き散らしながら、棍棒を振り上げ急迫した。
 菊之助は素早い足運びで、それを躱す。小鬼は対象を無くして前のめりになりつつも、なんとか踏み堪えて棍棒を構え直した。
 菊之助が動いた。正面から右へ体を揺らす。小鬼の体が右へ向きかけた。菊之助はすかさず重心を左へずらし、小鬼の背後へ回り込むとそのまま刀を振り下ろす。
「皆の所へ向かってください!」
 別の小鬼が現れ、菊之助と対峙した。

●脱出
「俺にも可愛い妹がいるんでな。てめえらみたいな、ザコに負けるわけにはいかないんだよ」
 ゴロリ、転がる小鬼に向かって久遠は吐き捨てた。六匹の小鬼を滅し、辺りに静けさが戻る。春歌はホッと安堵した。
「なんとか、倒せましたね」
「ああ。向こうも無事だと良いが」
 二人は、森の奥へと目を向けた。手裏剣を探し終えた志乃も、二人の横に並び立つ。
 まもなくして、木立をぬってやってくる忍びの姿が見えた。
「戻ってきたべ!」
 と、指さす志乃。
 後方で、菊之助が二匹の小鬼を牽制している。
 依頼人が、二十とも三十ともしれない数が、この森にいると言っていたのを思い出した潤信の判断は、早かった。
「退却しましょう。敵が他にも集まってくるかもしれません」
「賢明でござるな」
 柾鷹の体が、淡い桃色の光に包まれる。
「殿は引き受けたでござる。皆は子ども達を頼むでござるよ」
「一人では──俺も残りますよ」
 潤信の申し出に、柾鷹はゆるりと首を振った。
「潤信殿は、約束を守る義務があるでござろう」
 なだれ込む一刃と音無。
 再び刀を構えた柾鷹の背に一瞥をくれ、潤信は走り出した。

●夕焼けの中で
「良かった! 良かった‥‥良かった!」
 依頼人は、その単語以外の言葉を忘れてしまったかのように、弥一を抱き締め泣き続けた。栄太の耳に、父の声は届かないであろう。母の胸に抱かれ、ぐっすりと眠っている。その小さな手には、手つかずの握り飯と、水の入った竹筒がしっかりと握られていた。
「お説教しようにも、できませんね」
 菊之助が言うと、久遠は「まぁ」と小さくたしなめ、泣きじゃくる弥一に目を細めた。
 子供達を苦しめた小鬼の残党は、仲間の死体を目にすると、戦意を喪失し逃走したと、柾鷹は告げた。
「このまま失せてくれると良いのでござるが」
「そうですね。でも、子供達を助けてくれただけで、もう十分です」
 依頼人がようやく上げた顔は、くしゃくしゃである。
「本当に、今回ばかりは、自分の非力が憎かった」
 と、自分を責める父に潤信は首を振り、その英断を褒め称えた。
「いえ。あそこで迷っていては間に合わなかったでしょう。あなたの決断は正しかった」
 その一言で、救われたのだろう。パラの父は、涙ぐむ眼差しで潤信を見上げた。